note.095 SIDE:G
「いらっしゃいませー、おはようございますー」
雑貨屋「てんとう虫」の扉をくぐれば、いつものほんわか笑顔で出迎えてくれるマリーさんに、僕たちもそれぞれ挨拶を返す。
この間はお出かけでちょっと服装が違ったけど、今日は見慣れた白いブラウスに濃いめのベージュのロングスカートと同じ色のカーディガンの、落ち着いた服装だ。
「今日はこんな早くからお揃いでー、何をお求めですかー?」
「あのね、私たちこれから王都まで観光行ってこようかと思ってて」
「王都観光ですかー。なるほどー、ティッサ森を越えるのですねー?」
「そうそう! それで、私とマイスが遠出初めてだから、必要なものを一通り揃えたいの!」
「承りましたー。少しお待ちくださいー。野営用具は便利セット一式でのご提供なのですよー」
ミスティスの注文に答えると、マリーさんは一度店の奥に引いて、何やらいろいろなものをごちゃごちゃと抱えて戻ってくる。
「お二人分ですので、もう1セットですねー」
と、同じものをもう一往復。
「専門のお店ではないので、質としてはそこそこぐらいのものですがー。逆に言えば、そこそこは間違いなく保証しますのでー。当面はこのセットがあれば困ることはないと思いますー。値段もお求めやすい程度で抑えてありますよー。では、中身をご説明しますー」
マリーさんがセットの片方を見やすく並べ直して続ける。
「こちらがテントと寝袋ですねー。こちらが調理器具セット一式ですー。こちら、パスフィアンの方の発案で、取っ手が外して付け替え可能になってますのでー。収納もコンパクトですし、とっても便利なのですよー」
あー、某取っ手が取れる〜♪のアレをゲーム内で再現した人がいたのね。
確かに、野営用の調理器具としては取っ手が収納の場所を取らないとか、取っ手を外してそのまま器にとか、何かと便利そうな感じだね。
あとは、ボンベの代わりに魔石を使う魔力式のカセットコンロとか、ワイヤーカッター付きのサバイバルナイフとか割と一般的なキャンプ用品っぽいものが並ぶ。
この世界、剣と魔法の純ファンタジーに見えて意外と科学も発達してて、割とこういうカセットコンロとか、現代的な魔道具も普通にあったりするんだよねぇ。
と言うのも、前にも言ってる通り、一般的な種族における魔力の操作精度の限界の問題で、ただ小さな火を熾すだけとか水を出すだけみたいな細かい魔力操作がエルフ以外にはなかなか難しいからだ。だけど、魔力そのものの結晶体である魔石とガイドレールたる魔法陣を物理的に直接刻み付ける紋章刻印でなら、この問題を解決できる。そこでこういう、テンプレ設定にはありがちな「生活魔法」とか呼ばれるような分野を魔道具で補う技術が発達してるわけだね。
まぁ今となっては、この取っ手を外せる調理器具とか、プレイヤーがリアルの技術を持ち込んだものもかなりいろいろあるんだけど。
そうして説明は続き、そのほとんどは普通にリアルでもキャンプ用品と聞いて思い浮かぶような範疇のものだったんだけど、最後に一つだけ、ぱっと見で用途のわからないものが出てきた。
「それと、最後にこちらがエルネスト式エーテル錨ですー」
「エーテル……びょう?」
「はいー、エルネストエーテルアンカーとも呼ばれていますねー」
あぁ、なるほど、エーテル「錨」か。
でも、錨……錨……?エーテルを繋ぎ止めるってこと……かな?
