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note.093 SIDE:G

 店を出ると、外はもう辛うじて西の空にまだ茜色が残っている、というぐらいで、すっかり陽は沈んで星が瞬き始めていた。

「さって、んーじゃまぁ今日はここいらで解散かのぅ」
「はい」
「だね〜」

 とりあえずは誰からともなく、ストリームスフィアに向けて歩を進める。

「天地はこれからどーすんのー? エニルムに来た理由はもう終わりでしょ?」
「んぬー、明日からはまた情報収集からだなー。まぁ、差し当たって今日のところは予定通りこの情報掲示板に流して、エニルムのギルドに報告して終わりかねぇ」
「あぁね〜。んじゃあ私たちはアミリアのギルドに報告しとこうかな〜」
「おういぇ。ククッ、みんな驚くぞー」
「文字通り世紀の大発見だもんね〜、にししっ♪」

 二人して悪戯心たっぷりに笑う。
 まぁ、実際大事件だろうからねぇ。報告の時周囲がどういう反応になるのかちょっと楽しみな気持ちは僕にも少なからずある。
 かと言って、あんまり悪目立ちするのもそれはそれで嫌なので、そこはちょっと複雑な心境ではあるけど……。

「そう言えば……」

 ふと、思い出した疑問を聞いてみる。

「天地さん、ボス戦で何回かブレイズランスを避けてたように見えたんですけど、対象指定魔法って避けられるものなんですか?」
「んー? あぁ、それね、うん、対象指定って別に必中ではないぞ?」
「えっ!? えぇぇぇ!? そ、そうなんですか!?」
「あー、このゲームの初心者あるあるだよね〜」

 えぇぇ……今までのこのゲームで一番の衝撃なんだけど!?
 いやでも、ミスティスも頷いてるし、実際天地さんは避けてたわけで、つまりは彼の言が正しいということなのだろう……。

「まぁあるあるっていうか、普通にやってたらほぼ発生しない状況だから知らない人は多分知らないんだけどね〜」
「対Mobならまぁ必中で差し支えないんだけどねぇ。まー仕様の穴ってやつがちょいちょいありましてね。対人……特に、対プレイヤーとエルフに関して言うなら必中ではないと思っておいた方がいい」
「プレイヤーはわかりますけど、エルフも、というのは?」
「エルフは魔法の造詣が深いからな。この仕様の穴のことも知ってるし、そも種族的にうちらより反射神経とか動体視力とかいいし」
「なるほど」
「ま言うて実際避けようとすると結構なAgi要求されるから、それなり以上の廃人連中と当たらない限りは早々避けられるみたいな状況まではないはず」
「追尾自体はかなり強力なのは確かだからね〜。私もこっちのキャラじゃまだ当面は無理かな〜……1stはできるけど」
「ははぁ……」

 なるほど……ひとまず、今は頭の片隅にでも入れておけばいいって感じかな。
 今の僕じゃ、依頼とかで対人戦になるにしても、そんなそんな、天地さん基準で廃人と呼ばれるような人なんかと当たるなんてことは起こらないだろうからね。

 っと、話している間にストリームスフィア前に到達する。

「んじゃ、うちはここで解散かなー。あぁ、せっかくだ、マイスにフレンド飛ばしとくかいね」
「えぇっ、い、いいんですか? ありがとうございます!」
「はは、最初にも言ったけど、そう畏まらなくても、うちとて所詮は一端のプレイヤーさね。もっとこう、テキトーによろしく頼むよ」
「あー……はい、じゃあ、改めてよろしくお願いします!」
「おういえあ、よろしう〜」

 天地さんからのフレンド申請をOKする。
 本人がこう言ってくれてるのはわかるんだけど、まだまだ初心者を抜け出せていない自覚が大きい僕からすると、ちょっと気後れしちゃうところは少なからずあるよねぇ……。
 まぁでも、言う通り、一人のプレイヤーとして気楽に接するのが一番なんだろうね。これも人見知り克服の一環と思えばちょうどいいのかな。

