note.056 SIDE:G

「こ、これを降りるの……?」
「そうですよー」

 恐る恐る穴を覗いてみると、中は真っ暗で、少し下りが急になっているみたいで、外よりも水音が激しくなっている。

「あら、なぁに? マイス、怖いのかしら? クスクスッ」
「うぅ……こういう絶叫マシン系は苦手で……」
「絶叫ましん?というのが何かはわかりませんがー。別に怖いものではありませんよー。わたしが先にお手本を見せましょうー」

 妖精の少女には満面のニヤニヤ顔でからかわれるけど、怖いものは怖いんだってば!
 とは言うものの、マリーさんは気にした様子もなく、川の角度が変わる縁に、腰掛けるように葉っぱを敷いて座ると、

「では、いきますよー。それ〜♪ きゃーーーー〜〜〜ぁぁぁぁ……」

 完全にジェットコースターを楽しんでいるノリの歓声を残して滑っていってしまう。
 その様子を見た妖精の少女は、

「結構楽しそうじゃない。クスクスッ、私も自分で飛ぶより、マイスにつかまって滑ろうかしら?」

 なんて楽しそうだけど……こ、これに飛び込むのか……。
 もう一度穴の先を覗き込んで、ごくりと思わず喉が鳴る。
 で、でも、マリーさんはもう滑っていっちゃった以上、僕も追わないことには、他の道なんてないし……。
 うん、覚悟を決めよう……!

「ぅ……じゃあ……行くよ……!」

 穴に入る少し手前のところから葉っぱに座って、おっかなびっくりでひとまず穴の縁に腰掛けるところまで進む。

「もぅ、そんなに怯えることないじゃない。ほらぁ、早く早く〜」

 後ろで僕のローブのフードを掴んだ妖精の少女が急かしてくる。
 まぁ……彼女が一緒だと思えば、一人で滑るよりは心強い……かな……?
 ちょっと暗いけど、ウォータースライダーみたいなものだと思えば……ってまぁ、リアルのウォータースライダーも怖いのは怖いんだけどさ……。

「うん……よし、行こう!」

 声に出すことで気合を入れて……いざ!

「わああぁあああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!?」

 うわわわわ、水の流れで勢いがつく分もあって結構速いいいいいいいいい!?
 それに、真っ暗でどうなっているのやらだけど、右に左にうねうねと曲がりくねって、これじゃ本当にウォータースライダーじゃん!?
 ともかく、葉っぱから振り落とされないように必死でつかまるしかない。

「あっははははははっ、きゃははっ、あははははっ♪ 速いはや〜い! きゃっはははははっ!」

 と、後ろでは妖精の少女がフードにつかまってはしゃいでるみたいなんだけど、彼女がある程度自力で浮かんでいるおかげなのか、妖精にそもそもほとんど体重というものがないのか、単に滑る速度で靡いてるだけにしか感じないぐらい、首への負担はない。

「おわああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!?」

 えーっと今日のリアルで、ジッパチで教えてもらったことを思い出して……!
 叫ぶのは我慢しない、下を見ない……は今回は関係ないか、えっとえっと、ともかく前を見る!
 真っ暗で結局何も見えないんだけど、それでも目をつぶっているよりはマシな感じだ。
 前だけ見る前だけ見る前だけ見る……!
 あ……向こう側が明るく……。
 ……と思った次の瞬間にはあっという間に出口についていて……

「わあぁぁっ!?」

 一瞬、宙に放り出された!?と思ったけど、別に大した高さじゃなかったみたいで、葉っぱも手から離れて、後ろにバランスも崩して背中からになっちゃったけど、僕の身体は盛大にドボンと着水した。
 ちなみに、妖精の少女は、

「きゃっほ〜いっ♪」

 外に抜けた瞬間にはタイミングよく僕のフードからは手を離していて、宙に放り出されたその慣性そのままに、楽しそうにくるんと大きく空中に縦ループを描くと、くるくると辺りを飛び回る。

「あー、楽しかったのだわ。私も次からここに来る時はこうしようかしら?」

 なんて、思案気にふわふわと妖精の少女が漂うのを横目に、僕は僕でそのまま水の上に仰向けに浮かんで、ひとまず胸をなでおろす。
 はー……怖かった……。

「あらー。マイスさん、ご無事ですかー?」

 プカプカと浮いたまま、ボーっと動かない僕に、少し心配げにマリーさんが声をかけてくれる。

「あ、はい、別に怪我とかはしてないので大丈夫ですよ」

 答えながら身を起こしてみれば、それほど深い泉じゃなかったみたいで、すぐお尻が底について、脚を前に投げ出して座る形になる。
 水の深さは、この状態で僕の肩まで浸かるぐらいだから、ちょうどお風呂の湯船ぐらいの感覚だね。
 そして、顔を上げた目の前に広がっていたのは……

