note.143 SIDE:G
ミスターの調理を待っていると、カラコロンと小気味よく音を立てて入り口が開く。
誰か別のお客さんかな?と思ってそちらに目をやると、
「たっだいま戻りましたー、店長ー!」
どうやらお客さんとは違ったらしい。
そこに立っていたのは、小柄な体格と可愛らしいウェイトレス姿に、全く不釣り合いなどデカい対物ライフルを担いだ猫耳メイドだった。
服装はどこからどう見てもテンプレ通りなわかりやすいミニスカメイド。
一目でわかる活発そうな猫目は猫らしさがよく表れた黄色と青のオッドアイ。
顔立ちも可愛らしく整っていて、そのクリっとした瞳と相まって、2〜3歳ぐらいのやんちゃ盛りの子猫といった印象を受ける。
山吹色と呼ぶのがちょうどいいだろう、茶色に近い明るい黄色の髪は、人間であればちょうど耳の少し上ぐらいになるだろう低めの位置でふんわりとボリュームのあるツインテールにまとめられていて、上でピコピコと跳ねる猫耳と相まって、これまた猫らしい小動物感を醸し出していた。
その髪と同じ色の尻尾は明るい茶色との縞々模様になっている辺り、猫としての体色は茶トラってことかな。
そして、あの銃は……言うほどその辺の知識に詳しいわけでもない僕でもまぁ見ればわかる、というぐらいにはいろんな作品で有名だろう、対物ライフルと言えばの代名詞、バレットM82ってやつだね。
「おかえり〜、モニカちゃん」
「やっほー、お邪魔してるよ〜モニカー」
モニカと呼ばれた猫耳少女はミスティスともすっかり顔馴染みのようで、ひらひらと手を振って返そうとして、
「はにゃ? あれ? チカさん? えっ? あれっ? 声は、でも、見た目、あれっ?」
キャラが変わったミスティスの見た目の変化でリアクションに失敗したみたいだね。
まぁ、こっちの世界の人からすれば、知ってるはずの人がある日突然骨格レベルから全身整形で全くの別人になっちゃったようなものだから、そりゃあ混乱するよねぇ。
完全にフリーズしてしまっていたモニカさんだったけど、
「はははっ。チカちゃんに驚いてるところ悪いけど、見ての通りお客さんだよー。オムライス一丁ね」
「えぇ〜!? ちょっと人使い荒すぎませんかぁ!? 私の休憩時間はどこいったんですかぁ〜! まぁやりますけども! お客さんですから、やりますけども!」
なんて、ミスターの一言で再起動すれば、文句を言いながらも動きは止まることなく、肩にかけていたライフルをテーブルに立てかけて置いて、そのままパタパタと厨房のもう片方の調理スペースに入っていく。
「いやぁ、なんだかんだ言いつつやってくれる素直でいい子なモニカちゃんが好きだよ」
「ふにゃっ!? もー! またそういう軽率な台詞を〜〜〜!」
多分そういう意図は一切ないからこそであろうド直球なミスターの台詞に、顔を赤くしながら抗議するモニカさん。
対するミスターは自分の作業を続けたまま、「わっはっは」と笑って聞き流す。
その背中を恨めしそうに見つつ、小さくため息で肩を落としたモニカさんは、
「んもー……どーして私はこんなのに惚れてしまったんでしょーか……」
とか何やらブツブツ言っていたんだけど、当の本人はジャージャーと音を立てる最大火力でチャーハンを炒める工程に入ってしまっていて……
「ん〜? 何言ってるんだい? 聞こえないぞー」
まぁ、あの大火力じゃ聞こえてないだろうねぇ……。
「何でもありませんよーっだ! 何かあったとしても、女の子一人を酷使しまくる天然ダメ店長には絶っ対に教えてあげませ〜ん!」
「そりゃ残念だ、はははっ」
結局、ぷいとそっぽを向いたモニカさんはそのまま調理作業に入ってしまう。
うん、まぁ、その、なんていうか、頑張って、モニカさん……。
横で遠い目をしたミスティスも生温かい視線で見守っている辺り、これがこの二人のいつものやりとりということなんだろうね。
と、そんなこんなで調理そのものは順当に進んで、どうやら完成しそうだね。
「お待ち遠様。チャーハンセットだよ。これがセットのスープ。で、こっちが塩ラーメンね」
「ありがとうございます」
「わぁ〜い♪」
いつの間に同時進行していたのか、チャーハンセットと塩ラーメンが同時に出来上がっていた。
そしてこれまたほぼ同じタイミングでオムライスも無事完成したようで。
「オムライスのお客様はどちらですかー?」
「ん。私」
「はーい!」
と、ステラの前に置かれたのは、楕円形に盛られたチキンライスの上にオムレツが乗っかった状態のもの。
「これが……」
「いえいえ、まだですよーっ! 最後にもうひと手間っ」
そう言って、モニカさんはお盆に一緒に乗せてきていた包丁を手に取ると、オムレツにピッと切れ込みを入れる。
そのまま刃先で切れ込みを軽く広げてあげれば、とろ〜りと半熟状態のオムレツがライスを包み込む。
初めて見るだろうその光景に、「ふわぁ……」とステラが目を輝かせる。
そうして仕上げにケチャップを上にかければ半熟オムライスの完成だね。
「はいっ、お待たせしました! こちらがオムライスになります」
最後に、ステラに向けてちょうど楕円が横向きになるようにお皿の向きを回して、彼女の前に差し出した。
「じゃあ早速……いっただっきまーす♪」
「いただきます」
「んん……えと、いただきます?」
まぁ僕たちにとってはいつも通りな日本式の手を合わせてのいただきますに、ステラも見よう見まねで追従して、食べ始める。
さて、チャーハンを頼んでみたわけだけど、お味の方は……。
ん……これは……!
