note.088 SIDE:G

 改めて、深層部へと入った森の中を進んでいく。
 とは言うものの、ひとまずのところは特に何事もなく順調だね。
 てんとう虫やらスライムやらトレントやら、ちょくちょく突っ込んでくるメイルピッカーなんかを蹴散らして進む。
 さっきはあんなだったけど、実は軽度の認識阻害魔法も持っていて、本来の戦法通りに擬態されると一見して目立つ大きな赤い花とわかっていても違和感なくただの背景としか思えなくなってしまうマンイーターも、気配探知があれば簡単に見破れるから大した相手じゃないね。
 むしろ、動かないでいてくれる分にはファイヤーピラーのいい的だ。

 進む内に順当にハニーパピヨンも見つけて、これで蜜袋も無事4つ目になった。

「ふむ、これでひとまず蜜袋4つか」
「やったぁ! デザート確保〜♪」

 わかりやすく喜ぶミスティスとツキナさん。

「……デザート、ですか?」
「そうそう。蜜袋3つっていう依頼受けてきてたんだけど、どうせだから1つ余分に確保して今夜のデザートにしようって言ってたの!」
「……なるほど、そういうことでしたら――」

 と、話を聞いた雫さんが指差したのは、

「――あれとかどうでしょうか? はちみつレモンならぬ蝶蜜レモンということで……」

 立派に黄色く実を付けたレモンの木だった。

「おぉー、いいね! それにしよう!」
「賛成〜♪」

 るんるんで木に向かっていく女子3人。
 どうやら今夜のデザート……というか、ドリンクのメニューは決まったらしい。

 とまぁ、そんな感じで賑やかに進んでいくと、何やらまた「バババ……」という大型の羽音が聞こえてくる。
 さっきのクワガタと同じに聞こえるけど、ここは深層部に入っているから、これはクワガタじゃなくて……

「あー! 出た出た、カブトムシ!」

 ミスティスがびしりと剣先で指したそれは、クワガタと同じぐらいの大きさはあるだろう、巨大なカブトムシだった。
 ただ、その姿はカブトムシと聞いてパッと思い浮かぶそれとはだいぶ違う。
 顔の前方に真っ直ぐ伸びた角は二つに枝分かれして、そのまま真っ直ぐ伸びる馬上槍を思わせる円錐形の鋭い先端と、まるで大楯の如く、正面からでは身体全体が隠れてしまう程に大きく広がった分厚い盾状の装甲に分かれている。
 そして、凹型になったその盾の上部の凹みからは、短剣のような刃になったもう一本の小さな角が突き出していた。
 この深層部でシザーズスタッグの代わりに出てくるカブトムシ型の魔物、シールドビートル。
 自在に稼働する大あごと速度を活かした攻撃力が特徴のシザーズスタッグに対して、見ての通りの角の装甲の重厚な防御力と大楯スキル、大小二本の角を使った槍部分での突撃や盾の凹型部に挟み込んでの短剣部分での切断といった多彩な技が特徴の技巧派という感じの魔物だね。

「いくよっ!」

 手始めにと挑発を打ち鳴らしたミスティスに応えるように、カブトムシも盾部分に魔力を可視化させて纏う。
 人の身体がすっぽり隠せてしまう程の大楯を主兵装にした防御に重きを置いたソーディアン系上位職、ガーディアンが使う、ガーディアンという職そのものの存在意義とすら言える最も基本的な防御スキル、「シールド」だね。

 シールドは盾で受けた攻撃のダメージを盾に蓄積させることで一時的に無効化するスキル。
 ダメージは盾の表面積、重量、防御力とスキルレベルで決まる一定値まで蓄積可能で、ガーディアンの他のスキルは基本的にこのスキルで蓄積させたダメージを、言わば「もう一つの専用MPゲージ」として消費することで発動するものが大半になる。
 ただし、蓄積の許容量を超えてしまうと、蓄積した全てのダメージを全て一度に受けてしまうことになるので、一転して致命的な状況に陥ることになる。
 加えて、ダメージ消費スキルは基本的に蓄積したダメージを全消費してしまうから、蓄積ダメージが少ない状態で濫発してもあまり意味がない。
 総じて、ガーディアンという職はこのスキルによるダメージ蓄積と、派生スキルによる蓄積ダメージの消費による、ダメージコントロールが一番の要なんだよね。

