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note.033 SIDE:G

 拠点を壊滅させた僕たちは、その後も出会うゴブリンを狩りつつ、道中でもう一つ拠点も潰して、いよいよ森の東側区域のほぼ最奥というところまで差し掛かっていた。

「そろそろ東側のど真ん中って感じかしら?」
「ふむ、そうだね。この一帯を過ぎれば、後は森を東に抜ける方向だ」
「結局、ボスはいないわねぇ」
「ボスが一番稼げるのにねー」
「ねー」

 ツキナさんもミスティスも現金だねぇ。
 依頼の趣旨的には、そういうのが出てくる前に敵の戦力を殺げれば、いないに越したことはないんだけど……まぁ、それもゲームとしての設定上ってお話か。
 単純にゲームとして考えれば、あんな地味な施設潰しよりも、派手に戦えて、かつドロップも含めて一番報酬に期待できるボス戦が欲しいっていうのは、まぁ自然な話だよね。

 果たして、そんな会話の折に向こうに見えてきた、ゴブリン連中の本丸と思しき拠点はどうなんだろうか。

「待った、全員ストップだ」

 木立の向こう、木々の合間にゴブリン拠点と思われる木柵らしいものが見えたところで、オグ君がストップをかける。
 その目には、ホークアイの光がほんのりと灯っていた。

「どうも、あそこが連中の本拠地みたいだ。巡回兵のような奴が見えた。迂闊に近づきすぎると危ない」

 その言葉に、僕たちは無言のままに視線と頷きで返して、奴らに見つからないよう軽く腰を落とした。
 そして、慎重に拠点を観察できる茂みの裏まで移動して、こっそりと覗き込む。

「ん〜、ボスはいなさそうだねぇ、残念」
「ふむ、巡回兵が出てくる程の統制が取られているなら、統率する上位個体がいるものと思っていたけど」

 そう言えば、さっきからこうして外から様子見してる段階で、みんな結構適当にボスの有無を判断してるように見えるんだけど……。

「今更だけど、外から見える段階でボスがいるかどうかってわかるものなの?」
「あぁ、簡単な話さ。ゴブリンキングってのは、文字通り連中の『王』だからね。こういう平地の拠点の場合なら、明らかに他より大きな小屋があったり、中央で堂々とふんぞり返ってたり、何にせよ王として別格扱いされているから、見ればわかる」
「体格も他よりでっかくなるしね」
「なるほどね」

 そう言われてみれば確かに、見たところ巡回兵役がいるかどうかぐらいで、今回の拠点も今までの2つとそう変わったところはないね。
 ミスティスの言うような、体格の異なる個体も見える気配はない。
 ボスらしい奴はどうやらいないって判断でいいってことかな?

「だが、問題は巡回兵だな。奴ら、知能は低いとは言え狡猾だ。騒がれると不味いのはもちろんとして、迂闊に中に飛び込んでしまえば、外の連中は機を見て不意を打つぐらいの知恵は回る」
「どうにか先に始末したいね〜」
「あぁ。けど、巡回兵は2組いるというのが厄介だ。両方同時に始末して、見張り櫓の無力化から突入開始まで一気にやってしまわないと。片方ずつやってたら、もう片方をやりに行ってる間に巡回が回ってこないことに感づかれる可能性がある」
「じゃ、二手に分かれましょ」

 ツキナさんの提案に、特に異論もなく全員で頷く。

「ふむ、そうだな。マイス、結局、昼間迷っていたスキルポイントは振ったのかい?」
「あ、ううん。アイスボムをLv1取ったぐらいで、残りはまだ保留してる状態かな」
「そうか。なら、ウィンドカッターに少し振るといい。風魔法は詠唱が短くて無詠唱が簡単だし、文字通り風を使った攻撃だから敵から視認されにくいんだ。ツキナの支援もあることだし、今回はLv5もあれば十分だろう。それで二手に分かれても連中に見つからずに巡回兵と櫓を始末できるはずだ」
「なるほどね。ありがとう、やってみるよ」

 ウィンドカッターはファイヤーボルトやストーンシュートに対応する、風属性の初級魔法だね。
 どのみち、マジシャン時点で覚えられる中級以下の魔法ぐらいは一通りの属性を揃えておくのはマジシャン系のスキル振りの定石だもんね。
 使いどころがあるなら、そちらを優先して取っておくに越したことはないよね。

「とりあえずLv5まで振ってみたよ」
「OKだ。なら、二手に分かれて巡回兵と櫓の見張りを殺ろう。僕の方は、最悪奴らにバレたとしてもウィザードに切り替えてしまえばゴブリン程度はどうとでもなるから1人でいい。3人で反対側を対処してくれ。基本は無詠唱のウィンドカッターでいけるはずだから大丈夫だとは思うけど」
「もしバレちゃったら、その時はごめん」

