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note.067 SIDE:G

 マリーさんの言った泉を目指して、森を進む。
 そう言えば、加護のおかげか、歩いていたら不整地踏破と気配探知のエクストラスキルが手に入っていた。
 不整地踏破は、この森みたいな荒れた地形での移動や戦闘での体捌きや重心移動に補正をかけてくれるスキル。
 気配探知はそのまま、周囲の敵の気配を探知できるようになるスキル。
 どちらも、今かかっている大妖精の加護を再現してくれるスキルだね。
 まだ取得できたばかりだから補正は弱いけど、Lvを上げていけば、この森を出てからでも今と同じようなことができるはずだ。

 さて、それはそうと、そろそろ泉が見えてきたんだけど……なんかその周辺に大きな気配がそこそこの数あるんだけど……。

「なんか気配探知にいっぱい引っかかってくるんですけど、目指してるのってあの泉ですよね……?」

 木々の合間に見えてきた水面らしき煌めきを指して一応確認してみる。

「そうですよー。この感じだとー……トレントが集まってる感じですかねー」

 確かに、引っかかった気配を確認するまでもなく、泉の周囲に生えているように見える樹はどれも表面に蔦が這っている。
 幸い、ここにさらに虫型の魔物まで潜んでるということはなさそうだったけど……

「トレントってあんなに群れを作るものなんですか?」
「トレント自体は別に、集団行動するような魔物ではないのですがー。あぁいう泉には、水を求めて人間も、他の魔物や動物もいろいろと集まりますからねー。どんな生き物のどんな理由であれ、水を求める瞬間というのは何かしら油断が生まれるものですー。そういう瞬間を狙って、植物型の魔物が周辺に集まって擬態して待ち構えているというパターンはそう珍しいことでもないのですよー」
「それはなるほどです」

 確かに、喉の渇きを癒すにも、水浴びをするにも、水を求めてわざわざ泉にくるような瞬間というのは、少なからず隙ができるものだ。
 なるほど、植物に擬態するタイプの魔物にとっては、格好の餌場というわけだね。

「とは言え、トレント自体は群れを作る魔物ではないので、それぞれがバラバラに動いているだけですー。足止めしながら各個撃破していけば、この数でも問題はありませんー」
「それなら、ここから1匹ずつ処理していけば大丈夫そうですかね?」
「それもいいですがー。トレントの素材もお薬に使えるものがありますのでー。できれば逃がさずに全部仕留めたいですねー。飛び込んで一度で全部片付けてしまいましょうー」
「クスッ、いいわね。私もその方がまだるっこしくなくて好きだわ」

 おぉぅ……二人とも思いの外アグレッシブだね……。

「とは言え、あの中に突っ込むのは構わないけど、相手の数からして、もう少し力がないと不安なのだわ」
「それでは、森の女神シラルジエの名の下に、水と大地の恵みに祈りを捧げましょうー」

 妖精の少女に応えて、マリーさんが指を組んで祈る。
 森の女神シラルジエ……この世界の森を司る神様の名前だね。
 この世界では、最高神は創世と評決の女神シティナとされているけど、別に彼女が絶対の一神教というわけではないんだよね。
 女神シティナは、世界が作られる前の神代の時代の頃、己の支配圏を広げようと無秩序に相争っていた神々に「評決」を与えて、それぞれの司る役割を定めることで争いを治めて今の「世界」を形作った、と言われている。それ故にシティナは「創世と評決の女神」と呼ばれる。
 だから、女神シティナを最高神としつつも、その下には彼女が定めたそれぞれの概念を司る、多様な神々がいるんだよね。なので、今のマリーさんのように、特定の事物に対して祈る時には、それぞれを司る神々に祈りを捧げるのが一般的だ。そうすることで、女神シティナの「評決」に従ってそれぞれの正しい神に祈る、それは即ち同時に、それを「評決」した最高神シティナに対する祈りにも通ずる、というような宗教観になっているらしい。

 きちんと形式に則った祈りだったからか、少女の身体からふわりと光が溢れて、力が増したであろうことが見た目にもわかる。僕の適当な念の送り方と比べると、さすがはエルフ族のドルイドだね。

「僕は正しい祈りの作法とかは知らないけど……でも、一緒に戦おうとしてくれてありがとう。よろしく頼むよ」

 僕もせっかくなので、やらないよりはマシかと祈りの形に手を組んで伝えてみる。
 すると、こんなのでも案外と効果はあったのか、マリーさんの祈りにも負けないぐらいに、少女から光が溢れる。

「あぁ、いいわ。二人とも、いい信仰なのだわ。これだけの祈りをくれたんですもの、きちんと加護で返してあげるわね」

 僕たちの祈りを受けて、嬉しそうにくるりと一回転縦にループを描いて飛んだ彼女は、僕たち二人をまとめて囲むように1周回って加護をかけてくれる。と、今回の加護はかかった瞬間から効果が実感できた。
 これは……体内の魔力の流れが整えられた……?
 なんて言えばいいかな……サクラメントの魔法陣に対する外側からの治水工事とはまた違って、こう……そもそもの魔力の流れそのものから、うねって暴れ出そうとするような余計な力が抜けた、と言えばいいかなぁ……?

「わぁ……すごく魔力の操作がしやすくなった……! ありがとう、すごく助かるよ」
「わたしにも加護をいただいて、感謝なのですよー」
「もらった信仰の分は加護で返すのは当然のことよ。喜んでくれて嬉しいわ」

 僕たちの感謝でまた少し力が増したのか、笑顔で答えた彼女をまたふわりと優しい光が包んだ。
 それにしても……

「僕のあんな、見よう見まねだけでもちゃんと効果が出るんだね。自分でちょっとびっくりしたよ」
「信仰と言っても、そう形式ばる必要はない、と言ったでしょう? 別に、祈りの文言もそこまで拘る必要もないのよ。まぁ確かに、魔法の詠唱と同じで、形式に則った力ある言の葉で発すれば、信仰をより高める効果はあるけれど、それはおまけね。もっと言えば、祈りの手の組み方だって別に、これと定まっているわけではないわ。
 真に重要なのは『行動』よ。どんな言葉でも、どんな祈り方でも、実際の動作が伴う、ということは、普通、その『行動』は本人にその意思があってこそ出てくるものでしょう? その『行動』こそが『信仰』の本質なのよ。行動で以て意思を明確にして、祈りを捧げる……詠唱によって魔法の効果が高まるのと同じことよ。だからこそ、儀式というものが成立するの。自らの信じる行いによって意思を示して祈りの念を増幅して、同時に、一つながりの『行動』によって同じ信仰を捧げる者同士の共通認識を作り上げることで、信仰の形を統一して、複数の意思を一つに束ねるのだわ」
「なるほど……。その共通認識で束ねられた『信仰』が土地神様とかそういうものを作っていくんだね」
「そういうことよ。人間にしては理解が早くていいわね」

 僕の理解に、妖精の少女は満足気に頷いた。

「さてー、お肉も早く食べたいので、そろそろいきましょうー。左半分はわたしがカバーしますのでー。大妖精さんは右側をお願いしますー。マイスさんには魔法で泉の反対側、正面の敵をお願いしますねー」
「任されたのだわ」
「了解です」

 とまぁ、軽く手筈だけ打ち合わせて、泉へと向かう。
 さぁ、戦闘開始だね。


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