「じゃまぁ、うちはPT抜けとくぜー。またのぅ、おつかれ〜」
「はい、お疲れ様です」
「オッケー、おつおつー」

 エニルムのギルドに向かう天地さんに別れを告げる。
 さて、僕たちはアミリアギルドへの報告だね。
 まずはストリームスフィアからアミリアへと転移する。

 ストリームスフィア間の転送は転送先との距離に応じた手数料がかかって、転送時に自動で差し引かれるようになっている。
 この手数料はどこに取られているのかと言うと、ストリームスフィアの管理は設置されている各町の管轄だそうで、町の税収の一つということらしい。

 とまぁ、ホワイトアウトと浮遊感から視界が開ければいつものアミリアだ。
 もう空のオレンジ色も消えて、時間は完全に夜だね。
 ギルドの中も、もうすっかりピークの時間帯は過ぎて閑散としている。
 人が少ない分、変に悪目立ちするようなことはなさそうだね。ひとまず胸をなでおろす。

 ともあれ、こういう時の総合窓口も兼ねている依頼用カウンターへ。
 今日はプエラリアさんの担当だね。

「エリィちゃんエリィちゃ〜ん!」
「あら、こんな時間に……こんばんは、ミスティスさん、マイスさん」
「こんばんは」
「今日はお二人ですか。珍しいですね、こんな遅い時間に」
「まぁね〜、ふっふ〜。ちょっとご報告〜♪」
「報告、ですか? わかりました、どうぞっ」

 悪戯心たっぷりに笑みを浮かべるミスティスに、興味ありげに小首を傾げてオーブを差し出すプエラリアさん。
 オーブにミスティスが触れて、渡されたログを読み取ったプエラリアさんは、

「え……? えっ? えええええぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!?!?」

 僕が見た中でも一番の驚きで叫んでいた。
 いくら人が少ないと言っても、これだけ叫べば普通は騒ぎになるかと思うけど、周囲は誰も気付いていないように静かなもの。
 というのも、マザーオーブには機密保持用の情報遮断結界を張る機能があるからだ。
 いつも最初にオーブが差し出される前に窓口担当者が先にいくつか操作を加える中にこの結界の操作も含まれている。
 結界の効果は外部に対する盗聴防止と、オーブが展開するホログラフの不可視化。
 まぁ、そうでないと依頼に関する機密情報なんかも周りから筒抜けになっちゃうもんねぇ。当然と言えば当然だ。
 とは言え、視覚情報まで遮断するわけじゃないから、今みたいに明らかに普通じゃないリアクションをしてしまうと傍から見て不審がられるみたいなことはあり得るんだけど……幸いにも、結界の外は何やら別の理由でざわつきだしたみたいで、僕たちのやり取りに気付いてる人はいないようだった。
 外のあの反応は、おそらく……。
 システムメニューを操作して、ゲーム内からでも確認できるようになっている公式掲示板を覗いてみれば、予想通り、既に天地さんがエニルム3Fの情報を流していた。
 外野がざわつきだしたのはこれのおかげだね。

「エニルムの遺跡に!? 第3層!? えっ、じゃああの碑文が解けたってことですかっ!? えっ、本当に!?」
「ホントホント〜♪ どうどう? 驚いた?」
「驚くどころじゃないですよっ! 歴史に残る大発見です!! パーティーメンバーは……あぁ、天地さん……彼に会えたんですね。なるほど、納得です」
「そーゆーことー」

 天地さんの名前はNPC――内界人(シスフェアン)の間でも超一流の冒険者としてすっかり有名だ。
 それこそ、彼の名前が出れば大概のことには納得されてしまうほどに。
 さっきエニルムの鍛冶屋の主人も零してたけど、内界人ですら世界に絶望気味の現状、当然プレイヤーである僕たち外界人(パスフィアン)は言わずもがなゲームとしてそれぞれの目的で楽しんでいるだけだし、天地さん程の熱意を持って神器を探している人は、今となっては内界人を含めてもかなり少ないみたいだからね。

「それで……えっと、では天地さんはどちらに?」
「天地はエニルムのギルドに報告行ったからこっちには来てないよー。今頃あっちも大騒ぎじゃないかな」
「あぁ〜……なるほど。それはもう、あちらは大混乱でしょうねぇ」