 もちろん、ミスティスもそれはわかっているからか、挑発でタゲを固定した後は馬鹿正直に突っ込むことはせずに、一旦様子見という感じで油断なく構えている。
 僕たちとしてもわざわざ真正面から戦ってやる義理はないので、三人それぞれ広めに散開して側面から弱点の腹部を狙う。
 だけど、

「《ブレイズランス》! ……ッ!?」

 カブトムシの盾の魔力が中心に向けて渦巻くように流れ始めると、僕のブレイズランスもオグ君のバーストアローも、更にはツキナさんの銃撃すらも、全ての軌道が強引に捻じ曲げられて盾へと吸い込まれてしまった。
 盾の前方一定範囲内の遠距離攻撃を盾に吸い寄せるガーディアンスキル、アブソーブだ。

「チッ……だが、あのスキルは盾の前面からの攻撃にしか効果はないはずだ。散開して挟み撃つぞ!」

 オグ君が一つ舌打ちして言う。
 僕たちも頷いて挟撃の形になるよう左右に分かれたんだけど、敵も上手いもので、後退しつつ常に僕たちの両方を視界に入れるよう旋回してきて、なかなか側面を見せてくれない。
 その内、僕たちの位置がバラけ始めると、後退の方向を上向きに変えて、上空から見下ろすようにこちらに盾を向けてくる。

 それでもしつこく追っていくと、

「……ッ! マズい、誘い込まれてる!」

 オグ君からの警告。
 それとほぼ同時に、カブトムシの槍部分が僕に向けて魔力を纏って――ピアシングダイブ!?

「《エンデュランス》!」

 危ういところでミスティスが割り込んで、エンデュランスで受け止めてくれる。
 ふぅ……た、助かった……。

「あ、ありがとう、ミスティス!」
「ま、このぐらいはね! 下がって立て直すよ!」

 カブトムシを盾で受け止めた状態のまま、ミスティスは右手だけの最小限の動作でピアシングスラストを発動。
 もちろんそれはカブトムシの方の盾に受け止められてしまうんだけど、スキルによる強力な刺突が入ったことで、さすがにエンデュランスまでは持っていなかったかノックバックはきちっと入ったようで、突き飛ばされる形でカブトムシが後退して一旦仕切り直しになる。
 その間に僕たちも再度ミスティスの後ろに集まって、陣形を整え直す。

「すまない、僕のミスだった。そう一筋縄でいかせてくれる相手でもなかったな」

 一旦落ち着いたところで、オグ君が謝罪する。

「気にしないで。僕が少し深追いしすぎてたところもあったと思うし」
「ドンマイ。けど、実際あぁまで裏周りを警戒されるとキツいわね。どうするの?」
「どーするもこーするっ!……もぉ! ないでしょ!」

 わずかな作戦タイムも取らせないとばかりに再び突っ込んできたカブトムシを、しかししっかりと受け止めて、半ば盾越しにタックルでも仕掛けるように押し返しながらミスティスが言う。
 オグ君も、言いたいことは同じとばかりに弓を構えて、

「あぁ、後ろが取れないなら正面から叩くまでだ! 飽和攻撃を仕掛けるぞ! あの盾の蓄積限界を突破する!」

 言い放ち、チャージングつきのバーストアローをぶっ放す。
 当然ながらアブソーブに吸引されて盾で防がれるんだけど、オグ君はお構いなしにバーストアローを連射する。
 なるほど、あの盾のダメージ許容量を超えさせちゃって、蓄積させたダメージを全部受けてもらおうって魂胆だね。
 オグ君がバーストアローを、ツキナさんがフルオートでサブマシンガンを、僕もブレイズランスをひたすら連射していく。
 ミスティスも、ソードゴーレムたちを高速回転させてチェーンソーの如く盾を斬り刻む。
 カブトムシの側もやはりダメージ限界を嫌ったか、途中でアブソーブはやめたみたいだけど、スキルによる吸引があろうがなかろうが僕たちの狙いは元より盾だ。
 最初は表面に少しフィルターをかけたかな?程度にほんのり魔力で色づいただけ、ぐらいだった盾の表面は、今やちょっと眩しいぐらいのドギツい蛍光色、というぐらいに蓄積ダメージで魔力の光を放っている。

 いよいよ限界も近づいたか、カブトムシがピアシングスラストを発動して一気に距離を詰めてきた。

「かかった! 全員散開!」

 この展開も想定の範疇だったか、スキルエフェクトが見えた時点ですぐさまオグ君からの号令。
 早めの指示のおかげもあって、全員危なげなく突っ込んでくる巨体の回避に成功。
 ……したと思いきや、突っ込んできたカブトムシが僕たちのど真ん中で爆発した!?

