note.052 SIDE:G
その後もゴーレムやトルーパー、ついでにたまに現れるホブゴブリンやらを蹴散らしながら、迷路をぐるりと周回する。
そうやって今また、1匹のゴーレムが砕け散ってフォトンに散っていった。
「ん〜、順調順調♪」
振り払った剣を軽く肩に担いで、ミスティスがニカッと笑う。
「そうだね。だいぶLvも上がってきたし」
今の僕のLvが93、おそらくミスティスも同じLvになっているはずだ。
この2Fの敵の平均Lvが大体90台だから、ほぼほぼ狩場のLvに追いついた感じだね。
ミスティスと出会う前の僕のソロ狩での感覚と、こうしてパーティーを組むようになってからの感覚の差からして、多分だけど、このゲームの敵のLvというのは、自分のLv±5ぐらいの相手にソロで挑むとちょうど対等に戦える、ぐらいを目安に設定されている感じな気がする。
狩場のLvにも追いついて、かつ、パーティーも組んでいる今は、今日の最初の時点と比べると、大体何が来ても随分とサクサク狩れるようになってきているのが実感できるね。
「ふむ、そろそろボスに挑みにいってみるかい? それなりにいい時間にもなってきたこともある」
「ボスかぁ……。Lvは確かに93まで上がったけど、大丈夫かなぁ?」
「ヘーキヘーキ、今の私たちならいけるいけるぅ♪」
ボスと聞くとちょっとまだ尻込みしちゃう僕だけど、ミスティスはもう十分いけそうな手応えを感じているみたいだ。
「ミスティスがそう言うなら、大丈夫なのかな」
「ま、いけるでしょ。別にいけなくても、こういうのは当たって砕けろ、よ! せっかく2Fまで降りてきたのに、ボス見ないで帰るなんてもったいないじゃない」
「確かに、そうかもね」
ミスティスのこの辺の見極めの感覚は信頼しているし、ツキナさんの言う通り、せっかく初めてのダンジョンで、ここまで来てボスを見ずに帰るのももったいないのは確かだよね。
「決まりだな。ボス部屋に挑んで、今日は撤収としようか」
「うん、行こう!」
ミスティスたちからも賛成の答えが返って、僕たちは一路、ボス部屋になっている中央のピラミッドを目指すことになった。
さて、まずは「田」の字の外枠部分に当たる回廊を目指すのが早そうだね。
と、ひとまず迷路を進んでいくと……。
あれ?今何か液体みたいなものが天井から滴り落ちた……?と思った途端、でろんとした粘性のある青い液体が天井から漏れ出すように降りてきて、僕たちの進行方向を塞いでしまう。
これは、ブルースライム……と思ったんだけど、なんか様子がおかしい……?
なんか、核が複数ある気がするんだけど……。それに、粘液の量もスライム1匹分と言うにはあまりにも多い。
天井から、もはや滝のようにでろでろと流れ出る粘液は、あっという間に通路全部を隙間なく埋め尽くして、完全にスライムの壁を作ってしまった。
核の数も、気付けば一つや二つどころではない。すっかり顕微鏡で見た植物細胞みたいな状態になったスライムの壁の中で、大量の核がうぞうぞと蠢く姿は、なんというか……大量の目玉に見られてるみたいな感覚で、さすがにちょっと……。
「気持ち悪……っていうか、え、何これ!?」
「おぉ〜ぅ、レアMobじゃ〜ん♪ 逃げるよマイスー!」
「えっ、逃げるの? え、えっ!?」
何故か笑顔になって、全力で後ろに引き返し始めるミスティス。
みんなも反応はそれぞれながら、逃げることに異論はないようで、反転して駆け出していく。
え、何、どういうこと!?
と、思ってスライムの方を振り返ってみれば――
ぷより、ぷよ、ぷよ、ぷよぷよぷよ、ぷよよよよよよよよよよよ――
「な、なんか増えてるー!?」
すっごい細胞分裂してた!?
ただでさえ気持ち悪い量蠢いていた核がぷよぷよと瞬く間に数を増やして、増えた数分粘液もブヨブヨと拡大させながら、通路を埋め尽くしてスライムが僕たちへと迫って来ていた。
「わあぁああぁあぁぁぁぁぁあああぁ!? 待って!? ちょっと待ってみんな、何あれ何なのアレー!?」
「説明は後だ、ともかく走れ!」
「うわあぁぁぁ!?」
半ばパニックになりかけながらも、必死にみんなについて、迫りくるスライムの壁から逃げ回る。
途中、何回か後ろを確認はしてみるけど、増殖の衰える気配が全くないんだけど!?
ていうか、これ逃げた先でゴーレムとでも鉢合わせたら詰みなんじゃ!?
と、とにかく何か足止めでもしないと……!
