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note.165 SIDE:G

 深層部の魔物にも問題なく対処できるようになって、順調に狩りを続ける。
 基本はトロールを探しつつ、遭遇した敵は全部倒していく感じだね。

「――!」
「ほっ」

 対峙していたトロールから振り下ろされた棍棒を、ミスティスが側宙で回避する。
 それによって射線が開いたところに、

「《ブレイズランス》!」
「そこだっ!」

 ブレイズランスとスパイラルアローが刺さる。
 僕たちの攻撃にぐらつきながらも、挑発のおかげでトロールはミスティスへ追随する。
 彼女に向けてもう一度、上段からの棍棒が叩き付けられようとして、

「たっせぃっ!」

 居合斬りでもするかのごとく、一瞬しゃがみ込んで盾の裏の鞘に剣を収めたミスティスの姿が――消えた!?
 瞬間、棍棒が穿った場所に彼女の姿はなく。まるで分身したように左右反対の方向に跳んだかのような残像を残しながら、その両方が元の位置に戻るかのような動きで左右から袈裟斬りに斬撃が走る。次の瞬間には、カチリと剣が鞘に収まったと同時に、空中に×字の斬線を残しながら、彼女の姿は元通りしゃがみ込んだ姿勢で、棍棒の一撃を躱して半歩下がった位置に現れていた。

「――――!!」

 咆哮と共に、トロールがフォトンへと散る。

 今のは、回避判定を発生させながら×字に高速の二連撃を加えるブレーダースキル、クロスディバイドだね。
 回避判定は見ての通りのほんの一瞬だからタイミングが難しいスキルではあるけど、上手くやればこんな風に攻撃と回避を両立できる優秀なスキルだ。
 ついでに居合っぽい見た目の通り刀でも使用可能で、刀術のエクストラスキルに派生できて、この手のゲームでは定番の日本武術系のエクストラジョブへの繋ぎになれるスキルらしい。世界観設定的にはむしろ、このスキルが東方から伝わった剣術を基に云々……みたいな話らしいけどね。

「おっわり〜ぃ♪」

 残心を解いて立ち上がったミスティスが僕たちのところまで戻ってくる。

「それにしても、もう結構深いところまで来たわねぇ」
「そーだね〜」
「えぇ、私の依代もそろそろ近いのだわ」

 今回のゴールももうすぐみたいだね。実際、信仰の繋がりも大妖精の少女を通してではなく依代の巨樹本体と直接繋がっている感覚があって、それもかなり近くに感じられるようになっている。もう彼女の先導がなくても行くべき方向がなんとなくわかるぐらいだ。
 彼女と契約ができるまで、もう一息だね。

 ……なんて考えていたけど、そう一筋縄ではいかないようで。

「っ!!」

 突如として頭上から何かが降ってきたのを、ギリギリで反応できたミスティスが回避する。

「な、何!?」

 驚いて見上げたその頭上にいたのは、巨樹に絡みついてこちらを見下すように鎌首をもたげた巨大な蛇だった。
 もう完全に感覚が麻痺しててサイズ感距離感がおかしいんだけど、あのカスフィウム・デレクシアの巨樹に対して普通の蛇サイズに見える大きさってことだから……全長20メートルとか、下手したら30メートルぐらいある……!?
 さっき降ってきたように見えた何かは、上から咬み付きにきたこいつの頭だったってことだね。
 そんな桁違いの大蛇が、するりと巨樹から降り立って、僕たちの行く手を阻むようにとぐろを巻いて対峙する。これが、この深層部の中ボスポジションに当たる強敵枠、カスフィアナコンダ……!

「あらら、出てきちゃったのね。この子もトロールを狩れる大事な戦力なのだけれど……おイタがすぎるのならお仕置きしてあげるまでだわ。遠慮なくやっちゃって!」

 と、大妖精の少女も攻撃誘導の加護をくれたことだし、遠慮なく倒してしまおうか。

「そういうことならいくよ〜っ!」

 ミスティスがいつも通り挑発を打ち鳴らして戦闘開始だ。

「やっ!」
「シャァッ!」

 高速の咬み付きに対して、ミスティスがウェイブエッジで迎撃。一度はそれでのけ反った大蛇だけど、その程度では隙を見せることなく、再度の咬み付き。
 それをミスティスは、

