戻る


note.044 SIDE:G

「イェーイ、ないす〜♪」

 と、戻ってきて右手を掲げるミスティスに応えてハイタッチを交わすと、そのまま流れでみんなともハイタッチする。

「実際、いい連携だった。これなら2Fも問題ないだろうな」
「だねっ」

 オグ君も満足気に頷いて、ミスティスがニカッと笑顔を見せる。
 ただ、僕としては……

「最後はちょっと焦ったけどね。まさか、頭があんな風に動いてくるなんて」
「あはは、まぁ、ゴーレム系は見た目人の五体が揃ってるからって、それが見た目通りに人と同じものと思っちゃダメってことよね」
「だね。気を付けるよ」

 ツキナさんのアドバイスには素直に頷くしかない。
 途中まで詠唱しちゃったあの段階で、咄嗟にきちんと対処してくれたミスティスに感謝しないと。

「ありがとう、ミスティス。ホントに助かったよ」
「まぁまぁ、そこは私も最初ファイヤーボールに助けられてるからおあいこだよ」

 ミスティスは変わらずカラカラと笑って返してくれる。
 まぁ、確かに今回はおあいこか。

「さてっとー、この先十字路みたいだけど、マイスーどっちいくー?」
「ん〜……じゃあ、真っ直ぐいっちゃおうか」
「オッケー」

 と、また僕の適当な直感ナビゲーションで探索を再開していく。
 しばらく歩くと、

「あにゃ、行き止まり〜」

 一つの角を曲がったところで、ミスティスが通路の先を見て肩を竦める。
 でも、その行き止まりの奥に見えるあれは……

「あれ? あれって、フォトンクラスター?」
「おー、だねっ。ラッキー♪」

 突き当りの一番奥に、見間違えようもない虹色の球体が浮いているのを見つけて、僕たちは思わず駆け足になって行き止まりを進んだ。

 曲がり角から覗いただけでは一見ただの袋小路に見えたその突き当りは、着いてみればちょっとした小部屋のような空間になっていて、その中央に、虹色を放つフォトンはまるで誰かが見つけるのを待っていたかのように鎮座していた。

「こんなところに、こんな普通にあるものなんだねぇ」

 と、思わず素直な感想が漏れる。

「設計者がどういう意図だったかはともかくとして、こういう小部屋のような場所がダンジョン内にあると、ダンジョンの中であっても更に、局所的にエーテルが溜まりやすい。そういう場所には、たまにこうして溜まったエーテルが澱んで、フォトンクラスターが自然発生するのさ」

 とはオグ君の解説だ。

「せっかくだし、このクラスター、マイスにあげるよ」
「えっ、いいの?」

 突然のミスティスの提案に、驚いて聞き返してしまったけど、

「そうだな、いいんじゃないか」
「そーね。マイスも1回はどんな感じか触ってみたいでしょ?」

 二人も異論はなさそうだ。

「ありがとう。それじゃ、今回は僕がもらうね」

 そういうことなら、お言葉に甘えて遠慮なくもらっておこうかな。

 虹色に輝く球体に、そっと手先を触れさせると、これといって抵抗もなく指がフォトンに埋まる。
 触れた感じは、暖かくも冷たくもなく、気体とも固体とも液体とも言い切れず、ただとにかくそこに何か流体のようなものが触れてはいる……としか表現できない、なんとも不思議な感触だった。
 その感触を詳しく確かめるような暇もなく、触れた瞬間に球体は見慣れた白いフォトンにパッと弾けて、昨日のミスティスの時と同じように、最初はただフォトンの球体として僕の右手に集まっていく。
 一応、ある程度は触れた本人が装備できるものが出る傾向ではある、という話だけど、さて、一体何になるやら……。

 渦を巻くフォトンが集まりきると、ぐにゃりと一気に形を変えて、もう一度フォトンが弾ける。
 おぉ、これは……

「やった、杖だ!」

 形が定まるまでのワクワク感もあって、ほぼ理想通りの即戦力になってくれそうな杖が出てくれたことの嬉しさで、思わず手にした右手を高く掲げる。
 思えば、僕が今使ってる装備って、ミスティスと最初に出会った頃から更新を全くしてないから、そろそろ……というか、とっくにLvに性能が見合わなくなっちゃってたんだよね。ここで杖が出てきてくれたのは、純粋にとても嬉しい。

 一本の枝から削り出されたような長杖は、長さは今僕が使っている杖と同じぐらいで、大体僕の肩を少し超えるぐらい。
 下側の先端部分は、元になった枝の形をそのまま活かしたという感じで、下半分だけを見れば、そこら辺で拾った木の枝と言われても不思議はないように見える。
 対して、上半分の方は、元の素材を活かしつつも、普段はこちら側を手に持つであろうことを考えてか、きちんと杖として整えられていて、軽く握ってみた感じでも随分と扱いやすく作られているように感じる。
 先端は、「?」マークのような、途中で途切れた円を描いていて、その外側には何か魔法的な意味があるのか、歪に作った計量カップ……と言うのが近いかな、そんな感じの歪んだ中抜きの逆三角形と、少し間を空けて、濁点のように二本飛び出した小さな突起があしらわれていた。
 そして、円の中心の位置には、何やら暗い青色をした小さな球体が浮いていた。と言っても、ふわふわしてるような感じじゃなくて、何かの力でそこにがっちりとはめ込まれているように固定されている。

