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note.035 SIDE:G

 肉体の放棄もしきれずに残されたゴブリンたちの死体を踏み分けて、静まり返った拠点を散策する。

「しかし、やはり数が多いな……」
「多いわね……半数以上はフォトンに消えたはずでこの量ってことでしょ?」

 オグ君の疑問に、ツキナさんも同意する。
 確かに、大多数はフォトンに還元されているはず……の割には、場所によっては足の踏み場に少し困るようなレベルでかなりの数の死体が残されているように見える。
 ここの拠点が今日発見した中では一番大きな拠点だったのは確かだけど、それにしたってちょっと数が多すぎるような気がする。

「やっぱりおかしいよねぇ?」

 ミスティスも敵の数への違和感は感じていたようだ。

「考えられる可能性としては、近くにまだ見つけていない別の拠点があって、増援を送り込まれていたか?」
「ん〜……考えるより、とりまこの死体の山どうするかじゃない?」

 細かい理由よりも、足の踏み場のなさの方にうんざりといった調子でミスティスは肩を竦める。

「ふむ、まぁそうだな。このまま腐るに任せるというのもあまり良くはない。施設潰しと一緒に一ヵ所にまとめて消し飛ばしてしまおうか。僕の大魔法ならまとめてフォトンに還せるだろう」
「オッケー」

 と、そんなわけで、物陰に潜んでいたり死んだふりで死体に紛れたゴブリンが残っていないかの確認も兼ねて、死体を適当に一ヵ所に積み上げつつ、拠点の機能を潰していく。
 ……いや、まぁ、ガンアクションものの映画とかでそういうシーン確かにあるけどさぁ……。淡々と死体の頭に弾丸を撃ち込んで生死を確認していくツキナさんが正直ちょっと怖い……。
 ……と、まぁ……ともあれ、粗方の作業は滞りなく進み、死体の処理も終わって一段落がついた頃。
 向かってくる何かに最初に気が付いたのはツキナさんだった。

「は〜……ようやく大体片付いて……え? 待って?」
「なぁに? 何か見つ……! 何か、来る!」

 近くにいたミスティスも何かに気が付いたらしく、ツキナさんを護るような位置について身構える。
 それとほぼ同時に、僕らにも「それ」が理解できた。
 何かが走ってくる……それも、かなり速い……!
 しかも、この足音の調子……四足?
 ゴブリンじゃない?
 そう思った瞬間、木柵を飛び越えて拠点へと飛び込んできた、その正体は……

「え? ウルフ?」

 ゴブリンの支配地域ど真ん中のはずのこの場所に、どうして……?
 それを疑問に思う間もなく、ウルフが「ワオォォォ――!」と遠吠えを上げると、どうやらウルフは1匹ではないようで、離れた場所で遠吠えが次々に連鎖していく。
 それが合図だったのか、一際大きな四足の足音が木柵をぶち壊して現れて――

「え、えええぇぇ!? ゴブリンが、ウルフに乗ってる!?」

 全く予想を超えた闖入者に驚く僕をよそに、

「ゴブリンライダーか!」
「「レア物じゃ〜〜〜ん♪」」

 想定の範囲内、といった様子で冷静に弓を構えるオグ君と、声を揃えて今日一番のテンションではしゃぐ女子二人。

「レ、レア物……?」
「あぁ、基本敵対関係のウルフとゴブリンだが、たまに何かの拍子に協力体制になる場合があるんだ。そうなった時の上位個体として出てくるレアボスがこいつさ」
「な、なるほど」

 油断なく弓の狙いを定めつつも、オグ君が軽く解説を入れてくれる。
 あー……そう言えば、情報サイトでここの事を流し読みした時に確かにそんな情報もあったような……。
 その時はソロの僕がボス狩なんて当面は縁がないと思ってたから、ボスに関するページは本当に斜め読みぐらいで流してしまってて、ほとんど記憶に残ってないや。

 っと、それはともかく、戦闘に備えないと。
 そんな思考の間にも、「ガルゥ!」とウルフが一声唸って威嚇するように姿勢を低く構えれば、その背中では今までより体格のいいゴブリンが、見た目ミスティスの片手剣ぐらいの長さとは言え、彼らの身長からすれば十分な長槍をぐるりと振り回して、同じく臨戦態勢に入る。

「――――!!」
「ガアァァァッ!!」

 ゴブリンが槍を振り掲げ、同時にウルフが大きく吠える。
 それに呼応して、突然全方位からウルフが現れて僕たちへと向かってきた。
 いつの間にか囲まれてる!?