 なるほど、大楯スキル、インパクト……!
 蓄積したダメージを爆発に変換して、蓄積ダメージ/対象数分の頭割りで範囲内の対象全てに防御無視固定ダメージを与える全周攻撃スキルだね。

 まぁこれもまた想定の内だったか、みんなその時には既に範囲外に逃げてたんだけど、

「うわったぁ!?」

 僕だけがちょっとAgiが足りなかったか、一応ダメージ範囲からは逃げられてたけど、爆風に煽られてヘッドスライディング気味に飛ばされる形になってしまう。
 とは言え、ちょっと煽られただけでダメージはない。
 そして振り返れば、そこにあるのは攻撃が外れて隙を晒すカブトムシの後ろ姿だ。
 今のインパクトで蓄積ダメージも一旦リセットされて、しばらく大技もないはずだね。

 となれば、もちろんこの機を逃す手はない。
 自分が起き上がるよりもこっちの方が速いと判断して、僕はゴーレムコアスペラーをカブトムシの背中に向けて飛ばす。
 そうして、ほぼ同時のタイミングでブレイズランス、バーストアロー、ソードゴーレム、サブマシンガンと全員一斉射で総攻撃。
 僕自身も起き上がって、更に追加のブレイズランスを浴びせて、このまま押し切れるかと思ったんだけど……。

「!!!」

 背後を取られての攻撃に、堪らずふらつきかけたカブトムシだったけど、ひっくり返る形で強引に盾部分をこちらに向けて追撃の斉射をシールドスキルで吸収すると、ロール機動で上下を戻して僕たちに向き直る。

「厄介な……!」

 オグ君がうんざりしたように毒づく。

 とは言っても、シールドスキルの効果範囲は前面だけ。
 だったら、スペラーを回り込ませれば……!
 紅玉を背後に回らせると、カブトムシは一瞬はそれを目で追うかのようにその軌道方向に振り向きかけたんだけど、すぐにそちらは無視することにしたようで。
 まぁそれならそれで都合がいい。

「《ブレイズランス》!」

 スペラーからのブレイズランスで後ろを取った!……と思ったんだけど……。
 不意に一旦飛ぶのをやめて着地したカブトムシの周囲に突然バリアが張られて、あえなくそれも吸収されてしまう。

 これは……移動不能の代わりに蓄積ダメージ値分を耐久値として全周をシールドスキル判定にしてしまうバリアを展開する大楯スキル、プロテクト……!
 全周がシールドスキル発動中の判定になっちゃうから事実上完全無敵で、蓄積ダメージ値がそのままバリア耐久値だから、つまるところバリアが割れる時には発動に消費した蓄積ダメージも再回収できてしまっているということ。

「だが、やることは一緒だ! 狙うは飽和攻撃……!」

 まぁ、今回のプロテクトはさっきのインパクトの後の斉射をわずかに吸収した分しかダメージの蓄積ができてないから、それほどの耐久値はない。
 案の定、僕たちの一斉射でバリアはすぐに消える。
 けど、バリアが消えたところで即座にアブソーブが起動されて、残りの攻撃は盾に吸われていくだけだ。
 ミスティスも、近接攻撃に対して蓄積ダメージ全てを上乗せしてノックバックと共に反射する大楯スキルのリフレクトをおそらくは警戒して、ソードゴーレムによる消極的な牽制しかできていないみたいだね。
 それもカブトムシ自身の機動によって、回避されたり盾に阻まれたりであまり効果は出せていない。
 オグ君じゃないけど、本当に厄介な相手だねぇ、大楯スキル持ち……!
 この豊富な防御スキルのおかげで、スキル回しさえミスらなければ鉄壁の絶対防御が実現できてしまうのがガーディアンの最大の強みだ。
 タンクとして味方にいるとものすごく頼れるはずなんだけど、こうして敵になってしまうとこの上なくめんどくさい……。

