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note.096 SIDE:G

 マリーさんのお店を出た後は、ギルドで受けられそうな依頼を軽く確認するついでで今日の依頼担当のアシアノさんに挨拶してから出発する。
 今回は、自由掲示依頼にティッサ森での簡単な素材収集があったので、それを引き受けた。

 さて、アミリアを出て、まずは西だね。

 アミリアの西側は、ニアス川を越えるまではLv1〜10程度までの初心者用フィールドだ。というか、この世界は基本、街の周辺はLv50以下ぐらいまでの初心者用フィールドが続くようになっている。
 まぁ、そりゃあ、Lv何百とかの化け物がうろついてるような場所で基本Lv1の一般人が生活基盤を築くとか無理があるからねぇ。
 その代わり、ダンジョンのLvは一貫性がない。エニルム遺跡がいい例だけど、街のすぐ隣にあるダンジョンだからと言って初心者用とは限らず、周辺のフィールドと比べていきなりLvが100とか200とか跳ね上がってるようなところも多い。

 ニアス川を越えると、Lv40程度の、まぁ駆け出しからは抜け出したかなーぐらいのLv帯の領域が続く。
 僕が最初にミスティスと出会ったのもちょうどこの辺りだね。
 そのまま少し進めば、街道はティッサ森への直進ルートと迂回する南ルートに分かれる。もちろん今回は森行きだから直進だ。

 進んでいくと、周囲の平原にちらほらと低木が混じり始め、歩を進めるごとに少しずつ木と呼べる背の高い樹木も増え始める。
 そのまま更に進むと、急激に木々の密度が上がって、そこから先はもう完全に森、といった様相になっている境界線が見えてくる。
 ここからいよいよ、ティッサ森ダンジョンに突入というわけだね。

 ここの主な魔物の一つはエニルム遺跡でもすっかりお世話になったブルースライム。だけど、ダンジョン指定された場所なだけに、スライム森のようにスライムが支配種というわけではない。
 スライム以外では虫系の魔物が多いのがティッサ森の特徴だ。
 中でも、スライムに対して天敵……とまでは言わないけど、明確に上位の存在になっているのがユニオンワスプと呼ばれる蜂型の魔物。スライムの粘液で容易に溶けて毒液を広げる毒針で麻痺毒を与えてスライムの再生能力を封じて、集団で集って捕食してしまうらしい。
 他にも数種類、スライムに対処可能な魔物がいることで、この森は虫系魔物優位の生態系が成り立っているとのこと。

「よーっし、ここからダンジョンだー!」
「あれ? そう言えばミスティスって虫系ダメじゃなかったっけ?」
「やー……あー……うん、まぁ……」

 揚々と突入……と思いきや、ツキナさんの質問で一気に歯切れが悪くなるミスティス。
 あー……まぁ、女の子はやっぱり虫嫌いって人多いもんなぁ……。
 というか、男だって嫌なものは嫌だろう。
 僕もまぁ、全くダメというわけではないけど、好きか嫌いかで言われたら嫌いと即答する程度には好きではないしね。

「……私が嫌いなのはゴキブリとかクモとか、あと足がいっぱい生えてる系がダメなだけで、ここのはまだ……まだ大丈夫、うん。ティッサ森とか1stの時も初心者の頃1回越えてるんだし、うん」

 ちょっと目が泳ぎ気味だけど……本当に大丈夫かなぁ……?
 まぁ、ここの虫たちは蝶とか、蜂……はちょっと別の意味で怖いかもだけど、てんとう虫とか、虫の中ではまだ比較的見た目の嫌悪感は少ないだろう種類の魔物ばかりだから、彼女の言を信じるならまだ大丈夫……なのだろう……多分。

「ちなみに、ツキナさんは大丈夫なの?」
「あたしはまぁ、ゲームはゲームだからって考えちゃう方だからね〜。さすがにムカデとかそういうのは背筋にぞわぞわくるからアレだけど、ここのはそういうのいないし」

 あー……なるほど、所詮ゲームと割り切っちゃってるタイプかぁ。

「コホンッ……ま、まぁ、ともかく、ティッサ森、攻略開始だよっ!」

 気を取り直して自ら進むミスティスに続いて、僕たちも森の中へと足を踏み入れた。

 森の中は、アミ北の森に結構近い雰囲気かな。地形自体は割と平坦で歩きやすい。
 ただ、昼間でも少し薄暗いと感じるほどだったアミ北と比べると木々の密度はまばらで、所々に空が見える陽だまりができていて、そういう場所には低木の茂みが多い感じだね。
 そして最大の違いは、花や実をつけている木々が多いことだ。虫系の魔物が多いだけに、これらの植物たちの花粉の媒介者も多いということなのだろう。
 おかげで景色の彩りも良いし、全体的に明るく穏やかな森という雰囲気の場所だね。
 これがダンジョン指定区域でなければ、今日みたいな日には陽だまりにお弁当を広げてピクニックとかいいかもしれない、なんて思えてくる。
 まぁ、残念ながらここはダンジョンなので、そう気を抜くわけにもいかないんだけど。

 ……っと、言ってる傍から早速敵のお出ましだね。
 現れたのは、バスケットボールぐらいの大きさはありそうな、巨大なてんとう虫。セブンスターという、名前の通り、背中の斑点が本当に星型になったてんとう虫型の魔物だ。

