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note.064 SIDE:G

「あはっ、プク……ご、ごめんごめん、やりすぎたのは謝るからっ……ンふっ……」

 しばらく笑い転げていた妖精の少女がようやく落ち着いて謝ってはきたんだけど……まだ笑いのツボから抜け出せきれてない辺りが、なんというか……うん……。
 思わず半目になってしまうのはしょうがないよね……。
 ついでに、次は何をされるのかの警戒は怠らない。

「そんなに警戒しなくても、もうさっきみたいなのはやらないわよぅ。ねー、ごめんてば〜」
「はぁ……まぁ、いいけどさぁ……」

 一応、ようやくちゃんと笑いを収めて、手を合わせて謝ってきた程度には彼女なりの反省はしているみたいなので、警戒は解いてあげることにする。
 ちなみに、散々笑い倒されたこともあって、敬語もなんとなく癪になってきたので、彼女に対しては敬語を止めている。

 泉の水……は結局飲む気にならないので、さっきのポーションの残りで喉を潤す。まだマリーさん水の中だし……。
 はぁ……身体に満ちるエーテルの感覚が心地いい……。

「結局、こっちのお水は飲んでくれませんでしたねー」
「マリーさん!? いい加減怒りますよ?」
「うふふっ、ごめんなさーい」

 なんて、謝りつつもどこか楽しそうなマリーさんは、採集自体は既に終えたようで、今はただ泉の中でぱしゃぱしゃと踊るようにして水遊びをしている。
 濡らさないようスカートを軽く摘まみ上げて、くるくると水飛沫と共に踊るその姿は、見ている分には可愛らしいので、少しからかわれたぐらいはまぁ、どうでもいいかなぁ……なんて思えてきてしまう。
 気が付けば、木漏れ日に艶めきながら水面を踊らせるその生足に、自然と視線が吸い寄せられてしまっていることを自覚して、慌てて視線を逸らした。

 と、水遊びにもそろそろ満足したのか、マリーさんが泉から上がってきて、靴を履き始めた。

「ふふふっ、いい休憩になりましたー。さて、わたしたちはそろそろ出発しようと思いますがー。妖精さんはどうしますかー?」

 裾上げしていた結び目も解いて、元通りにスカートを整えつつ、妖精の少女へと問いかけると、

「そうね。いっぱい笑って気分もノッたし、いたずらしちゃったマイスへのちょっとしたお詫びも兼ねて、この森にいる間はあなたたちについていってあげるわ」

 ふわりと身を浮かせた彼女は、自分自身もくるんと身を翻しながら、僕の周りをくるりと1周して、

「それに、あなたのこと、少しだけ気に入っちゃったしね♪」

 と付け加えて、僕にウィンクしてみせた。

「あらー、マイスさん、意外とモテるんですねー」

 なんて、マリーさんは茶化してくるけど、う〜ん……元々顔がいいこともあって、その仕草自体は可愛らしいんだけど……どうも彼女の場合、どちらかというと、いたずらの遊び道具として気に入られた、という意味な気がして、思わずまた半目になりかける。

「う……まだなんか疑われてるわね……。ホントにもう何もしないってば〜! もぅ、しょうがないわねぇ、それじゃあまずは一つ、手を貸してあげるわ」

 そう言うと、さっきよりも少し高度を上げて、僕の目線少し上ぐらいの位置で、彼女はもう一度僕の周りを1周する。
 すると、その軌道上に、立て板を滴り落ちる水のように光の幕が流れ落ちて、ぐるりと僕を取り囲む。そうして出来上がった光のベールは、周囲に光の粒を舞わせながらゆっくりと滴っていくと、程なくして消えた。

「今のは……?」
「私の加護を少しだけ与えたの。どんな効果かは、少し歩いてみればわかるはずだわ。さぁ、早速出発しましょう?」
「それでは、いきましょうー」
「あ、はい」

 とりあえず、半信半疑ながらも二人に続いて僕も歩き出す。
 あれだけ大仰に魔法のエフェクトがかかったからには、何かしらの効果はあるんだろうけど……歩けばわかるってどういうことだろう?
 ……と、最初は思っていたんだけど、その効果は本当にすぐ実感できた。
 あれ?なんだか……