 自分の驚きをエニルムの混乱具合に重ねて遠い目になるプエラリアさん。

「コホン……まぁともかく、報告は受領しました。皆さんの探索した経路情報もオーブから受け取っていますので、これを元にエニルム側とも情報を共有した上で、後日正式に調査依頼が発行されることになると思います」
「えーっと、それは僕たちも参加した方がいいんですか?」
「あぁ、いえいえ。調査と言ってもそんな大々的なものじゃないです。ただいつも通りに適正Lvの方への斡旋依頼の形式で皆さんに自由に探索してもらうだけのことなので、お二人にも提示はさせてもらいますけど、完全に任意ですよ。ご安心ください」
「なるほどです」

 これは聞いておいて正解だった。
 明日から王都に行こうって話だったもんね。
 この依頼が強制だと予定を変えなきゃいけないところだった。

「それなら調査は行ける人におまかせってことで。私たち、明日から王都に行ってくるね!」
「王都ですか。なるほど、そろそろお二人ともあちらに足を延ばしてもいい頃合いですもんね。そうですか……少し寂しくなりますねぇ」

 僕たちの王都行きを聞いて、ちょっとしんみりとするプエラリアさん……って、あれ?ちょっと誤解があるような?

「あ、いや……」
「えっ? いやいやー、セーブはここから移さないよー。ストリームスフィア繋げて、まぁちょっと観光ぐらいはしてくるけど、一通り見たらちゃんと帰ってくるよ〜」
「あ、そういうことでしたか。すみません、少し早とちりでしたね」

 プエラリアさんは照れた様子ではにかみながらも笑顔に戻る。
 誤解は解けたみたいでよかった。

 まぁ、拠点をアミリアから移すつもりは当面はないからねぇ。
 むしろ、王都滞在中も宿はこっちに戻ってきていつもの定宿を使うつもりですらある。
 曲がりなりにも王都ともなれば物価も高そうだし、土地勘のない場所でわざわざ探すよりは、せっかくストリームスフィアで一瞬で帰れるんだから、通い慣れた定宿の方が安心できるってものだよね。

「あははっ。そーゆーことだから、明日からしばらく行ってくるねー!」
「行ってきます」
「はい、気を付けて行ってらっしゃいませっ!」
「それじゃ、報告もできたし、今日は帰るね〜」
「はい、お疲れ様ですよ。本日もご利用ありがとうございましたっ。おやすみなさ〜い」
「おやすみ〜!」
「おやすみなさい」

 プエラリアさんに挨拶して、そのままギルドを後にする。

「お〜、スレもいい感じに盛り上がってるねぇ」

 僕には見えていないウィンドウで、天地さんが立てたエニルム3Fのスレを見ているのだろうミスティスが言う。
 僕もさっきはスレが立ってたことを確認しただけだし、改めて少し覗いてみようかな?

 天地さんは、キャラ名公開状態で「エニルムの碑文」というタイトルでスレッドを立てて、例のスケッチの画像を投下しただけに留めていた。
 今もスレを見ているのかどうかはわからないけど、その後のレスにも一切反応はしていないようだ。
 流れを見るに、彼が掲示板に情報を投下する時はいつもこの、手掛かりとなるスクショなりなんなりだけをポンと投げてその後は一切関わらないというスタンスらしい。
 スレ内では早速「石の炎」の解読予想や考察が交わされ、どうやらもう夜のこんな時間なのに早速遺跡に飛び込んでいる気が早い人もいるみたいだ。
 この分なら、明日中には全域のマップぐらいは共有されてそうな勢いだね。

「ま、これならもう3Fのことはスレの物好きに任せておけばよさそうかな〜」
「だね」
「とりま、うちらは解散しよっか」
「そうだね、明日のこともあるし」
「だね〜。それじゃ、いつも通りにここ集合ね」
「うん、いつも通りに」
「おやすみ〜」
「おやすみ」

 ミスティスとも別れて、定宿への帰途につく。
 明日は王都まで、このゲームでは初めてになる遠出だ。
 さて、どんな場所なのか、どんな冒険が待っているのか……今から楽しみだね。


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