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note.149 SIDE:G

「これで、概略の基礎講義は終わりです。あとは、ギルド規定の中からジョブを選ぶ場合は基礎の実践練習が受けられますけど、受けたい講義はありますか?」

 そういえば聞いてなかったけど、ミスティスは転職先何にするんだろう?
 と、ふと思ったら、

「はいはーい! 私はブレーダー!」

 シンプルに、剣士としての正統進化であるブレーダーにしたみたいだね。

 僕はもちろん決まっている。

「僕はサマナーでお願いします」
「承りましたっ。それじゃあ、キール教官を呼んできますので、マイスさんはここでこのままお待ちください。ミスティスさんは訓練所ですね。こちらへどうぞ〜」
「は〜い! それじゃ、また後でね、マイス」
「うん、いってらっしゃい」

 ここからはカリキュラムが違うから、別行動だね。

 キール教官は、アミリアギルドでマジシャン系の指導教官を担当しているエルフ族の男性。
 普段はギルドの裏方的な雑務も担当しているようで、時折忙しそうに荷物を抱えた姿をラウンジでも見かける人だ。
 教官として会うのは、最初のチュートリアルとしてマジシャンの基礎講義を受けて以来だね。

 なんてことを思い出していると、扉が開いてキール教官が入ってくる。

「やぁ、久しぶりだね、マイス君。こうしてきちんと話すのはマジシャンの基礎講義以来かな」
「はい、そうですね。お久しぶりです、キール教官」
「うん、あの時から随分と成長したようだね。魔力の流れにしろ、受け答えにしろ、一端の冒険者らしくなってきた」
「そ、そうですかね? ありがとうございます」

 教官が落ち着きのある微笑みで褒めてくれる。
 成長……できてるのかな?
 魔力の流れはともかく、受け答えとかって部分はあんまり成長できたような自信はないんだけど……まぁ、教官から見てそう見える程度にはなれているということなんだろうから、素直に受け取っておこう。

「それで……なるほど、話には聞いたけど、そちらのお嬢さんが件の魔導書ちゃんか」
「はい」
「あぁ、確かに、一切の歪みなく整えられた魔力だ。自然の産物ではこうはならない」
「ん。ステラ。よろしく」
「ステラちゃんというのか。良い名だ。私はキール。キール・クライトだ。よろしくね」

 ひとまずステラとの自己紹介が終わったところで、改めて教官が教壇に立つ。

「さて、では講義を始めよう。サマナーを選んだのだったね。であれば、講義内容は一つ。契約と召喚の術理についてだ。
 では、マイス君。召喚魔法とはつまるところ一体何をしているのだと思う?」
「えっと……召喚ってことだから、契約した対象を呼び出して使役しているってこと……ですかね?」
「あぁ、召喚魔法の間違ったイメージのよくある解答だね」
「違うんですか?」
「違うんだ。構築魔法は知っているね?」
「はい」

 構築魔法は設計図と素材を予め用意することで、設計図通りの物を瞬時に作り出す、誰にでも扱えるように簡略化した低位召喚魔法。
 このゲームの生産職が使う、所謂レシピショートカットというやつだね。
 低位召喚魔法……あ……。

「思い出したかな? そう、構築魔法も召喚魔法の一種なんだよ。そのやっていることの本質はサマナーが扱う通常の召喚魔法も変わらないんだ。
 召喚契約とは、対象の設計図たる構造情報を術式に変換すること。召喚魔法とは、契約によって得た設計図を呼び出して、魔力で以て励起したフォトンで仮初の血肉を与えてやることだ。
 構築魔法は設計図と素材の実物を用意するからこそ、契約は必要ないし、術式は簡略化されて僅かな魔力と修練で誰にでも扱えるようになり、仮初ではない確固たる実物が完成するんだ。
 では、サマナーが扱う一般的な召喚魔法において『設計図』とは何を指すのだろうね? わかるかい?」

