note.082 SIDE:G

 最初の戦闘を難なく切り抜けた僕たちは森の奥へと進んでいく。

 しばらく歩くと、ツキナさんが何かに目を留める。

「あ、シーレの実!」

 ツキナさんが嬉しそうに駆け寄っていった樹には、梨のような見た目の明るいクリーム色をした果実が大量に実っていた。
 シーレの実――この世界で食用として一般的な果物の一つだね。
 梨みたいな見た目だけど、皮ごと食べられて、中身はミカンのように柔らかい房に分かれている。
 味はミカンの甘さにイチゴの酸味を足したような独特の甘酸っぱさで、この世界のフルーツの定番の一つになっている。

 後から追いついた僕たちに手近な実をもいでそれぞれ渡してくれてから、ツキナさんも自分の分を採ってそのままかぶりつく。

「んん〜! おいし〜っ♪」
「この甘酸っぱさがたまんな〜い!」

 なんて、幸せそうな顔で舌鼓を打つ女子二人。
 二人とも顔がいいから、この笑顔だけでも結構眼福だよねぇ。

 っと、それじゃあ、僕も一口……ん、これは……!
 口の中で房が弾けると、梨に近いような水分量の豊富な果汁がミカンを思わせる芳醇な甘みを口いっぱいに広げてくれる。
 それでいて、イチゴに似た酸味のおかげで決して甘ったるすぎるということもなく、後味は爽やか。
 皮の、リンゴのそれに似たシャキシャキ感もちょうどいいアクセントになっている。

「うん、美味しいね」
「あぁ、ちょうどいい食べ頃だ」
「だね〜」
「うんうん♪」

 四人でしばし森の恵みを堪能する。

「せっかくだしもう少し採っていこうよ、今夜のデザートにでも!」
「いーね!」

 異論が出ようはずもなく、適当な数をもぎ取って各々ストレージに放り込む。

「よーし、こんなもんかな〜」
「そーね。そろそろ進みましょ」

 それぞれに数個ずつのシーレの実を確保したところで、進行を再開する。

 そうして適当に進んでいくと、奇妙な光景に遭遇する。

「んん? あれは……?」

 見つかったのはブルースライム……なんだけど、そのスライムの上に、巨大な蝶が一匹止まっているのだ。
 止まっているのは橙と黒で彩られたアゲハ蝶といった風情で、片面の羽だけでもバランスボールぐらいの大きさはありそうな、かなり大きな蝶だ。
 その蝶はどういうわけかスライムの粘液に呑まれることなくしっかりとその足でスライムに掴まって、まるで花の蜜でも吸うように、管状の口吻をスライムに差し込んでいる。
 その腹の部分は蝶にしては不自然に丸く膨らんでいた。
 スライムの方は、それを気にしていない……というよりは、粘液に取り込めないのでどうしようもない、という感じだね。

 これはハニーパピヨンという蝶型の魔物。
 見ての通り、この森に棲むスライムに対抗可能な魔物の一つだ。
 足の表面の特殊な構造と纏わせた魔力で、アメンボが水に浮くかのようにスライムの粘液に呑まれることなく掴まることが可能で、こうしてスライムが蓄えている魔力を吸い取ってしまうらしい。
 対抗というよりは、一方的に利用している、という感じだね。
 そして、名前と膨らんだお腹で察しがつく通り、この蝶は、そうして吸い取った魔力と他の花の蜜やら自身の体内物質やらを使って「魔蝶蜜」と呼ばれる蜂蜜のような液体を腹部に溜め込む性質がある。
 その蜜は、卵を産んだ時に蜜蝋に加工されてその卵を守る巣作りと、孵化した幼虫の餌としてその巣の中を満たしておくために使われる。
 卵から孵った幼虫は、最初は巣の中の蜜を、それがなくなったら巣そのものを食べて育ち、巣が食べ尽くされる頃にはある程度十分に育った状態で外に出られる、という寸法らしい。

 当然ながら、その蜜や蜜蝋、それを食べて成長する幼虫まで、リアルの蜜蜂と同様に他の動物にとっても栄養満点だったり優秀なたんぱく源だったりするわけで。
 僕たちが今回取ってきた自由掲示依頼の中にも、「ハニーパピヨンの蜜袋」が含まれているのだった。

「見つけたぞ。マイス」
「うん、わかってる。火属性厳禁、だね」

 当たり前だけど、燃やしちゃったら全部消し炭だもんねぇ。
 こいつを倒すのに火属性魔法はなしだ。

 向こうも僕たちに気が付いたか、食事をやめて飛び立つハニーパピヨン。
 それはそれとして、スライムの方もようやく食べられる餌がきたとばかりにこちらに向かってき始める。

