note.045 SIDE:G

 一旦ギルドへと向かったマリーさんは、真っ直ぐに依頼掲示板を確認する。
 せっかくなので僕も一応確認してみるけど……結局、目的地をまだ聞いてないから、選びようがない……。

「あの、今日の目的地ってどこに行くんですか?」
「あぁー、ごめんなさい、まだ言ってなかったですねー。今日はカスフィ森にしようと思ってますー。知ってますかー?」
「あー……一応、地図で見てなんとなくの場所ぐらいは知ってますけど、行ったことはないですね」

 「カスフィ森」――「カスフィの深き森」が正式な名前だったかな。
 アミリアから、エニルムまでと同じぐらいの距離を南東に進むと広がっている、名前の通り、ダンジョン指定されている程の深い森林地帯だね。
 北寄りの北西方向からアミリアを迂回するようにゆるく「く」の字に曲がりつつ流れるニアス川は、最終的にこの森に流れ込んでいて、森の先は断崖で滝から直接海へと流れ込むようになっている、というのが地図……もとい、情報サイトでの事前知識だ。
 敵のLvが120ぐらいに飛んでるから、僕が行くことになるのはもう少し先かと思ってたけど、大丈夫かなぁ……?
 まぁ、「ついてこれそう」と誘ってもらったからには、大丈夫なんだろう……と思いたい……。

 ともあれ、カスフィ森を念頭にもう一度掲示板に目を通す。
 う〜ん……とは言え、出現する敵の情報は流し読み程度に記憶してるけど、ドロップ品まではさすがにちょっと覚えてないから、ピンとくるものがないかなぁ……。
 マリーさんは、収集系の依頼を数枚選んで剥がしたみたいだね。

「それじゃあ、出発しましょうー」
「斡旋依頼とかは受けないんですか?」
「基本受けないですねー。あくまでお店のための採集が目的なのでー。ついでで採ってこれそうな掲示依頼をいくつか見繕えば十分なのですよー」
「なるほど」
「では、行きましょうー」

 というわけで、マリーさんについてアミリアの街を南に出る。
 街の南側は、田畑が広がる農耕地帯が広がっていて、そこを越えた辺りでニアス川にぶつかって、橋を渡ればその先で左右に分かれるようになっていたはずだ。
 カスフィ森まではエニルムまでと大体同じぐらいの距離があったはずだから、ここからおそらく1時間半ぐらいは歩きということになるかな?
 昨日のエニルムまではアミ北も経由したし、ミスティスたちと4人だったしで、そんなに気にならなかったけど、お店でのやりとり以外だとそんなに話したことのないマリーさんとの2人で1時間半となると、結構長い気がするなぁ……。
 ど、どうしよう、何話せばいいのかな……。

「んんー、やはり、この辺りはいつ来てものどかでいいですねー」

 田園風景を駆け抜ける風にスカートを靡かせながら、マリーさんが空を見上げる。

「今日も一日いいお天気で過ごせそうで何よりですー」

 釣られて僕も空を見上げてみれば、今日もほとんど雲のない爽やかな晴れ空が広がっている。
 確かに、これなら天気の心配は必要なさそうだね。
 そう言えば……

「そう言えば、アミリアのこっち側って、こうしてちゃんと歩いたのは初めてかもしれないです」
「あら、そうなのですかー?」
「こっち側って、この田園地帯がある分、狩場になる位置までが遠いんですよね。他の方向はアミリアを出ればすぐ魔物が出る場所って感じですけど、この南側はニアス川越えないと狩場にはできないですからねぇ。たまに害獣駆除とかの依頼で来るぐらいなんですよ」
「普通の冒険者さんだと、確かにそうかもしれませんねー。でも、わたしみたいな採集メインの人にとっては、南側って実は穴場なのですよー」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなのですよー。川が近いおかげで、薬草とか採集素材は豊富ですしー。川からの素材を目的にするだけなら、冒険者さんにとっては西側の方が、魔物も相手しながら採集できる分人気でしてー。その分、こちらに来る人は少ないので、あまり荒らされていないのですー。なので、南側は西側よりも良質な素材が採れやすいのですよー」
「なるほど、一理ありますね」

 そっか、狩場の遠さと、単に同じ素材を採るだけなら利便性のより高い場所があるおかげで逆に、人が少なくて邪魔が入りにくいんだね。
 今度採集系の依頼を受ける機会があったら、南側に足を延ばしてみるのもありかもしれないね。

 そんな話をしている間に、田園地帯を抜けていたみたいだ。
 開けた目の前には、サッカーコートぐらいの広さの原っぱの先にニアス川が横切っているのが見えていた。
 草原に出ると、不意にマリーさんが道を外れて草むらに入っていく。

