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note.056 SIDE:G

 フォトンが虹色の球体に収束しきると、ボス撃破のファンファーレと共にメッセージが表示される。
 MVPは――え、僕が!?

 「ボス討伐おめでとうございます! MVPは Myth さんです。スコア : ――」……思わず目をこすって二度見してしまったけど、何度見返してもMVPの名前は僕のキャラ名になっている……。

「ぼ、僕がMVP……? ホントに? い、いいのかな……」
「おぉ〜、おめー!」
「初MVPおめでとー」
「事実そう書いてあるんだから、いいも何もないさ。おめでとう、マイス」
「えと、あ、ありがとう、みんな……!」

 ま、まさかMVPを取れてしまうなんて……。
 ちょっと予想外すぎて、正直ちょっと驚きと照れくささの方が先にきてしまったけど、こうしてみんなに素直に祝ってもらえると、MVPが取れたことの実感と嬉しさが湧いてくるね。

 と、それもさながらに、もう一つ気になるものが……。

「これは……?」

 クラスターの下辺り、銅鐸がいた位置の床に、何か丸い石が一つ転がっている。大きさは片手で持てるぐらい……ソフトボールの球よりはちょっと大きいかな?ぐらいかな。

「あぁ〜、それねー。釣鐘からの確定ドロップなんだけど……なんの意味があるのかいまいちよくわかってないのよね」
「ギルドでも用途不明すぎて扱いに困るーとかでロクな値段つかないもんねー」
「まぁ、記念品みたいなものだと思っておけばいいんじゃない?」
「はぁ……」

 手にとってみると、アイテム名は「守護者の瞳」とあった。説明文も「エニルム遺跡の守護者の瞳。」という一文だけだ。
 瞳……?あの銅鐸、目なんかついてたっけ……?
 いまいちよくわかんないね。
 記念品……まぁ、そういうものってことなのかな……。

「さぁさぁ、せっかくなんだし、クラスターもどーんといっちゃって〜!」
「あ、うん、じゃあ、もらっておくよ」

 結果的に1日で2回もフォトンクラスターをもらうことになって、ちょっと遠慮しそうになっちゃったけど……みんなミスティスに頷いてくれてるから、ここは素直にもらっておこうかな。
 クラスターに触れれば、存在感の曖昧な感触と共にフォトンが弾ける。
 さて、今度は何が出るかな?
 収束が収まって、触れた手元に現れたのは……

「布……? あ、違う、これは……」

 広げてみると、どうやら足元まですっぽり覆えるぐらいのローブみたいだね。
 アイテム名を見ると、「エニルム・ガーディアンズローブ」とあった。
 とりあえず一旦ストレージに入れて、装備メニューから装備してみる。

 実際着てみると、暗い藍色に、黄色でそこかしこに魔術的な紋様が施されているデザインはさっきの銅鐸そのまま。
 そして、全体のシルエットは、胴体も袖も上から下に向かってゆったりと広がる形で、胴体に至っては何か魔法的な力でもかかっているのか、僕の体型とは無関係に丸く広がるようになっていて――

「こ、これ、なんていうか……さっきの銅鐸そのものじゃん!?」

 さすがに胸元に例の謎顔レリーフまではなかったけど……と思ったけどよく見たらフードのデザインがアイツだね!?

「あははっ。ツリガネ君のドロップはどれも大体こんなだよねー」

 と、ミスティスはカラカラと笑っているので、まぁ、そういうものってことにしておくしかないか……。

「あー、あたしたちもこれ着てた時期あったあった」
「銅鐸服か、そうだな、懐かしい。こいつからのマジシャンのドロップとしては定番だ。見た目はともかくクレリック系でも装備できて性能もなかなかだから、ここに通った魔法職は一度は通る道ってやつさ」
「な、なるほど……」

 う〜ん……それにしてもデザインはともかく、このシルエットは……。
 あ、でも……うん、上からアイテムポーチのベルトを装備し直せば、腰が窄まって結構それっぽく悪くないシルエットになったかな?

「まぁ、これならいい感じかな?」
「あぁ、そうだな」
「そうそう、そのままだと寸胴すぎるけど、腰絞るとちょうどいいのよね」
「いいねいいねー、結構似合ってるじゃん♪ 魔術師っぽい雰囲気出てるよー」
「そ、そうかな? あはは……」

 みんなも頷いてくれてるし、まぁ、ミスティスにそう言われれば悪い気はしない、かな。

 ちなみに、オグ君がなかなかと言っていた性能はというと……なるほど、MAtk――魔法攻撃力を15%アップかぁ。確かに、服にこの補正がついてるというのはなかなかだね。防御値も、このLv帯でのボスドロップ相応のステータスはある……んだろうと思う。
 比較対象が装備更新してなかった僕の低Lv装備しかないから、正直比べるべくもないんだけど、まぁ、各段によくはなっている。

 試しに少し魔力を操作してみると……なるほどね。
 体内の流れと、外部に放出する時の流れ方がだいぶスムーズになったみたいだね。
 例えるなら……魔力の流れを作り出すポンプの圧力が変わった、とでも言えばいいかな?
 より強い圧で押し出せるようになった分、勢いよく流せるようになった、という感じ。
 うんうん、いいね。エニルムスタッフ共々、しばらくはこれで使っていけそうな感触だ。

 装備確認もひとまず落ち着いたところで、ちょっと気になっていたものを聞いてみる。

「そういえば、奥の祭壇って結局なんだったの?」
「あぁ、あれか」
「ま、アレが何なのかって誰も知らないんだけどねー」
「えっ、どういうこと?」
「まぁ、見てみるといい」