「すごく美味しいです!」
「おっ、そうかい? そりゃあ良かった」
適度に油と卵が絡んでパラパラになったご飯に、刻まれた野菜とお肉の旨味、そして口に入れた瞬間にほのかに香りが抜けて最後にピリリと後味を残す胡椒の効き具合も絶妙で、食べる手が止められない……!
専門はフランス料理とのことだけど、中華でも全然いけるんじゃないかってぐらいの腕前だね。
なんて、素人目だから実際プロに通じるレベルなのかとかは全然わからないんだけど。
「んん〜! やっぱこの味だねぇ〜。たまんない♪」
隣でラーメンをすすったミスティスもご満悦のようだ。
そして、ステラはというと……えっ!?
「う……ぁ…………ぐすっ……うぅっ……」
え、ボロボロに泣いてる!?
「えぇっ!? ま、まさか、口に合わなかったかい?」
「えぇー!? わ、私何かやっちゃった!?」
ミスターと、調理したモニカさんが慌てるけど、
「違う……ごめんなさい、違うの……これが……これがヒトの味覚……これが……『美味しい』……」
あ、あー……なるほどね。
うん、これは二人には説明が必要そうだね。
「えーっとですね、驚かせてしまってすみません。まだ言ってなかったんですけど、実は……」
ステラの正体が魔導書であることと、ずっと禁書庫で封印されていてこれがおそらく人の姿としての初めての食事だろうことをかいつまんで説明しておく。
「あぁ〜、なるほどね。さっき掲示板が盛り上がってたのは君たちの仕業だったということか」
「そういえば、来る時図書館前がすっごい騒がしかったんですよねー、あれはそういうことだったんですかー」
あー、やっぱり実際かなりの騒動になってたんだね……。
ステラのおかげで僕たちが図書館を出る頃には完全に静まりきってたけど……。
「えぇ。理由はわかりませんけど、僕がステラに持ち主として選ばれたみたいです」
「あー、それ系のユニークレアかぁ。なるほどねぇ、チカちゃんがうちの店を選んだ理由がわかったよ」
「そーゆーことー。王都のお店じゃミスターが一番信用できるもん」
「はは、そこまで信用されているのはありがたいことだね。客商売である以上、お店の経営としてはお客さんの信用が第一だからね。そういうことなら、マイス君にステラちゃんも、今後も王都に来た時には遠慮なくうちの店を隠れ家的に使ってくれて構わないよ。いつでも歓迎しよう」
「店長がいない時でも、私がしっかり対応しますから、心配ご無用ですっ!」
「ありがとうございます。頼りにさせてもらいます」
「ん……ぐすっ……あり、がとう」
これは、今後王都で動く上ではすごくありがたいね。
少なくとも図書館の事件のほとぼりが冷めるぐらいまではステラのことで悪目立ちはしたくないし、他にも雫さんのこととか「黄昏の欠片」とか、なんというか、思いの外いろいろと抱え込んじゃってる状態だもんねぇ。
周りの目を気にせずにその辺の話ができる場所を提供してもらえるのは本当に感謝だね。
「ミスティスもありがとう。正直、僕じゃそこまで考えが回ってなかったから、このお店を選んでくれて本当に助かったよ」
「いいっていいって、これぐらいはお安い御用だよ」
ミスティスにも感謝を伝えると、彼女はそう笑って返してくれる。
「ともあれ、味が悪くて泣いてたわけじゃなくて安心したよ」
「ん……驚かせてしまってごめんなさい」
「いやいやー、むしろ泣くほど美味しいと思ってもらえたのなら、作った私としては冥利に尽きるというやつですよ! ぜひぜひ、いっぱい味わって食べてくださいっ」
「ありがとう。そうする」
ひとまず涙は落ち着いたらしいステラは、そう答えて改めて食べることに集中し始める。
涙は落ち着いたみたいだけど、一口一口、文字通り噛み締めるように、心の底から美味しそうに食べるから、見てるこっちも笑顔になるね。
っと、まぁ、ステラを見てるのもいいけど、せっかく美味しいチャーハンが冷めちゃうのももったいないね。
僕もまずは自分の分を食べちゃおうっと。