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note.075 SIDE:G

 アミリアのストリームスフィアへと戻ってきた僕たちは、まずは向かって左手すぐ目の前のギルドへ向かう。
 今回は、マリーさんが受けた採集系の自由掲示依頼の報告だから、目的はいつもの依頼用窓口じゃなくて、中央に割と広めのスペースを取られてある素材取引用のカウンターだ。

「あら、こんばんは、マリーっ。あらっ珍しい、一人じゃないのねっ。マイス君もこんばんはっ」

 そう言って出迎えてくれたのは、台座の上に更に椅子を置いて、その上に立ってようやくカウンターから顔が出る、というぐらいの、せいぜい5歳児ぐらいの身長しかなさそうな、一見して小柄な少女に見える女性。
 エルフのように尖った耳と、その背中には色鮮やかな蝶の羽まで生えている。
 彼女がこのギルドの素材取引用カウンターを取り仕切っている、ピクシー族のモティさんだ。

 一見すると、さっきまでの大妖精の少女のような、妖精族と見間違えそうになるけど、この世界で「妖精」と呼ばれる存在は、英語読みすれば「フェアリー」、彼女は「ピクシー」で、似て非なる種族だ。
 「フェアリー」の方の妖精は、あの少女が今日説明してくれた通り、意思を持たない物に自然発生的に宿る付喪神のような存在。大妖精の少女は例外的な存在で、普通は「妖精」と聞いて一般的にイメージできるような手のひらサイズの可愛らしい種族だね。
 対して、「ピクシー」と呼ばれる彼女たちは、妖精に近しい存在でありつつも、自らの肉体を手に入れて、依代に依存することなく独立した「個」を確立した種族だ。
 数の少なさからこの世界の「人類種」には含まれていないけど、元よりフェアリーに近い種族であることもあって、人類に友好的な高位魔族として、ほとんど人類種と対等な扱いで比較的よく見かける種族の一つだね。

「今朝ちょうど出発の時にたまたまお会いしたのでお誘いしたのですー。いろいろ手伝ってもらって大助かりでしたー」
「僕としても、いい経験ができたのでありがたい限りです」

 実質、僕から見れば一日レベリングに付き合ってもらったようなものだからねぇ。本当にありがたい限りの一日だったと思う。

「っとー……こちらが今日の提出分ですねー」

 マリーさんが、今朝剥がしてきた自由掲示依頼の掲示用紙と、それに対応する採集品をカウンターに並べていく。その中には、例のポットに収めた白百合もある。

「鑑定しますっ。ふむふむ……」

 モティさんの主な仕事は、こういう採集系の依頼や依頼外の狩なんかで取ってきた素材なんかを、依頼の達成確認やギルドでの買取のために鑑定することだ。
 彼女がこの仕事を任されているのは、妖精に近い種族であるピクシー族が持つ、「魔力視」という特殊な目で、物体に宿る魔力やその性質なんかまでも事細かく調べることができるからだそうで。人間の目では正体がわからないようなものの鑑定や、滅多にあることじゃないけどたま〜にどうしてもいる、偽造品で報酬をちょろまかそうとするような類の輩も、彼女たちピクシー族の目にかかれば一目瞭然なのだそうだ。
 特に、真贋判定に関しては、人間の目にはどれだけ見た目を精巧に似せようとも、魔力的な波長やら性質まで完全に似せることは事実上不可能と言える程難しいらしく、彼女たちに見破れない偽造はないのだとか。

「……うん、完璧ねっ。品質も、どれも上々っ。いつもながら仕事が丁寧で助かるのだわっ」

 モティさんが満足気に頷く。

「それと、こちらはついでに採れたので、買い取りをお願いしますー」

 続いて、依頼品以外の熊からドロップしたかぎ爪やら、件のハンターディアーの角やらも並べる。

「あらっ、ハンターディアーの角じゃないのっ。立派なのが採れたのねっ。うん、状態もバッチリっ」
「はいー。今回はマイスさんもいてくれたので、戦闘の方も上々でしたー」
「お役に立ててよかったです」
「それじゃ、後はオーブで確認ねっ」
「はいー」

