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note.077 SIDE:G

 翌日。
 いつも通りの朝8時、アミリアのストリームスフィア前。
 今日は戻ってきたミスティスが一緒だ。

「たっだいま〜、マイス〜」
「おかえり、ミスティス」
「や〜、昨日はホントごめんねー! 結局、昨日何してたの?」

 かくかくしかじか。昨日のことをかいつまんで話しておく。
 と……あれー?何故かミスティスが半眼に……?

「へー、ふーん? まさかマイスが、ちょっと私が目を離した隙にあのマリーさんとデートをしていたとはねぇ〜? しかも、妖精の女の子までねぇ〜? なんだか妬けちゃうな〜」
「違うよっ!? デデデっ、デートとかそういうのじゃ……」
「あっははははっ、ゴメンゴメン、ジョーダンジョーダン」

 慌てた僕の様子に、一瞬で表情を戻していつも通りにカラカラと笑ってみせるミスティス。
 昨日からなんだかみんなに遊ばれている気がするけど、どうしてこう、女の子って異性の話になると何かと恋愛方向に持っていきたがりがちなんだろうか……。

「あー、でも、マリーさんとパーティー組めたのは純粋に羨ましいなー。あの人、街の外どころか、お店の外にいること自体が超のつくレアキャラだもん。っていうか、まずあの人が冒険者だったことが驚きだし」
「僕もそれはびっくりしたよ」
「マリーさんてジョブなんだったの? 正直戦ってるイメージが全然湧かないんだけど」
「ドルイドだったよ。サブはプリーストとアルケミストを切り替えてたね」
「あぁ〜、なるほどね〜。イメージっぽいっちゃイメージっぽい」

 なんて、昨日の話も一区切りしたところで、今日の話に移る。

「さてっと〜、それじゃ、今日はどこいこっか? 昨日カスフィ行ったなら、私よりLv少し上がったんじゃない?」
「あ、うん、108になってるよ」
「そっかぁ。ま、そのぐらいならまだ埋められる範囲だね。そうすると……ちょうどいいのはピシラ洞窟辺りかなー」

 ピシラ洞窟は、エニルムの西側にある洞窟型のダンジョンだね。
 敵のLvは110前後だったはずだから、確かに、ミスティスにとっては少し格上でも、ほぼ適正Lvの僕がいれば二人でもなんとかなりそう、という感じかな?

「うん、そこでよさそうだね」
「じゃあ早速れっつごーだよ!」

 と、行き先も早々に決まって、ギルドも覗いてみたものの、今日は特に目ぼしい依頼もなさそうだったので、そのまま出発することにする。

 まずはアミ北を抜けるところからだね。
 道中、数回ゴブリンや狼に遭遇したけど、今となってはプリーストの支援なしでもなんてことはない相手だったね。ちゃちゃっと蹴散らしつつ、森を抜ける。
 森を抜けたら、適当に街道を逸れて北西方向に草原に入っていく。
 ここまでは順当……と思っていたら……。

 適当にウサギやらなんやらを追い払ったりしながら進んでいると、不意に空から影が差す。
 そんなに今日曇るような天気だったかな?と思って上を見上げたら……

「えっ!? 竜!?」

 明らかにこの辺りで普段見かける敵ではない、巨大な翼竜が僕たちを見下ろしていた。

「や、違う違う、アレはドラゴンじゃなくてワイバーンだよ」
「いやまぁ、どっちでもいいけど、どうするのこれ!?」

 Lv表記が……245!?いやいやいや、勝てない勝てない!
 とか言ってる合間にも、向こうは羽ばたきを大きくして、もう見るからに突っ込んでくる気満々だ。

「どーするもこーするも、そんなのもちろん……」

 と、ミスティスが、構えた盾を……あれぇ?ストレージにしまった!?

「逃げるに決まってんでしょーーーーーー!」
「ですよねーっ! わああああ待ってえええぇぇぇっ!?」

 まぁ逃げるよねぇ!?
 慌てて僕も、少しでも手持ちの重量を軽くするために杖をストレージに放ってミスティスを追う。
 僕の走り出しとどちらが早かったか、背後からは翼竜の咆哮が轟く。
 わあぁぁぁ迫ってる迫ってる!
 後ろを振り返るまでもなく、翼竜の翼が空を切る風音が近づいてくるのがわかる。

「な、なんでこんなのがいるのぉっ!?」
「ワイバーンの一部の種類はっ、群れが大きくなるとっ、新しい(つがい)を見つけて群れを分けるために、群れの一部がバラバラに旅に出る習性があってっ! たまに流れてくることがあるの!」

 つまりこれ、ただの貧乏くじじゃん!?
 なんて幸先の悪い日だ……。

「っていうかミスティスっ、これどこに向かってるの!?」
「このままピシラまで突っ切るよっ! あの図体なら洞窟の中までは来れないはずっ!」
「けどこれ、僕たちそこまで持つかな!?」
「ごめん多分無理ぃっ!」
「だよねーっ!?」

 って、進行方向に人影が!?
 このまま行くと衝突コース……!