とりあえず無詠唱でスキル宣言もなしに、後ろに向けてフロストスパイクを放ってみるけど、氷槍が生えた部分の粘液が掻き分けられるだけで、増殖は全く止められないし、粘液に全て呑み込まれていっただけで、全く速度は落ちなかった。
こ、これじゃダメだ、何かもっとこう、通路全体を塞げるような感じで、持続的に効果がある魔法……!
アイスボム……?いや、元の詠唱がちょっと詠唱長めのアイスボムじゃ、ギリギリまだ無詠唱にはできない。
それじゃあ唱えてる間に僕がスライムに呑まれる!
フレアボムなら……?無詠唱でいけるか……感覚的には半々ぐらいだ。正直確信がない。
それに、攻撃判定が1回しかないから、一瞬押し留めるぐらいにはなるかもだけど、それでこの増殖が止まる保証は全くない。
えーっとえーっと、他に何か、何かないか!?通路を完全に塞げるぐらいの継続ダメージ魔法……あ、いや、あった!!
火属性中級魔法、ファイヤーウォール……!
ここまでのLvアップ分で、中級魔法を揃えていく一環のつもりでとりあえずLv1を取得してみたスキルの一つ。
文字通りの炎の壁を作り出すあの魔法なら、通路全部を隙間なく封鎖できるし、若干のノックバック効果もついてるから、増殖は止まらなくても、これ以上追ってこれないように押し留めることはできるはず!
詠唱は……「煉獄隔てる灼熱の炎よ、今ここに顕現せよ。業火を以て壁と成し、劫火を以て焼き払え。荒べよ紅蓮」!
思い浮かべた瞬間、頭の中で魔法陣が組み上がる。
これなら無詠唱でいける!
通路全てに完全に隔壁を作るイメージで魔力を汲み上げて、足を止めて反転。即座に、ほぼ目の前、いっそ足元に設置するぐらいの気持ちで魔法陣を構築。
「《ファイヤーウォール》!!」
「ゴッ!!」と音を立てて足元から炎が吹き上がり、真っ赤に揺らめく炎が一瞬で視界を埋め尽くす。
「ぅ熱っつつ!」
さ、さすがにちょっと設置位置が近すぎた……。
噴き出す炎の熱気にも煽られながら、慌てて熱の和らぐ距離まで後退る。
スライムはと言うと、狙い通り壁の向こう側で押し留めることができたみたいだった。増殖もどうやら止まって、炎の向こう側で、どうしようかと思案でもしているかのように、いくつもの核たちが蠢いているのが見えた。
「た、助かったぁ……」
ここまで走った息切れで膝に手を突きつつも、ほっと胸をなでおろす。
「お〜、ないすないすぅ♪」
「あぁ、よくやった、マイス」
「助かったわ〜……あー、しんど……」
みんなも褒めてくれた辺り、これで正解だったみたいだね。
「上手くいってよかった……。それで、こいつは一体何者なの?」
「こいつはスライムウォール。この2Fでたまに発生する、群体化したブルースライムだ。まぁ、出現頻度はずっと少ないが、1Fで言うところのゴーレムポジションぐらいの、中ボスみたいなものさ」
「な、なるほど……。それはいいけど、これ、こっからどうするの? 通路完全に塞がれちゃったけど……」
「大丈夫。ちゃんと倒せるようになっているさ。まぁ見ているといい」
と、オグ君が視線を移したのに合わせて僕も目を向けると、スライムはちょうど炎の壁が消えて自由になったところだった。
だけど、再び増殖し始めるということはないみたいで、しばらくふよふよと全体を漂わせていると、不意に核が一点に集まり始める。
その場にあった核だけではなく、ここまでの通路で増えてきた全ての核が集まってきているようで、核は一点に凝集すると、次々にくっついて、一つの大きな核へと融合していく。
だけど、通路を埋め尽くす粘液の量は減ってないみたいだね。
そうして見ている間に、あっという間に核は全て一つに融合して、まるで全体が一匹の巨大なスライムと化したようになっていた。
完成した巨大な核は、それが目玉であるかのように、僕たちを見下ろすようにして左右にキョロキョロと動くと、粘液の中を通路の奥へと引っ込んでいってしまった。
「あれ? え、どうするの?」
「ここからやることはただひとーつ!」
戸惑う僕の横でミスティスが一歩前に出ると、剣先を粘液塊に向けて振りかざす。
見れば、オグ君も弓を構えて、ツキナさんに至ってはサブマシンガンを取り出し始めていた。
「撃って、撃って、撃ちまくれ〜〜〜っ♪ この壁を削り切れ〜っ!!」
言うなり、バッシュの魔力を剣に纏わせて、スライムに突撃していくミスティス。
同時に、オグ君はバーストアローを連射、ツキナさんもマシンガンをフルオートでぶちかます。
「えぇぇぇ……と、とりあえずわかった!」
ともかく、そういうことなら僕も攻撃に参加しよう。
