note.034 SIDE:G
門番に見つからないよう、少し大回り気味に迂回して、最初に拠点を見つけた時と同じ方向――ちょうどオグ君の背後から近寄る形で合流する。
「オグ」
「あぁ、無事に来たね」
ツキナさんの呼びかけに、オグ君が眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら応える。
多分、眼鏡は装備品としてのアクセサリーで、オグ君自身はリアルでは普通に裸眼が普段だけど、元々の顔の造形がいい方なだけに、眼鏡の位置を正すその仕草はかなり様になっている気がするね。
「さて、後はこれまで通りの手筈でいいだろう」
「とりま突っ込んで、ヤバかったら私が挑発ね」
特に異論が出るはずもなく、お互いに頷く。
「支援入れるわ」
「あぁ、頼む。この距離ならチャージングで届くだろう。門番はチェインアローで始末するから、それと同時に行こう」
「オッケー、いつでもいけるよ!」
ミスティスが身構えて、いつでも走り出せる体勢を取る。
支援スキルのエフェクトが収まると、門番ゴブリンに向けて弓を引くオグ君の、左手を中心にチャージングの光が灯って、弓全体に魔力が行き渡る。
「スリーカウント、2、1……今!」
合図で弓が放たれると同時に、その軌跡を追うようにミスティスが飛び出していく。
過たず門番の1匹を貫いたチェインアローは、ここまでの間に熟練度でLvが上がったのか、もう1匹の門番と、更にたまたまちょうど近い位置にいたもう1匹へと3連鎖するようになっていた。
先に門番がいなくなったことで、ミスティスは一気に拠点の奥深くまで浸透して、開幕から勢いよくメテオカッターからのイグニッションブレイクの合わせ技を叩きつけていく。
後を追う僕たちの前にも、ミスティスが開けた穴を塞ぐように新たなゴブリンたちが現れる。
けど……!
「猛る紅蓮よ、槍と成し穿て!」
これぐらいならかなりスラスラと詠唱できるようになってきたブレイズランスを、一旦立ち止まりながらも発動。僕が立ち止まった段階で察して射線を開けてくれたオグ君とツキナさんの間を抜けてゴブリンたちを蹴散らしていく炎の柱に、ちょうど後ろをついていく形で僕も追走する。
そうして、先に暴れているミスティスを援護できる位置まで踏み込むと、ちょうどオグ君に向けて側面から1匹が襲い掛かる。
それを迎撃したオグ君だったけど、その隙に別方向からもう1匹が飛びかかってくる。
けれど、それも事前にかけてあったルクス・ディビーナのバリアに弾かれて、ゴブリン相手で1回2回程度ではバリアも壊れないとわかっているオグ君も、冷静にチャージングつきのチェインアローで反撃。弾かれた1匹も消し飛び、更にその後ろに続こうとしていた2匹も連鎖で射抜かれていた。
ミスティスがかなり派手に暴れてくれてるおかげで、残りの敵はもうほとんどミスティス1人に集中してる感じだね。
彼女の死角を取ろうとしていたり、入りが浅くて倒し損ねたりした奴を潰してやったり、集団で出てきた連中を先回りして範囲攻撃で崩してやったりして、僕たちも援護に加わる。
ゴブリンたちも後ろから横槍が入っていることは理解しているのか、こちらに向かってこようとする奴はいるんだけど、結果的にミスティスに背を向けることになるのを、逃すことなく彼女に狩られていくから、結局僕たちにまで手を回す余裕はなくなってるみたいだね。
魔法5回ごとのサクラメントのかけ直しに、各種支援スキルの維持にと、ツキナさんの支援も的確で、だいぶ助けられている。
おかげで戦闘それ自体はまだ余裕があるんだけど……。
「ちょっ……どこにこんなにいたんだか知らないけど、数多すぎ! MP持たないんだけど!」
戦闘そのものには余裕があるように見えて、途切れることのないゴブリンたちの物量の前に、ミスティスが息切れを起こしかけている。
これはちょっと……あんまりよくないかな?