 召喚魔法で使う「設計図」……なんだろう?
 あー……でも、こっちは「封印」扱いだからまた違うのかもしれないけど、ステラの能力の記述を借りるなら……

「えっと、対象を解釈して分解した術式……ですかね?」
「む、それは魔導書……ステラちゃんからの入れ知恵かな?」
「え、あ、はい、そんなところです」
「そうか……。こと召喚契約という点で言えばそれは半分正解だが半分不正解だ。
 それはより上位の魔法である封印の方法としては正解だ。それも最上級の。封印の手段として真っ先にその方法が出てくるとは。どうやらステラちゃんは相当強力な魔導書らしいね。さすが自ら人の姿を取れる程のことはある」
「半分正解……というのは?」
「うん、話を戻そうか。この世界のあらゆる存在はそれ自身を指し示す特別な言霊を持っているんだ」
「それは、えーっと……真名みたいなもの……ですか?」
「真名もその一つではあるが、それとは少し違う。真名とは存在の本質を示す名だ。だが、真名は『設計図』とは違うんだ。どちらかと言えば真名はそのものを形作る『素材』の方に当たるものだ。宝石で言う『原石』と言い換えてもいい。原石は削ったり磨いていくことでどんな形にもなれるけど、後からその素材そのものを別の素材に作り変えることはできないだろう。
 では、召喚魔法において対象を示す『設計図』とは何を指すか。それは『原石』を『宝石』へと磨き上げていく『過程』の部分だ。元となる原石から何処を、どの角度で、どれぐらい削るのか。その手順と、最終的な形状とその寸法が正確に記録してあれば、別の石からでも同じ形を削り出すことはできるだろう。
 その手順――『魂の形』を書き記した言霊。これを『真名』に対して『真言』と呼ぶ。真言を知ることで、それが示す対象を分霊――生霊のようなものとして呼び出すことができるようになるんだ。召喚契約とは、双方の合意の下で召喚対象が許可した真言の一部を教えてもらう契約なんだ。そして、ここまで言えば察しはつくと思うが、この真言こそがさっき半分正解と言った『対象を解釈した術式』の正体なんだよ。
 ただ、真言だけを知っていても、真名を知らなければそれはつまり本質となる『素材』がない。とりあえず形と寸法を知っているからその通り型を作れるというだけのことだ。それも、教えてもらった一部分だけのね。この『型』に魔力を流し込んでフォトンを励起し、仮初の血肉を与えて、対象が持つ能力の一部を再現するのが基本的な召喚魔法というものだよ」

 なるほど、召喚対象本体を呼び出すわけじゃなくて、設計図を教わって対象の一時的な複製品を作るのがこの世界の召喚魔法、という感じかな。

「とは言え、これは主に高位魔族や上位存在と契約する時の最も一般的な方法の一つに過ぎない。契約の内容は割と契約対象次第なところが大きいから、例外はかなり多いよ。例えば、武具を対象にしたりする非生物との契約とか、妖精や精霊の類との契約とかね」

 例外……ってことは、妖精との契約は何か特別ってことかな。
 こうしてサマナーになったからには、約束通りカスフィ森の大妖精の少女との契約を果たしておきたいし、何か注意事項とかあったら聞いておきたいな。

「教官、あの、質問なんですけど……」
「うん? いいよ、何だい?」
「生物じゃない相手はともかく、妖精も契約方法が違うんですか?」
「そこに興味を持つか。いい質問だ。では、解説しよう。まず前提知識として、彼ら彼女らは一見して他の生物と同じように自由に振る舞っているように見えるが、実際には彼らに『個体』という概念はないんだ。ただ、個としての彼ら一体一体の振る舞いの結果が、その総体で以て『自然』を形作っているだけだ」

