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note.024 SIDE:R

「まぁ、つっても、これ以上ここに何かがあるってわけでもなさそうだな……。しゃーねぇ、そろそろ暗くなる前に帰ろうぜ」
「そうだね、忘れかけていたけど、ここがアングラであることを考えれば、おそらく夜になってしまうのはいろいろと不味い」
「う……そう聞いたらなんか急に怖くなってきたかも……。早く帰ろうよ」

 外も本格的に夕暮れ時になってきたことだし、そろそろ帰った方がよさそうだね。

「それで、此処を出るにはどうするんだい、高坂君? 普通にログアウトできるのかな?」
「あー、それは無理かな。アングラって通常のネットとは独立した空間だから、座標がバグるらしいんだよね。ついてきて」

 うん、仮想空間ネットのバックアップを再利用してるとはいえ、アングラって、通常のワイヤードだったりレイヤードだったりの空間とは独立して存在してるから、座標が根本的に通常空間と繋がってないんだよね。
 例えるなら、同じ間取りを重ねた高層マンションの、別の階層の真上なり真下の位置にある同じ部屋にいる、って感じかな。
 通常の空間にいる限りはもちろん、同じ階層の範囲で部屋を移動してるだけ、って状態なんだけど、アングラへの接続って要するに、目隠しされてこの階層をエレベーターで移動しちゃうようなものだから、一見して確かに間取りは一緒なんだけど、実際には全然違う場所にいる状態なんだよね。
 ここで問題になるのが、ゼウスギアに搭載されている「ログアウト座標の保存」機能だ。
 文字通りログアウトした座標を保存して、次回ログイン時に自動的に同じ場所に戻ってこれる機能なんだけど、普段この機能をオフにしてあっても、例えばトイレや空腹なんかの生理機能検知での一時ログアウトとか、「一旦ログアウトはしたいけど、現在地からは動きたくない」状況って割とよくあるわけで。
 そういう時のためにも、機能オフの状態からでも「前回ログアウト座標へ接続」のオプションが用意されていて、設定のオンオフに関わらずログアウト座標は常に記録はされるようになってるんだよね。
 だから、アングラから普通にログアウトしようとすると、この座標保存機能が邪魔をして、「現在座標不明」のエラーを吐かれるだけで終わってしまう。

 というわけで、ジッパチに入る前と同じように、僕が先導する形で、近い位置にある脱出用のバックドアの一つに向かう。
 住宅区の中を幾度か曲がりながら数区画進んで、その中の一軒の敷地に躊躇なく入っていく。

「お、おい、ここ人ん家じゃ……?」
「うん、でもここは『アングラ』だからね」

 誰の家かも知らない普通の民家に躊躇なく入ろうとする僕に、一瞬戸惑った様子を見せるみんなを気にも止めずに、僕は玄関の扉を開く。
 すると、そこにあったのは本来あるべき家の玄関ではなく、路地裏からジッパチに入った時と同じ、ただ真っ黒な平面だった。

「なるほどね、ここは文字通り『玄関口』の一つ、と言うわけだ」
「そういうこと」

 あー……でもここはそう言えば……。

「あ、ここはジャンプで入ってね、ちょっと座標がズレてるから」
「? よくわからんが、わかった」

 このバックドアの出口、微妙に座標が不正確で、膝下分ぐらいの高さで空中に出てくるから、これを先に言っておかないと大体着地に失敗するんだよねぇ。
 まぁ、そうとわかれば、この真っ黒空間自体は入ってくる時に一度経験済みなだけあって、みんなも躊躇なく飛び込んでいく。
 最後に僕も飛び込むと、これまた入ってきた時と同じように、暗黒空間を経由してから、通常空間へのアクセスと同じ白い空間を挟んで、無事に想定通りの出口に出現する。

「っとっと、ジャンプしろって言ったのはこれか。空中に出るのかよ、大した高さじゃなかったけど」
「わわぁ!?」
「おっと」
「あ、ありがと、ナオ……」

 と、僕の横では、危なげなく着地した九条君に、着地に失敗したらしい塚本さんが抱きとめてもらっていた。
 心なしか、塚本さんの顔が赤いような……。
 それを見ていたのか、僕の後ろから、悠々と着地した小倉君は、服の襟元で首筋を扇ぐ仕草で、

「やれやれ、もう日も落ちるというのに、昼間より熱くなってきたんじゃないか?」
「も、もう! 茶化さないで、オグ!」

 あー……完全に塚本さんの顔が真っ赤に……。
 対して、九条君は両手を頭の後ろに組んで、してやったりといったにやけ顔だ。
 うん、これはつまり完全にわざとだね。
 まぁでも、九条君も満更でもない感じが見え隠れしてるから、あの態度はどっちかと言うと照れ隠しみたいなものかな。
 なんとなく、ここで僕が何か言うのも無粋な気がしたので、軽く肩をすくめるにとどめておくことにする。

「で、ここは……」
「遠堺の駅ナカか。また随分飛んだなおい」

 周りを見渡せば、僕たちが出現したのは、遠堺の駅ビルの中の、比較的人通りが少ない一角、関係者以外立入禁止の扉の一つの前だった。
 人混みに紛れて北口へと戻って、空を見上げれば、西の端に僅かばかり濃い紫色が残るばかりで、そろそろ完全に夜と言っていいだろう時間帯だった。