「すごく歩くのが楽になってる……?」

 すごい……自分ではほとんど普段通りに平地を歩いてるような感覚なのに、今まであれだけ苦労したこの森の悪路をすいすい進んでいける。どころか、普通にマリーさんに追従していけてしまっている。
 意識してみれば、なんとなくだけど、重心の移動がわかる。普通に無意識で足を運んでいるつもりでも、足が置かれると、その場所が足の置き場として最適であることが理解できる。
 なんだろう、すごい不思議な感覚だ。
 よく見る、レトロゲーのTASやRTAで言うところの「乱数調整」された操作をキャラクター視点で体感するとこういう感じになるんだろうか……。

「随分わたしのペースについてこれるようになりましたねー。頼もしいですー」
「こんなに楽に歩けるなんて……! すごい……これが加護のおかげ?」
「そうよ。ふふ〜ん、どーよ、私に感謝なさい」

 僕の肩より少し上、というぐらいの高さから、胸と腰に手を当ててドヤ顔で威張る少女に、ちょっとまた半目になりかける。
 まぁとは言え、これが実際彼女のおかげなのは間違いない。

「うん、これは素直にすごいや。ありがとう」
「あぁ……いいわぁ、力が漲ってくるわ。ほらほら、もっと崇めなさい、讃えなさい、奉りなさい!」
「……」

 ちょっと素直にお礼を言ってみれば、何やら調子に乗り始めたので、結局また半目を送ってやることにする。

「あぁぁ、待って待って! 力が抜けちゃう〜! ごめん、ごめんってばー、調子に乗りましたー!」

 どういう理屈か、僕の態度で力が増減しているのは本当なのか、慌てて少し涙目になりながら謝ってくる彼女に、やれやれとは思いつつも、試しにもう一度、内心で感謝の念を送ってみる。

「あぁ、いいわ、力が戻ってきたわ。んふふっ、あなた実は案外チョロいのねっ。あ、もしかしてツンデレ? これが外界人(パスフィアン)の言うツンデレというやつなのかしらっ!?」
「僕はツンデレじゃない! なんか力がどうこうって話の部分は真剣そうだったから、ちょっと試してみただけだよ」

 外界人――パスフィアン、というのは、この世界のNPCたちが僕たちプレイヤーを呼称する時に使う単語で、日本語に訳すなら、外界から来た者、この世の外側の者、というような意味合いの言葉らしい。
 どうやら、世界観的な設定での、NPCに対する僕たちPCの扱いとしては、ことここに至るまで、ユクリが「闇」に呑まれていない最後の国となってしまったこの状況で、未だに1つも神器を見つけることが出来ていないこの世界への最後の救済策として、女神シティナによって外界から遣わされた使者……という解釈がされているらしい。
 バックストーリーで語られる「評決」では、「闇」に呑まれる前に神器が見つからなければそれ以上の救済はない、という話だったはずだけど、この状況下で1つも神器が見つかっていないことへの慈悲を与えられた、ということらしい。
 まぁ、あくまでこの世界の人たちはそう考えているらしい、という話だから、実際のところはわからないけれど。
 ちなみに、その対義語としての自分たちNPCを指し示す単語として、内界人――シスフェアン、という呼称も使われる。