 これはまぁ、大妖精の少女にも教えてもらった妖精の基礎知識だね。
 日本の八百万の神々だとか付喪神辺りに近しい概念だと理解している。

「『個』の概念がない彼らには名前がついていない。つまり、個としての彼らそれぞれには真名も対応する真言もないんだ。
 では、そんな彼らと契約を行うにはどうすればいいか。彼らに名前を与えてやればいいんだ。個としての彼らを認め、相応しい名前を付ける。贈った名前が妖精自身に受け入れられれば契約は成立だ。無事契約が成立すれば、その個体は『自然』から離れて『個』を獲得し、契約主を護る『守護精霊』となるんだ」
「守護精霊?」
「わかりやすいところでは四大精霊に代表される属性や、山や川、草花といった包括的な概念を司る上位存在が精霊だけど、守護精霊というのはまぁ、言うなれば契約主個人を司る精霊だと思ってくれればいい。契約主個人を文字通り守護する存在として、様々な恩恵や加護を与えてくれる。更に、その力は契約主との絆によってより強力なものになっていく。それが妖精と結ぶ契約だ」

 守護精霊……この間の大妖精の少女との疑似契約状態を更に強化したような恩恵がある、ってことかな?

 それと……ちょっと怖い気もするけど、これも聞いておかないと。

「なるほどです。ちなみに、もし名付けが拒否された場合はどうなるんですか?」
「その場合は……まぁ、覚悟しておいた方がいいね。契約が失敗したということは、相手の妖精も個を得ていないままということだから、妖精からの拒絶とは即ち『自然』そのものからの拒絶だ。相手が何の妖精かとか、契約の内容にもよるところだから、一概に何が起こるとは言えないが、取り返しはまずつかないぐらい重い代償になることは間違いないだろう」
「うへ……な、なるほど……」

 あの大妖精の少女の時も、ちょっとした感謝の念ぐらいでも妖精としての力に多少の上下があったり、いろいろ加護をもらったぐらいだし、彼女自身にも警告されたから、予想はある程度してたけど……やっぱり、かなりよろしくないことになるのは間違いなさそうだね……。
 「自然」そのものからの拒絶……あの時倒したトロールに対しての彼女の反応みたいな敵意を向けられるってことだよね……。
 ちょっと想像はしたくない……というか、僕の想像なんて程度は遥かに超えて良くない事態になるんだろうなぁ……。

「種族的に彼らに近しいエルフやピクシーでもない限りは妖精一個体と契約が結べる程まで交流を持つという機会はかなり稀ではあるけど、もし機会に恵まれた時にはくれぐれも慎重にね。決して彼らに安易に名前を付けたりしてはいけないよ」
「はい。肝に銘じておきます」

 そう言われると、ちょっとあの大妖精の少女との契約もなんだかちょっとだけ怖いものに見えてきたかも……。
 ど、どうしよう……一応、あの時言われた通り彼女につける名前は考えてあるんだけど……念のために予備の候補とか考えておいた方がいいのかな……。
 いや……むしろ、これは迷ったら負けなパターンな気がする……うん、多分そう……!
 今思っている名前を信じよう、うん、それがいい。