「来るぞ!」

 オグ君の言うが早いか、ミスティスが挑発で僕らからタゲを外してくれる。
 僕やツキナさんに向かおうとしていたウルフたちも、明らかに標的をミスティスに切り替えて走る方向を変えたのがわかった。
 けど、ウルフはざっと10匹はいる。ルクス・ディビーナのバリアがあるとは言え、これを全部はミスティス一人じゃ受けきれないよね。
 オグ君がチェインアローで自分に近い3匹を始末する、その反対側ではツキナさんが杖を振るって、

「《ホーリーレイ》!」

 振るわれた杖の先からは連続して白い光線がレーザーのように放たれて、自分に向かって来ていたであろう数匹を撃墜していく。
 ホーリーレイは、基本的には支援職のクレリック時点で唯一、相手を選ばず使える攻撃用初級聖術。
 光属性魔法は詠唱が長めの傾向がある分、少しDexを意識しないと無詠唱が難しい中級以上の魔法と違って、初級だから無詠唱も簡単で、こうして咄嗟に出しやすいのが利点だね。
 反面、主にクレリック系用の支援スキルに分類される聖術は、あまり攻撃には向いてなくて、威力は控えめなんだけど……今はLv320台なツキナさんのLv差のごり押しで一発で倒せてる感じだね。

 本来は1回の光線で攻撃するだけの単純なスキルのはずだけど、一度のスキル宣言で連続して何発も撃てているのは、「連結詠唱」と呼ばれる、所謂プレイヤースキルに分類されるテクニックの一つだ。
 一度発動させた後の魔法陣は、当然ながら効果を発揮して流した魔力を使い終われば消滅するだけなんだけど、魔法の発動から消滅までのほんの一瞬の間だけ、「魔力を使い切った空の魔法陣」が残るタイミングっていうのがあるんだよね。
 そこを捉えて、空の魔法陣に再び魔力を注ぎ直してやることで、再度の魔法陣構築にかかるMPと詠唱時間を節約しつつ、即座に同じ魔法を連発して発動できる、と言うのが連結詠唱だ。
 具体的には、完全に成功すれば、無詠唱かつクールタイム無視、消費MP3分の2で同じ魔法を即時発動できる。
 「完全に成功すれば」とつけたのは、このタイミングがなかなかにシビアで、遅れると魔力が行き渡らなかった分の魔法陣が部分的に消えてしまって、その分の再構築が必要になってしまうから。
 当然、消えてしまった部分を的確に把握して再構築しなきゃいけないから、詠唱難度は普段よりも上がるし、全部捉えたつもりで最大まで魔力を流してしまったりして魔力暴発する危険性も上がる。
 魔法陣自体も複雑化する中級や上級魔法ともなると、流した魔力が全体に行き渡るにも相応に時間がかかるから、消滅までのタイミングも更にシビアになっていく。
 今回は初級聖術だったとは言え、ツキナさんはさらっとこなしたように見えて、実はかなりの高等テクニックなんだよね。
 僕は……ちょっとまだこれには手を出せそうにないかなぁ……。
 そもそも、僕の感覚ではまだ「空の魔法陣」の存在を認識することすらできていない。
 連結詠唱云々の前に、もっとLvを上げないとね。

 さて、僕自身の対応はと言えば。
 僕に向かっていたはずの数匹に関しては、僕に向かう軌道の途中からタゲをミスティスに切り替えて走っているから、一瞬とは言え猶予はある、と判断して、元々ミスティスを狙っていた分の頭数を減らしてやることを優先する。
 選択する魔法は……さっきLv1だけ振っておいた中級氷魔法「アイスボム」。
 名前の通りフレアボムの氷魔法版だけど、文字通り単純な爆発だから1回の攻撃判定で終わっちゃうフレアボムと違って、発動地点に氷の風がしばらく渦を巻くから範囲内に多段ヒットするし、1ヒットごとに凍結判定があるから、かなり高確率で凍結の状態異常を狙うことができる、この状況にぴったりの優秀な足止めスキルだね。
 反面、欠点は、凍った敵にはダメージを与えることができないせいで、凍結させるまでにかかったヒット数で与える総ダメージにムラができちゃうこと。
 そのせいで、ダメージソースとしては不安定だから、あくまでも中級魔法故の無詠唱で手軽に高確率で凍結の状態異常をばら撒くことでの、その後の追撃への布石としての側面が強いスキルだ。