「せっかくの機会ですー、この辺でも採れる基本的な薬草の知識をお教えしましょうー」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「この辺りで採れるものなら、ほとんどはどこに行っても生えてるような基本的なものですし、見分け方もそう難しくないので、覚えておいて損はないと思いますよー」

 草むらに少し入ったところで足を止めてしゃがみ込んだマリーさんに倣って、僕もその足元の草を覗き込む。

「まず、基本のエーテル草とマナ草はわかりますよねー? これがエーテル草で、あそこの少し青みがかったのがマナ草ですー」
「はい。その2つなら、駆け出しの頃に常設依頼でやりました」

 エーテル草は、HPを回復するポーションの基本材料で、エーテルを溜め込む性質がある薬草。
 世界中どこに行っても生えていて、すり潰して煮出すだけの単純作業で一番の基本であるHPポーションが出来上がる、駆け出しアルケミストのお供だね。
 マナ草は、一目でわかる青みがかった葉が特徴のエーテル草の亜種で、MPポーションの材料だね。
 こちらは、エーテルの代わりに魔力を溜め込む性質がある。
 エーテル草と同じくどこでも見つけられて、こちらも同じ作業で基本のMPポーションが出来上がる。
 この2種類はギルドでも常設依頼が出されているから、アルケミストだけじゃなく、駆け出し冒険者の初期の資金源としての採集系依頼の定番でもあるんだよね。

「ですよねー。冒険者さんならみんな通る道ですねー。では次はー……これと、それからこれですー」

 と言って、マリーさんが並べて見せるように二つの草の茎を引き寄せる。

「こちらは有毒のネンテル、こちらは逆に毒消しの効果があるネンテルモドキですー。違いがわかりますかー?」
「えっ? う〜ん……こ、これはちょっとわからない……」

 モドキなんて名前がつけられているだけあって、素人目では同じに見えるんだけど……。

「花は色も形も全然違うので、花が咲くとわかるんですけどねー。今の草の時点での見分け方は、ここを見れば一目瞭然ですー。ネンテルには葉や枝の付け根に小さく節があるのですよー」
「あ、確かに……。わかっちゃうと全然違って見えますね」
「でしょうー?」

 言われてみれば、確かに一目瞭然だった。
 こういうのって、どうしてこう、言われるまで目に入ってこないんだろうねぇ。
 不思議なものだ。

「毒のある草に姿を似せて、小動物に食べられにくくしてるんですねー。大自然の知恵というやつですー。名前がごっちゃになりそうなら、『節がない方が毒消し』とだけ覚えておけばいいと思いますー。ちゃんと灰汁抜きしてお薬にしないとエグみがかなり強いのですけどー。最悪の場合は、草を直接噛み潰すだけでも毒消しの効果はありますのでー。覚えておくとよいと思いますー」
「で、できればそんな事態にはなりたくないですけど、覚えておきます……」
「ちなみに、ギルドに常設依頼はないですけど、わたしのお店ではどっちも扱ってますのでー。採集する機会があったら持ってきていただければどちらも買い取りますー」
「それはいいことを聞きました。けど、毒消しはともかく、毒草なんて何に使うんですか?」

 毒消しはいいとして、毒がある方なんて何に使うんだろう。
 マリーさんのお店で毒薬が売ってるのも特に見た覚えはないし……。

「ふっふっふー、いい質問ですー。ネンテルは、そのままシンプルに毒薬にもできますけどー。ちょっと調合してあげると、毒が別の成分と反応して、ポーションの効果を高める添加剤になるのですよー。基本の製薬が一通りできるようになった駆け出しアルケミストさんが、次に目指すべき中級編その1ってところですかねー」
「あ、もしかして、それがハイポーションってことですか?」
「大正解ですー。なので、モドキだけじゃなく、ネンテルの買い取りも大歓迎なのですよー」
「なるほど、勉強になります」

 これが毒も薬も使いようってことなのかな。
 それこそ初心者の頃のエーテル草マナ草の常設依頼ぐらいしか採集系の依頼ってあんまり受けたことがないけど、きちんと知識があれば、こんな身近にも、こんなに有用なものがいろいろあるんだねぇ。

「次はー……そうですねー、これにしましょうかー」

 と、その後も10分ほどの間、講義は続き。
 森までの道中の間も、有用な薬草が見つかると都度説明してくれるので、最初に心配していた気まずさも全くなく、気付いた時にはあっという間にカスフィ森が目の前に見えてきていたのだった。


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