note.036 SIDE:G
さぁ、ここからはボス戦だ。
「奴らのHPゲージは共有だ。どっちを狙ってもダメージは通るから、前衛はゴブリンに集中、後衛はウルフにゴブリンの援護をさせないよう抑えるのがこいつと戦う時のセオリーさ」
「わかった!」
オグ君に言われた通り、僕の狙いはウルフ側に。
「猛る紅蓮よ、槍と成し穿て。《ブレイズランス》!」
まずは今できる最大火力で一撃。
だけど、さすがはボスだね。ブレイズランス一撃程度ではびくともしていないらしい。
続けて詠唱し直して、MPの限りブレイズランスを連発しても、微塵も揺らぐ様子はない。
オグ君の弓も、ステップや微妙な体勢の位置調整だけで骨や筋肉の厚い上腕なんかで受け止められたり、届く範囲であれば爪の一撃で叩き落されたり、かと言って顔を狙ったものは噛み砕かれたりしていて、なかなか有効打は与えられていないようだ。
「……っ! こいつ、強い!」
ゴブリンの方も一筋縄ではいかないらしくて、ミスティスとの攻防は一進一退の様相だ。
ウルフとの連携もかなり厄介で、例えばウルフがオグ君の矢を撃ち落とすために上半身を一瞬伸び上がらせて爪を振り下ろす、その動作と同時に、ゴブリンも槍を逆手に持ち替えて、上から下に叩きつけるような突きを繰り出して威力を上げてきたり、と知能も技量も明らかに他の雑魚ゴブリンとは一線を画しているように見える。
今のところミスティスは無傷に見えるけど、それもツキナさんの支援が的確なおかげだ。事実、ここまでに何度かルクス・ディビーナのバリアが破られる瞬間を見ている。
できることなら、ブレイズランスを連打するのが今の僕に可能な最大火力なんだけど……さすがにルクス・ペルペチュアの追加回復があってもMPが持たない。
ファイヤーボルトなら連発しながらでも僅かながらMPの回復が間に合うから、とにかく攻撃に隙を作らないようにファイヤーボルトを基本に、MPに余裕ができた時にブレイズランスを挟んでいく。
僕も腰元のポーチの中にMPポーションをセットしてあるから、やろうと思えばある程度は無茶も利くけど、使いどころは考えないといけない。
何しろ、戦闘中にショートカット使用するためにはアイテムに直接触れないといけないわけで、かと言って、あまり腰やら腕やらにガチャガチャとポーション瓶やら何やらをぶら下げたり袋詰めにするというのも、見た目にも不格好だし、当然動きも、体積的にも重量的にも阻害してしまう。
故に、つまるところ、一度にショートカットとしてセットしておけるアイテムスロットの数というのは極めて制限されているのだ。大体多くて4つか5つぐらいかな。
使ったアイテムを自動的にストレージから補充してくれる、というような便利機能のついた魔道具は割と高級品だったりするので、基本的には予めセットしておいたアイテムを使い切ってしまったら、後はストレージから取り出すしかない。
そして、ストレージからの取り出しには、ほんの僅かとはいえ、タイムラグが発生してしまう。
そのほんの僅かが致命傷にもなりかねない瞬間、というのはこの世界においては少なからず存在するんだよね。
だから、普段からショートカットにどのアイテムをセットしてどのタイミングで使うか、というやりくりと見極めは常に意識しておくべき、と言われている。
最初のうちは、ちゃんとウルフにダメージを与えられているのか不安だった僕たちの攻撃だったけど、身体を抉るオグ君の矢の数は着実に増えているし、定期的に撃っているチャージングつきのバーストアローやブレイズランスに対しても、事もなげだった最初と比べると、見た目にはまだ揺らぎこそしないものの、一瞬踏ん張って耐える、というような場面も見えるようになってきた。
