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note.023 SIDE:R

 お屋敷からトワイライトゾーンは、ちょうどほぼ真北ぐらいになる。
 屋敷の裏門から出て川沿いの道まで北上する。
 川沿いまで来ると、問題の区画はもうすぐ西側に見えていた。

「わ〜! すごい、本当にあそこだけ夕暮れなんだね、太陽がもう一つ見えるよ!」

 塚本さんの言う通り、まだ川沿いを歩いている僕たちの正面には本来の太陽が見えているにも関わらず、橋から見える、そこだけ時間が切り取られたように茜色に染まった空間の直線上にも、もう一つ、家々の屋根に今にも沈みそうな位置に真っ赤に燃える太陽の姿があった。

「すげぇ! マジかアレ!」

 興奮を抑えきれないといった様子で九条君が駆け出していく。

「ハハハッ! すげぇぞ! お〜い、お前らも早く来てみろよ!」

 九条君に急かされて、僕らも少し駆け足気味になりつつ、夕暮れのエリアに入った橋の真ん中で足を止めた。

「これは……驚いたね。本当に東にも西にも、両方太陽がある」

 小倉君に釣られて後ろを振り返れば、そちらも空は一面の茜色に染まっていて、行政区のビルの脇、少し左側にズレた辺りを今まさに昇ってこようかというところに太陽が燃えている。

「見て見て! 影もちゃんと両方できてる!」
「ホントだ、すげぇな。こりゃ境山がなかったら方向感覚が狂っちまいそうだぜ、ははは」

 足元を指差す塚本さんに、九条君がくるくると半回転ずつ回りながら、自分の前と後ろに伸びる影を交互に見て面白がる。

「ふむ、しかし面白い空間だね。他の場所は、違う区画の空も全部繋がってモザイクアートみたいに見えるのに、ここだけはどちらを向いても空間全てが黄昏時だ。むしろ外の青空の方が、まるでそこだけ切り取ってくっつけたみたいだ」
「うん、すごいね……」

 僕にとっては既に見慣れた光景の一つだけど、今はジッパチに日常的に出入りしていることはバレちゃいけないからね。
 ここは適当に話を合わせて、初めて見る風を装っておかないと。

「そう言われてみりゃそうだな。これ、このまま内側から土手を進めば街全体がこの空間だったりするのか?」

 まぁ、この空間を初めて見れば、誰もが一度はそう思うよね。
 九条君が橋の脇からガードレールを跨いで土手に降りて、そのまま東に向かって黄昏に染まった空間を歩いていく。
 これ、僕もやったことあるんだけど、こうすると……

「ぬぉぁ!?」

 しばらく歩いたところ、ちょうど、他の区画からこの場所を見た時の境界線を超えたところで、九条君は驚いた様子で立ち止まって、キョロキョロと周囲を確認する。

「どうしたんだーい!?」

 それなりに距離があるから、少し叫び気味の小倉君の呼びかけに、

「ここまでは朝焼けだったのに、ここでいきなり外に出たー!」

 と、足元に向けた手を振って境界線を示しつつ、九条君も叫び声気味の答えが返される。
 だけど、ここから見ると当然ながら九条君の位置はまだ茜色の空間の中だ。
 その答えに、小倉君は「ふむ」、と少し考えてから、

「僕もそこに行くから、少し待ってくれー!」
「おーう!」

 という、九条君の返答を待ってから、自らも土手に回る。

「あ、あたしも行ってみたーい」
「なら、僕も行くよ」

 というわけで、結局全員で土手に降りて、九条君の待つ場所まで歩いていくことに。
 まぁやはり、僕にとっては予想通り、と言うべき結果で、九条君のいる位置の一歩手前、目の前までは、見た通りのままトワイライトゾーンがずっと先まで続いて見えていたんだけど……

「む!?」
「ひゃっ!?」
「あっ」

 九条君の位置に並んだ瞬間、まるでスイッチで切り替えでもしたように、突然プツリと周囲に元の青空が戻ってきて、突然の光源の変化に僕らは揃って目を瞬かせる。
 ……久々にこれやったけど、やっぱりこの唐突すぎる切り替えはわかってても目に悪いねぇ。

