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note.076 SIDE:G

「お邪魔します」
「はーい、どうぞー」

 と、お店に通されて、カウンター裏に回ったマリーさんに合わせて、僕もカウンターの前に立つ。

「まずは買い取りから済ませましょうー。えーっと、トレントの木の実が23個に、蔦が16本、丸太はかなり状態がいいものが3本も手に入ったので、これぐらいのお値段にしてー……――」

 マリーさんは、拾った素材のメモに手早く金額を書き込んで計算して、

「――全部でしめて136000アウルですねー」

 麻袋で渡してくれる。

「結構な額になりましたね。ありがとうございます」

 アウルというのがこの世界での通貨単位だ。
 そのまんま「金」が語源とあって、略号はAu.だね。

「あとは、おまけのポーションですねー。せっかくですから、出来立てほやほやをお渡ししましょうー。こちらへどうぞー」

 そう言って、マリーさんはお店の奥の工房スペースへと通してくれる。

「はい、お邪魔します」

 と、思わず軽くお辞儀しつつも、カウンター裏の扉の奥へと入る。
 なんというか、これって関係者以外立入禁止の奥へ入ってるのと同じだから、なんだか緊張するね……。

 ともあれ、扉の奥の部屋は……すごい……。
 炊き出しとか料理系の野外イベントなんかでしか見ないような大きさの大釜や大鍋がいくつも並んでいたり、多分、蒸留器かな?フラスコみたいな形の容器が管で複雑に繋ぎ合わされた器具とか、如何にもな雰囲気の、すり鉢とか試験管やらが並んだ机とか何かの紋章刻印らしき魔法陣の描かれた敷布とか……すごくイメージ通りな「錬金術師の工房」という感じの部屋だった。
 物珍しさで、ついつい部屋中あちこちに目移りしてしまう。

「すみませんー、何分、普段人を入れることがないもので、少し散らかってましてー」
「あ、いえいえ、お構いなく」

 言いつつ、マリーさんは軽く机を整理してスペースを空けると、何やら炊飯器ぐらいの大きさがある、周りにジャッキがついた謎の円筒形の装置を取り出す。

「では、ささっと作ってしまいましょうー。ポーション入門講座初級編、まずは葉っぱのすり潰しですねー。本来なら、乳鉢を使って自分できちんと具合を確かめながらやるのが良いのですがー。お店に並べる分をまとめて作るのにそれでは時間がいくらあっても足りませんのでー。普段はこれを使いますー」
「これ……なんですか?」
「魔力で動く自動すり鉢ですー」

 装置の上面中心にあった小さな蓋が開けられると、それに連動してジャッキが持ちあがる。
 すると、なるほど、下側4分の1辺りから上下に分かれた装置の下側は、見たまますり鉢になっていて、上側の方は、閉じればすり鉢と噛み合うような形に、すり潰すために回転するようになっているらしい球体がはめ込まれているようだ。そして、上面の蓋の中は魔石をセットできそうなソケットになっていた。

「紫の魔石1個で大体ちょうどいいぐらいにすり潰してくれる設定なので、すごく便利なのですー」
「なるほど」

 すり鉢部分にエーテル草を入れて、ソケットに紫の魔石をセット、蓋を閉じるとジャッキも下がって、中からゴリゴリとすり鉢が動作する音が聞こえ始める。
 装置が動いている間に、マリーさんは大鍋の一つに水を入れて火にかける。火元は魔力式のコンロだね。
 その火力に加えて、自身でも魔力操作で加熱することで、一気に沸騰まで持っていく。
 すり鉢の方が止まる頃には、鍋はすっかりぐつぐつと湯気を立てていた。

「では、ここにすり潰したエーテル草を入れていきますー」

 ジャッキを上げて、取り出したすり鉢から煮立った鍋へとエーテル草を投入。
 すり鉢も装置の方も、汚れがつきにくいような加工がされているのか、エーテル草はすり鉢にこびりついたりとかもなく、ほとんど欠片も残らず綺麗に鍋の中に入れられる。

「後は適度に混ぜつつ、出来上がりまで放置ですー。エーテル草が全部溶けきったら完成ですねー」
「全部溶かせるんですか?」
「はいー、全部溶けますねー。なので、入門としてまずポーションを1本作ってみる時なんかは、すり潰したエーテル草を直接ポーション瓶の中に水で流し入れて、そのまま火にかけてあげるのが一番手っ取り早いですよー」
「なるほど、勉強になります」

 なんて説明をしてくれつつも、マリーさんはすり鉢を軽く水洗いして、今度はマナ草をそこに入れる。

「というわけで、エーテル草が溶ける間にマナポーションの方も作りますー。手順は全く一緒なので特に考えることもないですねー」

 と、さっきと全く同じに、すり鉢と紫ジェムをセットして装置を動かし、その間に二つ目の鍋に水を入れて沸騰させる。
 沸騰を待つ間、軽くエーテル草の鍋をかき混ぜて様子見するのも忘れない。
 そして、どうやら完全に溶けたらしいエーテルポーションの鍋の火を止めると、そこから数秒もしないうちにマナ草をすり潰していた装置の方も停止する。
 完璧な時間配分だね。

 ちなみに、僕は普段HPポーション、MPポーションって呼んでしまっているけど、当然ながらこの世界の住人の認識にHPやMPなんて概念はないから、本来のアイテムの名前としては今マリーさんが呼んだように、「ポーション」と「マナポーション」だね。
 特に、HPポーションの方をMPポーションと区別したい時には「エーテルポーション」っていう言い方をする。

「いつも通り、20本ずつでいいですよねー?」
「はい、お願いします」

 マナ草を煮出している間に、ポーション瓶を用意したマリーさんは、合間合間にマナ草の鍋をかき混ぜながら、出来上がったHPポーションを、鍋の側面についた蛇口から瓶詰めしていく。
 そうして、マナ草も溶けきったところで火を止めたら、あとは残りのHPポーション共々瓶詰めするだけだ。

「お待たせしましたー。出来立てほやほやポーションセットなのですよー♪」
「ありがとうございます。本当に助かります」
「いえいえー。こちらこそー、改めて、今日は急なお誘いにお付き合いいただいてありがとうございましたー」
「はい、こちらこそです」

 ポーションを受け取ってストレージに入れる。
 ミスティスと組むようになってからのここ数日で結構稼いでいるから、お金に困っているわけではないけど、それでもこの量のポーションをタダにしてくれるのは本当にありがたいね。

「それじゃあ、失礼しますね」
「はいー、それでは、今後とも是非ごひいきにー」

 と、マリーさんに見送られて店を出れば、さすがにもう外はすっかり夜だね。
 まぁ、定宿にしている宿屋にはいつも大体リアルでのログイン2時間分の4日分をまとめて先払いで部屋を確保してあるから、多少時間が遅いぐらいは問題ない。
 宿に戻って、ゆっくり休むとしようか。


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