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note.047 SIDE:G

 遠慮がちに挙手をしたエイフェルさんにみんなの視線が集まる。

「あの、オグさんやみなさんは、このゲームを始めてから長いんですか?」
「ふむ、まぁ、そうだな。こう見えて僕とツキナはLv320台だ。まぁ、一般的に言うガチ廃ってわけじゃないが、人並みにはやっている、というぐらいだろうね。ミスティスに至ってはこれが2キャラ目だ。間違いなく僕たちよりも上だな」
「僕は最近始めたばっかりで、今もみんなに教わりながら遊んでるって感じだから、多分エイフェルさんたちともそう変わらないんじゃないかな」

 と、僕たちの答えを聞いたエイフェルさんは、意を決したという感じで一歩前に出て言う。

「そっ、それならっ! あの、助けてもらっておいてこんなお願いは厚かましいことは承知ですが、私たちにも戦い方のコツとかがあれば教えていただけませんかっ!?」

 かなり緊張した様子で捲し立てるように言って、エイフェルさんは僕たちに向かって深く頭を下げた。
 それを見たモレナさんと謡さんもお互い頷いて、

「アタシたちも、お願いします!」
「お願いします」

 と、同じように頭を下げる。
 う、うん、三人の誠意がすごいのは伝わったけど、ここまで畏まられると、さすがにちょっと反応に困るというか、えーっと……。
 まぁでも、こうまで言われて、リアルでも自称「探偵部」なんてものをやっているオグ君たちが黙っているわけはないよね。

「フ……いい意気込みだ。有望な後進が増えるのは僕らとしても大歓迎さ。僕らでわかる範囲でならいくらでも答えよう」
「えぇ、何でも聞いてくれていいわよ!」

 中指で眼鏡を正す仕草がだいぶ様になっているオグ君に、ツキナさんも歓迎するようにひらひらと手を振ってみせる。

「あははっ、いいねいいね! そういうことなら、大船に乗ったつもりでドーンと聞いちゃってよ!」

 ミスティスは相変わらずなんというか、自信過剰?……なんか違うかな、うん、まぁ、とりあえずこういう時は調子に乗るよねぇ。まぁ、実際問題この中で一番経験豊富なのは彼女なんだけども。

 みんなの答えを聞いて、頭を上げた三人に笑顔が広がる。

「わぁ……あ、ありがとうございます!」
「ありがとう、本当に助かるよー」
「ありがとうございますっ」
「ま、こんなところで立ち話もなんだ。実戦も兼ねて適当に探索しながら話そうか」

 というわけで、エイフェルさんたち3人を加えて7人の大所帯になった僕たちは、ダンジョンの探索を再開する。
 行き先は、エイフェルさんたちが僕らに合わせるとのことだったので、相変わらずの僕の闇雲直感ナビゲーションだ。

「さて、何から聞きたいかな?」

 というオグ君の振りに最初はエイフェルさんが、

「あの、弓に関してなんですけど……」

 と、言いかけたんだけど……

「あぁ……そうだったな、いや、すまない。実を言うと僕の本職はマジックウィザードでね。弓は今後のサブ職にしようかと、マイスたちに合わせるついでで昨日始めたばかりなんだ。弓のことならミスティスに聞くといい。彼女の1キャラ目は弓手メインだ」

 と、遮ったオグ君の返答を聞いてエイフェルさんが驚いたように口元を塞ぐ。

 ちなみに、マジックウィザードは、メインとサブの両方に同じ職をセットすることでステータス補正や性能を特化させる、ダブルエクステンドのシステムを使ってウィザードを拡張した時の名前だね。

「えぇっ、そうだったんですか!? 結構使いこなしてるように見えたので、てっきりアーチャー系の方かと……」
「あはは、やっぱりそう見えちゃうよね〜。オグ、実際かなり筋はいいもん。私のアドバイスなんかほとんど要らないぐらい」
「ふむ、弓手の大先輩にそう言ってもらえるなら、我ながら鼻が高いというものだな」