ゴブリンの方も長期戦になってきたことで、ツキナさんという回復役がいるかいないかが、少しずつ、しかし決定的な差となって表れ始めているようだ。
一つ一つは小さいながらも、身体のあちこちに傷が目立ち始めるゴブリンに対して、ツキナさんの支援で未だ無傷のミスティス。
ゴブリン自身の動きにも、心なしか焦りが感じられるような気がするね。
そうしてついに、その瞬間は訪れる。
「《ブレイズランス》!」
僕の放ったブレイズランスの爆風に、それまでなんとか耐えていたウルフが、初めて大きく傾いだ。
「ガルァァァッ!!」
よろめいたことそれ自体は一瞬のことで、大きく脚を開いて体勢を立て直し、怒りの籠った咆哮と共に僕を見据えるウルフ。
一瞬ヘイトが僕に移ったみたいだけど、すぐにミスティスが盾で受けたゴブリンの槍を弾き返して一瞬の隙を作ると、すかさず挑発を発動。
魔力を共鳴させた音は相当に耳障りらしく、怒りの矛先は再びミスティスへ移る。
でも、この間が決定的な隙だったんだよねぇ。
「もらったぞ!」
オグ君からの、チャージングつきの最大火力、スナイピングショット。
軌道上に閃光が残るほどの弾速で放たれた矢は、ウルフに反応させる間すら与えずに、その右目を射抜き潰す。
「グルァァガアァァアァッ!!」
着弾の衝撃と、右目から走る激痛、視界を潰された怒りで、ウルフが滅茶苦茶に暴れ回る。これはチャンスだね。
ここまで、ファイヤーボルトでMP回復の余裕を持たせつつ、1発撃てるだけのMPが溜まったら即ブレイズランスを撃ってしまっていたから、今のブレイズランスでまたMPは空っぽなんだけど、ここがアイテムショートカットの使いどころだ。
ポーチに触れて、MPポーションを使用。ポーチから溢れ出るように飛び出したフォトンが僕の身体に吸収されると、体内で魔力が湧き出る感覚と共に、視界の端でもMPゲージが4分の1程一気に回復したのが見える。
「猛り燃ゆる紅蓮の炎よ、我が意を示し、槍と形成せ。貫き、穿て。焼き尽くせ。《ブレイズランス》ッ!!」
あえて短縮なしの全文詠唱。
もちろんこれも意味があって、スキル名宣言と同じく、詠唱そのものにもイメージを明確にして魔法の威力を上げる効果が少なからずあるんだよね。
そうして放たれた僕の全力のブレイズランスは、真っ直ぐにウルフの横っ腹へと突き刺さり――
「ガルッ、グルアアアァァァァ!!」
「――――!?」
背に乗せたゴブリンごと、その身体を炎で包み込む。火属性攻撃で発生する状態異常、炎上だね。
ゲームシステム的な効果としては、見た目通りのスリップダメージに加えて、移動速度の大幅低下と移動以外の行動不能。
同じ火属性や、一部を除いた水属性の敵、砂や岩なんかの燃えにくい身体を持つような一部の土属性の敵、そもそも燃える実体が存在しないゴースト系の敵等、意外と効かない敵は多かったりするんだけど、その分、かかる相手には強力な効果を発揮してくれる状態異常だ。
堪らずウルフが地面を転げだし、ゴブリンもその背から放り出されるようにして地面を転がる。
「やった!」
「よし、いいぞ!」
思わず小さくガッツポーズをしてしまった僕だったけど、オグ君は油断なく追撃の矢を射かける。
「――! ――――!!」
文字通り身を焦がす炎をなんとか消す時間を稼ぐつもりなのか、ゴブリンが槍を振り上げ号令のような叫びを上げると、どこにまだそんな数が隠れていたのか、周囲から次々と追加のゴブリンたちが現れる。
「まだいたの!?」
「無駄な足掻きだ!」
ツキナさんはさすがに少し呆れ気味だったけど、オグ君はあくまでも冷静だ。
「あ〜……はいはいっと」
こちらも往生際の悪さに少し呆れ気味のミスティスが挑発を打ち鳴らすと、釣られて一直線に彼女に向かうゴブリンを、オグ君がチェインアローで撃ち抜いていく。
