note.138 SIDE:G
天地さんと雫さんと分かれてから、程なくして中央区のストリームスフィア前に辿り着く。
まぁ、寄り道しなければ一本道だし、迷う要素は皆無だよね。
中央区はなんというか、リアルで言うところの行政機関や公共施設に当たる施設が多いからか、それなりに格式ありげな、だけど、どちらかと言うと質実剛健といった趣の飾り気の少ない建物が多い感じがするね。
特に、このストリームスフィア周辺ともなると、王城を含む貴族街への入口にも程近いということもあってか、いかにもなお堅い感じの雰囲気が漂っている気がする。
もう一度ミニマップを確認。
図書館は……これかぁ、大きい……。
ストリームスフィアの北東4分の1を占有する立派な3階建てを見上げて、思わず「おぉ」と感嘆の声が漏れる。
と、ちょうどそこでログインしてきたミスティスからパーティーチャットが届いた。
「やほー、おはよう、マイス」
「あ、ミスティス、おはよう」
「どこにいるのー?」
「先に始めてようかとちょうど今図書館に着いたところだよ。中央区のストリームスフィアで待ってるね」
「おっけー♪」
返答の後、すぐにミスティスが転移してくる。
まぁ、王都内のストリームスフィア同士で転移するだけなんだから、一瞬だよね。
「やほー」
「おはよう」
「それじゃ、今日は図書館で神器のネタ探しかな?」
「そうだね、そのつもり」
「おっけー。ほいじゃあ善は急げだ〜」
というわけで、早速入館手続きをして中へ。
おぉ……外から見ても大きいと思ったけど、実際入ってみると、広々とした読書スペースに3階まで吹き抜けになっている書架スペースが視界いっぱいに広がっていて、尚の事広く大きく見えるねぇ。
本の匂いと静謐さが生み出す図書館特有の雰囲気から来る、独特な緊張感が不思議と心地良い。
さて、と。
「黄昏の欠片」のことはついでとして、主な目的は「神器」に繋がりそうな情報探しということになるわけだけど……。
「えっと……それで、ここまで来てアレだけど、正直これ何をどこから探せば――あれ?」
ふと、気が付く。
あれは何だろう……?
「ねぇ、ミスティス。あの、奥の扉って何だかわかる?」
「へ? 何言ってんの?」
「えっ?」
「マイスがどこを指してるのかよくわかんないけど、なんにしてもそんな方向に扉なんてないよ」
「あれっ? でもあそこに確かに鎖がかかった扉が……」
僕が指差した先、一番奥の書架の裏側に、どう見ても鎖で封鎖された扉があるように見えるんだけど……あれぇ……?
目を瞬かせてもう一度見直してみても、確かに扉はある。
「んん〜……? マイスにだけなんか見えてる……? あんなところに隠し扉があるようなクエなんてあったかなぁ? ていうか、なんかのクエストだとして、どこでフラグ建てたんだろ。なんか心当たりある?」
「ううん、特には何も……」
今日はさっきログインしたばっかりで、冒険者区のストリームスフィアからここまで真っ直ぐ歩いて、途中少し天地さんと雫さんと話をしたぐらい……だよね。
道中寄り道もしていなければ、何かフラグになりそうなイベントにも遭遇したわけもない。
「う〜ん……まぁ、私には何も見えてないからなんとも言えないけど……何かのクエストだとして、扉に鎖がかかってるってことは、今はまだ何か条件が足りないんじゃない? 何が条件か全然わかんないし、今は一旦置いといていいでしょ、多分」
「なるほど、まぁそうかも」
改めて見れば、扉には鎖がかかっている上に、明らかに書架の裏側だ。
開こうにもまずは書架をどうにかしてどかさないといけないだろう。
つまり、少なくともそのためのまだ見つけていないギミックがあるってことなんだろうから、ひとまず一旦保留にするしかなさそうなのは間違いないね。
なんて、少し思考に沈みかけたところで、
「――」
「ん? ミスティス、今何か言った?」
「へ? いや、何も?」
何か声が聞こえた気がしてミスティスを振り返ってみたけど、きょとんとされてしまった。
う〜ん……気のせいだったかな?