見た目はソフトボール大ぐらいの直径で40cmほどの長さの、尖らせた鉛筆のような形の鉄杭。
反対側の底面には、まるで印鑑のように何かの紋章刻印が施されている。
それが全部で4本。
「錨」ってぐらいだし、見た目からしても、尖った方を地面に刺して使うもののようだ。
「この杭は地面に刺して使いますー。これを打ち込むと、周辺のエーテルと魔力を希釈……というより、外に追い出して、ダンジョン以外の一般的なフィールドの平均値、ぐらいの濃度で固定してくれますー。そうすることで、ダンジョン内の高エーテル環境に住む魔物の魔力探知を避けつつ、効果範囲そのものにも近寄られにくくするわけですねー。高エーテル環境生物はエーテル濃度の低い場所を本能的に嫌いますからー」
「なるほど、魔物避けですか」
「はいー。それから、ここに――」
マリーさんが杭の側面に付いていた小蓋を開くと、中から何かのフィルターのようなものを取り出す。
それがセットされていたところの下には魔石用らしいソケットもあった。
「――獣にも虫にも効く万能忌避剤のカートリッジもありますのでー。匂いでも魔物を遠ざけてくれますし、虫よけ対策もバッチリですー。ここに魔石をセットすれば、紫一つで錨もカートリッジも一晩持ちますよー」
忌避剤のフィルターを元通りセットしてから蓋を閉じて、マリーさんは説明を続ける。
「とりあえず1本打ち込むだけでも、半径2メトロンぐらいの効果範囲はあるのですがー。3本以上同時に起動することで、囲んだ内側全体に効果を発揮する結界を構築してくれるようになっていますのでー。一般的には、4本使って四角く結界を張るのが一番多い使い方ですねー。ですので、うちでも必ず4本セットでお売りしていますー」
「なるほど」
「それから、忌避剤のカートリッジですがー」
マリーさんは、カウンターの下から4つずつを重ねて紐で一括りにしたカートリッジの束を3つ取り出す。
その内の一つを傾けて、こちらに上面を見せながら、
「この上面のフィルターが、全体の8割以上ぐらい黒ずんできたら替え時ですねー。カートリッジ1つで10回ぐらいは使えると思いますのでー。遠出が頻繁でなければ、それなりに長持ちするとは思いますがー。一応、初回の販売時には4本分を3セットお付けすることにしていますー。……と、これがこっちのセット分ですねー」
と、カートリッジを更に3セット取り出して、傍らに放置していたもう一式の方に置く。
「以上で、野営用具便利セット一式ですねー。これに、収納用の小型アイテムパックもお付けして……お値段152000アウルですー」
「はーい」
「了解です」
一式152k……果たして高いのか安いのか、相場の判断はわからないけど、値段抑え目って言ってたし、マリーさんのことだからおそらく相場通りか多少安くしてくれてるかぐらいなんだろうと思う。
まぁ、いずれにしても今の僕たちにはなんてことない金額だ。
僕とミスティスが麻袋で取り出したお金を、マリーさんはレジの小銭入れの引き出し部分を開けて、なんとその袋ごと突っ込んでしまう。
明らかに入るはずがないように見えるのに、袋は引き出しの厚みを完全に無視してすっぽりと中に消えると、レジにはしっかりと投入した金額である「152000Au.」が表示される。
これもプレイヤーが持ち込んで普及させた技術で、小銭入れ部分はアイテムパックと同じ空間収納になっていて、投入された金額を瞬時に集計して表示してくれる「レジもどき」だ。
さすがにバーコードやレシートやら本格的なPOSシステムなんて複雑なものは再現できてないし、投入した金額の表示と入力した金額の取り出しができるだけだから、お釣りの計算部分は店員任せではあるんだけど、紙幣の概念がないこの世界では、今回みたいなある程度以上まとまった金額の買い物となると、いちいち大量の硬貨を数えるのはやっぱり結構手間だったようで、引き出しに放り込むだけで金額を即座に表示してくれるこの「レジもどき」は瞬く間にNPCの商店にも広がったらしい。
……どうでもいいけど、引き出しを閉じる時にカタカタ……チーン♪となんともレトロな音が鳴るのは……多分製作者の趣味だろうなぁ……。
とまぁ、金額の間違いもなく支払いを完了すると、マリーさんが購入した一式を巾着型のアイテムパックにそれぞれ入れて渡してくれる。
こうしてアイテムパックの状態でストレージに入れると、インベントリ上では1枠に収まって、メニューからの操作だけで中身も個別に取り出せるからすごい便利なんだよねぇ。
それからついでにと、オグ君たちもポーションや矢の補充やら細々した買い物を少しする。
「ありがとうございましたー。今後ともごひいきにー。王都観光、気を付けて行ってきてくださいねー」
笑顔で軽く手を振って見送ってくれるマリーさんに、僕らもそれぞれに答えながら手を振り返して店を後にした。