僕もゴブリンの数を減らしつつ、同時にボス本体にも当たるような射線でウィンドカッターを発動する。
「ガァッ! グアアァァァッ!」
「――――――!!」
ウィンドカッターそのものによる追加のダメージに加えて、風の刃によって新たな酸素も送り込まれて、火の勢いは弱まるどころか、更に激しく燃え上がる。
これも狙い通りで、風属性魔法には、炎上のダメージと効果時間を上昇させる追加効果があるんだよね。
これを積極的に狙って、無詠唱が簡単で、ちょっとした合間でも連発できる風属性魔法と、コンスタントに扱いやすく、そこそこの火力を出せる火属性魔法に属性を絞って、風属性魔法の手数と火属性魔法の火力、炎上によるスリップダメージの最大化を主軸に戦うのが風炎型と呼ばれるマジシャン系のスキル振りのテンプレの一つ。
ステータスをDexに振らなくても無詠唱が簡単だから、回避行動中の僅かな合間でも手数を増やしやすいとあって、ソロ志向の強いAgi型のマジシャンに人気の型だ。
と、ウィンドカッターの連射で炎上の効果を上げつつ追撃していたんだけど、さすがにこれだけでいつまでも完封とはいかないようで。
地面を転がり、火勢が弱まった一瞬を突いて、ウルフが立ち上がると、
「ゴルォアアアアァァァァァァァッ!!!」
一際大きく咆哮。どうやらその雄叫びには魔力が乗っているらしく、ウルフの口元を中心に、空気の波が可視化される程の風が巻き起こり、ゴブリン共々炎が吹き散らされてしまう。
「ルガアァァッ!」
「――――!」
その背に再びゴブリンが飛び乗って、ゴブリンライダーが完全に復活する。
そうしている間にもミスティスに迫る取り巻きゴブリンたちだったけど、直前、ミスティスは、一度この拠点を離脱した時と同様に大きく跳躍。
やはり同様に直前で目標を見失ったゴブリンたちは、彼女が立っていたはずの場所で正面衝突して同士討ちしていく。
ただ違うのは、今回の彼女の跳躍は、離脱するためではなく――
「マグナァム……ブレイク〜♪」
そのまま真上から、ここまで幾度か見せていたメテオカッターとイグニッションブレイクの合わせ技で落下。
衝突事故で一ヵ所に集まったゴブリンたちを全てまとめて消し飛ばしてしまう。
マグナムブレイク――後で聞いたところによると、イグニッションブレイクにメテオカッターを合わせて範囲と威力を増大させるこの合わせ技は、HXTの売りの一つであるオリジナルスキルシステムによって、この名前で既に浸透しているらしい。
このゲームのエンドコンテンツに位置付けられる要素の中でも特に条件が厳しいとされるオリジナルスキルの作成だけど、その中でも、こういう既存のスキル同士の合わせ技や派生技みたいなのは比較的作りやすいようで。
このマグナムブレイクの他にも、空中で身体を捻って、横倒しになった状態からワイドスラッシュを発動して、縦回転による連続攻撃を行うスピニングブレイドとか、いくつか有名なものがあるとのことだ。
ゴブリンたちを消し飛ばしたマグナムブレイクの爆風は、持ち直したとは言え既に満身創痍のゴブリンライダー本体にも襲いかかり、ウルフの前脚を浮かせるほどに大きくのけ反らせる。
「グガオォォッ!」
ミスティスは、着地の反動をバネに、もう一度大きく跳躍して、
「そろそろ……――」
身体を丸めた後方宙返りから宙を蹴って、ゴブリンライダーに向けて急降下しつつ、渾身の刺突を繰り出す。
「――終わりだよ!」
上空からの高速刺突スキル、ピアシングダイブ――。
迸る魔力と、彼女自身の速度で以て、空中に鮮やかな軌跡を描きながらゴブリンライダーを貫いて、ミスティスはその後方に着地する。
刃を真っ直ぐ前に突き出したまま、片膝を着く形で静止したミスティスに一拍遅れて、ゴブリンライダーは最期の咆哮と共にフォトンへと爆散した。