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note.132 SIDE:R

 会長と副会長を加えて、総勢7人になって玄関口へと階段を下りていく。
 その途中、ふと思い出したというように、

「あーっ、そういえば! 思い出しましたよ! 九条さん、あなたたちまた下校時刻を破って校舎内に残ってましたね!? この間また夜間の警備員さんから校内に残ってる生徒がいたって生徒会にも報告があったんですから!」
「ぅげっ、アレ、バレてたんすか」
「当たり前です! 全くもう!」

 会長がわかりやすく腰に手を当てて怒ってみせる。
 いやまぁ、普通に校則違反だし怒ってるのもわかるんだけど、どうにも会長がやるとそんな仕草も可愛らしく見えてしまうのがなんともはや……。

「おー、そういやそれで思い出したぞ。あの話どうなったんだ? あのー、夜中に歩く骸骨模型の噂!」
「えっ、なにそれこわっ」

 副会長は校則違反よりも噂の真相の方が気になってるみたいだね。
 楪さんも、口ではそう言いつつも怖がってる素振りは全くなく、反応としてはむしろ興味津々といった感じだ。
 その噂は僕も最近小耳に挟んだことがあって、理科準備室にある骨格模型が夜中に勝手に歩いているのを忘れ物を取りに来た生徒が目撃したとかなんとか……っていう、七不思議のド定番みたいな話だったはずだ。

「いやぁ、今の話がまさにそれの調査だったんすけどね」
「まぁ、大したことないオチでしたよ」

 と、九条君に続いて小倉君が大げさに肩をすくめる。

「最初理科準備室で隠れて待ってたんすけど、まぁ当然すけど本当に動くなんてわけもなく……」
「それで確か、警備の人に見つかりそうになって1階に逃げたのよね」
「あぁ。で、下りたついでに、試しに目撃証言のあった渡り廊下から準備室を見上げてみたんです」
「ほぅほぅ。そいで、オチは?」
「まぁなんてこたぁない、警備員が準備室の見回りで照らした懐中電灯で壁に映った模型の影が、そのライトの動きに合わせて動いたのが、ちょうど渡り廊下から見ると角度的に影だけが見えて、模型が勝手に移動してるように見えてたってだけっすよ」
「ぁんだよんーなことかぁ。ま、実際そんなもんだろうとは思ってたけどな」

 期待が外れたというよりは、オチが予測の範疇を越えなかったことにガッカリ、といった様子で副会長が残念そうに興味をなくす。

「ふむ……しかしそうか。となると、次はもっと警備の巡回も精査して……」
「それ以前に下校時刻はきっちり守ってくださいっ!」

 っとまぁ、話にオチもついたところで玄関口も抜けて、さて、どこから回ろうかってお話だね。

「さってと、ん〜じゃまずは……どっから回るかぁ」
「まぁ、流れ的に境山が最後だろ?」
「そっすね、そこは確定のつもりでしたね。っつぅと、やっぱ南の海沿いからだわな」
「そう言えば、遠堺って海もあるんだっけ。見てみたいなー!」
「おう、じゃあ決まりだな!」

 というわけで、校門を抜けたらまずは南へ。
 徒歩で20分ぐらいも歩けば、その先にあるのは――

「おぉぉ〜、海だー!」

 白い砂浜に、遥か水平線まで広がる紺碧の海だ。
 ここ数日は中休み的に晴れてるとはいえ、まだまだ梅雨真っ只中の雲多めな空は、夏を感じるにはちょっとまだ翳りがあるけど、陽光を跳ね返して煌めく水面と穏やかに寄せては返すさざ波は、海の開放感を感じさせるには十分だね。

「わぁ、すっごい綺麗じゃん!」
「だろ? もうちょいして梅雨が明けたら海開きもあるし、結構賑わうんだぜ。あっちには小さいけど漁港もあるから、海鮮も食えるしな」
「お〜、いいねぇ」

 九条君が指さした東側を見れば、言う通り、小さいながらも漁船がいくつか泊まった港の姿が見える。
 この海と港からの海鮮は、ビーチや漁港として有名、というほどではないけど、この遠堺の星空以外の「隠れた名所」の一つとして、たま〜にニュースサイトの特集で紹介されたりもしている。
 僕は普段あんまり……トラッシュエリア以外には出かけないから、実際食べたことはないんだけど……一応、その手の観光特集みたいなので遠堺が紹介される時には大体取り上げられる程度には美味しいみたいだね。
 確か、港直営の食堂の名前が……

「さかい屋鮮魚食堂さんは私も何度か行ったことがありますけど、あの日替わり天ぷら定食が美味しいんですよ〜。衣もサクサクだし、何より港の直営だけあって、お魚が新鮮ですから。何が出てくるかはその日の水揚げ次第だけど、何が出てきてもハズレはなしです!」
「あとは、定番の海鮮丼だな! やっぱ魚は鮮度が一番ってのがよくわかるぜ」
「おぉ〜、そこまでオススメされると気になりますねー」

 そうそう、さかい屋鮮魚食堂だ。
 会長と副会長は大絶賛みたいだね。
 僕もちょっと気になってきたなぁ……。機会があったら一度ぐらいは食べにいってみようかな?