「それから、次に精霊だ。これもまた妖精とも少し話が変わる。彼らは明確に上位の霊的存在だから、種族的な適性があってもその姿を見ることは稀だ。そんな彼ら精霊と契約する方法だが、実のところ、彼らは真名を隠していない。
 そう、例えばサラマンダーやウンディーネといった一般的によく知られた名称こそがそのまま彼らの真名なんだ。世界を形作っている概念そのものに宿っている、言い換えれば世界そのものの一部である彼らは、その世界の内側に属する私たちではその在り様を歪めたりすることはできない。だから、彼らは真名を隠す必要がないんだ。これは、さっき言った妖精から昇華した守護精霊であっても一緒だよ。守護精霊とて精霊、彼らも既に『世界』側の存在だ。授けた名前をそのまま真名として扱ってあげて問題ない。
 ただ、真名が隠されていないと言っても、契約するとなると一筋縄ではいかない。何せ、姿を現すことすら稀だからね。まずは彼らに契約するに足る素質を見せなければならない。何が『素質』足りえるかというのは、個人やその時々によってまちまちだ。その人の天性の才能やらにもよるし、何より彼らもまた『自然』の一部、つまり、その本質は妖精と同じく自由で気まぐれなものだ。先天的に彼らに好かれやすい体質が生まれてもてはやされることもあれば、明らかに彼らの気まぐれとしか思えないような、突然前触れもなく加護が与えられたりするようなこともある。
 まぁ、そんなのは何十年とか何百年に一人なんて単位の幸運だ。そうではない私たちが彼らに示せる『素質』となると、やはり魔法の研鑽が基本にして唯一の道筋だろう。王道に近道なしというやつだね。契約したい精霊が司る属性や近しい概念に関わる魔法を極めていけば、運が良ければ彼らの目に留まるはずだ。彼らに認められれば、おそらく彼らの側から姿を見せてくれるだろう。
 その後は、端的に言ってしまえば彼らとの交渉次第ということになるが、大抵は何らかの試練が課されるはずだ。試練の内容もその時々ではあるが……彼らが試練の地に選びやすい場所、というのがいくつかあるのも知られている。だから逆に、こちらからその場所に出向いて自ら試練を受けることでも、彼らに実力を示すことができる。まぁ、そうは言っても大半はその場所まで辿り着けることそのものも含めて試練の内だ。並大抵の実力では試練の地に足を踏み入れることすら出来はしない。結局のところ、相応の魔法の研鑽は彼らと会うための絶対条件と言えるね」

 精霊との契約は相応の実力と試練が必要かぁ……。
 難しそうだけど、せっかく召喚術師なんてものを目指すからには、それこそ四大精霊とか、一人でもいいから呼び出せるようになってみたいよねぇ。
 僕がこのゲームでマジシャン系を選んだ理由にも合致するところだけど、やっぱりこういうところが魔法の浪漫だよねぇ。

 なんて思いを馳せていると、教官が難しい顔をして付け足す。

「ただ、近頃はもう、精霊との契約は非常に難しくなっているんだ」
「えっ、どうしてです?」
「彼らが試練の地とする場所のほとんどが既に『闇』の中に呑まれてしまっているからだよ。まずは神器を見つけ出し、彼らの試練の地を『闇』から解放しなければ、こちらから試練を受けに行く手段は取れないということだ。自分の才能が彼らの目に留まることを祈って魔法の研鑽を続けることしか、今は取れる手段がないんだ」
「そういうことですか……」
「だが、これは逆にチャンスでもあるだろう。神器を手にできる程の実力があれば、必ずや彼ら精霊たちにもその力は認めてもらえるはずだ。そのためにも、我々は神器を探し出すことを諦めてはならないんだ。
 世界は今やこのユクリという小さな国しか残されていないが、神器探しは女神シティナ様からのご神託だ。ならば、必ず神器はどこかに存在する。少なくとも私は――我々冒険者ギルドは、そう信じているからこそ君たちのような未来ある冒険者を送り出しているんだ」
「はい……!」
「いい返事だ。……ふ、我ながら柄にもなく少し熱くなってしまったかな」

