note.086 SIDE:G

 このダンジョンのLv帯を考えれば正直過剰すぎる程に万全な雫さんの支援を受けながら、順調にティッサ森を進んでいく。

 しばらくは何事もなく、スライムやらなんやらを蹴散らしていたんだけど……。
 不意に、聞き耳に何やら今までとは質の違う羽音が聞こえてくる。
 てんとう虫や蜂みたいな「ブーン」ではなく、「バババババ……」って感じの、明らかに他よりも大型の気配。

「おっと、これは……」

 みんなももう気付いてる感じで、臨戦態勢になる。

 そうして、姿を現したのは、子供の身長ぐらいはありそうな、巨大なクワガタムシだった。
 蜂と並ぶこの森の強敵ポジションの一つ、シザーズスタッグだね。
 名前の通り、その強靭な大あごの内側は刃になっていて、ハサミの要領で掴んだものを断ち斬ってしまう。
 もちろん、そのあごの力自体も強力で、下手な鉄鎧程度なら斬れずとも凹ませて圧し潰してしまうのだとか。
 加えて、見た目通りの甲虫としての外骨格の防御力と、空中を自在に飛び回る機動性も併せ持っている。
 シンプルに攻守速度をバランスよく兼ね備えた強敵、という感じだね。

「出たなー、クワガタ君! いくよ!」

 僕たちを認識してカチカチと大あごを鳴らすクワガタに、ミスティスがいつも通り挑発をかけて戦闘の火蓋を切った。

 勢いをつけるように一瞬後ろに退いたクワガタが、ミスティスを両断せんと一直線に迫る。
 両者がぶつかる直前、しかしてそのハサミが彼女を捉えて閉じられるよりも先に、あごを広げて無防備になったその頭にイグニッションブレイクの爆発が叩き付けられて、クワガタはあえなく撃墜される。
 それでも彼女に一矢報いようとでも思ったか、身体を起こしてシャキンと刃を鳴らしたクワガタだったけど、

「おっとと」

 その時には既にミスティスはあごの間合いの外に飛び退いている。

「《ブレイズランス》!」

 その隙を僕たちが逃がすはずもなく、僕のブレイズランスとオグ君のバーストアローが刺さり、ツキナさんも両手のサブマシンガンで1マガジン分の斉射を加える。

「!!」

 堪らずといった様子で、宙返り気味に後ろに飛び立って距離を取り直したクワガタは、もう一度突撃しようとする構えを見せたけど、ツキナさんが射撃で牽制してくれて、再度の突撃は防いでくれた。

 けれど、当のツキナさんは、弾の大半を避けられてしまったことが気に入らなかったようで、

「くっ……! こういう時やっぱ弓エクステンドしてないとロックオンがないのが辛いわね〜……」

 なんて悔しがっていた。
 まぁ、フォースの銃器は一応装備が可能というだけであって、あくまでクレリック系だから、専門職のガンナーみたいに射撃そのものをサポートするようなスキルを持ってるわけじゃないからねぇ。
 っていうか、雫さんのおかげで支援放棄して射撃に専念できてるこの状況が特殊なんだから、そこはさすがに諦めようよ……。

 と……まぁともかく、そうして再びできた隙に、オグ君が魔力を纏わせた矢を放つと、発射と同時に1本だった矢は魔力で作られた複数の矢に分裂して、別々の軌道でクワガタに迫る。
 クワガタの方は、ツキナさんの銃撃と同じように小刻みな動きで回避しようとしたみたいだったけど、まるでミサイルのように矢は空中で軌道を変えて飛んでいく。
 クワガタの方もそれに気が付いて、大回りに逃げる動きに切り替えたけど、矢はそれにもしつこく追いすがっていく。

 威力は低いけど、複数に分裂してロックオンした対象に向かって誘導する矢を放つアーチャースキル、ホーミングアローだね。
 ロックオン中の対象にのみ使用可能なスキルで、見ての通り、ほぼ必中と言える程の強力な誘導性能を持っているから、どうしても点での攻撃になりがちな弓の弱点である、このクワガタみたいに機動力で翻弄してくるような相手にはかなり有効なスキルだね。

 ホーミングアローのおかげでわかりやすい機動になったクワガタに、ツキナさんが容赦なく銃撃を加える。
 ここは僕も追撃して挟み撃ちにしてあげよう。

「穿て、《ブレイズランス》!」

 威力を上げるための短縮詠唱を入れてブレイズランスを差し込んでやれば、銃撃で既にふらついていたところへの貫通と爆発で錐揉みに吹っ飛ばされて、更にそこにホーミングアローが追いついて、またもクワガタは完全に撃墜される。
 ここは一気に畳み掛ける……!と思ったんだけど……。

 二度も立て続けに地に墜とされて、さすがに業を煮やしたか、ちょうど僕たちの目線ぐらいの低空に飛び上がったシザーズスタッグが、現実のクワガタではあり得ない、ほぼ180度にまで大あごを大きく開いて、翼を広げるようにその刃を前方に構える。

「っ……! マズい、来るぞ!」

 オグ君の警告とほぼ同時に、僕たちの間をすり抜けてすれ違いざまに首を狩るような軌道でクワガタが一気に突っ込んできた。
 って、しかも、魔力を纏って刃の長さがめちゃくちゃ伸びてる!?
 これは全員に当たる……回避もできない……!

「やっば……!」

 ミスティスが咄嗟に軌道上に割り込もうとしてくれたけど……どうやら魔力を推進にも使っているのか、クワガタの全身がスキルエフェクトを纏っていて、奴の方が速い……!
 ほとんど弾丸のような速度で一瞬にして斬り抜けていったクワガタに僕たち全員が両断される。
 と言っても、当然ながらルクス・ディビーナがかかっている僕たちにダメージはなかったんだけど……。
 それでも相当な威力だったことは間違いないようで、僕の身体は後ろに突き飛ばされるようにたたらを踏まされ、更には僕と、盾を構えていたはずのミスティスまでもディビーナのバリアを割られてしまった。
 あの範囲と速度でこの火力……つ、強い……!

