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note.092 SIDE:G

 すっかり見慣れたホワイトアウトを挟んで、僕たちはエニルムの遺跡の入り口前まで戻ってくる。

「あ〜……外だー♪」

 ミスティスが大きく伸びをする。

「さぁてぇ、コアの使い方探しだが……」
「この辺でゴーレム関係に詳しそうな人がいそうなところと言えば……」
「ま、エニルムの街の方だぁな」

 天地さんとミスティスで頷く。
 だけど……

「エニルムですか? あそこって酪農の街ってイメージだったんですけど……」
「その酪農のためさ。あの平原地帯を活かして広く牧場に回せるのはいいんだけど、広すぎて人間だけだと力仕事が大変ってんで、昔っから細々とゴーレムを使ってるらしい。まぁおかげで今となっちゃほとんど唯一、まだゴーレム技術が残ってる街ってわけだ」
「なるほど、納得です」

 これは意外な話だね。
 でもなるほど、エニルム遺跡の敵がゴーレム主体なのも、もしかしたらそのゴーレム技術がそれこそ遺跡が建てられた頃の昔から連綿と続いていたりするからなのかもしれないね。

「エニルムなら、このキャラじゃまだポータル繋いでないって意味でもちょうどいいし。マイスもまだでしょ?」
「うん、そうだね」

 確かに、まだアミリア以外の街って行ったことなかったもんね。この機会に一度エニルムの街も一度見に行って、ストリームスフィアで飛べるようにしておくのは悪い話ではなさそうだ。

「よーし、じゃあ、エニルムまでれっつごー♪」

 と、ミスティスの音頭で僕たちは歩き出す。
 空はすっかりオレンジ色だけど太陽はまだギリギリ地平線の上、というぐらいの微妙な時間。
 けど、同じ名前がついてるだけあって、遺跡から街まではそう遠くないから、日が暮れるまでには街に着けるかな。

 少し歩けばすぐに、いよいよ太陽も地平線の向こうに欠け始めるか、というぐらいにはエニルムの街へと到達する。
 街の中は……なるほど。石畳で舗装されて、漆喰の土壁の家々が建ち並ぶ様子はアミリアと大差はないけど、冒険者の街としてはやっぱりアミリアの方が賑わっていることと、主産業が酪農ということもあってか、アミリアと比べると幾分のんびりとした空気感だね。

 そんな中でやはり目を引くのは、所々で見かけるゴーレムだ。
 遺跡にいる本当にただ岩をかき集めて人型に繋いだだけみたいなのと比べるとだいぶ立派な、きちんと人の形を整えた骨格を鉄板の装甲で鎧わせたゴーレムが、家畜の餌なのだろう干し草の束やら、絞った乳らしき大きな牛乳缶を載せたリアカーやらを運んでいる光景を、日の沈みかけたこの時間帯でもいくつか見ることができた。
 この様子なら確かに、ゴーレムコアを扱える人もいそうな感じだね。

 ひとまずストリームスフィアのアクティベートを済ませると、天地さんに連れられて、街の鍛冶屋を訪ねる。

「らっしゃい。……と言ってもお客さん、こんな時間だ、見ての通り、そろそろ今日は仕舞いだよ」

 ドワーフ族の店主が開口一番、ぶっきらぼうに告げる。

「いや何、そう時間を取る話じゃないさ。ちぃとこいつを見てもらいたくてね」

 天地さんがゴーレムコアを取り出すと、店主の眉がピクリと動いた。

「ほぅ? こいつぁ……ゴーレムのコアじゃねぇか。しかもなんだ、相当古い型だな。骨董品なんてレベルじゃねぇ。おそらくは最初期の……お前さん方、こいつをどこで手に入れた?」
「エニルム遺跡第三層」

 店主の問いに、天地さんがニヤリと笑みを浮かべて答える。

「あぁ? エニルムの遺跡にゃ二層までしか……いや待て、何だと!? まさかお前たち、あの碑文が解読できたってのか!?」
「ご明察。その成果がこれってわけさね」
「なんてこった……。お前さん方、こいつぁ歴史に残る発見だぞ。そうかなるほど、こりゃおそらく、あの遺跡をうろついてるゴーレム共に使われてるのと同じ型だろうよ」
「つーと……使えるのか? こいつでゴーレム作ったりできるもんなん?」
「どれ、貸してみろ」

 天地さんからゴーレムコアを受け取った店主が軽く魔力を通すと、コアからプロジェクターのように光が発されて、空中一杯に何やら魔力の点と線で立体的に結ばれた、設計図とも回路図とも魔法陣とも見えるような複雑な図形が投影される。
 店主は現れたそれの各所に鋭く目を通して、しばらくそうしてから「ぬぅ……」と小さく唸って、光を消したコアを返して言った。