 そう言って頭を掻くキール教官。
 やっぱり、こと神器の話となると、焦りとか望みとか、みんなそれぞれ思うところはある、というところなんだろうね。

「じゃあ、契約の次は召喚の部分についての話だ。契約した対象を召喚した時に何が起きるか。これは大きく分けてパターンが三つある。
 まず一つ目は具現型。余程特殊な対象でなければ非生物の召喚はほぼこのタイプになる。術者の魔力で励起したフォトンによって一時的に対象を複製して具現化する。性質上、召喚の維持には常に一定の魔力を消費し続けることになるから、基本的には元の本体を直接振るった方が遥かに有用だろう。召喚魔法だからこそできることとして、魔力操作で手を触れずに動かす念力のようなことができなくもないが……これはあまり有用とは言えないね。イメージ通りに動かせるようになるためには、かなり高精度の空間認識能力が必要だ。常人ではせいぜい、魔法陣からそのまま直線状に射出する疑似的な物理攻撃ができる飛び道具代わり程度が関の山だろう。非生物対象は意思がない分契約は確実に成功できるけど、使いこなすのはおそらく一番難しいと言えるだろうね。
 次に二つ目は具象型。大半の生物対象はこのタイプだ。対象の身体やその一部を一時的に複製して、そこに備わったスキルや能力を再現する。召喚魔法とパッと聞いてイメージされるものに一番近いのがこのタイプだろうね。魔物の腕や顎だけを呼び出して攻撃させたり、魔物固有の特殊なスキルを使わせたりとかね。小型の対象だと全身が召喚できることもあるけど、具象型はあくまでも複製体の構築であって、対象本体ではない。そこに本体の意思は宿っていないし、動かすのは術者のイメージだ。
 最後に三つ目、呼び出し型。これは最初から真名で契約する妖精や精霊、あとは極めて稀だが信頼関係を築けて真名を明かされた生物対象で可能になる。これは双方の同意の下に、契約対象本体を直接呼び出すタイプだ。真名によって魂を呼び寄せ、真言によってその場に肉体を再構築してやる。
 ちなみに、ストリームスフィアはこれの応用だよ。真名の代わりに登録した魔力波長を用いて地脈を経由することで魂を移送して、安定還流させたフォトンで肉体を再構築しているんだ。だからこそ、ストリームスフィアからの派生技術であるジャンプボールやポータルスフィアはサマナーで扱う魔法なんだよ」
「そういうことだったんですね。召喚魔法の延長線というのは知ってましたけど、詳しいところまでは知りませんでした」
「この辺の話は召喚術師か魔法陣学者を志しでもしなければ普段聞く機会はないだろうからね。
 さて、これで一通りの概略については話し終わったと思うけど、何か質問はあるかい?」

 聞いておきたいこと……そう言えば、ふと思ったけど、

「僕たち人間の真名ってあるんですか? 自分の名前以外でそんな特別な意味のある名前なんて思い当たらないんですけど……」
「なるほど、真名についての解説をしていなかったか。真名とは存在そのものを示す名だ。その存在が世界に初めて認識された名前。『世界』から存在を切り分けた原初の言霊。つまるところ何の事はない、基本は本名がそのまま真名という認識で問題ないよ。ある意味僕らも真名を隠していないことになるけど、一般的に人類種同士を対象に真名を必要とする魔術的な契約を結ぶようなことは稀だ。精々、重要な約束事をお互いに破らせないための契約魔法(ギアス)だとかね。
 ただ、召喚に限らず魔術的な契約においてこれが知られると、さっきの例えで言えば『素材』の部分に直接手を加えることができてしまう。それはもはや生殺与奪を全て相手に握られてしまうに等しい。要は、呪いの類に使われると非常に不味いということだね。だから、真名が知られることを警戒して、偽名を使ったり姓や名前の一部を隠したり変えたりして真名を隠して活動する者もいないわけではないよ。
 とは言うものの、対象の真名を必要とするような強力な呪術となると、術者の側にも相応の重い代償を強いたりするものになる。余程の深刻な恨みを買われない限り、そんな呪術には出会うことすら一生ないだろう。真っ当に生きていれば、普段の生活で自身の真名を気にする必要はないと言っていいよ」
「わかりました、ありがとうございます」

 本名……と言ってもさすがにまさかゲームの世界でリアル本名ということもないだろうから、僕の場合は「マイス」が真名ということになるのか。
 まぁ、教官の言う通りなら普段は基本気にすることでもなさそうだけど、知識として頭の片隅には覚えておいてもいいかもしれない。