「ひょいっ!」

 跳躍して回避。ついでにカウンター気味にバイティングファングを置いていく。

 まぁ、挑発でミスティスに構ってくれている間は僕たちからは隙だらけだね。
 ほとんど動きがないとぐろを巻いた胴体に向けてオグ君がスパイラルアローを放ち、

『「《アイスパイク》!」』

 僕とステラでアイスパイクの同時攻撃。ステラのおかげで一度発動した魔法は魔導書に記録されて無詠唱だ。
 変温動物の弱点は低温と相場は決まってるもんね。ここは氷魔法で攻めるのが最適解だよね。

 とは言っても、この巨体だ。一発二発の中級魔法程度でどうにかなるはずもなく、一瞬前の彼女がいた地点に咬み付いたそのまま、首を伸ばして空中のミスティスを追う。
 そうして、大蛇の顎が追い付くかと思われた瞬間、絶妙なタイミングで攻撃誘導の加護に乗って、ミスティスの身体が鋭角に軌道を変えて前へと出る。同時に前転で勢いをつけて、メテオカッターに移行することで、更に直角に、真下へと急速降下。喰いつこうと開かれた顎を地面へと叩き付けて強制的に閉じてやる。

「シャギュィッ!?」

 予想外の動きで押し潰されて、大蛇からくぐもった悲鳴が上がる。
 その上顎を足蹴に離脱して、

「っとっ!」

 おまけにウルヴズファングでのピアシングダイブでもう一撃を脳天に叩き込んだところで、

「ギ……シャアァッ!!」

 業を煮やした大蛇が反撃に出た。
 ミスティスが乗った頭を跳ね上げ、同時に大顎もこじ開けることで、上空高く彼女を打ち上げる。

「きゃあっ!!」
「ミスティスっ!」

 大きく空中に飛ばされた彼女に、真下から大口を開けて大蛇が迫る。
 思わず焦ってしまった僕だったけど、当のミスティスはどうやら余裕だったようで。

「やるじゃん。でも残念っ!」

 空中で体勢を立て直すと、例の瞬間移動機動で後ろに下がって咬み付きを回避。即座に攻撃誘導の加護に乗って閉じられた下顎に向けて距離を詰めて、

「てえぇあっ!」

 完全に無防備を晒すことになった喉笛にウルヴズファングでのインパルスピアーシングをぶちかました。

「――……!!」

 ただでさえ衝撃波が目に見える程の威力を、スキルの速度に加えて爆発的に射出される鉄杭で以て、蛇である限りは必然の弱点である腹側から喉元にぶち込まれて、滝のように血を噴き出しながら大蛇は喰らった威力そのままに自らのとぐろの中に倒れ込んでいく。
 だけど……フォトンに爆散する様子がない……まさか、まだ終わってない……!?

「へへ〜ん、どんなもんよ〜!」

 大蛇の首が落ちるのと一緒に、返り血を多少浴びつつもミスティスが降りてくる。
 それは、その着地際だった。

「っ!! まだ終わってな――!」

 何かに気付いたらしいオグ君の叫びはしかし、着地寸前の無防備なミスティスを狙った何かに巻き込まれて掻き消された。

「うわぁっ!?」
「っちょわっ!?」
「きゃあぁっ!」
「っぐぅ!」

 巨大な横薙ぎの何かに、僕たち全員が吹き飛ばされる。
 けど、あれ……? 痛くない……? 確かに何かにぶつけられて盛大に吹き飛ばされて、先にあった倒木に打ち付けられた衝撃と感触はあったのに、痛くもなんともない……?
 目を開いてみれば、なるほど、僕たちそれぞれを守るように、周囲に光の壁が張られていた。これは……

「あ、あれ……?」
「クスッ、言ったでしょう。この私がいるのだから、この森にいる限りはあなたたちを傷つけさせはしないのだわ」
「妖精ちゃん!」
「ありがとう、助かったよ!」

 大妖精の少女の加護の障壁だね。
 僕たちの誰も反応できないぐらいの一瞬のことだったのに、しっかり守ってくれてたんだ。本当に頼りになるなぁ。

 大蛇の方もこの障壁相手に追撃は無意味と判断したか、とぐろの中から再びゆっくりと鎌首をもたげてくる。
 さっきのは、死んだように見せかけて、あの巨大な尻尾で僕たちをまとめて薙ぎ払ったということらしい。
 ミスティスに貫かれたはずの首元の大穴は既にほとんど塞がっていて、一部は薄皮すら張り始めていた。なんて再生力……!

「シュルルルル……」
「やってくれるね……! けど、そういうことならこっちだって、ここからが本番だよっ!」

 怒りの形相でこちらを睨み付けてくる大蛇に、負けじとミスティスも剣を突き付けて宣言する。
 さぁ、ここから第二ラウンドだね。


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