note.095 SIDE:G

 そろそろ昼間の陽気と言える空気感の変化が感じられるようになってきた中、深層部を西へ西へと進んでいく。
 体感の気温的に、だいぶ日も昇ってきたなーというぐらいの時間だと思うんだけど、深層部の木々の密度は木漏れ日程度にしかその空模様を見せてはくれない。
 時間配分的には、できれば太陽が天頂を超える前には深層部ぐらいは抜けたいところなんだけど……。

 なんて考えながら歩いていると、不意に、やけに開けた空間に出る。
 しかも、あれー……?何ここ、どうなってるの……?

「何これ……蜘蛛の……糸……?」

 開けた広場を取り囲むように、周り一面が蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされていて、蜘蛛糸のドームのような空間が形成されているのだ。
 本来空が見えてもいいはずの上空も、真っ白に蜘蛛糸で塞がれてしまっていて、太陽の光は蜘蛛糸越しのわずかにしか感じられない。
 ハッとして後ろを振り返れば、僕たちが通ってきた道の上も、樹の間は蜘蛛糸だらけで、樹の上の方はアーチ状になるように樹の先が糸で引き寄せられていたりして、下を通る僕たちをここに誘い込むような道が予め仕組まれているようだった。
 そう気付いて改めて周りを見てみれば、なるほど、広場の周りの木々も、糸で先端を丸め込まれたり、集め寄せて束ねられたりしていて、絶妙に外側からではこのドームの存在が認識できないように隠されていたみたいだね。

「あー……」
「うげー……そう言えば昨日見かけないと思ったから、ワンチャンこのままスルーできるかと思ったのに、こんなところにいたのかー……」

 ツキナさんが遠い目で溜息を吐き、ミスティスがいかにもうんざりした様子でガックリと肩を落としたところで。
 ガサリと上空に何か気配を感じて、上を見上げる。

 そこにいたのは、全長6〜8メートル程、脚を広げれば横幅は10メートルを超えそうなぐらいの巨大な黒蜘蛛だった。
 真っ黒な全身に、腹部には鮮血の如き真紅で彩られた不気味な斑模様と、妖しく光を発する八つの目。
 何より特徴的なのは、歩脚四対とは別に頭の横から出ている一番前の触肢……サソリでいうハサミに当たる部分が、カマキリのような巨大な鎌と化していること。
 いつの間に現れたのか、ドームの頂点付近に張り付いていた黒蜘蛛は、お尻の糸を繋いだまま、ドームの中央に飛び降りてくる。
 と、背後でガサガサと樹が揺れる音がして振り返ってみると、どうやらその糸と直接つながっていたのか、僕たちが入ってきた入口の両側に立っていた樹同士が引き寄せられて、曲げられた梢で道が塞がれてしまう。
 「シャキン!」と見せつけるように一度鎌を交差させた蜘蛛は、糸を引いて逆さに天井まで戻ると、そのまま天井を入口の上まで這い進んで、そこで反転してお尻を地面に向ける。
 そして、そこから糸を作る粘液を、糸にせず液体の塊として噴射して、入り口だった場所を完全に塞いでしまった。
 なるほど、決着がつくまでこの空間からは脱出できないってことね……。
 そうして、改めて天井を伝って、僕たちの真正面に対峙するように地表まで降りてくると、

「ヒュアアアァァアァアアアァァッ!!」

 声になってもいない、ただ喉を通った空気が喘鳴になっただけというような甲高い音を発して、カマキリの威嚇の如く両腕の鎌を振り上げた。
 名前は……リーパーウィドウ、Lv121……。
 こいつがこのティッサ森のボスか……!

「えーっと……あからさまに蜘蛛だけどミスティスとか、大丈夫?」

 これ系の虫苦手って話だったよね……?

「いやー……一応こいつなら前にも戦ったことあるし、あと、ここまででかいとなんてゆーか……ねぇ?」
「うん、さすがに現実離れしすぎてて、虫的な怖さよりもふつーにゲームだなぁ……って……」
「あー……気持ちはわかるかな……」

 サイズ感がおかしすぎてもはや虫の認識から外されてるって感じかな……。
 まぁ、戦闘に支障なさそうならなんでもいいか。

 まずは真っ直ぐこちらに向かって距離を詰めようとする黒蜘蛛に、ミスティスが挑発をかけると、

「とりあえずパターン通りね! 持ってっとくから横からよろしくぅ!」

 蜘蛛が僕たちに対して横を向くように僕たちから離れていく。

「えーっと、どういうこと?」
「奴の主な攻撃範囲は前と後ろに偏っているからな。後ろはもちろん糸の範囲内だし、前にいても――」

 と、オグ君が言いかけたところで、ミスティスに向かっていた蜘蛛が、エビ反りになるようにしてお尻をほとんど垂直ぐらいまで大きく持ち上げると、その先端、糸の射出口が少し動いて、発射方向が上向き――つまりは前方に変わったらしいことが見えた直後、ミスティスを狙って糸が吐きつけられる。
 まぁ、それ自体はミスティスは特に問題なく避けられていたんだけど、なるほど。

「――とまぁ、あんな感じで、前方にも糸は飛ばせる。だけど、奴は側面への攻撃方法はほとんど持ってないんだ。だから、あぁしてミスティスが引いてくれている間に僕らはこのまま側面から仕掛けるぞ」
「なるほどね、了解だよ!」