「ぐぬぬ〜……! でもまぁ、ちょっとわかったよ。マイス、手伝って! あいつにもう一回プロテクトを使わせるの! そしたらみんなは一旦攻撃停止!」
「OK!」
「k」
「いいよ!」

 ミスティスが何か思いついたみたいだね。
 なら、言う通り奴にもう一度バリアを張らせよう。
 カブトムシの両側面にそれぞれソードゴーレムを回り込ませるミスティスに合わせて、僕もスペラーを奴の後ろに回らせる。

「ゴーっ!」
「《エアロブーメラン》!」

 ミスティスの合図で、剣が突っ込む同時に逃げ場をなくすようにエアロブーメランを発動。
 狙い通り、この包囲攻撃を受け止めようとカブトムシが着地してプロテクトでバリアを張る。
 と、それを確認して、手筈通り僕たちは攻撃の手を止める。
 そして、合図と同時にミスティス自身もまた動いていた。

「プロテクトを使った瞬間の今なら蓄積値は0! そんでもって――」

 メテオカッターでの跳躍から、刀身にイグニッションブレイクの魔力を纏わせて――

「これでおしま〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!!」

 マグナムブレイク……!
 でも、蓄積ダメージが0ってことはバリア耐久値は残ってる状態だし、カブトムシにはまだ近接ダメージ反射のリフレクトが残って……!?

 ――ミスティスが着弾(・・)、視界が一瞬奪われる程の強烈な爆発で、カブトムシ共々その姿が砂埃に掻き消される。
 直後、その砂煙の中から剣だけが宙を舞って、地面に突き刺さった。

「ミスティス!」

 思わず呼びかけた僕だったけど……あれ?この剣、ソードゴーレムの方?
 砂埃と共にフォトンが舞い上がり、晴れ上がったそこに立っていたのは――

「だいしょーっり!! ぶいっ!」

 満面の笑みでVサインするミスティスの姿だった。

「よかった、生きてる……」
「あったりまえでしょー! 私がリフレクト対策考えてないとでも思ったの?」

 ほっと胸をなでおろす僕に、心外だとばかりに腰に手を当てて前のめりに言う。

「いや、剣だけこっちに飛んできたからまさかと思っちゃって……」
「あー、これねー。簡単な話だよ」

 ミスティスは手をかざして刺さっていたソードゴーレムを手元に戻すと、鞘に収めながら続けて、

「接触の直前に、ソードゴーレムを先に割り込ませたの。で、あいつはまんまとカスダメのこっちをリフレクトして、マグナムブレイクで吹っ飛んだってわけよ。シールドプロテクトのバリアはディビーナと違って、耐久値オーバーした分までは無効化してくれないしね〜」

 腰元のソードゴーレムをポンポンと叩きながらドヤ顔になる。

「なるほど、それは上手いね」
「ふふ〜ん、でしょー?」

 素直に褒めると、ミスティスは得意げに胸を張った。

「ふぅ……。ま、なんにせよ厄介な相手だった……。できればもう遭遇はしたくないものだな」
「同感……」

 さすがにうんざりといった様子のオグ君とツキナさん。
 まぁ、その点は満場一致だと思う……。

「まーちゃんと盾は残していってくれただけよしとしようよ」
「だな」
「まぁね〜」

 落ちていた、自分の身の丈程もある巨大なカブトムシの盾部分を引き起こして、ミスティスがそれをストレージに放り込む。

「……ところで、少し急がないとそろそろ日が暮れるのでは?」

 雫さんに言われて空を見上げれば、太陽は既に森の木々に見えなくなる寸前、というところだった。
 陽だまりに覗く空はまだまだ青いけど、ここが平地だったらおそらく、西の地平線はもうほんのりと色づき始めていることだろう。

「っと、そうだな。ま、ここまで来てるんだ、湖ももう近い。着いたらそこで一晩明かすとしよう」

 というオグ君の言にそれぞれ答えて、僕たちは目的の湖に向けて歩を進めるのだった。


戻る