 なんて、思わず「ごめん」が口をついて出てしまうと、すかさず二人に怒られてしまう。

「もー、まだ始めてもないのに謝らないの」
「そうそう。パーティーなんだから、遠慮なく頼ってくれないと支援役の立場がないじゃない」

 そうだよね、要の火力役が僕になるから、ついつい僕が失敗したら……なんて考えちゃうけど、そうならないためのパーティーだし、もしそうなっちゃってもカバーを利かせるためのパーティーでもある。
 いちいち謝ってたら支援役の立場がないってのもまさにその通りだね。
 ちょっとまだ慣れないところはあるけど、もう少し素直に人を頼るっていうのを覚えないとだね……。

「そ、そっか、ごめ……ううん、ありがとう。よろしくね」
「よろしい! バックアップはあたしたちに任せなさいな」
「うん、二人とも頼りにさせてもらうよ」

 二人から笑顔で頷きが返ってきたところで、オグ君が改めて仕切り直した。

「よし、じゃあそろそろ行動開始だ。僕は左から回ろうか」
「じゃ、私たちが右ね」
「支援かけ直すね」
「あぁ、よろしく頼む。まぁ、タイミングまで厳密に合わせる必要はないだろう。適当に始末できたらパーティーチャットで連絡して、ここに再集合だ」
「わかったよ」

 ツキナさんから一通りの支援スキルをもらったら、それぞれの方向に行動開始だ。

 門番の姿が見えない位置まで拠点を回り込んだ僕たちは、櫓からの射線を切れる木陰の茂みで様子を見る。
 櫓の見張り役は……うん、今ならこっちを見てないね。

「巡回兵からでよさそうだね」
「だね。一応、私、櫓を見とくよ」
「うん、お願い」

 じゃあ、櫓の監視はミスティスに任せて、僕はウィンドカッターの詠唱だね。
 詠唱文は「斬り裂け、風の刃よ」だったかな。
 詠唱文を意識した瞬間、喉まで出かかっていた記憶を思い出せた時のようなひらめきにも似た感覚が走り、脳内で一瞬で魔法陣のイメージが組み上がる。
 初めて使う魔法をいきなり無詠唱で発動するって、こんな感覚なんだね。
 それにしても、他の属性と比べて詠唱が短いのが風属性魔法の特徴とは言え、初級魔法の時点でこんなに顕著に短いものなんだね。他の初級魔法の短縮詠唱並みの詠唱文の短さだ。

 っと……ともかく、イメージ通りに魔術回路を構築して……と。
 あとは、回路の魔力流量を決めるイメージングだけど……風の刃、か……。う〜ん……要するに空気の流れを操るようなものだから、目に見えたり触ってどうこうできるようなものでもないだけに、いまいち明確なイメージが掴みにくいなぁ。
 あー……一つ思いついたのは、現実にもあるウォーターカッター、かな?
 あれはつまるところ、一点に集中させた水圧で対象を圧し切るものだから、それと同じように、気圧を「刃先」となる一点に圧縮して叩きつけてやる感じにすればよさそう……?
 刃の形は、まぁオーソドックスに三日月型のブーメランみたいな形のを飛ばしてやればいいかな。うん、こんな感じで。

 あまり派手な動きにならないようにだけ注意しながら、軽く杖を振るってやれば、何も知らずにただ塀に沿って歩く巡回兵ゴブリンに向けて、少しずつ角度を変えた5枚の風の刃がほとんど音もなく飛んでいく。
 多分、当のゴブリンたちにも、自分が死ぬ瞬間まで、ちょっと強く風が吹いたかな?ぐらいにしか感じなかったはずだ。
 一瞬の飛翔時間の後、2匹の巡回兵は声を上げる間もなくまとめて細切れにされてフォトンの塵になっていた。

 この隠密性と、破壊できない物に当たらない限りは問答無用で射線上を攻撃しながら指定地点まで飛び続ける貫通性能が、風属性魔法の大きな利点だね。
 熟練の冒険者や高位魔族と呼ばれるような上位の魔物になると、魔力の流れを読み取って、こういう風属性魔法でも視覚化できるらしいって話だけど……。
 僕はまだ、今自分で放ったウィンドカッターですら、目を凝らせばちょっと魔力……と言うよりは、空間の揺らぎというか、波みたいなものが感じ取れるかな?ぐらいでしかない。
 まぁ、相手がゴブリンともなれば……今の結果の通りってわけだね。

