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note.043 SIDE:G

 その後も順当に蛇とゴブリンを蹴散らしながら探索を続けていると、前方に見えた曲がり角の向こう側から、不意に「ゴン、ゴン」と、重量のある硬いもの同士がぶつかるような足音が、わずかな地面の振動と共に響いてくる。

「あー……これは……」

 と、既に戦闘態勢で待ち構えるミスティスに続いて、僕たちも身構える。

 そうして、ズシンと曲がり角から姿を現したのは、重さを考えなければ僕がギリギリ抱えて持ち上げられるかな、ぐらいの大きさの大岩をいくつも繋げて、大雑把に人型を作ったような、高さ3mぐらいはありそうな巨体。その四肢を構成する大岩よりは少し小さめの岩が大雑把に集まって作られた胴体の中心には、その胴体を作る岩と同じ大きさぐらいの、赤く光るガラス玉のような丸い石がはめ込まれている。
 このエニルムの遺跡ダンジョンを護る守護兵のような存在、ゴーレムだね。
 ダンジョンの2Fに降りれば一番生息数の多いメインターゲットとなる相手だけど、それだけに、この1Fがギリギリ適正Lv、みたいな状態で戦うと若干苦戦する強さになっていて、1Fにおいてはマップ内に数体だけ存在する強敵、という感じのポジションを担っているのがこのゴーレムだ。
 こいつに限らずゴーレム系の魔物に共通する特徴として、弱点である核以外を攻撃してもダメージにならず、核を壊さない限りは無限に再生し続けてしまう。その上、上位のゴーレムになると、核の位置も身体の奥深くに隠されていたり、まずは身体を崩して一時的にでも攻撃手段を止めないと反撃の隙がない、というような設定にされていることも多くて、ゴーレム系の魔物というのは総じて厄介な相手であることが多いらしい。
 まぁとはいえ、このダンジョンにいるのは、名前がシンプルにただの「ゴーレム」というだけあって、ゴーレム系の魔物の一番の基本形という扱いで、作りも粗雑だし、弱点である核の赤い石も剥き出しだ。
 おかげで、ゴーレム系以外にもスライムとか、いくつか存在する「本体である核を攻撃しないと倒せない」タイプの魔物の練習台、というような認識をされているみたいだね。

 角を曲がり、ゴーレムの胴体がこちらを向くと、

「おでましだねぇ〜」

 なんて暢気にミスティスが言うが早いか、僕たちを敵だと認識したかのように、核がギランと赤く光を発する。
 そして、ズシリズシリと一歩ずつ歩いてくるんだけど……うん、出来の悪いリモコンロボットみたいな……見た目通りの鈍重さだね。
 対する僕たちは、いつも通りミスティスの挑発を合図に先手を取る。

 まぁ、見たところ核は無防備だし、と、まずは僕のブレイズランスとオグ君のバーストアローがほぼ同時に発射される。
 けど、足は遅くても、腕の動きはそうでもないらしく、核の位置を素早く腕の大岩が塞いで、両方とも完全に防がれてしまった。
 なるほど、あの大岩を真正面から打ち砕けるような火力か、どうにかして両腕のガードをかいくぐって攻撃できる手段がないと、そう簡単には倒せないってことか。

「ふむ、わかっちゃいたが、そう簡単な話ではないな」

 と、オグ君も油断なく次の矢を番えている。
 その間にゴーレムの方は、まだ少しミスティスとは距離がある位置で足を止めると、左腕で核を隠しつつ、右腕を振りかぶる。
 次の瞬間、その右腕分の岩だけが空中に浮いているかのようにぐいんと腕が伸びて、ミスティスに高速のストレートパンチが飛ぶ。
 どうやら、身体を構成する岩同士は魔力的な力で繋がってるようで、その大雑把な人型さえ保っていれば、ある程度関節の伸縮は自由が利くみたいだね。
 大岩の拳がウォルフラムシールドに受け止められると、「ゴワァンッ!!」と、いかにも重たそうな音が響いて、ミスティスは大きくノックバックさせられて、体勢を崩される。

「っくぅ〜!! 重た……ッ!」

 さらに、腕が弾かれた反動をそのまま利用するようにして、ゴーレムは腕を後ろにぐるりと一回転させて、ソフトボールの下投げのようなフォームで追撃のパンチを放ってくる。
 これは不味い、ミスティスの立て直しが間に合ってない……!

「――ッ! 《ファイヤーボール》!」

 咄嗟に、その大岩の軌道上にファイヤーボールをぶつける。
 幸いにも狙いは成功したようで、まず火の玉の衝突で腕の動きは止まり、その後の爆発で腕は完全に弾き返されて、ゴーレムも一歩後ろに下がる。