「まぁ、いいか。じゃあ、扉は一旦置いとくとして……。神器の話を探すにしても、何か最初の取っ掛かりがないと、どう探したらいいかも見当がつかないんだけど……」
「そーねー。最初はやっぱり伝承とか神話系のお話からが鉄板じゃない? あとは世界史とか。とりまそれ系の本のとこ見てみよっか。ついてきて」
ミスティスに連れられて、歴史や伝承、伝説なんかに関する本でまとめられたスペースに案内してもらう。
「ここと、この左の2列はそーゆー系でまとまってるから、適当にそれっぽく読んでみればいいんじゃないかなー。ってことで、がんばってね〜」
「え? ミスティスは?」
「私はこの辺の本は、まぁ全部とまでは言わないけど、目ぼしいのは粗方今までで読んじゃったからね〜。私は私で他のとこの本からなんか見つからないか探してみる」
「なるほどね、了解」
「んじゃ、しばらく各自ってことで、テキトーにまた後でね」
「うん」
そんなわけで、何かアテでもあるのか、ひらひらと手を振って2階への階段を登っていくミスティスを見送って、僕も早速ぱっと見で目に付いた一冊を手に取ったのだった。
――原初、世界は遍く全てが一つとなって混じり合い、渦巻いては消え行く混沌であった。
その始まりはほんの些細な偶然。
刹那に生まれて消え行く渦が、ある時、二つぶつかり一つとなった。
ほんの一時、消えず残ったその渦は、辺りを引き込み流れとなった。
流れは大きなる渦となり、渦は新たな流れを呼ぶ。
そうしてお終いに、遍く混沌は一つの大きなる渦と成り果てた。
是即ち原初の螺旋なり。
やがて、渦からは混じり合っていた諸々の者共が弾き出されるようになった。
最初に生まれ出でたのは光であった。
最初に光が生まれ出でた故、世界の残りは闇となった。
原初の光、而して世界に未だ時は流れず、故に其は昼でなく、夜でもなし。
是即ち黄昏なり。
原初の闇、而して遍く混沌は今や螺旋と成り果て、故に其は闇よりも昏し。
是即ち漆黒なり。
そののち、螺旋から諸々の神々が生まれ出でた。
名も無き神々は初め互いに出会わなかった。
しかし、数が増えると世界を己がものとせんと相争った。
最後に、光の内より輝ける美しき女神が生まれ出でて、自らをシティナと名乗られた。
女神は名も無き神々が果てなく争う様を見て、お嘆きになられた。
そしておっしゃった。
吾、是より評決を下さん。汝等従うべし。
女神は神々に正しき評決を下され、名を与えられた。
神々は女神の美しく光り輝く様を見て是に従い、己の正しき領分を得た。
そのようにして遍く万象は調和し、世界となった。
是が女神シティナの偉大なる地の始まりである――。
……というのが、この世界の創世神話の内容だった。
まぁ、文献によって細部の差異や異説はあるものの、大筋の流れはどれも変わらないね。
原初の混沌の中でまず一つの渦が生まれて、それが混沌全部を飲み込む螺旋に成長、そこからまず光と闇が生まれて、それがそれぞれ「黄昏」と「漆黒」と呼ばれる。
その後神々が生まれて覇権を争うけど、最後に最高神である女神シティナが生まれて神々に「評決」を下すことで争いを収めて、神々に役割を与えたことで、この世界「シティナスフェア」が生まれた、という流れだ。
異説があるのは、主に螺旋と女神シティナの出自の部分かな。
螺旋に関しては、渦巻いている段階で既に光と闇に分かれた二重螺旋になっていたとする説。
そこから更に派生して、最初にぶつかった二つの小さな渦が後の光と闇だったとする説。
女神シティナの出自に関しては、彼女も他の神々と同じく螺旋から生まれたとする説。
逆に原初の光そのものが彼女の事を指すとする説なんかがあるみたいだね。
基本はさっき語ったやつが一番主流の説らしい。
「黄昏」と「漆黒」……。
確かに、この二つが原初の光と闇として名前が出ているね。
「黄昏の欠片」と「闇より深き漆黒」……さすがにこれだけじゃ、具体的にどう関係しているのかまではわからないけど、これだけ一致していれば、少なくとも全くの無関係ではないだろう。
特に、「漆黒」の方なんて、この話の中でも「闇よりも昏し」なんて書かれるぐらいだし。
何かしら意味のある繋がりは見出せるはずだ。
だけど……これだけじゃまだ足りない。
それに、リアルの噂の方と結び付けようにも、これじゃまだ昼間オグ君が言っていたように「単なる創作上の設定」の領域は出ていない。
どうしてゲーム上の設定でしかないはずの「黄昏の欠片」という単語だけが内容も全然関係ない都市伝説として独り歩きしているのか……。
う〜ん……リアルの神話で「黄昏」と言えば、おなじみ北欧神話の「神々の黄昏」こと世界の破滅の最終戦争「ラグナロク」だよね。
あっちは「黄昏」で世界が終わるけど、こっちは「黄昏」から世界が始まっているのか。
なんだかおもしろい対比だね。
それとまぁ、当たり前だけどこれじゃ話が大きすぎて本題の神器の手がかりにもちょっとなりにくそうだねぇ……。
神話方面で探るなら、創世神話を深掘りするよりも個別の神々のエピソードを追っていった方がまだ役に立ちそうだ。
創世神話関係は今のところはこれ以上の情報は得られなさそうかなぁ。
今はまだ読み解くための手がかりが足りていないという感じがする。
それとも、まだ何か見落としているところがあるだろうか……?
もう少し読み込んでみようかなぁ。