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note.038 SIDE:G

「よーっし、ボスも無事倒せたことだし、帰って精算しよー!」
「賛成〜」

 ミスティスが音頭を取って、各自ジャンプで帰還する。
 森が深くて時間がわかりづらかったけど、アミリアに戻ってきてみれば、既にほんのり西の空が色づき始める時間帯だったみたいで、時間的にもちょうどいいぐらいで帰ってこられたみたいだね。

 ギルドの扉をくぐって真っ直ぐ依頼確認用窓口に向かえば、朝と変わらないニコニコ笑顔でプエラリアさんが出迎えてくれる。

「たっだいま〜、エリィちゃん!」
「ミスティスさん! それに皆さんも、ご無事なようで! おかえりなさいませっ♪ それで、依頼の方はどうなりました?」
「ふっふ〜ん♪ それはオーブを確認すればわかるよ〜」

 なんて会話を交わす間にも、プエラリアさんの手元では澱みなくマザーオーブに操作が加えられていき、ミスティスが自信たっぷりの台詞を言い終わる頃には、マザーオーブは既にこちら側へと差し出されている。
 差し出されたマザーオーブにミスティスが触れると、彼女のオーブと、それに一拍遅れて僕たち三人のオーブも一瞬淡く光を発する。
 そして、それに呼応するように、マザーオーブの側も同じように淡く光る。
 パーティーリーダーであるミスティスがマザーオーブに触れたことで、メンバーである僕たちの分も含めて、今回の依頼での戦闘結果がまとめてマザーオーブへと送られた証だ。
 それらの情報が整理された、僕たちの最終的な成果が表示されているのであろうマザーオーブを見て、プエラリアさんが目を丸くした。

「拠点が3つに……わゎっ、ゴブリンライダーなんて湧いてたんですか!? すごいです皆さん、大手柄ですよっ!」
「えっへっへ〜、すごいでしょー? もっと褒めてー!」
「えぇ、すごいですっ! たくさん褒めちゃいます! なでなでしちゃいます」

 目をキラキラさせてカウンターに身を乗り出すミスティスの頭をプエラリアさんがよしよしと撫でる微笑ましい光景が目の前で繰り広げられる。

「えっと、ゴブリンライダーってそんなに強かったんですか?」

 プエラリアさんのあまりのべた褒めっぷりに、ちょっと気になって聞いてみる。

「強いというか、早く倒さないとヤバかった、という話ですね」

 と、それに答えてプエラリアさんが人差し指を立てて解説してくれる。

「そもそも、ゴブリンとウルフの対立の均衡によって森の中に封じ込めているのに、ゴブリンライダーの統率があったら均衡どころか両者が結託しちゃいます。そんなのほっといたら最悪です。即、連合軍になって暴走(スタンピード)クラスの大侵攻です。
 本来、ゴブリンライダーが湧いてるなんてわかってれば、最初からライダー討伐を最優先にして、もっと確実に倒せる人に依頼するべきだったんですけど……今回は、ライダーの発生が、私たちの定期調査よりも後だったんでしょうね。
 とは言え、結果的に早期にライダーを見つけて討伐できました。皆さん、本当に大手柄です。ありがとうございましたっ」

 そう締めくくって、プエラリアさんはぺこりと頭を下げた。

「い、いえいえ、最悪の事態が防げたのなら僕たちとしても安心しました」

 まさか頭を下げられるほどとは思っていなかったから、ついつい少し慌て気味に謙遜してしまったけど、もう一つ気になったことも浮かんだので質問してみる。

「そうなると、ゴブリンとウルフたちの同盟はどうなるんですか? 何か手を打たないと新しいリーダーとかが出てくるんじゃ……」
「あぁ、そこは心配しなくても大丈夫ですよっ。彼らは元はと言えば、文字通り犬()の仲ですから。それがゴブリンライダーという上位個体の統率があってこそ、命令に従っていただけです。上位個体の統率がなければ、またすぐ仲違い……それも、一時的とは言え手を結んでいたことで、ゴブリン側としては自ら宿敵を自陣に引き入れてしまった状態です。
 今回の皆さんの成果も含めれば、きっとすぐに森の勢力図は元通りの均衡状態でしょうね」
「なるほど」

