戻る


note.098 SIDE:G

 引き続いて、スライムやらてんとう虫やらを倒しながら進んでいると、僕の聞き耳に何やら大量に重なってくぐもった羽音が聞こえてくる。

「……! ……来るぞ」
「うげー……」

 みんなももう気づいてはいるみたいだね。
 この大量の羽音……間違いないね。この森の強敵ポジションの代表格、ユニオンワスプの群れだ。
 集まりすぎてもはや前世代のガソリンバイクのエンジン音みたいな爆音と化した羽音と共に、木々の合間を縫って現れたのは、真っ黒い靄のような不定形の塊。しかし、少しよく見ればその塊は、一匹一匹が開いた手の手首から中指の先までぐらいの大きさがありそうな蜂の集合体だとわかる。
 常にこうして数十〜数百匹単位での群れで行動するのがユニオンワスプの特徴であり、最も厄介なところ。
 大量の毒針を一斉に打ち込んで獲物を確実に麻痺状態に追い込み、集団で襲いかかって骨になるまで食らい尽くしてしまうという、そのシンプルさ故に強力な数の力によるごり押しが彼らの基本戦術だ。

「こ、こんな数挑発したら死んじゃうよー!」

 少し涙目になりながらミスティスが叫ぶ。
 この数押しの厄介なところが早くも出てきたね……。
 このゲームの代表的なダメージ無効化スキルであるルクス・ディビーナとセイクリッドクロスは、どちらも被撃回数に制限があるせいで、百匹以上で攻めてくるユニオンワスプの攻勢には耐えられないんだよねぇ。
 かと言って素のVitで受けようとすると、何かしらの手段で完全な耐性を持っていない限り、数のごり押しで毒を蓄積させられて麻痺してしまう。
 群れのタゲを全部固定してしまうと、タンクへの負担が半端じゃないことになっちゃうんだよね。
 そうでなくても、この数の蜂に一斉に襲われるのって虫嫌いな人にはトラウマものだろうし……。
 だけど、タンクがタゲを固定できないということは、パーティーメンバーにヘイトが分散してしまうわけで……そうすると今度はあっちこっち手を回さなきゃいけなくなる支援役が大変なんだよねぇ。
 それで回復行動の手数が増えると今度は支援役自身にヘイトが集まってしまうことにもなりかねないし。
 本当に厄介な相手だ。

 あいつらの弱点は、こういう群れタイプの魔物の例に漏れず、一匹一匹は紙装甲だから、範囲攻撃に非常に弱いということ。
 つまり、これは僕がなんとかしてあげないといけないね。

 ここは、新しいスキルの使いどころかな。
 例によってLv1だけ取得しておいた中級魔法がある。
 火属性中級魔法、ファイヤーピラー。地点指定で巨大な炎の柱を召喚する範囲継続攻撃魔法だね。
 範囲攻撃としてはちょっと範囲が狭いけど、その分ダメージ判定ごとに強力なヒットストップがかかる上に、もちろん炎上の状態異常もあるので、上手く巻き込めれば足止めしつつかなりのダメージを稼ぎだせる。火柱もかなり高く燃え上がるから、対空攻撃としても十二分だ。

 火属性の中級魔法ならもう無詠唱で大丈夫だからね。
 今回も、詠唱文を意識すれば即座に魔法陣のイメージが組み上がった。
 うん、これなら構築も問題なし。

「分断するよ! 《ファイヤーピラー》!」

 蜂たちの飛ぶ高さはそれほどでもないから、火柱の高さよりは範囲重視のイメージで発動させてやる。
 もちろん、指定位置は蜂の群れの真下っ!
 魔法陣が光り、吹き上がった火柱がユニオンワスプの何割かを一気に消し飛ばす。
 それでもまだまだ半数以上は生き残っているけど、燃え続けている火柱のせいで再集合に手間取って、数十匹ずつ程度の小さな集団いくつかに分断されてしまっている。
 よし、ここまでは狙い通り!