 アイテム説明文を見てみると、名前は「エニルムスタッフ」とあった。
 エニルムの魔力を宿した古木から削り出された長杖……ということらしいけど……。
 魔力を宿した古木……?と、遺跡に入る前のことを思い出してみる。
 あー……そう言われてみれば、ピラミッドの近くだかに、なんか1本それっぽい大きな樹が生えていたようないなかったような……?
 そこまで大して注意しては見なかったなぁ……。
 だいぶうろ覚えだけど、あの樹の枝から作られたってことなのかな。

「エニルムスタッフか。懐かしい。僕もここで手に入れてから、ウィザードになりたてぐらいまでの間でお世話になった記憶がある」
「あ〜、そう言えば使ってたわね〜」

 と、オグ君が懐かしむように頬を緩める。
 ツキナさんも当時を覚えているのか、少し懐かしそうだ。

「そうなんだ。ってことは、僕もそれぐらいまでの間は使っていけそうかな」
「あぁ。最初の上位職になってしばらく、ぐらいまでは十分通用するはずさ」

 なるほど、オグ君のお墨付きであれば、杖はしばらくの間これを使っていけそうだね。
 試しに、少し魔力を流してみると。

「すごい、今までと魔力の流れが全然違う……!」
「はは、まぁ、その装備からの更新ならそうだろうな」

 なんというか、操作しているものは同じはずなんだけど……粘度が変わった、と言えばいいのかな。こう、子供用の紙粘土で、今までの感覚が、袋から取り出した直後のまだ硬い状態から頑張って作っていた、という状態なら、今は十分に捏ねた後の柔らかくなった粘土で、楽に思い通りの形が作れるようになった、という感じだろうか。
 武器の性能で、魔力の操作ってこんな風に変わるんだねぇ。なんだか勉強になったなぁ。

 今なら、中級魔法も今までよりもう少し短縮して詠唱できそうな気がする。
 無詠唱……にはちょっとまだ自信はないけど、もう少しLvが上がれば、それも遠くはなさそうだ。

「んん〜、いいねいいね! さっそく次の敵探して試し撃ちしよう試し撃ち!」

 と、まるで自分のことのようにテンションを上げたミスティスに急かされて、僕たちは次の敵を探すことにする。
 元来た道を戻って、逆側の分かれ道を進む間、オグ君が思い出したように追加の解説をしてくれる。

「ちなみに、ダンジョン内のフォトンクラスターは、運が悪いと敵が先に触ってしまうこともある」
「え? それってどうなるの?」
「まぁ、基本は普通にプレイヤーが触れた時と同じだな。触れた奴の願望にある程度従いつつ、何かしらのアイテムを生成して、それは触れたMobの装備品になる。当然、基本的にはそのMobの戦闘力が上がることになるから厄介な相手にはなるんだが、デメリットばかりと言うわけでもない」
「何かメリットがあるの?」
「あぁ。運が良ければ、そのMobが触れることでしか生成されない、魔物の力を宿した特殊な装備品が作られる場合があるんだ。上手く倒すことができれば、そいつはそのままドロップ品になる」
「へぇ。それってやっぱり強いの?」
「そうだな。基本的には、魔物の力が加えられる分、そのダンジョン内で普通にフォトンクラスターから手に入るものよりはワンランク上、という場合が多いな」
「そっか。いつか見てみたいな」
「ま、この先いろいろとダンジョンを回っていれば、いつか出会うこともあるさ」

 そこまで言って、オグ君は一旦言葉を区切ってから、続ける。

「ただ……本当に運が悪い時は、装備品の生成じゃなくて、Mobそのものの能力が強化される、というパターンがある」
「うへ……どれぐらい強くなるの?」
「そうだな……仮に、この1Fでホブゴブリンが強化されたとして、まぁ、間違いなくさっきのゴーレムよりはキツくなるな。……あぁ、そうそう、ちょうどあんな風に。…………うん? 何!?」

 と、オグ君が指を差しかけて固まった方向では――
 気色の悪い、青白い肌と赤い目をしたホブゴブリンと、三人組のパーティーが戦っているところだった。
 僕たちとそれほど違わないだろう年齢に見える少女の三人組は、盾役と弓手とヒーラー、と、それなりにバランスよく組まれたパーティーには見えたものの、青いホブゴブリンは相当に強いらしく、僕の素人目で見ても明らかに苦戦しているのがわかる。
 特にヒーラーの子が危ない。盾役にヒールを飛ばし続けているみたいだけど、魔力の消耗でだいぶ息が上がっている。
 青ゴブリンの動きは見るからに素早く、弓の狙いが上手く定められていないようで、そのせいで攻撃の手数が足りずに、結果、盾役も防戦一方という感じで、反撃の糸口が掴めていないらしい。

「あれは……不味いな」
「助けなきゃ!」

 叫んだミスティスがいち早く駆け出していく。
 まぁ、どう見てもこれを見殺しにするのはあまりにも後味が悪すぎるよね。
 残った僕たちもお互い一つ顔を見合わせて頷くと、ミスティスを追って戦闘態勢に入る。

「主よ、祝福を! 《ルクス・ディビーナ》! 《ディバイン・プロテクション》!」

 まずはツキナさんが盾役の子に補助スキルを回してあげると、その隙に自分にタゲを移せる距離まで近づいたミスティスが挑発を発動する。

「――――!!」

 狙い通り、青ゴブリンはミスティスへとタゲを切り替えたようで、こちらに向き直ると、赤い目を光らせながら雄叫びを上げて一声威嚇する。
 その獣のような咆哮が、戦端を開く合図となったのだった。


戻る