攻撃していってみてわかったけど、このスライム壁、普通のスライムみたいな再生能力がないみたいだね。攻撃が当たった場所はゼリーのように砕けて、すぐにフォトンへと還っていってしまう。
フロストスパイクとかブレイズランスとか、いくつか試してみたんだけど、風属性中級魔法のエアロブーメランが一番効率よく崩せそうとわかって、そこからはそれをひたすら連射する。
エアロブーメランは名前通り、風で作ったブーメランを最大5方向の放射状に飛ばす中級魔法だね。
初級魔法のウィンドカッターに似ているけど、ブーメランと名がつく通り、一定距離飛んだ後に戻ってくるから射程が少し短い代わりに、一方向につき2回の攻撃判定があるのが特徴だ。
さらに、破壊不能でない限り射線上を貫通する性質はウィンドカッターと一緒だから、的の大きい相手に至近距離で放てば、5発分×2回の大ダメージも狙うことができる。
そして、もう一つの特徴として、ブーメランとして戻ってきた刃を自分に当てて「回収」することで、消費したMPの3分の2が回復する効果がある。
これのおかげで、ただでさえ少ない風属性魔法の消費MPを自力で回収してしまえるとあって、このゲームの全スキル中で見てもぶっちぎりのトップのMP効率を誇る、風炎型のダメージソースを支える一番の火力スキルと言われている。
僕はまだとりあえずLv1取ってみただけだから、前方に真っ直ぐ1発しか飛ばないんだけど、まぁ、ファイヤーウォールがさっき無詠唱できたのに風属性のこれが無詠唱にならないわけもなく、MP回収効果も手伝って、十分サクサクと崩していけている。
少し崩していくと核のいる場所まで追い付いたんだけど、あともう少しで核にまで射程が届く、というところで、危険を察知したのか、核は更に奥へと引っ込んでいってしまう。
なるほど、こうやって身体を崩していって、核の逃げ場がなくなるところまで追い詰めていけば倒せるってことだね。まぁ、わかってしまえば何ということはない。
「それそれそれ〜♪」
と、シンプルにバッシュで切り刻んでいくミスティスに、チャージングを混ぜつつ、一回の掘削量が大きいバーストアローを黙々と連射するオグ君。
時折リロードを挟みつつ、ひたすらフルオートでサブマシンガンを撃ち続けるツキナさんは、
「あっははははははははははっ♪」
……うん、正直ちょっと怖いんだけど見なかったことにしておこっか。
もはやスキル名宣言もなく、僕も黙々とエアロブーメランの連射に集中する。
そうして、ようやくスライムを削りきって、最初の遭遇地点まで戻ってくることができた。
あれだけあった粘液の壁も、今や単なるでかい核が収まったちょっと大きなスライムの立方体、というぐらいしか残っていない。
「ようやく追い詰めたぞー! ふっふっふー、もはや逃げ場はあるまい……!」
スライムに向かって剣を突きつけて、謎に悪役チックな演技で宣うミスティス。
まぁ三文芝居はともかく、ここまで割と疲れさせられたのは事実なので、言ってやりたい気持ちはわからないでもないけども……。
「さぁ、これで終わりだよ!」
言い放ったミスティスがイグニッションブレイクの魔力を刀身に点し、それに合わせて僕たちもそれぞれにトドメの一撃を準備する。
「とりゃあ〜、成敗っ!」
「《ブレイズランス》!」
大上段に振りかぶったイグニッションブレイクが振り下ろされると同時に、僕も満身の炎の槍を射出する。
オグ君からチャージング付きのバーストアロー、ツキナさんからサブマシンガンの1マガジン分フルオートも叩き込まれ、避けようもなくその全てを食らった巨大スライムの核は、グズグズと崩れて、自らの粘液に溶かされるようにして消滅していった。
後には残された粘液部分が、立方体を保っていたのは核の存在あってこそだったのか、支えを失ったようにでろん、と崩れて拡がっていた。
「うわぁ……結構丸ごと残ったね」
「だね〜。こいつの粘液って確定ドロップだったっけ」
「あぁ、確かそのはずだな」
「あ、そうなんだ。でも、こんな大量、持って帰れるの?」
「ヘーキヘーキ、これ全部で『スライムウォール』っていう一つのアイテムだから、インベントリに入れちゃえばカウントは1個だよ」
「な、なるほど……」
ミスティスが当然と言うように粘液に手を突っ込むと、結構な量に見えた粘液も、嘘のように消えてなくなってしまった。
本当に便利なご都合主義だねぇ、アイテムストレージ……。
ともあれ、随分と時間を食わされちゃったけど、これでようやく改めてボス部屋に向かえるね。
「さって、気を取り直してボスへごーだよっ!」
あれだけ剣を振り回した後ながら、まだまだ元気そうなミスティスに続いて、僕たちは回廊を目指して再び歩き出した。