 ちなみに、今回無言で魔法を発動したけど、スキル名の宣言って実のところ必須ではないんだよね。
 ただし、魔法においては、スキル名で意識的に発動を宣言することでイメージを補強する効果があって、精度や威力が上昇する。
 それと、このゲーム、他のこの手のRPGなんかと違って都合のいい敵味方識別機能がついてないから、パーティーでの連携の時には、範囲攻撃に味方を巻き込んでしまわないように、発動タイミングを味方に知らせる意味もあるんだよね。
 なので、そもそも中級以上の魔法は範囲攻撃であることも多いということもあって、魔法の場合は余裕があれば可能な限りはスキル名を宣言した方がいいと言われている。
 とは言え、いちいちスキル名を宣言して発動していては、無詠唱の利点である連射性能や、今回みたいな隠密性が活かしきれなくなっちゃうから、そこは使い分けというところだね。
 物理スキルの場合は、宣言することでシステムによるアシストがかかって、身体を半自動的に動かしてくれる機能もあるから、今日のオグ君みたいな初めて扱う武器のスキル発動なんかは、自分で身体や魔力の操作がわからなくても宣言することでスキルがきちんと発動するように身体が勝手に動いてくれる。
 だけど、システムアシストは逆に言えば、システム通りの動きしかできなくなるので、さっきのミスティスの合わせ技みたいな応用アレンジができなくなっちゃうんだよねぇ。
 だから、物理職の場合は魔法とは逆に、戦術の幅を広げるためにも、スキルを成立させる動きを身体で覚えて、アシストなしで発動できるようにしておくことが重要と言われている。

 さて、今のフォトンの光を櫓の見張りに見られてなければいいけど……。

「櫓の方は?」
「ヘーキヘーキ、全然気付いてなさそう」
「よかった」

 気付かれてないならひとまず安心だね。
 と、そこに、オグ君からのパーティーチャットが届く。

『こちらの始末は完了した。そちらの首尾はどうだい?』
『あ、うん。後は櫓の奴を倒せばこっちも終わりだよ』
『了解した。僕は先に合流地点に戻ろう』

 オグ君は無事に終わったみたいだね。
 僕らもさっさと終わらせて合流に戻ろう。

「じゃあ、櫓のあいつをやるよ」

 宣言して、僕はもう一度ウィンドカッターの構築に入る。
 さっきでもうイメージは固まったから、もうほとんど意識するまでもなく、魔法陣の構築自体は一瞬だね。
 今度の射線は……櫓に見えているゴブリンの上半身を通る無限遠点をイメージする。
 ウィンドカッターはこう見えて座標指定型スキルだから、自分と指定座標までを直線で結ぶ形で攻撃射程もある程度調整が可能なんだけど、さすがにここからの目視だと櫓までの正確な距離は掴みにくいからね。
 こうしておけば、魔法陣に込めた魔力が尽きるまで自動的に直進してくれるはず。
 地面から櫓を上方向に狙う形だから、櫓を抜けた射線上は何もない空中だし、多少飛ばしすぎても何か余計なものを壊してバレるみたいなこともないはずだ。

 さて、巡回兵はもう倒したから、スキル名を宣言する程度の小声ぐらいはもう出しても大丈夫だよね。

「《ウィンドカッター》」

 杖を振るい、風の刃が飛ぶ。
 直前、何かに気付いたかのように櫓のゴブリンがこちらに振り向きかけた……ように見えたけど、もう遅いよね。その振り向きの動作すら完了できる前に、風の刃でゴブリンの上半身が細切れに弾け飛ぶ。
 ……今のは、死ぬとフォトンに還るこの世界のシステムじゃなかったらだいぶスプラッターな光景になってたね……。
 幸いにも死体として残ることはなかったらしく、残された下半身も後を追うようにフォトンとなって蒸発していった。
 刃が櫓を抜けた時に一瞬「ヒュオッ」と風音が鳴ったのだけは少しヒヤッとしたけど、そもそも櫓自体が外を見張るためか、拠点の一番端っこの目立たない位置にポツンと建てられてたおかげで、特にそれが内部のゴブリンたちに気付かれた様子はないようだった。

「バッチリだねっ」
「グッジョブ、マイス!」
「ふぅ……うん、ありがとう」

 一息ついて、二人からの労いの言葉を素直に受け取る。
 オグ君にも一度連絡を入れておこうかな。

『オグ君、こっちも終わったよ』
『了解だ。門番や、内部の様子も特に変わったところはない。そちらも上手く片付いたみたいだね』
『うん。今から合流するね』
『あぁ、待ってる』

 それじゃあ、僕らも戻ろうか。


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