「うん、ここの奴らならまだ平気!」

 ミスティスが盾から剣を抜き放ち、いつも通り挑発を打ち鳴らしてから飛び込んでいく。
 早速の虫系Mobだけど、ひとまず戦闘に支障はなさそうだね。

 ピアシングスラストで飛び込みつつ刺し貫こうとしたミスティス。
 だけど、セブンスターはそれを軽く右に躱すと、盾を回せない右手側から、まだ空中にいる彼女にカウンターの体当たりを仕掛けてくる。

「っ! ……っと!」

 そのダメージそのものはルクス・ディビーナのバリアが吸収したものの、弾かれたミスティスはなんとか空中で体勢を立て直して、盾の先端をブレーキ代わりにして地面を削りながら着地する。

 セブンスター自身も体当たりの反動で一瞬動きを止めた隙に、オグ君からバーストアローと僕のブレイズランスが刺さる。
 それで一気にふらついて、高度が下がったところで、

「せぁぁぁぁっ!」

 ミスティスが今度は、跳び上がりつつワイドスラッシュを発動して、螺旋軌道を描く回転斬りで逃げ場をなくすように斬りかかった。
 更にその後からは、いつの間にか腰元から抜けていた二本のソードゴーレムが同じ軌道でプロペラのように続いて追撃を加える。

「ギィ……」

 一瞬で三連撃をくらったセブンスターは、わずかに鳴き声とも呼べないような音を上げて落下して、フォトンへと消えていった。

「よ〜っし、うんうん、てんとう虫とかそーゆーのならまだよゆーよゆー!」
「ふむ、まぁ小手調べとしてはこんなものか」

 納得したように頷いているミスティスに続いて、オグ君も一つ頷く。

「一発くらったぐらいまだ平気だろうけど、一応かけなおしとくわ。主よ、祝福を。《ルクス・ディビーナ》」
「ありっとー」

 ルクス・ディビーナのかけ直しでミスティスのバリア耐久値がリセットされる。

「それよりも! 何その剣! なになに、なんで浮いてんの!?」
「あぁ、正直かなり驚いたぞ。それがエニルム3層からのドロップか」

 ミスティスの周囲をくるりと旋回しながら追従してくる2本の剣に、ツキナさんもオグ君も興味津々という様子だね。
 まぁ驚くよねぇ、剣が勝手に空中に浮かぶ光景は。

「えっへへ〜、どーよ〜。これ、単体で小さなゴーレムなんだって。だから、私の思考で大雑把に指示すればその通りに動いてくれるの!」

 ミスティスは得意げに2本の剣を周囲に旋回させながら、Vサインで笑ってみせる。

「へぇ〜」
「なるほど。剣そのものをゴーレムにしてしまうことで、可動部をなくして簡略化しつつ、思考制御だけの簡易的な命令で自律機動できるようにしてあるのか」
「面白そう! マイスは何かドロップしなかったの?」
「僕も一応、これと似たゴーレムを使った装備が出たよ。これなんだけど……」

 僕もゴーレムコアスペラーを取り出して浮かせてみせる。

「何これ? ゴーレムの……コアだけ?」
「うん。これだけで魔導書と同じ機能のゴーレムとして動くみたい。操作もミスティスのと同じ、考えるだけでイメージ通り動いてくれるよ。まぁ、魔導書としてはちょっとスロット数は少なすぎるけどね」

 適当に指した指先に合わせるようなイメージで、ふわふわとスペラーを飛ばす。

「それは興味深いな。普通の魔導書もそれぐらい簡単に動かせれば、戦術の幅もだいぶ広がるんだが……」
「だねぇ。天地さんに言われて普通の魔導書の動かし方も一度試してみたけど、とてもじゃないけどまともには動かせそうになかったよ」
「だろうね。自在に動かすのはエルフでも訓練しないと難しいと聞いている。魔力操作の精度だけじゃなく空間認識も必要だからな」

 エルフでも簡単ではないのか……。
 そう言えば、マリーさんはあの泉でトレントを相手にした時に、一度だけ後ろの敵に反応して即座に魔導書を浮かせて反撃してたけど、あれって実は結構な高等技術だったのでは……?

「そう考えると、天地さんが言ってたリアルニュータイプって人は本当にすごいんだねぇ……」
「リアルニュータイプ? あぁ、『彼女』のことか。まぁ、近い内に会うと思うぞ」
「え?」
「だって、うちのクラスの子だもんね〜」
「えええぇぇぇぇぇっ!?」

 うちのクラスって……リアルの遠学の、僕らのクラスにいる人ってことだよね!?
 身近にそんなゲーム内で有名な人がいたとは……衝撃の事実だ……。
 だ、誰なんだろう……「彼女」ってことは女子なんだろうけど……そんなすごいことできそうな人いたかなぁ……?

「誰なのかは……ま、その時までのお楽しみってことで。ふふふっ」
「そうだな。その方が面白いだろう」

 なんて、オグ君とツキナさんはニヤリと笑みを交わす。
 き、気になるところだけど……まぁ、クラス内にいるんなら実際近いうちに会うことにはなるんだろうから、二人の言う通り、今はその時までの楽しみにしておこうかな。

「よーっし、そろそろ次行くよー!」
「うん!」
「k」
「いこ〜!」

 ミスティスにそれぞれ頷いて、進行を再開する。
 二日がかりの工程であることを考えると、今日中にこの森の半分は踏破しなきゃいけないわけだし、まだまだこんなところで止まってはいられないね。


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