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note.066 SIDE:G

 とまぁ、古からの浪漫に思いを馳せたところで、再び道中の敵を蹴散らしつつ、追い付いて歩けるようになったマリーさんの採集ついでにまた薬草講座を聞きながら森を進んでいく。
 そうして進んでいると、次に現れたのは……側面からの奇襲!?

「!!」
「っ!?」

 反応しきれなかった僕たちを差し置いて、意外にも真っ先にそれに対応したのは、マリーさんのナパームトレントだった。
 ひょこひょこっと、予想を裏切る素早さで飛び込んできた何かに向けて突撃した椰子の樹と、襲撃者が正面衝突する。

 気配探知の加護にも引っかからず、唐突に現れたのは、巨大な鹿だった。
 ハンターディアー……その名の通り、「狩人」の異名を取る大型の鹿の魔物だね。
 狩人なんて呼ばれるだけあって、普通の鹿には似つかわしくない獰猛な性格をしていて、角を抜いても全高で180cmぐらいはありそうな大柄な体格にも関わらず、猫のようにしなやかな細身の身体と、今しがた僕にかかっている妖精の少女の気配探知の加護をすり抜けてみせた強力な隠蔽魔法で、物陰に潜み標的を奇襲する、厄介な魔物だ。
 どうやら、蹄の裏にも消音用に毛が生えているらしく、足音もほとんどしない。
 先端が刃のようになった、枝分かれした角は、その複雑な形状から軌道が読みづらく、突かれれば角度の違う複数の刃が同時に標的を斬り裂き、治療困難な傷を作る。
 「森林の暗殺者」と呼ばれるのも納得だね。

「!?!?」

 ナパームトレントと正面衝突したハンターディアーだったけど、どうも、僕を狙って角で突き上げるつもりが、ちょうど角の間の隙間に椰子の樹の幹がすっぽりハマる形になってしまったようで、鼻先からまともに幹にぶち当たったようだ。
 ついでに、結果論とは言え、それでスタンまでかかったらしく、頭上に星を回しながら、ハンターディアーはフラフラと数歩後退った。
 対して、椰子の樹の方は、ビヨヨンと衝撃に身体を揺らしつつも、そのしなやかな幹はしっかり衝撃を受け止めたらしく、びくともしていないようだった。
 その様子に、妖精の少女が指差して笑い転げる。

「あっははははははっ! マ〜ヌケ〜〜〜、きゃははははっ♪ これじゃ『森林の暗殺者』も形無しねっ」
「助かりましたー。さすがはうちの子ですねー、お手柄なのですよー」

 マリーさんに褒められて、一度また顔の位置だけをするりと動かしてこちらに向けた、椰子の樹のその顔は、実のすぐ下のほとんど天辺の位置についていた。どうやら、顔の位置は幹の表面上であれば自在に動かせるみたいだね。
 なるほど、樹の天辺の高さから周辺を警戒してくれていたから、潜んでいたハンターディアーにも先に気付けたってわけだね。これは確かにお手柄だ。

「では、立て直される前に畳みかけましょうー。《フレイムスロアー》」

 マリーさんが指差しでスキル指示を出せば、何故か無駄に螺旋軌道でぐるぐると回りながら僕の目線ぐらいの位置まで椰子の樹の顔が降りてくると、鹿に向かって口から火炎放射が噴き出される。

「!!!? !!!」

 全身に着火して、堪らず火を消そうと地面を転げ回る鹿だけど、まぁ、そう素直に消させるわけがないよね。例によってのエアロブーメランで、追撃と同時に炎を煽ってやる。
 おまけとばかりに椰子の樹からもう一度炎が吹きかけられて、成す術なくハンターディアーは沈黙した。
 やっぱり、炎上からの風属性追撃は強いねぇ。マジシャンのテンプレになるのも納得のお手軽コンボだ。

 ……と、身体からわずかにフォトンが抜けたのは見えたから、死にはしたんだろうけど……丸焼きにされたせいか、ほとんど全身をそのまま残していったみたいだね。
 死んだことで火は収まったみたいだけど、鹿の巨体はフォトンに散ることなく、その場に残されていた。

「あらー、これはいい鹿肉ですねー。少し焼けてしまったかもですがー。せっかくなのでこの場で解体しましょうー」

 そう言うと、マリーさんはストレージからロープとナイフを取り出して、手早く鹿の後脚を縛って手近な樹に吊るすと、魔力操作でその下の地面を深めに掘ってから、首筋から心臓に向けてナイフを一突きして、血を落とす。
 しばらくそうして、血が全て抜けたのを確認すると、穴を半分ほど埋めて血の匂いを消すと、本体を樹から下ろして、慣れた手つきで腹から割いて内臓を取り出していく。
 手順一つ一つを描写するのはちょっと躊躇われる程度にはなかなかに刺激の強い光景だけど……それ以上に、マリーさんの手捌きが鮮やかで、思わず見入ってしまう。

「ず、随分手慣れてますね」
「わたしを誰だと思ってるんですかー? ふふっ。わたしだって、これでもエルフなんですからー。わたしたちにとっては、これぐらいは基礎知識なのですよー」

 なんて答えながらも、手元は澱みなく内蔵を外していき、同時に魔力操作で水を生んで残った血を洗いながら、さらにその水を氷水にすることで冷却も同時に行っていく。

 そう言えば、この世界のエルフは元々狩猟民族なんだったねぇ。
 一見してこういう事とは無縁そうにも見えるマリーさんだけど、知識と技術はしっかりと身についているみたいだ。

「シカさんのお肉は処理速度が命ですー。特に、血抜きと冷却は早めにしないと臭みが出てしまいますからねー」

 手早く取り外した内蔵は、先程半分埋め残した穴に入れて、血とまとめて地中に埋めてしまう。

「皮と角は別で使えるので、帰ったらギルドに売却しましょうー」

 皮を剥いで、頭を落とすと、風を纏わせてナイフの切れ味を補強して、角を切り落として、それぞれストレージに放り込む。

「とりあえずの処理はこれでいいですねー。お肉は後で食べましょうー♪」

 と、肉は特に部位には分けずに、全身そのままの形でストレージに入れてしまう。

「ふぅん。人類種の食事というのは随分と手間がかかるのね。なかなかに興味深いのだわ」
「樹の妖精さんから見ると、そう見えますよねー」

 一連の手順を上からふわふわと眺めていた妖精の少女が、作業の終わりを見計らって降りてくる。

「そう言えば、妖精の場合、普段の食事とかってどうなってるの?」
「私たち妖精は、あくまでも本質は依代の方にあるのだわ。だから、依代の生命活動が、そのまま私たちの生命活動というわけよ。私の場合は、依代の樹がちゃんと枯れずに育ってくれていれば、それだけで十分ということね」
「なるほどね」

 とすると、そもそも妖精という存在自体が、基本的に意思を持たないものに宿るものである以上、大体のパターンで、僕たちが想像するような意味での明確な「食事」というのは必要ない、って感じかな。

「さてー、もう少し進めば、また泉があるはずですのでー。少し遅い時間になっちゃいましたけど、シカさんのお肉でお昼にしましょうー」
「わぁ……了解です!」

 鹿肉かぁ……所謂ジビエ料理ってやつだね。
 さすがにリアルでも挑戦したことはないから、初体験だけど……どんな味なんだろう?
 泉に着くまでの楽しみにしておこうっと。


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