「わああああそこの人ごめんなさーい! 逃げてー!!」

 咄嗟に叫んだんだけど……えぇ!?ちょ、逃げるどころかこっちに向かってきたよ!?
 と慌てる間もなく、その人は僕たちとすれ違いざまに背中の真っ黒な剣を抜き放つと――姿が消えた!?

「えっ?」
「へ……?」

 二人同時に驚きと共に振り向けば、既に翼竜の背後まで駆け抜けていたその人の後ろでは、地に落ちた翼竜が頭から尻尾まで、縦一文字に文字通り一刀両断されてしまっていた。
 す、すごい……。

「はぁっ……はぁ……。た、助かりましたー」
「助かったー、ありがとー」

 膝に手をついて息を切らしながらも、なんとかお礼を口にすると、

「ん〜ん、『闇より深き漆黒の星、見参!』……ってね。や、無事かね? 少年少女諸君」

 剣を一振りして血を払ってから背中に戻した青年は、少しオーバーに芝居がかったような口調でにこやかにこちらに向き直った。
 あれ……?今、「漆黒の星」って……まさか!?

「って、なぁんだ、天地じゃ〜ん。ひっさしぶり〜ぃ!」
「ん〜? うちのこと知ってる? 誰だー? あー、いや待て、皆まで言うな、当ててみせよう。そのボイスと喋り口……あぁ、なるほど、チカか!」
「あったり〜ぃ!」

 や、やっぱり!
 この人が、初心者の僕でも名前ぐらいは聞いたことがある程の、HXT内随一の有名人……自他共に認める「HXT内の現最強プレイヤー」、「漆黒の星」こと天地さん……。
 ミスティス、こんな人とも知り合いだったんだ……。
 そして、チカっていうのが1stキャラの名前なんだね。

「セカンド作ったってのはこないだ聞いたけど、ま〜た随分ちっさく作ったなー。身長差大変じゃね?」
「って思うっしょー? ふっふー、それがね〜。実はこっちがリアル身長なんだな〜」
「ぶふっ、マジかよ!?」
「いや〜、ぶっちゃけちょっと見栄張って身長上げてたけど、実際チカの最初の頃はいろいろ大変だったなぁ〜。ま、今はもう慣れちゃったけど。にひひっ」

 いつものように勝手に納得したようにうんうんと頷くミスティス。
 っていうかミスティス、そんなことしてたのね、1stのキャラメイク……。
 僕もキャラメイクの時に一度、ちょっと見栄張って身長伸ばそうとはしてみたんだけど、アバタープレビューで少し動いてみたら、身体の感覚の違和感が思った以上に大きくて諦めたんだよねぇ……。身長分手足も伸びたからか、狭い場所で手をぶつけそうになったり、何もないところでコケそうになったり……。
 アバタープレビュー用に用意された簡易フィールドでそんな状態だったわけだから、実際にそれでキャラ作っちゃったら、いろいろと苦労したろうに……。

「そっちの少年ははじめましてかな? まぁぶっちゃけうちに自己紹介とか要るのかわからんが、とりあえず天地だ。よろしう」
「あ、えと、マイスといいます、よろしくお願いします。なんというかその、会えて光栄です」
「ははは、やっぱこう名前ばっかり売れてると何かと初対面はかしこまられがちだな。ま言うてもうちとてちょっとプレイ時間が長いだけで一端のプレイヤーには変わりねーですよ。テキトーにゆるく相手してくれると助かる」
「あ、はい、わかりました……」

 なんというか、言ってしまえば所謂「ガチ廃勢」の筆頭みたいな人だから、どうしてもこう、もっとギスギスした空気の怖い人みたいな偏見じみたものを持っちゃってたけど……。いっそ拍子抜けしちゃうぐらいに人当たりのよさそうな、気さくな好青年って感じの人だね。
 男性アイドルとか……っていう程の目を引くような美形ってわけではないけど、顔立ちは整っているので、接客業とかやったら街では人気になるんじゃないだろうかという印象だ。

 その二つ名である「漆黒の星」を体現するかのような、黒髪黒目に全身黒づくめ。だけど、服装自体はHXTの世界観と言うよりは、リアルにそのまま持ちだしても違和感なさそうな感じの、所々に黄色をワンポイントに使った、ゆったりめのカジュアルな長袖長ズボンの上下とロングコートにブーツ、装備を留めるベルトや関節やらの要所を覆うプロテクターだけの防具と、だいぶ見た目には軽装だね。
 背中に背負った真っ黒な剣は、巨大な水晶の塊を割り砕いて、たまたま剣の形になったものから最低限の柄だけ削り出したかのような、無骨を通り越して大雑把すぎる造形。一見するとその表面は見た目通りのガラスのような質感の光沢がある……ように見えるのに、まるでそこだけディスプレイの電源が落ちてしまっているかのような違和感のある漆黒。鍔に当たる位置には、何かの生物的な侵食を受けているかのような、肉塊じみた装飾に囲まれて、不気味な深紅の目がギョロリと覗いている。
 あれが彼の二つ名「漆黒の星」の所以でもある両手剣「闇ヨリ深キ漆黒」……。
 他に、右腰に真っ赤な剣がもう一つ、左腰には大型のリボルバー拳銃が提げられているんだけど、それとは別に、両腰にスカートアーマー?みたいに、謎の細長い四角の箱みたいなものが装着されている。
 あれは一体なんだろう……?
 その箱の一番上に露出しているのは……拳銃用のマガジン?