 ここまでの道中で試しにLv1振っただけだから、今初めて使う魔法だけど……さっきのウィンドカッターの感覚でいけば、初めての魔法でいきなり短縮詠唱でも発動できるはず。
 詠唱文は「凍てる氷礫、荒ぶ氷刃、此処に結せよ。其が形成すは氷禍の牢獄、万象凍止める不壊の氷壁。爆ぜよ、渦巻け。触れる全てを氷獄の贄と成せ」か。
 ――と、思い浮かべた瞬間、ウィンドカッターの時と同じように、脳内に魔法陣のイメージが組み上がる。
 なるほど、これなら……これぐらいまでは自力で作れるかな。
 短縮可能な部分を組み上げて、残りを詠唱。

「氷刃結せよ、氷禍の獄。万象不壊の氷獄と成せ! 渦巻け、《アイスボム》!」

 水属性魔法の常として、対となるフレアボムと比べると詠唱も長く、構築の消費MPも少し多めだけど、回路の許容流量は同じLv1の時のフレアボムと変わらないし、発動のイメージも単純にフレアボムの氷版でいいから、詠唱以外は手間取らないね。
 思い描いた通りにあっさりと発動できたアイスボムは、ミスティスの右後方から彼女を間合いに捉え、今まさに跳躍した2匹のウルフの軌道上に、球形に拡がる氷の渦を展開する。
 突然発生した小さな吹雪とでも言うべき空間に、まともに突っ込んだ2匹は声を上げる間もなく氷塊と化す。
 おまけで、その時点では範囲外だったから大丈夫だろうと踏んだのか後続から飛びかかったもう1匹も、少し時間をかけてフレアボムと同程度まで拡がった氷の爆風に呑まれて凍り付く。

 どういう理屈かわからないけど、状態異常としての凍結って、空中の敵にかけると地面に落ちることなくそのままの位置で空中で固まるんだよねぇ。
 まぁ、普通に落下しちゃう結果落ちてすぐに割れちゃう、みたいなのでもそれはそれで困るから、ゲームなんだしそういうものってことで、深く考えちゃいけないのかもしれない。

 すぐさま、僕からタゲを逸らされたことで出遅れた1匹に向けて無詠唱でファイヤーボルト。

「いい判断だ」

 言いつつ、オグ君がチェインアローで残りの後続組を一掃。
 僕も追加でファイヤーボルトをもう一発撃って、1匹を叩き落す。

「はぁぁぁぁっ!」

 最後にミスティスが、残った右前方から飛び込んできた数匹をまとめてワイドスラッシュで斬り飛ばして、更にその魔力を纏わせたままにぐるりと一回転。回転斬りに派生させて氷塊となったウルフも諸共に横一閃、取り巻きを全滅させる。
 ついでにその回転の勢いのままに、ウルフたちとタイミングを合わせるようにして突撃してきていたゴブリンライダーのゴブリン側の槍を剣で弾きつつ、フックを入れるような感じでウルフの方の鼻っ柱も横合いから盾でぶん殴って文字通りに出鼻を挫く。

「やっ!」

 ウルフが堪らず数歩たじろいで、ぶるぶると頭を振って体勢を立て直す間に、ミスティスはライダーの方に袈裟斬りに飛び込んでいく。
 ライダーの方もその剣の腹を横薙ぎに薙ぎ払っていなし、そのまま両者の剣戟の応酬が始まる。

「よし、僕らはウルフの方を狙うぞ」

 ウルフ側にチャージング付きでバーストアローを放ちつつ、オグ君が言う。

「奴らのHPゲージは共有だ。どっちを狙ってもダメージは通るから、前衛はゴブリンに集中、後衛はウルフにゴブリンの援護をさせないよう抑えるのがこいつと戦う時のセオリーさ」
「わかった!」

 邪魔な取り巻きも排除できたし、いざ、初めてのボス戦だね……!


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