 関節の構造もカマキリとほぼ同じらしく、思いの外リーチを伸ばしてくる鎌と、時折撃たれる糸攻撃をミスティスが捌いてくれる間に、僕らは側面から攻撃だね。

「《ブレイズランス》!」

 まずはやっぱり虫だし、手っ取り早く燃やしていこうか。
 オグ君も、早速強化されたチャージングをクールタイムごとに挟みつつ、バーストアローを連射していく。
 相変わらず支援は雫さん任せで、ツキナさんもサブマシンガンで攻撃側だ。
 ひとまずの狙いはあからさまに弱点とわかりやすいその大きな腹部だね。

「ヒュアアッ!」

 横槍に堪えかねたか、小さく喉を鳴らした黒蜘蛛が、一旦斜めにバックステップして、離れた位置のミスティスも含めて僕たち全員を視界に捉えるような方向に向き直って、お尻を上げる。

「全員に糸がくる! 回避ッ!」

 オグ君の台詞と同時に、全員に対して蜘蛛糸が飛ばされてくる。
 ただ、弾速はそこまででもないね。
 発射を見て……回避っ!
 ……って、避けたのはいいけど、地面に張り付いた糸が鳥もちみたいな粘液の塊として残ってる!?

「これにバインドされるとヘイトもタゲ固定も無視してタゲが移されるから、踏まないようにこのまま少し陣形をずらすぞ。この繰り返しで、少しずつ戦場の向きをずらしながら戦うのがこいつのセオリーだ」
「なるほど」

 僕たちが鳥もちを撒かれてしまった範囲を逃れると、合わせてミスティスも鎌の横薙ぎを飛び越えつつ、再び蜘蛛が僕たちに側面を向けるような位置に動いてくれる。
 さすがにこの辺りは手慣れてるね。
 タゲのコントロールはミスティスに任せて、腹部への攻撃を再開する。

 同じパターンで少し攻撃しては糸を避けて、場所を変えてまた攻撃してを数回繰り返したところで、

「ヒュゥッ!」

 蜘蛛が鋭く鳴くと、逃げるように壁を伝って天井まで登ってしまう。

「これは……上から降ってくるぞ」
「……少し怖いですが、動かないでくださいね? 《セイクリッドクロス》!」

 雫さんが全員にセイクリッドクロスを張ってくれる。
 少し怖いって何だろう……?と思っていたら、黒蜘蛛は天井をツキナさんの真上まで這うと……糸で宙吊りになって飛び降りてきた!?
 ツキナさんの頭上ギリギリまで迫った蜘蛛は、両腕の鎌で左右から一閃、バンジージャンプのように即座に糸を引いて天井に戻っていく。
 なるほど……セイクリッドクロスがなかったら上半身と下半身が泣き別れしてる感じか……。
 セイクリッドクロスの中ならダメージはないとわかっていても、あの迫り方は確かに怖い……。
 多分、自分がタゲられたら間近に迫る巨体の圧迫感と、大鎌と蜘蛛の顔の恐怖感はかなりのプレッシャーだね……。
 まぁとは言え、やはり一度は経験済みだからか、ツキナさんはそこまでは動じていない様子で、それどころかしっかりとサブマシンガンで反撃している。
 どうやらこの攻撃はヘイトの逆順に全員に仕掛けられるらしく、続けてオグ君、雫さんと同じようにバンジーで一閃されていく。
 対するオグ君は、チャージングをかけたスナイピングショットの最大火力で迎撃、雫さんは例によって全く動じることなく祈りの姿勢を崩さずに、淡々と支援ルーチンを継続していた。
 ってことは……次は僕のところにくる……!?

 う……頭上に位置取られた時点で、巨体のせいで既に結構な圧迫感が……。
 そして……来たっ!
 圧し潰しにくるかのように落下してくる黒蜘蛛の巨体。
 威嚇するかのように開かれた口と、絶対に逃がさないとでも言うように僕を捉えた八つの眼光が迫り、その両腕の鎌がまるで巨大な(あぎと)の如く開かれて――

「うっわっ!? 《ファイヤーウォール》ッ!」

 咄嗟で自分を囲むように周囲にファイヤーウォールを張って、思わず反射的に頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
 一応、ファイヤーウォールに思いっきり突っ込む形になった黒蜘蛛に多少のダメージは与えられたみたいだけど、オグ君たちみたいな効果的なカウンターだったとはちょっと言えないね……。

「よく動かず堪えたな」

 なんて、オグ君は褒めてくれたけど……

「いや、セイクリッドクロスがあるってわかってても怖すぎだよアレ……」
「まぁ、気持ちはわかる。大体初見はそうなる……」

 ちゃんと迎撃できるのなら、ブレイズランスとかをカウンターで撃ち込んでやるのが本当はよかったんだろうなぁ……。
 でも、セイクリッドクロスなら確実にダメージを無効化できると頭で理解はしてても、あの威圧感だけで十分死を覚悟させられるよ……こっわ……。
 虫の好き嫌いとかの問題ですらなくトラウマものでしょこれ……。

 と、そんな会話を交わす内に、蜘蛛は最後にミスティスのところにもバンジージャンプを仕掛けて、ミスティスもそこにしっかりとライジングファングを合わせて迎撃する。

 一通り全員に攻撃を仕掛けて、ようやく元通りミスティスの前に着地した黒蜘蛛は、通常攻撃に戻る。
 そこからはまたしばらく糸を避けつつ側面攻撃のルーチン再開だね。
 今のバンジーはどうやらHP75%がトリガーだったみたいで、既に3割ぐらいのダメージを与えている。
 とは言え、逆に言えばまだ7割は残っているということ。
 まだまだ長期戦になりそうだし、気を引き締めていこう……。


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