「さて、座学はこの辺にして、そろそろ実践練習に移ろうか」
「はい」
「召喚魔法とはどんなものか、最もわかりやすく理解してもらうために、この講座ではまず、各々が普段から使っている手持ちの武器を対象に契約してもらうことにしているんだ」
「武器との契約……ですか」
「あぁ。つまりは非生物との契約だね。武器との契約は基本的には具現型だから魔法としての意義はほとんどないけど、生物相手ではないから確実に成功するし、今まで自分が使ってきたものだから召喚のイメージもしやすい。召喚魔法がどういうものか、実際に扱って実感するには最も適した教材だ」
「なるほど」
「では、始めていこうか。
 非生物が対象と言っても、術式と詠唱自体は対象が何であっても変わらないよ。
 契約術式の魔法名は『召喚契約(サモンコントラクト)』。詠唱は『我、是より汝と契約を結ばん。我が魔力を以て汝を見通し、汝が理を以て万象を解す。以て万象を我らが(めい)の下に従えるものなれば』。ここで一度詠唱を止める。対象が契約に応えてくれればここで何らかの返答があるはずだ。返答を受け取ったら続きの詠唱だ。『然らば此処に契約は成されん。今此の時より、我は汝に、汝は我に、盟ある限り其の(めい)と銘を捧げん』。これで『召喚契約』を宣言すれば契約完了だ。
 注意点としては、相手の返答という手順を挟む以上、この術式は短縮詠唱ができない。必ず全文で詠唱すること」
「わかりました」
「じゃあ、普段の武器を出して。実践してみようか」
「はい」

 普段の武器だから、いつものエニルムスタッフでいいかな。
 ストレージから取り出して、とりあえず目の前の机の上に乗せる。

「非生物……特に武具を対象に契約する時は対象の銘がそのまま真名になる。それの場合はエニルムスタッフだね。銘を強く意識しながら、対象に魔力を通しつつ召喚契約を詠唱すればいい」
「やってみます」
「じゃあ、詠唱文はもう一度教えてあげるから、僕の後から詠唱として復唱して」
「はい」

 「エニルムスタッフ」の名前を意識しながら、魔力を通す……。

「我、是より汝と契約を結ばん。我が魔力を以て汝を見通し……汝が理を以て万象を解す。以て万象を我らが命の下に従えるものなれば」

 教官に続いて教わった通りに詠唱すると、机の上のエニルムスタッフを中心に魔法陣が現れて、スタッフ全体がわずかに宙に浮きながら魔力の光を帯びる。
 返答を待つところまで詠唱すると、光は急激に強まって、一瞬カッと光ったかと思えば、緩やかに減じて、武器全体が淡く魔力のオーラを纏うぐらいで落ち着く。
 と同時に、僕の中でスタッフとの間に何か新しい経路が繋がって扉が開かれたような、「魔力が通った」感覚が感じられた。
 自分の魔力が繋がった「扉」を通して杖に向けて流れていく。
 魔力が杖全体に行き渡って……これはなるほど、詠唱文の通り、魔力を介してスタッフの構造を「見通し」て、その在り様の理で以て、周囲の景色、魔力やエーテルの流れ、見えるもの、見えないもの、杖自身の認識で世界を「理解」する感覚……!
 それを理解した途端、頭の中に一つの詠唱文が浮かんでくる。
 これが「真言」ということかな。
 確認のつもりでちらりと教官に視線を送ると、

「うん、いいよ、成功だ。そのまま続けて」

 OKが出たので、これで合っているらしい。
 なら、あとは残りの詠唱だね。
 教官に頷いて、詠唱を続ける。

「然らば此処に契約は成されん。今此の時より、我は汝に、汝は我に、盟ある限り其の名と銘を捧げん。《召喚契約》!」

 スキル宣言で詠唱を完了させた瞬間、行き渡らせた魔力はそのままに、「扉」が閉じられた感覚。
 送った分の魔力が杖の側に取り込まれた感じだね。
 それを示すようにMPもごっそり減っている。
 これが互いに「名と銘を捧げる」ということだろうか……?