 蜂たちは、今の初撃でヘイトが集まった僕を中心に包囲しつつ群れを合流させようとしたみたいだけど、

「いいぞ、一旦引き受ける!」
「これぐらいの数ならなんとか!」
「任せなさいなっ!」
「! ありがとう!」

 すかさず別れたそれぞれの小集団に向けて、オグ君がチェインアローを、ミスティスは2本のソードゴーレムを飛ばし、ツキナさんはサブマシンガンを取り出して、タゲを引いてくれる。
 こちらも人数がいる時なら、こうやってわざとタゲを分散させて各個撃破を狙うのも、これまたシンプルながら効果的な対処法だね。

 タゲが移らなかった集団が僕の方にも襲いかかる。
 でも、この程度の数なら……!

「《ファイヤーウォール》!」

 自分の周囲を守るように、円周上を取り囲むようにイメージしてファイヤーウォールを発動。僕の周囲に炎の壁が立ち塞がる。
 このゲームのファイヤーウォールは物理的な障壁としての実体を持っているわけではない。相手が普通の大型の魔物だったりしたら、炎上がかからなければ多少のダメージぐらいは無視して突っ込んでくるぐらいはできてしまうだろう。
 けど、極端にHPの低いユニオンワスプでは、この炎の壁は通り抜けられない。
 これも思った通り、僕をタゲった蜂たちはファイヤーウォールを前に立ち往生してるね。

 まぁでも、奴らもさすがに文字通りの飛んで火にいるなんとやらではないし、一時的に引き受けてくれたとは言え、ミスティスやみんなも相性の問題で苦戦してしまっている。
 ミスティスはソードゴーレムの片方を自分の周囲に旋回させて牽制として、最低限毒針だけはくらわないようにしつつ、もう片方のソードゴーレムを群れに突っ込ませているけど、ソードゴーレム1本だけでは攻撃が大雑把になりすぎであまり数は減らせていないという感じだねぇ。
 オグ君も、チェインアローで着実に数は減らせているけど、如何せん数が多すぎて手が足りていないという感じだ。
 ただ、唯一ツキナさんだけは……あー……うん、その……まぁ、うん……こういう時のサブマシンガンって強いよねぇ……。

 ……うん、後ろは見なかったことにして、ともかくこの状況を脱しよう。
 ファイヤーウォールの効果が切れるまでは僕自身の安全は確保されている。
 さて、こうなれば、ここで選択すべき魔法はもちろん一つ。

「《フロストヴァイパー》!」

 今日はツキナさんのブレッシングが受けられてるからね。Lvも上がったことで、ようやく氷魔法も無詠唱だ。

 ファイヤーウォールの外側に魔法陣を展開して、フロストヴァイパーを発動する。
 ぬるりと魔法陣から顔を出した蛇たちは、蜂の群れを一睨みして、舌の代わりに白く凍てついた吐息を吐き出すと、一斉にユニオンワスプに襲いかかっていく。
 僕の周りの奴らと、ミスティスとオグ君が受け持っている群れにそれぞれ一匹ずつ向かっていったフロストヴァイパーに、得意の統率も取れないままに蜂たちが逃げ惑う。
 彼らも集団を更に小さく分散させたりして何とか逃げ延びようとはしていたみたいだけど、結局、蛇の追尾性能の前にほとんど抵抗らしい抵抗もできずに残らず氷の顎の餌食となっていった。

 氷の蛇が周囲の蜂を全て平らげ、あとはツキナさんをタゲった分かな?と思って後ろを振り返ってみたら……

「うふふふふっ……♪」

 恍惚の表情で銃口に燻る硝煙の香りを堪能する彼女の姿がそこにあったのだった……。
 う〜ん……正直、その癖は傍目に見て女の子としてどうなんだろうと思うよ……?
 ……絶対口に出す気はないけど、うん。


戻る