 というプエラリアさんの回答に、

「うんうん、それなら安心だねぇ」

 横で聞いていたミスティスも、いつものように一人で納得している。

「そういうわけで、皆さん大手柄ですから……ゴブリンの討伐数も期待以上でしたし、報酬、期待しちゃっていいですよ?」

 そう言って渡してくれた報酬の引き換え請求書の額面は、実際ものすごい金額になっていた。
 すごい……四人分に分割されてるはずなのに、僕の前回のスライムを売った時の金額より遥かに多い。

「わぁ……!」
「やったやった、大収穫大収穫ー♪」

 早速現金な女子二人がはしゃいでいる。

「ふむ、なるほど随分な額だ」

 と、オグ君も感心していた。
 ゴブリンの数も期待以上だったってことは、やっぱり最後の拠点のあの数が結構効いてたってことかな。

「それでは、他に売却品などあれば取引用カウンターへ、請求書は精算用カウンターでお引き換えください。ご利用ありがとうございましたっ!」

 プエラリアさんのニコニコ笑顔に見送られて、一旦素材取引用のカウンターへ。
 数は少ないけど、毛皮やら牙とか爪やらが素材にできるウルフの死体を換金して、さらに報酬の足しにしておく。
 後は精算用カウンターで請求書を引き換えるだけだね。

「こんにちは。……そろそろこんばんはかしら? この時間帯ってちょっと迷っちゃうわよねぇ」

 なんて言いながら出迎えてくれたのは、アミリアギルドの看板三人娘の最後の一人、ジャスミンさんだ。
 デーモン族であるジャスミンさんは、その種族名から想像できる通り、頭の両脇から横向きに伸びた山羊の角と、背中にはコウモリのような大きな翼、先端が鏃のように膨らんだ細長い尻尾が特徴的だ。
 角はほぼ真っ直ぐなようでいて、でもぱっと見ちょっと歪んでる?ぐらいのゆるい螺旋を描いて伸びている。
 ……前から思ってるんだけど、寝返りとか邪魔じゃないのかなぁ……。
 赤みの強い赤紫色のストレートヘアに、左の目元に泣き黒子のある切れ長の金目、整ったプロポーションの長身に、アシアノさんほどではないけどギルド職員の制服の上からでも目を引く巨乳。
 デーモン族の威圧的な見た目もあって、黙っていると近寄りがたい感じのキツイ性格と思われがちだけど、その実は世話好きで気さくな面倒見のいいお姉さん、という印象の方が強い。
 それに、尻尾の動きも含めて実に表情豊かで、なんというか、見ていて飽きない人だ。
 今も、下唇に人差し指を当てて、こんにちはかこんばんはかで「むむむ……」と唸るその仕草は、「?」マークを作りつつ時折ひょろりと動く尻尾と相俟って、少女のような愛らしさすら感じられるぐらいだ。

「……っとっと、ごめんごめん、お仕事よね」

 僕たちが挨拶を返すと、ジャスミンさんは我に返って請求書を受け取る。
 ちなみに、返した挨拶は僕とツキナさんが「こんにちは」でミスティスとオグ君が「こんばんは」だった。

「あっ、アミ北のやつ、受けてくれたのね。助かるわ〜。……って、ゴブリンライダー? 大金星じゃない!」

 と、やっぱりここでもゴブリンライダーを倒したことはべた褒めだった。

「でしょでしょ! 褒めて褒めてー!」
「頑張ったわね〜。おーよしよし、えらいえらい」

 なんて、ミスティスはジャスミンさんにも頭をポンポンと撫でてもらってご満悦だった。
 なんていうか、この辺り、みんなミスティスの扱いをよくわかっているというか……うん。

「それじゃ、これが今回の報酬ね」

 どちゃり、とかなり重そうな音を立てて、ジャスミンさんは四つの麻袋をまとめてカウンターに置いてくれる。
 お礼を言って受け取るけど……そ、そこそこ重たい……。
 前回のスライムの時より遥かに多い金額なんだから当然と言えば当然なんだけど。
 これを四つ一度に片手でサラッと持ってきたのは、さすがデーモン族……高位魔族と分類される上位種族なだけはあるね。
 とまぁ、自分の分の麻袋をストレージに放り込んで、加算された金額が額面通りなことを確認する。