「……すまねぇな。こりゃちっと型が古すぎる。確かに、今俺達がこの街のゴーレムに使ってる技術の源流になってるもんらしいってことはわかるんだが、術式が古すぎて正確には確信が持てん。確信は持てんが……今の術式にも共通している部分から読み取るに、おそらくはゴーレムとしての基本的な部分は既に出来ている。フレームさえ用意してやれば、ゴーレムとして起動する、起動させた奴を主人として識別する、主人からの大雑把な命令を聞く、ぐらいの簡単な動作ぐらいはできるだろうよ。まぁ、動作の精度も精々遺跡のゴーレム共レベルだろうがな」
「フレームってのは?」
「コアをセットして動かせる身体のことだな。まぁ、この街や遺跡のゴーレム共を見りゃわかると思うが、このタイプのコアは単一の素材で最低限人の形に整えてやらねぇとフレームにできねぇな。逆に言えば、単一素材で人の形さえ取れりゃなんでもいい。それこそ遺跡のみたいなただ岩をかき集めたみたいなので十分だ」
「とりあえず身体になるもんを用意して、そこに埋め込んでやりゃ動くってことすかね」
「まぁ、大雑把にはそうだが、起動するためには主人になる奴の魔力パターンをコアに刻む必要がある。起動術式は見たところ、この街でも大昔に使われてたらしい形式と一緒だ。指先で魔力を通しながら、コアの表面に『EMETH』と書けばいい。停止する時は、主人がコアに触れて魔力を通せば一文字目の『E』だけが浮かんでくるはずだから、同じように指先で魔力を通してそいつを上から下に一本線引いて消してやれば止まる」

 そこまでを聞いた天地さんは、少し思案気に尋ねる。

「ふぅむ……ちなみに、これを例えば、この街のゴーレムレベルにアップグレードするみたいなことはできたりするん?」
「難しいな。ゴーレムの制御術式ってのは繊細だ。下手に弄って戻せなくなったが最後、二度と起動できねぇなんてことにもなりかねん。手を付けるならまずは何処の術式が何の機能なのか、今と違う部分を全部正確に解読するところからだろうな。一朝一夕にゃできねぇし、俺にはとても出来ん」
「そりゃ残念」
「まぁ、ユクリから西のセムバーンを越えた先、トゥルワーゼのゴーレム技師ならあるいは、この型のゴーレムコアも扱える奴がいるかもわからねぇが……手前のセムバーンどころかこのユクリすらいつまで持つんだか怪しいような今のこの世の中じゃ、夢のまた夢ってやつだな……」

 なんというか、ゴーレムの術式はOSのBIOSとかレジストリみたいな位置付けなのかな。
 だとするならなるほど、わからない場所をわからないまま下手に弄るというわけにはいかないね。

 それから、セムバーンにトゥルワーゼ……聞いたことのない地名が出てきたけど、「エニルムから」ではなく「ユクリから」と言ったから、おそらくは国の名前……かな。
 つまりは言うまでもなく、世界を覆う「闇」の向こう側ということなのだろう。それも口ぶりからすると、このユクリの隣国であるらしいセムバーンという場所を更に超えた先にある国、ということだ。
 これは確かに、神器が見つかるようなアテもない現状では夢のまた夢としか言えないね……。

「そうか……やっぱまずは神器、ってこったな」
「あぁ。だが神器に関しちゃあ、お前さん方冒険者に賭けるしかねぇのが今のこの世界だ。俺達職人にできるのは、そんなお前さん方が無駄死にしないよう、少しでもいい装備を仕立ててやることだけさ」
「任せなよ。神器は俺達が見つけてみせるさ。この世界にゃまだまだ、終わってもらっちゃ困るからな」

 天地さんの宣言に、僕たちも思わず頷いていた。
 この間もそうだったけど、この世界の住人たちの神器に関する話をする時の、焦りとか一縷の望みとか諦観とかいろいろなものが綯い交ぜになったような悲痛な表情を見ると、出来ることなら一つでも神器を見つけ出して助けてあげたい、とは思うものだよね。

「そりゃあ頼もしい話だな。世界がいよいよこのユクリだけになっちまってからというもの、すっかり絶望して諦めちまったような奴も多くてな……。だが、お前さん方みたいな熱量を持った奴もまだ残ってるんなら、この世界もまだまだ捨てたもんじゃねぇってもんだ。期待してるぞ」
「おうよ。そんじゃ、邪魔したな、ご主人。コアの情報、助かったぜ」
「あぁ、何かあったらまた来な。一応、このユクリの中で言やぁゴーレムに関しちゃそれなりに知ってるつもりだ。力になるぜ」
「んーならそん時には頼らせてもらうさ」

 軽く店主に手を振って店を出る天地さんに続いて、僕たちも挨拶をして店を後にした。


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