「スライムは一旦後回しだよねぇ。《フロストスパイク》」

 まずは依頼のハニーパピヨンを確実に仕留めないとね。
 っというわけで、スライムには一旦フロストスパイクのノックバックで戦線離脱してもらう。

「ふむ、ちょうどいいな。いい射線だ、マイス」

 別に狙ったわけではなかったけど、ちょうど射線上に樹があったようで、スライムは樹の幹と氷槍の隙間にちょうど核が挟まってしまって抜け出しづらくなってるみたいだね。
 ちょうどいいから、今のうちにじっくり蝶に集中しよう。

 パピヨンの方は、溜め込んだ蜜の方が大事とみたか、僕たちから逃げるように離れていく。
 だけど、やっぱりお腹が重たいのか、普通の蝶……にしてみてもやけにフラフラしたような飛び方しかできていなくて、歩いても追いつけるような速度しか出せていない。

「逃がすものか」

 それを見逃すはずもなく、オグ君のバーストアローが容赦なく羽を貫く。
 ただでさえフラフラだったのが、それだけでもうほとんど速度を失ってしまうパピヨン。
 いっそ可哀想にすら見えてくるけど、まぁこれも依頼だからね、うん……。

「《ウィンドカッター》」

 風の刃で追撃を入れれば、羽はもうボロボロで、もはやまだ浮いているのが不思議なぐらいだ。

「ごめんね〜、ま、これも弱肉きょーしょくってことで」

 と、最後に歩いて前方に回り込んだミスティスが一太刀で頭を落とすと、びくりと痙攣したパピヨンは、それでもまだわずかに生きていたのか頭のないままながら力なくも軟着陸して、そのまま息絶えた。
 羽と頭はフォトンに溶けてしまったけど、全く傷つけずに倒せただけあって、お目当ての胴体から下は無事にその場に残されている。

「うん、カンペキカンペキ〜ぃ♪ ……って、あ……そう言えば君もいたっけ」

 あー……うん、僕もすっかり忘れてたけど、振り返ればそこには、ようやく氷の拘束を抜け出してきたらしいブルースライムが戻ってきていた。
 まぁ、今更スライム一匹でどうというようなこともなく、そちらも全員でフルボッコにして秒殺でおしまいだ。

「んじゃ、後よろしく!」

 と無事に素材を残せたことだけ確認したミスティスは、唐突に目をぎゅっと閉じて後ろを向いてしまう。
 理由はまぁ、単純な話。
 素材になるのは蜜を溜め込んでいる袋の部分だけだからね。
 必然、袋を取り出すための解体が必要なわけで。
 ただでさえ虫嫌いなんだから、元は蝶とはいえ虫の、更にその内蔵なんて言わずもがな、ということだろう。

「あぁ、任された」

 引き受けたオグ君は解体用のナイフを取り出すと、蝶の腹部の側面に躊躇なく刃を入れる。
 グヂュリ、と嫌な感じの水っぽい音を立てて刃が腹を開いていく。

「う……あ、あたしちょっと周りの警戒してるね〜……」

 さすがにツキナさんも内蔵系のグロ要素は耐えかねたか、そっと離れていく。

 まぁ虫の臓物なんてわざわざ見たくないのはみんな同じなので、オグ君も慎重に、できる限り下方向にだけ広げるようにしながら切り口を開いていく。
 そうしていくと次第に、透明の膜で包まれた琥珀色の水風船のようなものが姿を現す。
 これが今回の依頼品、ハニーパピヨンの蜜袋だね。
 袋はゴムのような伸縮性を持ちつつも、ビニール袋のような、かなり柔らかい変形が可能なようで、ある程度琥珀色が見えてきたところで、オグ君は袋の口を丁寧に腹と胸の接続部から切り離すと、ずるりと腹部から袋を引きずり出した。
 そしてそのまま、それこそ風船の口を縛るようにして袋の口を縛って閉じる。
 直後、残された蝶の身体も形を失ってフォトンへと還っていった。

「終わったぞ、二人とも」

 言われて振り返った女子二人に、オグ君が蜜袋を掲げてみせる。

「ありがとー、オグ〜」
「ホント助かるよ〜。う〜ん……この袋だけだとすごい綺麗なのになぁ……」

 確かに、日差しに透ける琥珀色が宝石のようで、こうして袋だけになってみるとすごく綺麗に見えるね。

「依頼はこれ3つだっけ」
「だね〜」

 ツキナさんの確認に、剥がした依頼書をそのまま自分で保管していたミスティスが一度それを取り出して確かめる。

「うー……見てたらハチミツ食べたくなってきたかも……」
「ふふっ、いいじゃない。じゃ、1匹余分に狩ってデザートに追加でどう?」
「それいーね!」
「はは、まぁ、いいんじゃないか?」
「賛成!」

 こうして、今夜のデザートがもう一品追加されることが決まったのだった。


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