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note.025 SIDE:G

 ――21時9分0秒。

 ミスティスとの約束の時間に向けて、気持ち早めにキャラクターセレクトまでを済ませた僕の、目の前で時計が進んでいく。
 その下に併記されたもう一つの時刻表示は、7時台を指しているけど、その分の表示は異様に目まぐるしい速さで進んでいく。
 上は通常通りのリアルの時間、下の表示は30分で1日が経過するゲーム内時間だ。
 21時のH1朝8時が約束の時間だから、10分ぴったりでログインすればいいわけだけど、このログイン画面の段階では、時間感覚はまだリアルのままで進んでるから、ゲーム内の時間は1.25秒で1分っていう、恐ろしい速度で進んじゃうんだよね。
 待ち合わせであることも考えると、ゲーム内時間で5分……6、7秒ぐらいは余裕を持ってログインしたいところだ。

 そうこうしているうちにも時刻は50秒を回る。
 表示が53秒を示したところで、僕は2つの時刻の下の[GAME START]のボタンを押した。

 下りエレベーターのような一瞬の浮遊感の後に、白一色だった視界が開けると、そこはもう爽やかな晴天の空が広がるアミリアのストリームスフィア前だ。
 空は雲一つない快晴……この分なら、今日は天気の心配は要らなさそうだね。
 システムメニューから時刻を確認すると、7時55分にちょうどなろうかというところだった。
 うん、時間も狙い通り、バッチリってところかな。

 とりあえずストリームスフィアを出入りする人々の邪魔にならない位置に避けてから、軽く辺りを見回す。
 う〜ん……ミスティスはまだ来てないみたいだね。
 パーティーメンバーリストを確認すると、現在地表示はアミリアで既にログインしてることにはなってるから、近い位置にはいるのかもしれないけど。

 と、そこで、ミスティスも僕のログインに気づいたらしく、パーティーチャットで耳元に直接声が飛んでくる。

『あ、おっはよ〜、マイス!』

 そう言えば、ずっとソロだったからすっかり忘れかけてたけど、こんな便利な機能があったんだったね。
 このゲームにも、MMORPGの基本的なUIとして、パーティーチャットやクランチャット、指定した個人へのウィスパーの機能は存在している。
 現在どこに会話が送信されているかは、ステータスバーと一緒に視界の左上に常にアイコンで表示されてわかるようになっていて、送信先の変更は、アイコンに対する視線入力か、アイコンをARオブジェクトとしてタッチする直接入力でできるようになっている。
 もしくは、受話器を耳に当てるようににして片耳を手のひらで覆うショートカットジェスチャーと、その時の指の形で、ジェスチャー中のみ一時的に送信先を変えることもできる。
 ちなみに、聞こえてきた音声がどのチャットからのものかも、声に連動して送信先アイコンと同じ色の塗り分けでスピーカーマークのアイコンが表示されてわかるようになっている。

 えっと、ひとまず今回はジェスチャーで……っと。

『おはよう、ミスティス。とりあえずストリームスフィア前で待ってるけど、今どこにいるの?』
『ちょっと待ってね〜、私、昨日からログインしてたから、今ちょうど宿出たところなんだ〜』
『了解。じゃあ、ここで待ってるよ』
『オッケー、すぐ行くね〜』

 なるほど、じゃあ、もう少し待機だね。

 改めて、周囲を見渡す。
 朝8時前のアミリアは、何かの依頼か完全武装で揚々とストリームスフィアに飛び込んでいく冒険者たちや、大通りを出発する馬車の定期便、開店の準備を進める人々、朝市の露店の呼び込みや、それに足を止める客――早くも様々な活気に満ちていた。

 そんな街の彩りを、何とはなしに眺めていると、程なくして特徴的なピンク色が目に留まる。

「いたいた! やっほー、お待たせ、マイス!」
「おはよう、ミスティス」
「おっはよっ♪ さてっとー、それじゃ、今日はどこいこっか?」
「あ、その前に……」

 っと、話を進められる前に、小倉君……オグ君たちと合流しておかないとね。

「何なに?」
「実は今日、学校でちょっと、スキル振りについてクラスメイトに相談に乗ってもらってね。それで、少し話をして、その人たちにもパーティー組まないかって誘われたんだ。ミスティスさえよければ、その人たちにも紹介して、一緒にパーティー組めるといいかなって思うんだけど……」
「おぉ〜、いいねいいね、そういうの! 人が増えるのはいいことだよ! みんなでやる方が絶対楽しいし、人数がいれば、それだけ行ける範囲も広がるしね♪」

 ミスティスならこういう話は断らないだろうなーって予想はしてたけど、あっさりOKだったね。

「ありがとう、ミスティス。えっと、それじゃあまずはその人たちと合流でいいかな。  この辺をうろついてるって話だったけど……」

 頭上のキャラ名表示を意識するようにしながら、今一度周囲を見回す。
 二人のキャラ名は教えてもらってあるから、意識的に確認すれば、二人だけはキャラ名が見えるはずだ。
 えーっと……あ、いたいた。
 軽く手を挙げると、二人もこっちに気が付いたみたいだね。とりあえず二人の下に合流する。