 モティさんは、マザーオーブに操作を加えて差し出す。
 この確認作業は、オーブの記録から実際に不正なく本人が依頼をこなしたことを証明することと、ギルド側の記録として個人やパーティー単位での依頼の成否を記録するという二つの意味がある。
 そうしてオーブの確認もできたところで、モティさんが提出された掲示用紙に依頼達成を示す印を押してくれる。
 掲示用紙には依頼達成時の報酬も書き込まれているから、この依頼達成印を押してもらうことで、そのまま精算用カウンターでの請求書になるんだよね。
 そして、掲示用紙は書き込む時にはカーボン紙のような2枚重ねの写しになっていて、2枚を切り離した時点で、両者は魔力的にリンクされた状態になって、実際に掲示する側である原本側に加筆する以外の修正変更が出来なくなると同時に、原本に加えられた変更は写しの方にも即座に反映されるようになっている。だから、この依頼達成印が押されたことは、依頼主が持っている控えの側にも即座に反映されていて、こういう採集系の依頼なんかも達成されたことがすぐにわかって、依頼主がギルドに受け取りにこれるようになっているわけだね。

「はいっ、依頼達成っ! おつかれさまーっ。それから、こっちが素材買い取り分の請求書ねっ。他に報告する依頼があれば依頼用カウンターまでっ、請求書はまとめて精算用カウンターにねっ。ご利用ありがとうございましたーっ」

 と、取引用カウンターを離れれば、あとは今日はアシアノさんが担当している精算用カウンターでの引き換えだ。

「こんばんは〜。あら〜、マイスくん、今日はミスティスちゃんと一緒じゃないのね〜。それで、マリーちゃんが一緒だなんて、これは浮気かしら〜?」
「ちょ、違っ! っていうか、そもそもミスティスとはそういうのじゃ……!」
「な〜んてね〜、うふふふふっ。冗談よぉ〜冗談」
「あらー、マイスさんってやっぱり、意外とモテるんですねー」
「ち、違いますってば! いろいろ誤解です!」
「ふふっ、そういうことにしておきましょうー」

 うぅー……今日は最後までこんなのばっかりだぁ……やっぱり何かの厄日なのかな……。

 と、ともかく……一人うろたえる僕をよそに、換金作業自体は滞りなく進んでいく。
 そうして、アシアノさんが出してくれた報酬は、麻袋で2つ分。それを受け取ったマリーさんは……あれ?片方を僕に?

「はい、どうぞー、マイスさんの分の報酬金ですー」
「え、いや、僕は採集に関しては何もしてないですよ。マリーさんの依頼なんですから、僕は受け取れませんよ」
「いえいえー、そんなことはないのですよー。昼間も言いましたけど、今日の依頼が全部達成できたのは、マイスさんのおかげで時間的な余裕ができたからこそですー。特に、そのおかげで見つけられた白百合の値段が大半ですしねー。それに、実際、ギルドの記録上としても、わたしたち二人でのパーティーでの達成ですー。アシアノさん、ですよねー?」
「そうよ〜、うふふっ。ギルドとしての扱いは、あなたたち二人のパーティーとしての依頼達成になっているわぁ〜。だからこそ、袋を2つにしたんだもの〜。それに、素材の買い取り分もまとめてあるんだから、これは正真正銘マイスくんの分よ〜」
「うっと……そ、そういうことなら……ありがとうございます、頂きます」

 前半とかはマリーさんについていくのが精一杯だったし、採集に関しては手伝えたことって少ないから、正直ちょっと申し訳ないと思ってしまうんだけど……ハンターディアーの角やらの分も入ってるみたいだし、こうまで言われれば、素直に受け取っておく方がよさそうだね。

「それじゃあ、本日もご利用ありがとうございました〜。次も待ってるわぁ〜」

 アシアノさんに見送られて、ギルドを出る。

「それでは、お店に戻りましょうー。約束通り、わたしが買い取れるものは買い取って、お手伝いのお礼にポーションをおまけしますー」
「はい、お願いします」

 それじゃあ、次の行き先は大通りを東に進んで、マリーさんのお店である雑貨屋「てんとう虫」だね。


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