note.051 SIDE:G

 その後もそんな調子で、三人賑やかに森を進んでいると、前方から何やら大きな気配が迫ってくるのが加護の力に引っかかった。
 これは……

「あら、何か来ますねー」

 マリーさんも、何かの気配には気が付いたみたいだね。
 戦闘になるつもりで身構えつつ、待ち構えれば、木々を掻き分けて姿を見せたのは――

「グルゥゥ……!」

 うん、加護の気配探知でなんとなく察してはいたけど、予想通り、大型の熊の魔物、カスフィグリズリーだね。
 前脚の発達した大きな爪が特徴の、リアルで言えばヒグマに近い大型の種だ。

「グルルゥッ!」

 僕たちと目が合うと、大熊は唸りを上げて、前脚を大きく振り上げて立ち上がる威嚇体勢を取る。

「あらら、これは倒しちゃわないと進めないわね。マイス、少し私に力をよこしなさいな」
「え、う、うん」

 急に力をよこせと言っても……えっと、さっきまでの法則に従うなら、何かこう、ポジティブな感情を送ってあげればいいのかな?
 試しに、軽く目を閉じて、頑張って、と応援の念を送ってみる。

「いいわ、上出来よ。それじゃあクマさん、少し遊んであげるのだわ」

 今ので大丈夫だったみたいだね。
 ふわりと僕たちの前に進み出た妖精の少女は、大熊の注目を引くように、人差し指をくるくると回す。
 熊の視線が明らかにそれを追い始めたところで、

「えぇいっ」

 人差し指をもう一周くるりと回してから、ピシッと熊を指差すように可愛らしくその手を伸ばす。
 すると、大熊が突然不自然に周囲をキョロキョロしだしたかと思えば、

「グルッ、ガアァァッ!」

 何もいない横や後ろのまるで見当違いな方向に、デタラメに爪を振り回して暴れ始めてしまった。

「えっと、何をしたの? アレ……」
「ちょっと幻覚と遊んでもらっただけよ。さっきの応援のおかげで、これぐらいは簡単なのだわ、クスクスッ。さぁ、今のうちにやっちゃいなさいな」
「なるほど、ありがとう!」
「ありがとうございますー、それでは、今のうちに遠慮なくー」

 ブレイズランスのフル詠唱を始める僕の横で、マリーさんもまた新たな種を取り出したみたいだ。

「――、《ブレイズランス》!」

 延々と何もない場所で無駄に暴れ続ける大熊の背中に、ブレイズランスが突き刺さる。

「ガルァ!?」

 背中を貫かれ、さらにその背後で起こった爆発に、大きくぐらついた大熊は、堪らず四つ足になって踏ん張る。
 だけど、その視線の先にはまだ幻覚が見えているらしく、こちらを向いたはいいものの、間合いを詰めてくるでもなく、そのまま目の前の何もない場所に反撃の爪を振り下ろすと、また明後日の方向に暴れ始める。

 そして、僕の横では、また例の栄養剤に浸された種が撒かれたところだった。
 今回は何やらかなり大振りな種みたいで、試験管ではなく、口の広い三角フラスコを使っている。

「《促成栽培:ナパームトレント》」

 スキルが発動すると、地面に落ちた種はひとりでに地中に埋まると、「ポンッ」と音を立てて双葉が現れて、急速に樹へと成長していく。
 そうして現れたのは、この森の広葉樹林にはちょっと似合わない、大きな椰子の樹。
 椰子はそのまま、一気にムクムクと実を生らせると、「グググ……シュポンッ!」とコミカルな効果音と動作で自ら根を引き抜いて、その根で立ち上がる。
 すると、その幹の、僕の目線よりちょっと上ぐらいの位置に、ハニワみたいな、縦長の黒い丸を3つ顔の形に並べただけのコミカルな顔が現れて、目をぱちくりさせる。

「な、なんすかこれ……」
「うふふっ、それでは、ゴーですよー。《ナパームナッツ・ボム》!」

 マリーさんがスキル名と共に大熊を指差せば、どういう原理か、椰子の樹の顔の場所だけがするりと前方へ移動して、敵を視認できたのか、また目をぱちくりとさせる。
 それから、椰子の樹はひょこひょこと数歩前に出ると「><」の顔になって、グググ……とこちらに向かって大きく幹全体をしならせる。
 数秒力を溜めた後、「ビヨヨ〜ン!」とこれまたコミカルな効果音と共にバネのようにしなりが弾けると、立派に実った椰子の実が勢いよく熊に向かって発射された。

「グルォッ!? グガガガガァァァ!!」

 椰子の実は着弾と同時に爆発を起こして何やら粘性の液体を撒き散らし、液体は爆風で着火して、周辺一帯ごと大熊を炎上させてしまう。
 一瞬で炎に包まれた大熊が、悲鳴と共に暴れ回る。
 炎上の状態異常がかかったなら、ちょうどいいから追撃させてもらおうかな。