「契約はこれで成立だ。次は早速、契約した対象を召喚してみよう」
「はい」
「魔力が繋がった後、詠唱文が頭に流れてきただろう? それが契約対象を示す『真言』だ。契約によって示された真言は真名に刻まれているから、真名を思い浮かべれば自然と対応する真言も頭に浮かぶはずだよ」
「あ……本当ですね」

 アイテム名としてではなく、「真名」であると意識してエニルムスタッフの名前を思い浮かべると、まるで慣れ親しんだ歌のように、すらすらとさっき浮かんだ詠唱文が思い出せる。

「だけど、生物を対象に契約した場合、真名はそう簡単には教えてくれないだろう。余程の信頼関係が構築出来なければ生物との契約において真名まで明かされることはまずない。真名を明かされていない対象を召喚する時には、対象一個体を明確に意識しながらその個体名や種族名を呼ぶ。そうすれば、同じように真言は浮かんでくるはずだ」
「わかりました」
「それじゃあ、やってみようか。真言を詠唱、真名の前に『召喚(サモン)』の文言を加えて魔法名とするんだ」
「はい」

 早速浮かんだ真言を詠唱してみる。

「彼の地を見守りし古木よ、その眼で見通せし理の形を示せ。《召喚:エニルムスタッフ》」

 スキル宣言と共に、魔法陣からもう一本のエニルムスタッフが現れる。
 これが召喚魔法……!

「わぁ……できた!」
「成功のようだね、おめでとう」
「あ、ありがとうございます」

 宙に浮いたそれを手に取ってみる。
 当たり前だけど寸分違わず全く同じエニルムスタッフだね。
 なので、今の僕は全く同じ杖を両手に一本ずつ持っているちょっとシュールな状態だ。
 見た目や手触りは全く同じ、試しに魔力を通してみても、どうやら普通に杖として使えそうな感触もある。
 ただ少し違うのは……

「召喚した方の杖に、少しだけど魔力が吸われてる……?」

 実際、MPゲージを確認しても数秒ごとに1ずつの僅かだけど常時消費されている。

「召喚した対象は基本的に術者の魔力で励起したフォトンで一時的な実体を得ているだけだからね。その魔力供給を切れば、励起も維持できなくなってエーテルに還るはずだよ」
「なるほど……あ、本当ですね」

 魔力の供給を切ってみると、すぐにその形は崩れてフォトンに還元されて発散していく。
 触れていた手元の感触は、フォトンクラスターに触れた時の逆再生みたいな感じだったね。

「契約は全文での詠唱が必須だけど、召喚の真言は普通の魔法と変わらない。詠唱を短縮や破棄して発動しても問題はないよ」
「あ、そうなんですね。……《召喚:エニルムスタッフ》 なるほど」

 試しに脳内で構築して……まぁこれぐらいならできそうだったし無詠唱で発動してみると、何事もなくさっきと同様にエニルムスタッフが現れる。
 これなら、それこそ他の普通の魔法と変わらない感覚で使っていけそうだね。
 とまぁ、召喚した杖自体に用事はないので魔力を切ってフォトンに還す。

「うん、上出来だね。これで今回の講義は終了だよ」
「はい、ありがとうございました」
「飲み込みが早くて優秀だねぇ。教えがいがあるよ」
「そ、そうですかね? あはは……」
「そう謙遜することはない。中位ライセンスはまだ道半ば、君にはまだまだ伸びしろがある。今後とも精進していってくれ。期待しているよ」
「はい!」

 そう激励の言葉をもらって、講座は終わりとなった。
 契約の術式も教えてもらえたし、これで僕もようやく上位職を名乗れるわけだね。
 まぁ、みんなの言う通り一人前にはまだまだ道半ば、ジョブエクステンド――上位ライセンスっていう更なる上があるわけだけど、そのための目標地点の一つにはたどり着けたという意味で、まずは満足ってところかな。
 魔導書としてのステラをちゃんと使いこなす、ひとまずその第一歩だね。


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