「っぶなー! ありがと、マイス!」
「ミスティス、大丈夫!?」
「〜〜〜っ! うん、ちょっと手ぇ痺れたけどヘーキ!」

 ミスティスは答えて、改めて盾を構え直す。
 ゴーレムも再び一歩足を踏み出して、さっきと同じ右ストレートを放ってくる。
 けど、今度は――

「《エンデュランス》!」

 ミスティスがスキルを発動すると、「ゴゥンッ!」というさっきよりは鈍い音がして、今度こそしっかりとその大岩を受け止めてみせる。

 エンデュランスはソーディアンが覚えられる防御スキルで、スキルLvに応じた一定回数分、被弾時のノックバック効果を無効化するスキルだね。

 一度は危うかったとはいえ、曲がりなりにも二度も同じ攻撃を受け止められたゴーレムは、この攻撃手段は効かないと判断したのか、再び距離を詰めに歩き始める。

「っし、ま、セオリー通りいこっか。腕斬り落としちゃうから、コアよろしくね!」

 と、それだけ告げると、ミスティスも自らゴーレムへと距離を詰めにかかる。
 一瞬で肉薄したミスティスに対して、ゴーレムは左腕は相変わらず核を守ったまま、上から叩き潰そうと右腕を振り下ろす。
 ミスティスはそれを軽く左へステップして腕の外側へ避けると、攻撃を外して床を叩くだけに終わった右腕の、4つの岩が繋がった内の中央の関節に当たる、一見して何もない空間に向けてバッシュで斬りかかる。
 すると、剣が岩の間を通る瞬間に、剣が纏った魔力が他の何かと干渉するようなエフェクトが弾けて、そこから先の腕が支えを失ったようにゴトリと地面に落ちる。

 なるほど、あの身体を繋いでいる魔力的な力は、こちらも魔力を纏った攻撃――つまりはスキル攻撃を使えば、その繋がりにダメージを与えられるってことっぽいかな。
 その推測が正解だと示すかのように、斬り落とされた腕のそれぞれの切り口には小さな魔力の光が灯り始めて、それに伴って斬り落とされた側の2つの岩もカタカタと震えるように僅かながら再び動き始めようとしていた。
 だけど、それが再び動き出す前に、ミスティスが素早く落ちた方のもう一つ残った関節に向かってイグニッションブレイクを叩きつけると、その爆発で2つの岩も繋がりを断たれて、それぞれあらぬ方向へと転がっていく。
 すると、本体の残った切り口に灯っていた光が幾分弱弱しいものになり、距離が離れた2つの岩にも光が灯るものの、それもまた弱弱しいものだった。
 一応、光はまた少しずつ強くなっていってるみたいだけど、あぁやって部品同士が遠く離れてしまうと、それだけ修復にも時間がかかるようになっちゃうみたいだね。

 ミスティスは、続けて短くなった右腕に向かって飛び上がると、肩の関節にイグニッションブレイクを差し込む。
 どうやら、あの魔力の繋がりには当たり判定があるらしく、先ほど同様に干渉するエフェクトが弾けた瞬間に、イグニッションブレイクが効果を発揮して爆発を起こす。
 それで、右腕を構成していた4つの岩は完全に吹き飛ばされて、小さな魔力の光が灯るばかりになる。

 爆発の反動を利用して一旦間合いを取り直したミスティスは、すぐさま残る左腕に飛びかかっていく。
 けれど、ゴーレムも黙ってはいないようで、左腕の先端は核を守ったまま、中間の関節を器用に使って、肘打ちのようにして2つの岩で彼女を迎撃する。

「おっとっと」

 ミスティスはそれを冷静に盾で受け止めて、力の流れに逆らうことなく距離を取り直す。
 と同時に、

「そこだ!」

 少し腰を落とした姿勢から、オグ君が関節の伸びた左腕に向けてスナイピングショットを放つ。
 魔力の閃光を残して光速で駆け抜けた矢は、肘打ちによって伸びた手首と二の腕の関節を纏めて貫通して、ゴーレムの左腕は一気に肩口の1つを残すだけになってしまう。
 力を失った左手部分の岩が転がり落ちて、赤く光る核がようやく露わになる。
 右肩の光は強さを増して、そろそろ周りの岩もそれに応えて少しずつ再生しようと転がり始めてはいたけど、もう遅い。
 やるなら今だね!

「猛り燃ゆる紅蓮の炎よ、我が意を示し、槍と形成せ――」

 フル詠唱のブレイズランス。
 これなら一撃でいける……と思ったんだけど……待って待って!?
 ゴーレムは、最後に残った頭の岩を浮かせると、それを胸の前に持って来て、再び核を隠してしまった。
 嘘でしょ!?と、一瞬焦って魔力の操作を手放してしまいそうになってしまったけど、それよりも速く、ミスティスがその動きに反応してくれていた。

「残念、悪あがきだねっ!」

 一足飛びに跳躍したミスティスは、頭の岩を足場にして、元首筋だった、一見何もない空間に向けてワイドスラッシュを放つ。
 するとどうやら、頭を繋ぐ関節は結局のところ首から伸びているだけだったようで、魔力のエフェクトが弾ける。
 ミスティスは剣を振り切った姿勢のまま、実はリアルで体操選手もできるんじゃないかと思うぐらいに、華麗に身体を伸ばした後ろ宙返りを決めて着地。
 頭の岩も落とされて、今度こそゴーレムは核を護る手段を完全に失った。
 これなら……!

「――貫き、穿て。焼き尽くせ! 《ブレイズランス》!!」

 イメージに従って限界まで鋭さを増した炎の槍が核を貫き、同時にオグ君からもチャージング付きのスナイピングショットが放たれる。
 炎の槍と矢の光条は核の一点で交わり――爆発。
 その爆音の中に、ガラスのような破砕音が混じったのが聞こえた途端、残った胴体も再生しようと本体に向けて転がり始めていた周囲の岩も、一斉に動きを止める。
 一拍の間の後に、胴体を作っていた岩がゴロゴロと崩れ出したかと思えば、ゴーレムはフォトンへと砕け散っていった。


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