「ふー……んん〜……ようやく帰ってきた、ってところか。なんかえらく長いことあっちにいた気がするぜ」
「あはは、確かにね」

 大きく伸びをした九条君の感想に、僕も同意する。

「はー……怖かったぁ、ようやく落ち着けるわ……」
「確かに、あのラクトグレイスに巻き込まれた時は、流石にどうなることかと思ったよ」

 と、塚本さんと小倉君も、それぞれの感想を漏らした。

「しかし結局、環境データがそうなってるってだけで、『黄昏の欠片』自体には別にな〜んもなかったなー」
「そうね。他の『黄昏の欠片』との繋がりも特になさそうだったし」

 アテが外れたとばかりに、両手を頭の後ろに組んだまま、何処ともなく空を見上げてポツリと零した九条君に、塚本さんもどこか残念そうに言う。

「ふむ、やっぱりあの場所自体は、最初の推測通り……単に遠堺のアングラにそういう場所がある、というだけの話に尾ひれがついただけ、というのが結論としては正しい、ということかな」
「かもなー」
「今度こそ『黄昏の欠片』について何かわかるかと思ったのにね〜」
「まぁでも、一歩前進はしただろ。ありもしないような陰謀論なんかじゃない、確かに『黄昏の欠片』と呼べるモノは実在した」

 なるほど、それまでの噂が雲を掴むような話でしかなかった彼らにとっては、今回のことは大きな収穫と言えるのかもしれない。

「そうは言っても、その陰謀論との関係性は一切不明だけどね」
「まぁ、そうなんだが……」

 と、小倉君が付け加えた一言に、お手上げといった感じで九条君は頭の後ろを掻く。
 そこだよね。UFOだとか埋蔵金だとかのまるっきりオカルト話と、トワイライトゾーン、何か関係があるのか、はたまた、実はそれらのオカルト話も、元は何かの話に背びれ尾ひれがついただけだったりするのか……。なかなかに疑問の尽きない話だ。
 とは言え、トワイライトゾーンそのものには結局、何かあるというものでもなく。
 情報がなさすぎて、考えても答えは出そうになかった。

 そうして、しばしの間思考に沈んでいた僕たちだったけど、ふと、そろそろ19時になろうかという、北口正面の時計がふと目に入って、僕の思考は引き戻された。

「あ……そろそろ落ちないと。HXTで21時に待ち合わせがあるんだった」
「あぁ、そう言えば、昨日初めてパーティーを組んだようなことを言っていたね」
「うん、その人と今日も待ち合わせてるんだ」

 21時のH1朝8時の約束だし、そろそろ落ちて、夕飯やらお風呂やらは済ませておかないとね。

「最近始めたばっかりなんだっけ。よかったら、あたしたちともパーティー組んでみない?」
「そうだね、僕もメインはマジシャン系だから、パーティーが組めればアドバイスできることもあると思うよ。リナもヒーラーだから、一緒に組んで損はないはずだ」

 なるほど、それはありがたい提案だ。
 小倉君が同じマジシャン系、塚本さんがヒーラーなら、ミスティスも入れて4人で組めれば、前衛1、中衛2、後衛1になって、複数人のパーティー戦の初体験にはちょうどよさそうだし。
 ただまぁ、人が増えても大丈夫か、ミスティスには確認しておかないとね。
 と言っても、ミスティスなら多分、ノリノリでOKするんだろうけど。
「ありがとう、二人とも。じゃあ、21時のH1朝8時で約束してるから、それぐらいにアミリアで待っててくれるかな。あの人にも聞いて、OKが出たら連れていくよ。ダメだった時はメールする」
「おっけー!」
「了解、21時のH1、8時にアミリアだね」
「そうだ、メールになるかもなら、先にお互いキャラ名を教えておかないとね」
「あぁ、そうだね。合流にもその方が便利だ」

 HXTのキャラ名は相手の名前を知っていないと表示されないわけだけど、別にゲーム内で直接教わる必要はないようで、リアルで予めキャラ名を教えてもらってあれば、ゲーム内で会ったことはなくてもキャラ名の識別はできるようになってるんだよね。
 ゲーム内メールも宛先はキャラ名で指定するから、フレンドリストに登録していない相手に送る時は、正確なキャラ名が把握できていないと送れない。

「僕のキャラ名は『.ogg』で『オッグ』だ。まぁ、そのまま『オグ』と呼んでくれればいいよ」
「あたしの名前は『ツキナ』だよー。そのままローマ字で『TsukIna』、『T』と『I』だけ大文字ね」
「僕のキャラ名は、『マイス』。『M』だけ大文字で、『Myth』」

 Myth――「神話」を意味する単語だけど、別に深い意味があって付けたわけじゃないんだよね。
 ただ、アバター名を決める時に思いつかなくて、なんとなくその時手元にあった英和辞典に、なんとなくぱっと見で開いたページに乗っていた単語の中から、なんとなく語感で選んだというだけの話だ。

「了解した。じゃあ、時間になったら適当にアミリアのストリームスフィア近くをうろついていよう」
「うん、じゃあ、あとはHXTで」

 と、こちらの話がまとまったところで、

「んじゃ、そっちの話もついたなら解散すっかー。お疲れ!」
「お疲れ様〜。んじゃ、HXTでね、高坂君」
「お疲れ、また後で」
「うん、みんなお疲れ様。九条君は、また明日ね」
「おう、んじゃな!」

 それぞれ軽く手を振って、この日の小さな冒険は解散となったのだった。


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