 カラカラと笑うミスティスに、オグ君も得意げな顔になる。
 確かに、オグ君にミスティスがしたアドバイスらしいアドバイスって、一番最初の時のフィーリングが大事っていうあの一言ぐらいだもんね。
 本職ハンターのミスティスが言うぐらいだから、実際筋がいいということなんだろう。

「んで〜、エイフェルの質問はー? 弓のことなら大体答えられるよー」
「あ、えっとですね、私が弓を撃つと、どうも思ったほど飛距離が出ないというか……Dexは上げてるはずなんですけど、どうにも当たってくれないんですよ。さっきの青いゴブリンも、私がちゃんと狙えていれば、みなさんが来るまでにもう少しぐらいは善戦できてたかなって思うんですけど……」
「う〜ん……それは多分、根本的に撃つ時のフォームに問題がある気がするよー。ちょっと今、撃たなくていいから一回番えてみてくれない?」
「あ、はい」

 言われて、一旦足を止めて、エイフェルが弓を引く。

「はいそこでストップ! うん、やっぱりね〜。引く時に、ちょっと腰が引けちゃってるんだよ」

 ミスティスは、言われた通り弓を引いた姿勢でストップしたエイフェルさんの、腰と肩に手を軽く添えて、姿勢を正してあげる。

「そのせいで全部崩れちゃってるんだよね〜。腰が引けてるから腕が下がっちゃってて、腕が下がっちゃってるから、軸がズレてる分弦を引く力を十分にかけきれてなくて、腕と視線のラインが一致してないから狙う感覚もズレちゃってるの。あ、顎はもすこ〜し引いて……そう」

 と、同じように指摘した箇所に軽く手を添えてあげながら、あっという間に問題点を修正していく。
 そうして彼女が手を離した時には、エイフェルさんのフォームは僕の素人目ですら見違えるほどに綺麗に整えられていた。

「じゃあそのまま、向こうの曲がり角まで届かせるぐらいのつもりで撃ってみようか」
「はいっ、いきます!」

 ミスティスに答えて、エイフェルさんが放った弓は、綺麗に真っ直ぐ飛んで、狙い通りに曲がり角の壁に刺さった。

「わぁ! すごいですっ! こんなに遠く飛ばせたの初めてですよっ! ありがとうございますミスティス先輩っ」

 本当に初めての経験だったのか、心底嬉しそうにはしゃぐエイフェルさんに、横で見ていたモレナさんたちも、

「おー、すっご……あんな飛ばせてるエイフェルは確かに初めてだよ」
「ですねー、姿勢一つでこんなに変わるなんて……」

 と、彼女と矢の飛んだ方向を交互に見ながら感心しきりだった。

「うんうん、よしよし! じゃ、今の感覚を忘れないように、もっかい自分で引いてみて〜」
「えっと……こう、ですかね?」
「あー、うん。さっきより全然よくなったよー! 出来てる出来てる♪ あとここはもうちょっと、こう、で……こう。はいシュート!」
「はいっ!」

 と、もう1本放たれた矢も、きちんと壁まで届かせることができていた。

「いいねいいね! あとは今のを忘れないように、練習あるのみだよっ! 頑張って!」
「はい、頑張ってみます!」

 そうして、女の子二人でキャッキャしていると、先程の曲がり角の向こうから重たい足音が響いてくる。
 ゴーレムが来そうだね。

「おー? そうだ、ちょうどいいからおねーさんが一つお手本というものを見せてしんぜよ〜う。オグー、弓貸して〜?」
「あ、あぁ、構わないが……大丈夫なのか? そっちのキャラじゃ剣士しかやってないだろ?」
「ヘーキヘーキ、弓って案外、ステータスなくってもプレイヤースキルあればなんとかなっちゃうんだよ」

 なんて言いつつ、軽い調子でオグ君の弓を借り受けたミスティスだけど……ホントに大丈夫なのかなぁ?