「ごめん! 退くよ!」
「k」
さすがに音を上げたミスティスが挑発を打ち鳴らして、オグ君がそれに答える。
僕たちは手筈通りに拠点の壁の外まで一旦退却、ミスティスはできるだけ多く引き付けるつもりか、むしろ前に突っ込んでいく。
引き付けてくれるのは助かるけど、全周囲まれた状態からミスティス自身は脱出できるのかな?
……と思った僕の心配も杞憂で、周りを取り囲んだゴブリンの間合いに入るかどうかの完璧なタイミングで、ミスティスは大きく跳躍。
直前で目標を失って、同士討ちになった挙句に後続によって将棋倒しになるゴブリンたちを尻目に、空中で半回転捻りを加えて僕たちの方に向き直って着地して、ミスティスはこちらに真っ直ぐ駆け抜けて、自分も拠点を脱出する。
そうして僕らに無事合流したミスティスは、剣を持ったままながら、右手で腰のベルトに提げた青いポーション瓶――MPポーションに、半ば叩くようにして触れる。
すると、ポーションは瓶ごと一瞬でフォトンに変換されて、彼女の身体に吸収されていく。
これはオーブの基本機能の一つで、まぁ、旧来のコンソール型ゲームで言うところのアイテムショートカットのようなものだ。
システム的には、直接手で触れているアイテムの効果を即座に発揮させる、という機能になっている。
「直接」とは言うものの、手袋や甲冑で覆われているってぐらいなら、わざわざ外さなくても認識してくれるし、同じ原理でちょっとした革袋の上からぐらいなら、手で触れた対象が識別さえできていれば認識してくれる。
それでも、「手で触れる」のは絶対条件になるので、ストレージから直接、というわけにはいかないんだよね。
だから、冒険者であれば大抵は、ポーション類なんかの咄嗟で使いたいアイテムは、こうしてベルトに提げておいたり、ツキナさんみたいな小さいポーチなんかを使って、いつでも触れられるようにストレージに格納せずに携帯している。
ゴブリンたちの方はと言うと、同士討ちと将棋倒しで幾分かの数がフォトンへと還されたものの、大混乱になりつつも、集団の外側にいた奴らからなんとか態勢を立て直してこちらに向かってくる。
その間にも僕たちからも何発かチェインアローやフレアボムを撃ち込んでやったりして、それなりに数は減らせたものの、元の物量が圧倒的すぎて、まだまだかなりの数が、自分たちの拠点の門を壊し潰す勢いで押し寄せてくる。
……というか、門がもう壊れて突っ込んできた!?
「猛り狂い、渦巻き爆ぜろ! 《フレアボム》!」
「く……不味いな」
ひとまずフレアボムで先頭集団を吹っ飛ばす僕の隣で、オグ君もチェインアローを連射してくれているけど、全く追いつかない。
「りゃあああっ!」
ミスティスもイグニッションブレイクで纏めて切り崩そうとするけど――
「ヤッバ……! ごめんっ!」
何匹かこっちに抜けてきた……!
オグ君がチャージングつきのチェインアローを放って頭数を減らしてくれる。
けど、それだけじゃ間に合わない!
「猛り狂い、渦巻き爆ぜろっ!」
咄嗟で出した、宣言なしのフレアボム。
数匹それに巻き込まれてくれるけど、如何せん無秩序に突っ込んできているだけのゴブリンの動きが逆に効果的に突入タイミングをずらすように働いて、まだ3匹が被弾を逃れて抜けてくる。
その間にも、前線は前線で次々と後続がきている状態だから、オグ君はミスティスの援護にかかり切りの状態。
「《フロストスパイク》!」
無詠唱で出したフロストスパイクだったけど……射線が甘かった!?
1匹しか減らせてない……!