 オグ君は、顔立ちはリアルとあんまり変わってないけど、髪は濃いめの茶髪で、輪郭も少しすっきりさせてある感じかな。
 加えて、何かゲーム的に効果のあるアクセサリーなのかな、横長の四角いレンズをした、リムレスの眼鏡をかけているから、リアルにも増して理知的な印象を受ける。
 服装は赤を基調に金色や黒で複雑に紋様が刺繍された、袖のゆったりしたローブっぽい上着に、黒に近いこげ茶のタイトな長ズボンと、近い色のブーツ、と、そのままマントでも羽織れば魔術師っぽくも見える格好だったけど、つけているのはマントではなく金属製の胸当てを中心とした軽装の鎧だった。
 その辺り、なんだか微妙にちぐはぐな印象だね。

 ツキナさんも顔立ちはリアルのまま、目の色を鮮やかなライムグリーンに、髪色を淡く金色がかった銀髪に変えただけだね。
 服装はプリーストらしい、白をベースに金色であちこちに刺繍の入った、一見神官服っぽい感じのワンピースタイプのフード付きローブだけど、襟元やフードの意匠はむしろ修道女っぽいアレンジだね。
 袖は内側のレース地との二重構造でふんわりと広がったベルスリーブ、スカート部分は太股の半ばぐらいまでとかなり短い丈のフリルと二重構造のフレアスカート、そのスカート丈を強調するように、右脚にだけ太股の裾のすぐ下辺りに黒のレッグチョーカーが巻かれていて、足回りは膝下ぐらいまでの丈のライトブラウンの編み上げブーツ。
 アイテムパックも兼ねているのだろう、ウエストを絞るポーチ付きの革ベルトがいい感じのワンポイントになっている。
 全体的に、プリーストっぽさを出しつつも可愛さと動きやすさ重視でまとまってる感じかな。
 ……あー、シルエットになんとな〜く既視感があったけど、これ多分、遠学の制服も参考にしてそうだなぁ。

「やぁ、マイス。どうやら話はついたみたいだね?」
「うん、それで、えーっと……」

 と、早速二人にミスティスを紹介しようかと思ったんだけど、それよりも早く、僕の後ろからひょっこりと顔を出した彼女が予想外の反応を示した。

「あれ〜? オグとツキナじゃん。やっほ〜」
「あー! ミスティス!」
「ツキナ〜! 直接会うのは久しぶり〜♪」

 ミスティスとツキナさんは、慣れた様子でお互い両手を合わせて小躍りしながら再会を喜んでいた。
 これでは逆に、僕が少し状況に遅れてしまっている状態だ。

「ふむ、なるほど。君が誘われたのはミスティスだったか」
「あれ? えっと……三人とも知り合いだったの?」
「うん、1キャラ目の頃からね〜」

 どこか納得したようなオグ君の物言いに、思わず浮かんだ僕の疑問に答えたのはツキナさんだった。
 そこで、今度はミスティスが疑問を挟む。

「あれ〜? じゃあ、マイスのクラスメイトって……」
「あぁ、僕らのことだね」
「なんだぁ〜、そっかそっか。マイスのクラスメイトっていうから、どんな子たちかな〜と思ったら……案外、世の中狭いもんだねぇ」
「いや、世が狭いんじゃなくて君の顔が広すぎなんだ」

 うんうんと例によって勝手に納得した風に首を縦に振るミスティスに、オグ君が冷静にツッコむ。
 ……うん、これは多分、僕もオグ君のツッコミが正しい気がするよ……。
 ミスティスって、それこそ昨日の僕の時みたいに、誰彼構わずあちこち首突っ込んでそうだし。

「まぁまぁ、細かいことは気にしない気にしない♪ それならそれで、ちょうどよかったよ〜。ツキナとオグのサポートがあれば、行ける狩場も一気に広がるよ!」

 と、当の本人はそんなツッコミどこ吹く風だ。

「ふむ、ミスティスが前衛、僕が中衛を務めて、マイスとツキナで後衛に回れば、確かにバランスのいいパーティーにはなりそうだ」
「あれ? 僕も中衛じゃなくて?」

 オグ君が僕と同じマジシャン系、ツキナさんがヒーラーって言ってたから、てっきり魔法二人で中衛役をやるのかと思ってたけど、僕も後ろでいいのかな?

「今回はLv差があるからね。君やミスティスに合わせた狩場で僕が魔法を使ってしまったら、まぁ間違いなく僕一人でオーバーキルだ。だから、僕は今回アーチャーに回ろうかと思ってね。それなら、前1、中1、後ろ2でちょうどいい」
「なるほど、そっか。なんか気を使わせちゃうみたいで、ごめんね。ありがとう」
「いや、君が気にすることじゃないさ。何せ、元々エクステンドのためのサブ職候補で弓はいつか触ってみるつもりだったんだが……なかなか機会がなくてね。むしろ、僕としても今回がいい機会になる」

 あー、だから服装は魔術師っぽいのに軽装鎧っていう微妙に噛み合わない見た目になってたんだね。
 多分、防具にジョブを紐付けしてあって、僕のイメージ通りのマントにでも切り替えれば本来のマジシャン系職になるんだと思う。

「そっか。そういうことなら、中衛はお任せしようかな」
「あぁ、任せてくれ。と言っても、ステータスはあるとは言え、弓は初めてだから僕も実質初心者みたいなものだ。お手柔らかに頼むよ」

 とのオグ君の言に、自信たっぷりに答えたのがツキナさんだったんだけど……。

「任せて。あたしがしっかりサポートするわ!」
「あー……うん、そう、だな……。頼りに、しているよ……大人しくしている限りは」

 あ、あれー……?何その反応……。
 なんかミスティスまで微妙に遠い目してるし……。
 逆に、本人はドヤ顔なのがすっごい不安なんだけど!?


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