「な? びっくりするだろ?」
「なるほど、これはなかなかに不条理な空間だね……」

 と、少し呆れ気味の小倉君と一緒に、九条君に並んで後ろを振り返る。
 すると、目の前でくっきりと空間の色が分かれていて、その先の西側には、橋の上から見た時同様に、見渡す限り夕暮れが広がっていた。

「なんかもう、なんて言ったらいいんだろう、よくわかんなくなってきちゃった」

 ポカンとした表情で、塚本さんがトワイライトゾーン側に半分だけ顔を突っ込んで、外側との境界線を横から眺めようとする。
 それに倣って、僕らも同じように境界線を覗き込むけど、まぁ見た通り、まるでそこに仕切り板でも張られているかのように、視界の右と左で完全に違う色になっていることがわかっただけだった。

「う〜ん……後何かありそうっつったら……橋の下……か?」
「だろうね」

 九条君に頷いて、全員で橋の真下の土手まで来た道を戻る。
 橋の影は両側の太陽に従って、両方の川面方向に伸びているので、両方の陽の光がほぼ真横から差し込む橋の下は、意外と橋の上と大して変わらず明るかった。

「……別に何もないね」
「……みたいだな」
「ふむ、この橋がこの空間の朝焼けと夕焼けの境目なんだし、何かありそうな気はしなくもないけどね」
「少し探してみる?」

 微妙に納得いかなそうな小倉君に僕から提案して、とりあえずみんなで周囲を探してみることにする。
 そうしてしばらくの間、思い思いに川縁を覗き込んでみたり、橋の付け根や土手の草むらを適当に掻き分けてみたりしてたんだけど……

「……うん、何もないね」

 その結論に至るまで、そう時間はかからなかった。
 まぁ、そうだよね。みんな最初はこの、ジッパチの中でも異彩を放つ謎の空間に、何かあるだろうと探そうとするんだけど、まぁここまで見ての通り、本当にただ環境データの設定の問題で、それ以上のことは何もないっていう事実にすぐに気が付いて、興味を失っていくんだよね。

「う〜ん……まぁ、これ以上は何があるわけでもなさそうだ。一旦上に戻ろうか」

 とまぁ、発案した小倉君があっさり諦めたことで、結局僕らも橋の上に戻ることとなった。

 気が付けばリアルの時刻もだいぶ進んでいたようで、トワイライトゾーンの外へ繋がっているはずの空間も、同じようなオレンジ色に染まりつつあって、中と外を見分けるのがかなり難しいぐらいになっていた。

「うわぁ、すっかり日が暮れちまったな」
「こうして見てると、あたしたちの方が『黄昏』に閉じ込められていくみたい」

 なるほど、言い得て妙な表現だ、と思った。
 今はまだ、辛うじて境界線がわかるぐらいだけど、このまま中と外の空の色が完全に一致したら、そのままこの茜色の世界に永遠に閉じ込められてしまいそうな……。

 何とはなしに、そんな事を考えている間に、ついに「その瞬間」がやって来た。
 中と外の空の色が完全に一致した、その瞬間――

 チッ……――

 それは単に、そんな空想に耽っていたから感じただけの、気のせいだったのかもしれない。
 けど今一瞬、何か、頭の中に直接響くような……何だろう、ノイズ……?……の、ような、何か……。
 たった数秒前のことのはずなのに、今のが本当に起こったことなのか、既に確信が持てない。
 ただ、ほんの僅かな違和感。
 何か、ど忘れしてしまったモノを思い出そうとして、喉まで出かかっているのに後一歩で思い出せないような、そんなもどかしさがどうしても拭いきれなかった。

「ふむ、『黄昏の欠片』か……。(まさ)しく、この場所を一言で言い表すのに、これ以上の表現はないね」

 そんな、半ば独り言のように呟いた小倉君の声に、僕の意識は一気に現実に引き戻される。
 次の瞬間には、さっきまでの違和感はすっかり忘れられて、もはや何処にも引っ掛かることなく記憶から抜け落ちていた。


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