 と、思っていたら、僕の視線に気づいたのか、

「ん、こいつが気になるかぇ?」

 腰元を示しながら、天地さんが聞いてくる。
 まぁ、この際だから直接聞いてみちゃおう。

「あ、はい、すみません。その腰の箱みたいなものは何ですか?」
「こいつはまぁ、うちは『マグ・マガジン』って呼んでるんだが、こう使うのさ」

 そう言って、天地さんが両手を下に降ろすと、「カシュッ」と袖からその手の中に拳銃が現れる。ゆったりめの袖にはそういう意味もあったんだね。
 そして、その手元を操作して、装填されていたマガジンを両手とも落としてしまうと、箱から飛び出たマガジンを新しくセットしてみせる。
 そうして、リロードを完了させて箱から拳銃を引き抜くと、同時に箱の中からは新たにマガジンが飛び出してきた。

「なるほど、手を使わずに二丁拳銃のままリロードするため、ですか」
「そゆこと〜」

 拳銃をストレージに戻した天地さんは、落としたマガジンも拾い上げて、その片方だけをマグ・マガジンに再装填すると、残した片方のマガジンを見せて、続ける。

「ま、仕組みとしてはこれ、普通の銃弾のマガジンと一緒よ。これをそのままでっかくして、銃弾の代わりに装填済みのマガジンを並べてあるわけだ。『マガジンのマガジン』、だから『マグ・マガジン』ね」
「よく考えられてますね」
「んむー、二丁拳銃は浪漫だけど、やっぱリロードがどうしても隙になるからねぇ。そこんところこう、よくあるFPSゲーみたく、スッと手が画面外に行ったら何故かリロード完了してるみたいなアレが欲しいなーみたいなね」
「あー……なるほど、目指したところはわかります」

 FPS系で二丁拳銃が可能なゲームでよくある演出だけど、確かにあれ画面外で何してるかは謎だよねぇ。
 大抵一瞬でリロード完了してるし。
 まぁ、ゲームだからと言ってしまえばそれまでだけど……。

「んでー、天地はなんでこんなとこいるの? なんかこっちで神器っぽい情報なんかあった?」

 神器……そう、天地さんをこのゲームで有名たらしめている理由は、トッププレイヤーであるという他に、もう一つ存在している。
 その理由というのが、彼が大真面目に「神器」をゲーム内の実際のアイテムとして探し続けている「探索派」と呼ばれる勢力の筆頭でもあるからだ。

 このゲームのバックストーリーで語られる「神器が世界を救う」という話に対して、現状、プレイヤーのスタンスは大きく二つに分かれる。
 一つは、単純に興味がないか、単に未実装エリアを「闇」という世界観設定に落とし込んでいるだけでアプデの時が来ればなんらかの形で世界に「神器」が現れることでストーリーが進むのだろう、と考える「消極派」。
 もう一つが、「神器」は実際にゲーム内にアイテムとして隠されていて、プレイヤーが見つけ出すことで新たなエリアが解放される、と考えて、アイテムとしての「神器」を探し求める「探索派」。
 そして、天地さんが後者、「探索派」の筆頭……というより、そもそもの提唱者と言われている。

 実際、探そうと思って探してみれば、それらしく匂わせるような情報というのはいくつも見つかるらしく、仮に本当にアイテムとして「神器」が見つかることがあれば、間違いなくゲーム内で1人しか取得できないユニークレアだろうことは確実とあって、MMOの華とも言えるレアアイテム収集の浪漫を追い求める人たちは一定の数いるらしい。
 とは言え、それだけ情報らしきものはあっても、事実として現在までに「神器」なるものは見つかっていないということもあって、懐疑的な「消極派」もまたかなり多いらしいんだけど。

 さて、それはそれとして、確かに……こんな、Lv100前後までの初期のフィールドしかないようなこのアミリア地域に今更天地さんが求めるような有力な情報なんてあるのかな?

「やー、言うて多分今回は外れだと思うんだけどね〜。まぁただ、ゲーム的にもこの世界的にも世紀の大発見ではあると思うぞ」

 と、思わせぶりな笑みで言う天地さんに、思わず僕とミスティスは顔を見合わせていた。
 なんだろう?世紀の大発見……?


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