残った2匹は僕をスルーして、一直線に後ろのツキナさんへ――
「ごめんツキナさん! 抜けられ――」
タタン! タタタァンッ!
「抜けられた」、と僕が言い切るよりも先に後ろから聞こえてきたのは、剣と魔法のファンタジー世界にはあるまじき、森に木霊する乾いた破裂音。
「へ……?」
と、僕が間抜けな声を上げて振り向いてしまったのも無理はない。
というか、この瞬間だけは、ゴブリンたちまで含めて全員の時間が止まっていたような気がする……。
何しろ、振り返ったその先にいたのは、蒸発していくフォトンの向こう、硝煙を燻らせる二丁のサブマシンガンを構えて、不敵に笑うツキナさんの姿だったのだから。
――そう、HXTのバックストーリーで語られる、扉から齎された「異界の力」の正体とは、他でもない僕たちのリアルそのままの「銃火器」のこと。
そして、ツキナさんがエクステンドしているフォースがプリーストのエクステンドとして人気の理由の一つは、クレリック系上位職で唯一、短機関銃までの小型の小火器を扱えるという一点に尽きる。
本人のステータスに依らずに一定の攻撃力を確保でき、更にはアスペルシオ等、装備品そのものの性能や敵に与える最終的なダメージを直接底上げするものが多いプリーストの支援スキルとも相性がいい銃器は、個人での戦闘能力が低いプリーストの弱点を最も効果的に補ってくれるんだよねぇ。
ゆらり、と、一度少し俯いたツキナさんは、スゥ、と大きく息を吸い込む。
瞬間、跳ね上げられ、ゴブリンたちに向けて見開かれた彼女の目は、確かにギラリと光を発した……ように僕には見えた。
「プリーストなめんなあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
裂帛の雄叫びと共に、サブマシンガンをフルオートでぶちかましながら躊躇なくゴブリンへと突っ込んでいくツキナさん。
「――!??? ――――!!」
「――――!! ――!!!?!?」
完全に震え上がったゴブリンたちが、瞬く間に逃げ惑い、散り散りになって、容赦なく、蹂躙されていく。
「あー……始まっちゃったかー」
「まぁ……今回は結果オーライ、じゃないかな、うん、そういうことにしておこう……」
と、ミスティスとオグ君は遠い目でその凶行を見送っている。
あー……なるほどねー……。
出発前の、ツキナさんに対する二人の微妙な反応はこれのせいかー……。
「えーっと……プリーストってこういう職でいいんだっけ……?」
「いいや……大丈夫だ、君の疑問と感性は正しい」
そ、そうだよね、プリーストってこういう職ではないよね、うん……。
思わず口に出ていた僕の疑問にオグ君が頭を振って答える間にも、文字通り逃げる間すらなくゴブリンは殲滅されていく。
絶え間なく続いた銃声がようやく収まると、残っていたのは蒸発していくフォトンと、肉体の破棄すらできずに死体となったゴブリンたちの山だけだった。
「ふー…………あ……」
動くものが他にいなくなって、ツキナさんもようやく我に返ったみたいだね。
「あっははー……やっちゃった、ごめ〜ん……」
「いや、まぁ、今回はこれでよかったんじゃないか。うん、あのまま物量で押し潰されるよりは」
「というか、結果敵はいなくなったんだし、これはこれでよかったんじゃないかな」
「結果オーライってやつだよね〜」
バツ悪げに謝るツキナさんだったけど、みんなそんなに気にしてないと思う。
まぁ、そもそもの話、僕の魔法でちゃんと仕留められてればツキナさんの方までは抜け出されなかったわけだし。
「ふむ、経過はともあれ、これでこの拠点も殲滅はできたか。一応、まだ隠れてないか中を一通り見ておくとしよう」
と、オグ君の仕切り直しに僕らも頷いて、ひとまず拠点の内部の確認に移ったのだった。