 エイフェルさんに変わって、通路の真ん中で弓を構えたミスティスは、目を閉じると、ふっと小さく息を吐く。
 瞬間、その身に纏った空気が明らかに変わった。
 吐息と共に見開かれた彼女の目つきは、今まで見たことがないものに変わっていた。
 足は肩幅より少し広めに取り、頭の上から、両腕を開きながら下ろしてくるようにしてゆっくりと弓を引き絞る。
 これがアーチャーの上位職、ハンターであれば、直線範囲系貫通強攻撃スキル「シャープシューティング」が発動していたであろう、完璧な立射姿勢。
 そのまま限界まで弓を引ききったところで、まるで何の力もかけていないかのように姿勢を保ったままピタリと静止して、通路の奥に狙いを定める。
 空気がピンと張り詰める感覚が肌に伝わってきて、向かってくるゴーレムの足音だけが一定のリズムで響く中、誰ともなくごくりと喉が鳴る。
 そうして、ついに曲がり角からゴーレムが姿を現し、僕たちのことはまだ認識していないのか、角を曲がってこちらに無防備な核を向けた、その瞬間に――発射。

 「ヒュンッ!」と、オグ君が撃つスナイピングショットもかくや、という程の鋭い音を響かせて放たれた矢は、寸分の狂いなくゴーレムの核を一撃で貫いて、フォトンへと爆散させてしまった。

 す、すごすぎる……。
 一応、武器を弓に持ち替えた時点で、ステータス的には職は一時的にアーチャーに変わって、多少の補正はかかっていたとは思うけど、僕と同じLvの、しかも元がソーディアン用のステータスの状態での職補正なんてたかが知れている。
 宣言通り、事実上ほぼプレイヤースキルだけで、角を曲がった瞬間時点ではせいぜい親指の先ぐらいの大きさにしか見えていなかったはずのゴーレムの核を、一撃で撃ち抜いて倒してしまった。
 これ、本職の1stキャラでやってたらどういうことになってたんだろう……それこそ、矢が刺さるだけの大きささえあれば、どんな小さな的であっても当ててしまえるんではないだろうか。

 残心の間が完全に終わるまで、誰も、一言も発することができずに息を呑んでいたんだけど、当の本人は弓を下ろすと、まるで何でもないようにくるりと振り返って、

「ね? なんとかなったでしょ?」

 さっきまでの空気を全部台無しにする方向ですっ飛ばして、いつもの調子であっけらかんと言い切った。

「え、いや待って、今の『なんとかなった』で済ませていいお話なの!? ちょっとレベルが違いすぎない!?」
「そんなことないよー、フツーフツー」
「えぇっと、ミスティスさんってリアルでも弓道か何かやっておられるのでしょうか……」
「へ? いやいやー、ないない、あはははっ。こんなのHXTじゃなきゃできるわけないじゃん。弓道の人になんて見られたらきっとボッコボコだよ」
「わ、私では先輩の領域にはとても追い付ける気がしないです……」
「えー? いけるいける、さっきの修正だけであれだけできたんだし、エイフェルならそのうちやれるって」

 三人娘の総ツッコミもどこ吹く風だ。

「ほいオグ、弓ありがとー」
「あ、あぁ……。あー……ミスティス。君はまず、自分が世間一般で言う廃人の領域にいるという自覚をもう少し持った方がいい」

 半ば呆れたオグ君のツッコミに、ミスティスは少し考えると、

「んー……? んー……うん、ないない、私程度が廃人だったらホンモノのガチ廃勢はとっくに神かなんかの領域にいるよ。廃人こわいよねー」
「……。……廃人はみんなそう言うんだ」

 オグ君はツキナさん共々、ため息と一緒に頭を抱えていた。


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