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note.140 SIDE:G

「ふぅ……」

 ひとまず開いていたページを読み終えて一息つく。
 柔らかな木漏れ日が差し込む窓際の席。
 ふと外に目をやれば、ちょうど「ピチチ」とさえずった小鳥が一羽、枝から飛び立つ。
 一つ大きく伸びをすると、ちょうどミスティスが通りがかった。

「あ、それ、創世神話?」
「あ、うん、そうだよ」

 そういえば、ミスティスにはまだ「黄昏の欠片」のことは言ってないっけ。
 ミスティスも雫さんの件については知ってるわけだし、話しておいて損はないだろう。

「ちょっと、気になる話があってね。――」

 と、リアルのことも含めて、「黄昏の欠片」についての一通りを話して――

「あれ? その話、前にどっかで聞かなかったっけ?」
「あれ? そうだっけ? でも、言われてみればなんかこの話一度したような……あれ……?」

 ん〜……なんだろ、この既視感……。
 これがデジャヴってやつ……?

「う〜ん……まぁ、いっか。じゃあ、次の本を探そうかな」
「私も次はこの辺漁ってみよっかなー」

 と、創世神話の本を元に戻し……て……?

「やっぱり、なんかおかしくない?」
「この流れもさっきしたよね? あれぇ?」

 なんだろう、さっきから謎のデジャヴがずっと頭の中でモヤモヤして……。

『――……けて……たす…………お願い……届いて!』

 頭の中に……声……!?そうだ……!
 奥の書架に近づいた途端、聞き覚えのある声が頭の中に直接響く。
 と同時に、頭の中のどこかに霞がかかっていたような違和感の存在に初めて気が付く。
 気付いてしまえば、途端にぼんやりしていた部分が急速にはっきりしていく。

「思い……出した……! そうだよ! あの扉から声が聞こえて、僕たち一度司書さんに確認しに行ったんじゃないか!」
「あっ! あれ? どうしてこんなついさっきのこと忘れて……あっ、確か、そのこと聞いたら急に司書さんの様子がおかしくなって……って、マイス!?」

 僕が口に出したことで、ミスティスも思い出したみたいだね。
 だけど、そんな彼女に答える余裕は、僕にはなくなっていた。

『助けて……!』

 声がさっきまでよりはっきりと聞こえる。
 導かれるように書架の前に立つと、どういうわけか見えなくなっていた扉が、再び現れた。
 瞬間、まるで前から知っていたかのように僕の手が自然に動く。
 ここと、ここ、この本とこの本を入れ替えて……最後にこれを押し込む!
 僕の操作に従って、書架がスライドして、扉に直接触れられるようになる。

「えぇっ!? あ、私も扉見えた!」
「声が呼んでる……助けなきゃ!」
「ちょっ、どういうこと!? マイス!」

 書架が開いたことで、扉はミスティスにも見えるようになったみたいだけど、声までは聞こえていないらしい。
 戸惑う彼女をよそに、押し開けるかのように扉に触れると、僕のことを待っていたかのように鎖がひとりでに千切れて虚空に消える。
 そのまま抵抗なく扉を開けると、そこに続いていた螺旋階段を一気に駆け降りる。

「マイス! ひゃわっ!?」
「そこをどけ! クッ、いたぞ、禁書庫破りだ! 追え!」

 背後から衛兵らしき声と気配が追ってくるのがわかる。
 おそらく、何か扉の封印と連動した仕掛けがあって、すぐに衛兵に知らせがいくようになっているのだろう。
 けど、今捕まるわけにはいかないし、いちいち構っている暇もない。
 後ろの気配を振り切るように、段を飛ばしてスピードを上げながら階段を降りる。

 そうして階段を降り切った先は、一見すると上階と変わらない、図書館フロアに見えた。
 でも、あんな厳重な封印がされてたぐらいだし、さっき追いかけてきた衛兵も言ってたし、ここが禁書庫というやつなんだろう。
 階段から降り立った瞬間、間髪入れずに声が響く。

