note.099 SIDE:G
「は〜……散々だよまったくもー……」
3本の剣を鞘に戻したミスティスが、さすがに疲れた様子でガックリと肩を落とす。
「まぁでも、あいつら何故か一回追い払うとダンジョン出るまではもう絶対襲ってこないから、むしろ早めに出会っておいてよかったじゃない」
「まぁね〜……」
ははぁ、なるほど……多分それは、死ぬ時に何か彼らにしかわからない危険信号的なフェロモンでも出してるんじゃないかなぁ。現実の蟻とか蜂にもそういうのがあるみたいな話どこかで聞いた気がするし。
まぁ、何にせよあのめんどくさいのと何度も戦わなくていいというのはありがたいね。
「はぁ……ま、気を取り直して次いこっか」
「あぁ、それがいい」
ひとまず気持ちを切り替えるミスティスとオグ君に僕たちも頷いて、改めて歩き始める。
そこからしばらくは何事もなく進んだんだけど、次に出会ったものが問題だった。
ブルースライム……に、明らかに人影らしき何かが呑み込まれてる!?
「ちょっ……あれ、人が呑まれてない!?」
「あれはヤバいんじゃ……?」
「救助、間に合うか!?」
「とりあえず急ごっ!」
もう完全に呑まれてる状態からって助けられるのかわからないけど……とにかくスライムの元へ急ぐ。
近づくと、段々と全貌が明らかになる。
呑まれているのは、僕たちとそう変わらなそうな歳ぐらいに見える少女だった。
服は既に溶かされてしまったのか裸で、眠るようにして粘液の中を揺蕩っている。
時折、水の中にいるように気泡を吐いているのが見えるから……まだ生きてる!よかった……。
……となれば、どうにかして彼女を傷つけないようにスライムを……って――
……あれぇ……?なんでみんな脱力したみたいに立ち止まっちゃったの……?っていうか、何故ジト目……?
「え? ねぇ、あの、早く助けないと……」
「あー……もういいのよ、アレ絶対死なないから」
えぇー……どういうことなの……。
さっきのミスティス以上にガックリと肩を落とすツキナさん。
オグ君に至っては、盛大に心の底からの溜息を一つ吐くと、無言で頭を抱えて後ろを向いてしまう。
最後に、完全に呆れかえったミスティスが一言。
「……って、雫じゃん、何してんの……」
あれぇー……なんかつまりみんな顔見知り……?
わずかに横目を開けてこちらに気付いたらしい少女は、さも街を歩いてたら偶然知り合いに会いましたみたいな笑みと共に気泡を一つ吐き出すと、ちょうど身体の前にあったスライムの核を、そっと触れるように優しく掻き抱いて……――そのまま抱き潰したー!?
核を潰されたスライムが爆散し、そのフォトンの煌めきの中で何事もなかったかのように少女が立つ。
ん、あれ?問題なくスライムから脱出できたということは、当然、今彼女は裸なわけで……?
「わわわっ!?」
少女を直視してしまわないよう、慌てて背を向ける。
あー……オグ君が後ろを向きっぱなしなのはそういうことね……。
「……おはようございます、皆さん」
鈴を転がすような、という例えがぴったりな、可愛らしく澄んだ声で少女は挨拶する。
それはそうと、
「えーっと、もうとっくにおはようって時間ではないような……」
「……? ……いつ何時だろうと、最初の瞬間が常におはようですよ?」
「えー、あー……はい」
そ、そーですか……。
えっと、どっかの業界の人……?