「《エアロブーメラン》!」

 少し熱いけど、炎上している範囲のギリギリまで近寄って、エアロブーメランを発動する。
 さすがに炎の中には飛び込めないから、まだちょっと距離はあるけど、無駄にでかい大熊相手なら、これでも三方向分の風の刃は全てヒットできるね。
 炎から逃げる意味も兼ねて、発射と同時にすぐ元の位置まで離脱する。
 こうすれば、MPの回収はできないけど、ブーメラン機動故のもう一つの効果である往復機動によって、ヒット数が増加するんだよね。
 さすがに、それで無限に攻撃できちゃうと強すぎちゃうから、二往復分すれば消滅するようになってるんだけど、このMP効率でヒット数が倍になるというだけでも十分強力だ。

「グゥアガアアァァァァ……!」

 往復する風の刃に斬り裂かれ、さらにその風で炎を煽られて、最後には力なく頽れた大熊の巨体は、炎と共にフォトンに崩れて消えていった。

「結構エッグい殺し方するわねー……。私の依代、この森のもっと奥にある樹なんだけど、正直今のは怖かったわよ……」

 振り返れば、椰子の火力に妖精の少女がドン引きしていた。
 まぁ、うん、場所と彼女の本体であろう依代を考えれば、火事が心配な攻撃方法だったもんね。

「大丈夫ですよー。見ての通り、死ねば一緒に火も消えるのでご安心ですー」

 ……うん、さらっと笑顔で言ったけど、それ逆説的に、相手が死ぬまで消えないって言ってるよね?
 ぶっちゃけだいぶエグいよね!?
 もう何回言ったか忘れたけど、これホントに植物だよねぇ!?

「そろそろ僕の中の植物ってものの定義がよくわからなくなりそうです……」
「植物ですよー? 立派な可愛いヤシの木ちゃんじゃないですかー」

 マリーさんが幹を撫でれば、椰子の樹は気持ちよさそうに目を「−−」にする。
 うん、まぁ、なんだろう、これ以上ツッコんでも多分無駄な気がするね、うん……。

 そう言えば、ふと疑問に思ったんだけど……

「そう言えば、君の本体って、あの大きな樹の中の一つってことなのかな? 普通、妖精ってもっと手のひらサイズぐらいの大きさだよね?」

 この森特有の、高層ビルみたいな巨木の一本を指して聞いてみる。

「えぇ、そうよ。まぁ、普通はそうね。そもそも妖精自体、それぞれの個体としてはそれほど力のある存在ではないわ」
「それじゃあ、君があの樹の妖精の内の一人なら、この森には君みたいな、人の子供ぐらいの大きさまで育った妖精が他にもいるってこと?」
「あぁ、それは違うわね。確かに、私はあの樹――カスフィルム・デレクシアの妖精だけど、私はその中でも特別なのよ。別に、カスフィルム・デレクシアに宿ったからといって、みんな私みたいな身体を手に入れられるわけじゃないわ。私の依代は、たまたまこの森の中でも局所的な魔力溜まりになっている場所の一つを占有するように生えていたの。あの樹を見れば察しはつくと思うけど、こう見えて私も生まれてから結構長いのよ? 依代が小さかった頃は、私も他の普通の妖精と大差ない存在だったから、その頃の自我はまだ曖昧なのだけど……魔力溜まりに生えた私の依代はきっと、あれぐらいまで育つ過程で、集まってくる魔力をたくさん吸収したのね。それで、私もこんな大きな身体と存在を保てるのだわ」
「そっか、なるほど」
「わたしもこの森にはよく採集に来てますけど、大妖精さんみたいな子に会ったのは初めてですからねー」
「マリーさんでも初めて見るんですか?」
「はいー。わたしたちエルフは、霊的なものへの感受性が強いので、妖精や精霊さんたちはよくお見掛けするのですがー。守護霊の類や精霊さんならともかく、妖精としての範囲でここまで力が強い子を見るのは、この森以外を含めても初めてですー。多分、大妖精さんは、大妖精とは言っていますけど、ほとんどもう精霊さんに近いような存在だと思いますよー」
「ははぁ……」

 ふむふむ……つまるところ、フォトンクラスターに触れた魔物がブーステッドMobになる、みたいなことが、樹がまだ小さな内から何千年……あの樹の大きさを考えれば、下手したら何万年単位の膨大な時間をかけて緩やかに起こっていった結果、妖精の存在のままで人間と変わらないような身体を手に入れた、ということなのかな。
 う〜ん……なかなかになんというか、こう、この世界における大自然の神秘、みたいなものが垣間見えるような話だね。
 これもまた、浪漫を感じる話だなぁ……。


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