 次は海沿いを東へ歩く。
 すると、海に面した左手側に、特徴的なアーチが見えてくる。

「着いた着いた。ここが駅まで続くメインストリート、遠堺商店街だ。買い物はここに来れば大体揃うぜ」
「わぉ、随分賑わってるんだねぇ。最近のご時世じゃ、ここまで活気のある商店街って珍しいんじゃない?」
「ふむ、そうかもしれないね。知っているとは思うけど、この市内はレイヤード以外の夜間の一定以上の輝度の灯火が禁止になっているだろう。そのせいで、大型の百貨店やチェーン店は強みの深夜営業が活かしにくくてね。結果的にそういう大手企業よりも、地域に根付いていて、暗くなったら営業終了の地元の自営業の方がここらでは優勢なのさ」
「あ〜、そう言えば、ここに初めて来た時も、夜はしっかりカーテンかけてね〜とか言われたっけ。意味よくわかんないまま一応言われた通りにはしてるけど」

 「仮想化技術実験都市」であるこの遠堺市には、他には類を見ない独特の条例が存在している。
 それが、今小倉君が言った「夜間の一定以上の輝度の灯火禁止」。
 一般家庭はさすがに、「遮光カーテンの使用推奨の努力義務」に抑えられているけど、企業や法人は公共施設も含めて全て禁止だ。
 その代わりに、「灯りが点いている状態」の仮想現実空間をレイヤードネットの技術で実際の現実空間に重ね合わせることで、疑似的に灯りの点いた状態を再現している。
 この「実際には点いていない灯りをAR空間の重ね合わせで点いているように見せかける」仕組みが、現在のレイヤードネット技術の大本の基礎になっているんだよね。
 ただ、問題はこの制限が交通機関にも適用されるってこと。
 灯火が許可されているのは、遠堺を目的地としない市外からの通過と、勤務先からの帰宅までの帰途のみ。
 そのせいで、この街は夜間の移動にかなりの制限がかかっていて、お店自体はレイヤードで夜まで営業できても、お客さんがこられないのであまり意味がないんだよね。
 こんなかなり不便な制限に一体何の意味があるのかと言うと……まぁ、それは今日の最後に行くつもりらしい境山に着くまでのお楽しみかな。

 そんなわけで、この遠堺では深夜営業のコンビニだとか大型商業施設がそれほど積極的に進出していなくて、代わりに今の時代には珍しいぐらいに昔ながらの商店街が発展してるんだよね。
 この、ここだけ百年前からタイムスリップしてきたかのような昭和レトロな店構えのノスタルジックなアーケード街と「仮想化技術実験都市」遠堺の誇る最新のレイヤードAR技術が融合した、独特のサイバーパンク感あふれる雰囲気は、観光客からもかなりの人気で、今日も多くの人でごった返していた。

 その人混みの中に加わりつつ、商店街を北へ進んで行く。

「ほわぁ〜……この見るからに昭和!って感じ、もはやレトロ通り越して古典だよねぇ。なのに当たり前みたいにAR広告がそこら中飛び交ってるっていうね。すーごい斬新」

 あちこち目移りさせながら、そう素直な感想を漏らす楪さん。
 と、ふと目を留めたらしいのは、ユーモラスに描かれた、オーバーオールを着たニワトリのマスコットの立像。
 僕も釣られてそちらに目を移すと、僕たちの視線に反応したか、ただの立像に見えたマスコットが突然動き出す。
 これもまたAR広告だね。
 マスコットは軽快なステップで僕たちの前に躍り出ると、コミカルにターンを決めて、

「唐揚げのイイダ! 安いよ美味いよ! 営業中!」

 と、店名の入った大きな矢印と一緒に、店のある方向を指して消える。

「おー、唐揚げだって! おいしそーじゃん!」
「おう、イイダの唐揚げか。あそこは美味ぇぞ。食ってみるか?」
「いくいくぅ♪」

 というわけで、みんなで紙コップに5個入りの唐揚げをそれぞれ買うことに。

「んん〜! んま〜♪」

 なんて舌鼓を打ちつつ、その後も精肉屋さんの特製ホットドッグや、和菓子屋さんで一口最中とか、クレープ屋さんを見つけたりと、目移りするままに買い食いしていく。

「どれもこれもおいし〜♪」

 と、楪さんはご満悦。

「本当はお夕飯に響くので、あんまりよくないんですけど……買い食いってたまにやるとついつい楽しくなっちゃうんですよね。ふふっ」

 会長もちゃっかり買い食いを楽しんでいるようだ。
 すると横から、

「また太るぞ〜」

 副会長が茶々を入れる。

「んぐっ……。むぅ……へ、平気ですー。食べた分カロリーを消費すればいいのー」
「うっ……あたしも運動しなきゃダメかな……」
「……」

 あ、塚本さんに飛び火した……。
 楪さんも……無言で脇腹をつまんでるね。

「っていうか、そう言う副会長だってさっきからあたしたちと一緒に食べてるじゃないですか」

 という、塚本さんの反論には、

「アタシはいいんだよ。食っても体型に出にくいタイプだかんな」
「体型には出てるでしょうに……主に胸に」

 会長が恨み半分羨まし半分のジト目で副会長の胸を睨み、当の副会長は「ふふん」と勝ち誇ったようにその豊満な胸を張る。
 う、う〜ん……ちょっとその会話にツッコミは入れづらいかなぁ……僕たち男性陣としては……。


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