 どういうことなの……。
 とりあえずは近くで見てみよう。

 というわけで、部屋の奥の祭壇へと近づいてみる。
 銅鐸の出現の時の演出で火が灯っていた燭台は、銅鐸を倒した時に一緒に火も消えたらしく、今はただの石柱になっている。
 もっとも、天井からの照明だけで部屋は明るいから、別に気にすることでもないね。
 そして、問題の祭壇はと言うと。
 見た目は、この部屋があるピラミッドを2段に縮小して、上の段が石碑というか、まぁ、祭壇になってるという感じだね。石碑部分には、上面の中央に何かはめ込めそうな丸い穴が一つだけ。正面には、何やら碑文みたいなのが刻まれてるんだけど……

「何これ……文字?」
「っぽいんだけどねー」
「これ、未だに誰も解読できていないんだったな」

 なんか……なんだろう、甲骨文字?ヒエログリフ?みたいな、酷く抽象化されたよくわからない記号のようなものが並んでいて、何か一応文章の体は成しているんだけど、意味はさっぱりわからない。
 なんて書いてあるんだろう……。……と、なんとなく碑文に指を這わせて、なんとなくの記号の形を観察していってみてたら、不意にスキル取得のアナウンスが届く。

「エクストラスキル……言語学と考古学?」
「あぁ、そいつを解読しようとすると手に入るエクストラスキルだな。考古学は、こういう遺跡系の場所限定で、ある程度の隠されたギミックなんかを見つけられるようになる。トラップの類は罠師の領域だが、例えば隠し部屋なんかのギミックは考古学スキルの領分だな」
「なるほど、それは便利そうだね」
「言語学の方は、まぁ文字通りだ。Lvに応じていくつかの古代言語が読めるようになるんだが……どうもこれが、未解読の言語となると、割とガチめの暗号解読やらリアル言語学スキルが必要になってくるらしくてな。結局この碑文は、他のサンプルがあまりにも少なすぎてお手上げ状態らしい。自動的に、この祭壇の存在意義も使い方も、今のところ誰も解読できていない」
「うへ……なるほど。とりあえず、上の窪みはさっきの瞳?をはめ込むっぽい感じだけど……」

 試しに、なんとなく持ってきていたさっきの守護者の瞳とやらを上面の窪みにはめてみると、案の定完全に一致した。

「まぁ、そこは誰でも思いつくし、間違いはなさそうなんだけどな。他の条件がさっぱりわからん」
「過去にはいろいろ試した人もいたみたいだけどねー。燭台に火を点し直してみるとか、この床の紋章刻印に魔力流してみるとか」
「あと、釣鐘出現中の、最初についてた火が消えてない間に瞳をはめてみたみたいな人もいたわね」
「あー、そんな話あったねぇ。結局ダメだったみたいだけど」
「あはは……なんかもう、碑文そのものの方はみんなどうでもよくなってる感じだね」
「解読のしようがないからな。PC、NPC問わずいろんな学説が出ているが、中には『この遺跡自体、それこそ初心者の習練場として作られた場所で、碑文もこのエクストラスキルを取得させるためのもので、文章自体に特に意味はない』とか言う、諦めに近いような説まであるぐらいだ」
「そ、それはもう説っていうかただ放り投げてるだけじゃん」
「フッ、まぁそうだな。それほど皆お手上げということさ」
「てゆーかぶっちゃけ、この碑文自体誰もそこまで気にしてないよね」
「それを言ったら元も子もないっていうか、あまりにも身も蓋もない……」

 いやまぁ、実際僕も本気で解読しようみたいな気は起きないけどさぁ……。
 それに、確かに見たところ文字らしいものはこの碑文以外には見当たらないし、祭壇の裏側壁際なんかも覗いてみたけど、特にヒントになるようなものもなさそうだね。これ一文だけじゃどうしようもなさそうというのは素人目でも明らかだ。
 この時点でもうみんな興味を失っていくのもむべなるかな、という感じだね。

「まぁまぁ、ツリガネ君も倒したし、そろそろ帰ろーよ。結構いい感じの時間だし」
「ふむ、そうだな。ブーステッドの討伐報告のこともある。そろそろ撤収にするとしよう」
「オッケー」
「そういえば、この部屋どうやって出るの?」

 ボスは倒したけど、最初に閉じられた扉は未だ開いていない。
 このままだと閉じ込められっぱなしなんだけど……。

「引き返す時はボス倒した後は扉にもう1回触れば開くし、扉の前の床の紋章刻印を起動すると地上に送ってくれるよ」
「そっか、ならそれで地上まで出ちゃうのが早いね」
「そーゆーことー」

 普段なら考えるまでもなく各自ジャンプになるところだろうけど、ダンジョンの中って、高濃度の魔力とエーテルの干渉のせいで、この辺の転送系魔法が制限されちゃうんだよね。
 基本的にジャンプボールは使用不能、ポータルスフィアはダンジョンの侵入地点までの一方通行で、使用地点までの往復機能は使用不可だ。
 となると、どっちにしろ結果は同じだし、脱出経路がきちんと用意されているなら、そっちを使った方が消耗品がなくていいよね。
 扉の前まで戻ってみれば、なるほど、入ってきた時には部屋が薄暗くて気付かなかったけど、足元には通路一杯に、どことなく見覚えがあるような、ポータルスフィアに似た紋章刻印が描かれていた。

「そいじゃー帰ろ〜」

 ミスティスの音頭に合わせて足元に魔力を流せば、いつも通りのホワイトアウトを挟んで、僕たちは地上のピラミッド前へと戻ってきていた。


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