 と、慌てたのも束の間のこと。
 ……え、バリアが割れたエフェクトが消える間もないぐらい即座にディビーナが張り直されたんだけど、え!?何、雫さんまさか僕のバリアが割られるだろうところまで読んでたの!?
 ここまでくるともはや未来予知の類では……?
 正直驚かされっぱなしだけど、雫さんは当然とばかりに十字架を浮かせた祈りの姿勢のまま微動だにすることなく、ミスティスへのルクス・ディビーナもかけ直すと、淡々と20秒ごとの聖体降福をかけ直して、ついでに他のみんなのバリア耐久値も忘れずにリセットしてからルーチンワークに戻っていく。
 全く動じない……なんというかもう、マイペースの極致って感じだね……。
 これもある意味、彼女の独特すぎる感性のなせる業ということなのかもしれないね……。

 さすがに速度を殺しきれないのか、かなりの大回りで僕たちの正面へと戻ってきたクワガタは、手応えありとみたか、その勢いのままに再度の突撃を仕掛けてくる。
 また今の超速度がくる!?と身構えたんだけど、

「同じ手は通じないよ! 《エンデュランス》っ!」

 今度はしっかり軌道を見切ったミスティスが割り込んで、がっちりと盾で受け止める。
 エンデュランスも使って完全に受けきったミスティスに突撃を止められたシザーズスタッグは、まずは彼女の存在が邪魔だと判断したのか、受け止めた盾をそのまま挟み込んで切断しにかかろうとする。
 これが下手な量産品の鉄製盾だったりしたらアルミ缶でも潰すようにして圧し斬られていたところだろうけど、さすが、低Lv帯のものとは言えMVPドロップ品は格が違うということなのだろう。
 クワガタの方も全身を震わせる程に全力で力を込めていたみたいだったけど、ウォルフラムシールドはびくともせず、傷一つつかないまま耐えている。

「ほらほら〜、早く離さないと隙だらけだよ〜」
「そういうことだ!」
「うふふっ♪」

 頑なにシールドを挟んだまま隙を晒すクワガタに、ミスティスがソードゴーレムを潜り込ませて、弱点である腹部を下から突き上げるように刺し貫く。
 同時にオグ君も側面に回り込んで、無防備になっている翅を開いた腹部にチャージングを入れたバーストアローを叩き込み、その反対側からはツキナさんも十字砲火で銃撃を加えていく。

 もちろん、ここは僕も畳み掛けるところだね。
 魔法陣を構築して……狙うのは、みんなの攻撃に耐えかねてクワガタが盾を手放すその瞬間――今!

「《サンダージャベリン》ッ!」

 さすがに堪らないといった様子で後ろに下がろうとしたクワガタに、体勢を立て直す間もなく強烈な雷が落ちる。
 一瞬にして全身に電流を流されたクワガタはポトリと地面に墜とされて、死んだかのようにひっくり返った姿勢のまま動かなくなってしまう。
 フォトンに還る様子はないし、たまに足がぴくぴくと動いているから、まだ生きてはいるみたいだけど、よく見れば定期的にその身体に電流が流れるエフェクトが走っているのがわかる。

 一時的な行動不能を引き起こす状態異常の感電だね。
 麻痺と似ているけど、効果時間はこちらの方が遥かに短い。
 その代わり、空中にいる相手と凍結中を含む水属性の相手にかかりやすい補正に加えて――

「よし! よくやった!」

 オグ君が追撃のバーストアローを撃ち込むと、矢が刺さる鈍い音に加えて「パァンッ!」と聞き慣れない破裂音がして、クワガタの身体がバチンと跳ねる。
 鏃の金属部分にでも反応したのか、感電の追加効果である打雷の追撃が発生したみたいだね。

 ――この打雷という追加効果が麻痺にはない感電の利点だ。
 感電状態の相手に、地属性か、氷を含む水属性の魔法、もしくは今みたいに電流を通すような何らかの物理的な接触をぶつけてやることで、身体に溜まった電気が接触面との間にもう一度電流として流れて、感電状態の解除と引き換えに雷魔法扱いの追撃が発生するようになっている。
 冬場のドアノブとかに触ろうとして静電気がパチッといくやつの特大版だね。

 感電の解除でなんとか動けるようになったクワガタだったけど、もうすっかりボロボロで、ふらふらと僕らの目線程度まで浮き上がるのがやっとといった感じだね。
 まぁそんな状態で、打雷が入った瞬間には既に上空高く跳んでいたミスティスの存在に気が付けるはずもなく――

「おっしま〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!」

 全力のマグナムブレイクが直撃し、大爆発と共に文字通り爆散して跡形もなくクワガタは消し飛ばされていった。

「しょーりぃ〜〜〜! ぶいっ♪」

 なんて、剣を収めたミスティスがニカッと笑顔でVサインをしてみせたところで――
 爆風で飛ばされていたのだろう、シザーズスタッグの外翅の甲殻がゴトゴトと降ってきた後、少し遅れて大あごの片側が落ちて、クワガタが消えた位置に墓標のごとく突き立ったのだった。

 ……そこまではよかったんだけど……最後にもう片側の大あごが降ってきて、ドヤ顔でVサインしていたミスティスの頭に直撃して「パッコーン!」とだいぶいい音をさせていたのは……

「あ(いた)ーーー!?」

 う〜ん……なんとも締まらないなぁ……。


戻る