「本日もご利用ありがとうございました。それじゃあね」

 ジャスミンさんににこやかに見送られながら、僕たちはギルドを後にする。

「ふ……くぅ〜……今日は稼げたね〜」

 ギルドを出るなり、大きく伸びをしたのはツキナさんだ。

「だね〜、Lvも76とかなってるし、初めてレアボスも見れたし、大満足だよ〜」
「ミスティスもレアボス初めてだったの?」

 ミスティスの1stキャラがLvいくつぐらいなのかはわからないけど、それなり以上に育っていれば、一度ぐらいはレアボスとか遭遇する機会もありそうな気がするけど……。

「まぁ、1st(1キャラ目)は結構長いから、レアボス自体は初めてじゃないけどね〜。でもゴブリンライダーは初めてだよ。ほら、このくらいのLv帯じゃないとアミ北とかいかないじゃん」
「あー……なるほどね」

 ちなみに、僕のLvも同じく76になっている。
 今朝時点だとLv57だったっけ……一気に20近くもLvアップできてしまったことになる。
 なんだかすごいペースで上がってる気がするなぁ。
 けど、このゲームの平均Lv帯が300〜500ぐらいなのを考えれば、この辺のLv帯はまだまだ、こうしてちょっとパーティーが組めればすっ飛ばしていける程度、ということなのかもしれない。

「そういえば、オグはどうだったー? 弓楽しい?」

 ミスティスがふと思い出したように尋ねる。

「あぁ、なかなか悪くないな。育ってウィザードにエクステンドしてやれば、思っていた通りのことはできそうだ」
「そういえば、なんで(アチャ)取ったの? 同じマジシャン系列(マジ系)の中でエクステンドした方がシナジーよくない?」

 ツキナさんの疑問は僕も思っていたことだ。
 確か、単に僕のパーティーのために合わせたわけじゃないって今朝言ってたはずだし、何かオグ君なりの理由があるんだろうけど……。

「あぁ、そのことか。簡単な話さ。魔法耐性持ちに対応できる物理攻撃が欲しくてね。とは言っても、IntとDexの大魔法型ステータスだと、取れる策は少ない。それで、ハンターをエクステンドして、Dexを火力に回して、Intで増えたMP任せにスキルを撃ちまくればいいんじゃないかと思ってね」
「なる〜」
「あぁね〜、基本パーティー前提のオグなら、確かにピッタリだね!」

 なるほど、確かに考え方は理にかなってるね。
 パーティーで動く前提なら、元々持っていたステータスを活かしつつ、後衛という役どころを動かさずに物理も魔法も対処可能になるのは、パーティーメンバーとしてもありがたいことに思える。

 なるほどなぁ……。職の取得はやっぱりみんな、ちゃんと考えあっての事ってことなんだろうね。
 僕もそろそろ、最初に取る上位職ぐらいは考えておかないといけないのかもしれない。
 HXTでLv1からキャラを作った時に、最初の上位職に転職可能になるタイミングの目安は大体Lv100〜150前後ぐらいと言われている。
 今のペースでレベリングが進んだら、Lv100ぐらいはそう遠い話じゃないよね。
 とは言え、上位職どころか、スキルの取得予定すら定まっていないというのが現状なんだけども……。
 う〜ん……まぁ、ここで焦ってもそれはそれでしょうがないか。
 そもそも、本格的にマジシャンらしいパーティープレイができたのも今日が初めてだもんね。今後もこうしてみんなと遊んでいければ、パーティー内で僕がやりたいこと、やるべき役割、というのも見えてくるかもしれない。
 その時が来たら、またじっくり考えよう。

「さてっと。そろそろ今日は解散でいいよねー。みんなおつかれさまー」
「うん、お疲れ様」
「おつかれ〜」
「あぁ、お疲れ様だ」
「明日また8時にここ集合でいいよね?」

 との提案に、特に異論が出るようなこともなく、この日はそれぞれに解散となったのだった。


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