「わぁ……これは、すごい……綺麗……」

 どうやら、スライダーの出口になっている今僕が浸かっているこの泉は、直径で5mぐらいの小島というか中州のような地形を囲むドーナツ状になっていたみたいで、周囲を窪地と巨木に囲まれて他からは隔離されたような場所でありながら、その巨木からの木漏れ日が作る光の帯に照らされて、まるで空間全体が煌めいているかのような、幻想的な光景だった。
 そして、その中州全体を、真ん中で綺麗に左が緑色、右が青色に分かれつつ隙間なく覆っているのは、よく見れば……

「あ、これ……全部エーテル草とマナ草ですか?」
「その通りですー。この場所に来るのが今日のわたしの最大の目的なのですよー」

 そう言って、中州の真ん中で、きらきらと揺れる木漏れ日のカーテンに包まれながら、僕に向かってふんわりと笑みを浮かべてみせるマリーさんの姿は……なんというか……可愛らしいも、美しいもちょっとニュアンスが違う……かな。
 一言で言うなら「端麗」という表現が一番しっくりくるだろうか。
 とにかく、すごく幻想的で……絵になるなぁ……。
 思わずこっそりスクショしてしまっていたぐらいには……うん。

「さて、と、まずはマイスさん、こちらへどうぞー。ずぶ濡れになっちゃってますし、魔力で乾かしましょうー」
「あ、すみません、ありがとうございます」

 絵画のような情景に、少し惚けてしまっていたけど、当のマリーさんに言われてはたと我に返る。
 そうだね、僕まだ水の中だった。
 立ち上がって中州に上がると、マリーさんが僕に向かって手をかざすと同時に、木漏れ日だけではない、暖かな空気に全身が包まれる。
 日向ぼっこでもしているみたいな、心地いい暖かさに、ずぶ濡れになった身体が少し震える。
 そうしている間に、あっという間に服も髪も乾ききって、だいぶこざっぱりした気分だね。

「これぐらいでいいですかねー」
「ありがとうございます、すごく気持ちよかったです」
「いえいえー」

 熱すぎず、温すぎず、ちょうど快適と感じる温度に絞って、狙った範囲だけを温めて乾燥させる、繊細な魔力操作はさすがエルフ族だねぇ。
 ここまで、端々でさらっとこなしているように見えるけど、魔法未満の単純な魔力操作だけで水を生んだり風を纏わせたり、まして細やかな空気の温度調節までこなすって、簡単に見えてかなりの高等技術なんだよね。
 本来難しいからこそ、魔法陣というガイドレールが必要なわけだからね。
 そして、魔法陣(ガイドレール)に頼ると、前世代における旧型半導体技術の性能向上が原子の大きさという物理的な限界によって終焉したように、魔法陣が魔法陣として意味のある形を成すための最小限の構成要素という原理上の限界によって、簡略化の限度が限られるんだよね。
 その最小限度で構築されているのが現状の初級魔法なわけで……それ未満の、ただ単純に火や水を出すだとか風を操作するだけみたいな魔力操作って、例えるなら、普段通りペンや筆で書くのが魔法だとすれば、糸くずの毛先で文章を書く、みたいな、とんでもなく細かい作業になっちゃうわけだ。
 それをこうまで何でもないことのようにやってのけるのは、まさに魔法に長ずるエルフの魔力操作の技術と精度があってこそだね。

「では、採集しますよー」
「手伝いますよ」
「助かりますー。それでは、わたしはエーテル草を摘みますので、マナ草をお願いしますー。基本なのでわかっているとは思いますがー。エーテル草もマナ草も、生命力の非常に強い植物ですのでー。8割ぐらいは採ってしまって大丈夫ですー。それに、ここの子たちは、周りの泉のおかげもあって、この森の中でも特に強いですからねー。無事な根っこさえ少しでもあれば、次に来る頃には元通りですー」
「了解です」

 さて、じゃあ採集タイムだね。
 中州の半分とは言え、それなりの広さはあるし……気合入れていこうか。


戻る