と、オグ君が頭を振りながらも助言をくれる。
「彼女はいつもこの調子だ。あまり気にしない方がいい」
「な、なるほど……」
それで、この人いつまで裸なんだろうか……。
「……ところで、そちらのお二人は何故ずっと後ろを向いているんですか?」
「「「「君が服を着てないからだ!」よ!」!」ーがっ!!」
満場一致の総ツッコミだった。
「……あぁ、なるほど!」
一拍遅れて、自分が裸であることそのものにようやく気が付いたという声音で、ポンと手を打つ音が聞こえる。
続けて、ストレージから何か出し入れする時の効果音が聞こえてから、
「……お二人とも、もういいですよ。お騒がせしました」
という彼女自身の台詞を聞き届けたところで、ようやく僕たちは元通り振り返ることができたのだった。
う、う〜ん……何というかこう、随分と独特な感性の持ち主みたいだねぇ……。
「……皆さん、お久しぶりですねぇ」
「久しぶり〜、雫〜」
「そーね、久しぶり〜」
「そうだな、君の感覚からすれば結構久々になるか」
案の定、みんなは既に見知った顔みたいだね。
「……そちらの方は初めてですかね。……改めまして、はじめまして。葉山 雫と申します」
そう名乗った少女の、お辞儀に合わせて揺れる鮮やかな青髪は、腰の下まで届くストレートのロングヘア。
僕らと同年代程度を思わせる物腰とは裏腹に、髪と同じ青い瞳が特徴的なよく整った顔立ちはむしろ、あどけなさすら感じさせる程の童顔で、見た目150cmちょっとしかなさそうな身長も合わさって、その立ち姿は中学生ぐらいにも見える。
白磁のような、と言うに相応しい、曇り一つない透明感の白い肌と、比較的シルエットの出ていない服装の上からでも察しのつくほっそりした手足は、全体的に華奢な印象を抱かせる。
それでいて、決して痩せぎすということではなく、可もなく不可もなくといったところで出るところはしっかり出ているし引っ込むところは引っ込んでいて、全体のスタイルはむしろちょうどいいぐらいに美しく整っている。
その服装は、水色を基調とした、長袖に足元まで覆うロングスカート丈のローブ調のワンピース。
大きく膨らんだ肩口のランタンスリーブには、聖職者らしく十字架の意匠が刻まれていて、膨らみが窄まった先は、手首まで真っ直ぐ伸びたゆったりめの袖の上にもう1枚、向こう側が透けて見える程の薄い白のシフォン生地で大きく広がった袖が付けられていて、魔法使いや神官風のローブのようなシルエットを作っている。
首元から掛かっている、スカートと同じ丈の、十字架をモチーフにした複雑な刺繍の刻まれた前垂れは神官や司祭のそれを思わせるものの、首元には上から白いケープを付けていて、全体としての雰囲気は修道女に近いかな。
腰は黒いコルセットで締めてあるけど、前垂れを覆ってしまわないようにか、お腹側は脇腹ぐらいまでしか生地がなく、前側はオーブをアクセサリーとしてあしらった留め紐1本だけで留められていた。
全体的に、コンセプトはツキナさんに似た神官+修道女なんだけど、神官寄りのツキナさんとは逆に、修道女側にだいぶ寄せた感じのデザインだね。
ただ、服自体はコルセットもあってある程度身体のラインに沿っているけど、前垂れはコルセットの留め紐で緩く縛っているだけだから、横から見ると胸の下にわずかに隙間があったり、スカートの左脚側は側面に腰近くまで深くスリットが入っていて、黒いニーハイとガーターベルトに紐パンの結び目まで露出していたりと、ところどころかなり大胆なアレンジがされている。
……特に、その左腰辺りはちょっと目のやり場に困る……。
「え、えと、マイスと言います。よろしくお願いします」
つい人見知り癖が出てしまって顔を直視できずに、しかし視線を下げたら下げたところで思わず左腰のスリットに目が吸い寄せられてしまったのを誤魔化すようにして、僕もお辞儀で返す。
「……ふふっ、わたしはまぁ、これで慣れきってしまっているので敬語ですけど、別にわたしに対してそう畏まる必要はないですからね? もっと楽にしてくださいな」
「う……そ、そう? それじゃあ……その、よろしく、雫さん」
なんて言い直せば、
「あー、ずる〜い! 私の時は敬語直すの時間かかったのにー!」
と何故かミスティスがむくれる。
けど……
「いやいや、時間かかったのは呼び捨てにする方で、敬語はミスティスの時だってすぐ訂正したじゃないかぁ」
「むむぅー……そーだっけぇ?」
こういう時に限って何故か微妙に納得してなさそうだけど、いやいや、僕はちゃんと覚えてるからね!?敬語はミスティスの時も割とすぐ直してるよ!?
「……あらあら、ふふっ」
と、ある意味元凶のはずの雫さんは完全に他人事モードだ。
むぅ……どうしてこうなった……。