「全く、素直じゃないわねぇ。まぁいいわ。せっかくだからそこも教えておいてあげる」

 妖精の少女はふわりと僕たちの位置まで高度を落とすと、僕に向かい合うようにして、前方を後ろ向きに飛びながら話を続ける。

「私たち妖精は存在が曖昧、ってお話はさっきしたわね? そして、私たち妖精は総体として『自然』を成す。だからかしらね〜。個体としての私たちの力っていうのは、他者からの『信仰』によって上下するの。当然、より多くの信仰を集めればそれだけ力も増していくわ。例えば……そうね、長い間、村の御神木、みたいな祀られ方をすれば、本当に『神』に近いぐらいの強力な精霊に昇華するようなこともあるわね。
 もっとも、信仰と言っても、形式ばった宗教とか儀式的なものである必要はないの。それこそ、さっきのあなたみたいな、ちょっとした感謝の念、とかぐらいでも、それが妖精一個体に向けられたものであれば十分立派な『信仰』になるわ。だからさっきは、一度はあなたに感謝されて、少しだけ私の力が増したけど、その後あなたが自身でそれを否定したから、増した分の力も失われかけた、というわけなのだわ」
「なるほど」
「だけどね? まぁ、あなたの性格なら、あまりおかしなことはしないでしょうけど、一応忠告はしておくわ。
 個体としての私たちのあり方は、言わば、意思を持った魔力――魔力生命体のようなものよ。だから、信仰のされ方によっては、その『信仰』の形に引きずられて、元々の妖精としてのあり方から外れて存在が捻じ曲がってしまうこともあるの。魔力が個人の意思によって操作されることで『魔法』が形作られるようにね。
 御神木みたいな良い方向への信仰なら、それこそその土地の守護神のような存在にすらなり得るけど、もしも悪意によって捻じ曲げられてしまえば……まぁ、結果は推して知るべし、というところね」
「なるほど、それは……あんまり考えたくはないね。肝に銘じておくよ」
「えぇ。今後も私以外の妖精と接する機会があった時には十分に気を付けなさい」

 ふむふむ……そういうところも、日本の八百万の神々に近いような性質があるみたいだね。
 正しく祀れば土地神様みたいな守護神にもなるけど、失礼があったり、悪意で捻じ曲げれば……まぁ多分、祟り神とか怨霊じみたものにもなっちゃうってことなんだろうね。

「な〜んて、まぁ、脅すような言い方になってしまったけど、そうは言っても、人一人の力程度で簡単にどうこうできる、というものでもないわ。どちらの方向にしても、そんな極端な変質を引き起こすには、それなりの数の統一された信仰か、そうでなければ念を強く増幅して捧げるための呪術的な形式に則った儀式が必要になるわね。普通は精々、さっきみたいにちょっと私の気分がよくなる程度に力が増えるか減るか、程度でしかないわ。だから、私を含めて、『自然』の中での妖精と出会ったぐらいだったら、今まで通り気軽に接してくれればそれでいいわ」
「そっか、わかったよ。ありがとう」
「ふふっ、いい返事ね。おかげでまた少し力が増したのだわ。少しだけ加護を強めてあげる」

 なるほど、これぐらいの、本当に軽い感謝の気持ちぐらいでも、「信仰」としての影響はあるんだね。
 個人程度の影響はそれほどではないとは言われたものの、これは確かに、妖精との対話には少なからず注意が必要かもしれないね。

 妖精の少女がまたくるりと僕の周りを1周して、加護のエフェクトが降りてくる。
 エフェクトが消えると、今回も効果はすぐに実感できた。すごくなんとな〜くなんだけど、周囲に何かがいる時の「気配」みたいなものが読み取りやすくなったみたいだ。
 例えば、今僕のちょうど右側後方に通り過ぎた樹の中には、素通りしていった僕たちに興味を向けてはいないけど、ジャイアント・キラービーが潜んでいるみたいだね。それから、右前方に見えてきた赤い大輪の花は、植物に擬態する人喰い花の魔物、マンイーターの擬態だ。

「おぉ……周りに潜んだ敵とか、植物に擬態してるような奴の気配が手に取るようにわかる。これはすごいね、ありがとう、助かるよ」
「そうでしょうそうでしょう。んふふっ、もっとも〜っと私を褒め称えなさい♪」

 ……うん、加護の効果はありがたいんだけど、あんまり褒めすぎて彼女を調子に乗せるとまた何をしでかすかわからないから、ほどほどにしておかないとね……。
 ということで、加護に感謝はしつつも、適度に半目を送っておくことにする。

「あぁっ、ちょ、ちょっと〜! せっかくまた力が増したと思ったのにー! わ、わかったわよぅ、少しは自重するから〜!」

 よっぽど一度上がった力を手放すのが嫌らしい。
 うん、これは、尚の事彼女を褒めるのはほどほどにしておいた方が、制御手段として効果的そうだ。

「くすっ、これは、お二人なら意外といいコンビになりそうですねー」

 なんて、僕たちのやり取りに含み笑いを浮かべたマリーさんに、

「「どの辺が!?」」

 つい、二人同時にハモってしまう。その反応に、何故かちょっと満足そうなマリーさんは、

「そういうところですよー」

 と、くすくす笑うばかりだった。
 むぅ……こういうたまにならいいけど、彼女とコンビにされるのは僕の気が休まらなさそうだから、ちょっとさすがになしかなぁ……。


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