『こっち……私、ここ……!』

 頭の中に直接響くばかりで、何か指し示す目印があるわけでもないのに、声が聞こえた途端にどこを目指せばいいのか、不思議とすぐさま理解できた。
 感覚に従って、足を止めることなく導かれる方向へ走る。
 だけど、おそらく侵入者を止める仕掛けなのだろう、横から書架がスライドしてきて、目の前で隔壁のように閉じられてしまう。

『こっちだよ……!』

 言われるままに、壁となった書架を曲がる。
 と、今度はこれも防衛機構なのか、それとも禁書庫というだけあって元々そういう性質の本なのか、ページから牙やら腕やらが生えた本がバサバサと飛んできて襲い掛かる。
 反射的に手で払い除けそうになって、

『ダメッ……!』

 寸でのところでなんとか引き戻す。

『本に触れてはダメ……!』

 言われた通り本に触れないように、代わりにその手で庇いつつ、頭を下げて本から逃げる。

『次を曲がって……!』
『跳んで……!』
『伏せてっ……!』
『こっち……!』

 その後も声に従って、襲ってくる本や仕掛けられた罠を次々と避けていく。
 そうして、ついに……

「見つけた……!」

 正面に一点、光を放つ本を見つける。見た瞬間に、声の正体はその本からだと確信できた。
 だけど、その本があるのは書架のだいぶ上の方だ。
 えぇっと、梯子梯子……あった!
 見つけた梯子をかけ直して、輝く一点を目指して登っていく。
 あと少し……ようやく手が……届いた!

「わあっ!?」

 指先が本に触れた瞬間、何も見えなくなるぐらいに光が眩さを増して、後ろにバランスを崩してしまう。
 あ、ヤバ……これってこのまま床まで落ち――

「えっ……?」

 無意識に宙を彷徨っていた手を、誰かに掴まれる感覚。
 落下を覚悟してギュッと瞑っていた目をおそるおそる開くと、そこにいたのは――宙に浮いた、女の子……?

「えっ、わっ!?」

 周りを見回すと、どうやら彼女のおかげで、僕も一緒に宙に浮いて、空中をゆっくりと下りているらしい。

「あ、あり、が……とう」

 突然の状況に戸惑いつつも、なんとか少女にお礼を言う。
 どうやら身体は割と自由に動かせそうだったので、独特の浮遊感に苦戦しつつも体勢を立て直して、無事に床面に着地する。
 と、ちょうどそこで、

「動くな!」
「追いついたぞ、禁書庫破りめ! 観念しろ!」

 衛兵が追いついてきた。
 あー……えっと……この場合、どうすればいいんだろう!?
 ここに来て、緊張の糸が切れたというか、ふと我に返ったというか……。
 冷静に状況を認識してしまって、冷や汗が噴き出る。
 半ば声に憑り付かれたみたいに夢中でここまで来てしまったけど、実際禁書庫の封印を破ってここにいるのって結構ヤバいことをしてしまったのでは……?
 こちらに向けられた槍の穂先を意識してしまった恐怖と相まって、パニックで頭が真っ白になりかけたけど……。
 そこで動いたのは、またしてもさっきの少女だった。

「何だお前は! 止まれ!」
「私のマスターは、傷つけさせない……!」

 僕を庇うように少女が衛兵の前に出て、両手を彼らに向ける。

「クッ! まずは貴様からだ、拘束する!」

 おそらく槍で羽交い締めに拘束しようとしたのだろう、彼女の前で交差するように衛兵が槍を突き入れようとして――
 しかし、少女が両の掌にそれぞれ魔法陣を生み出すと、そこに穂先が触れる直前に、見る限りどう見ても木製に見える槍が、まるで針金のようにぐにゃりとU字に反り返って曲がり、穂先が彼ら自身へと向かっていく。

「うわっ!?」
「ひえっ!? な、何だ!?」

 堪らず衛兵が槍を手放し、自分に穂先が向かってきたことに驚いたか、片方が尻餅をつく。
 続けて、何をするつもりか、少女の掌に更に魔力が集中しようとしたところで――

「そこまでだ」
「マイス!」

 ――パンパン、という拍手と共に、ミスティスと、もう一人知らない声が響いて、戦闘……とも呼べない騒動は終わりを告げたのだった。


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