note.100 SIDE:G
「ふむ、それで結局、君は一体何をしていたんだい? 雫」
ミスティスの理不尽な不機嫌を処置なしとみたか、オグ君が雫さんに話を振り替えてくれる。
……うん、ただ本人が事実を覚え違えているだけとかいう割とどうしようもない感じだったから正直助かった……。
内心で感謝しておくことにする。
……が、こっちはこっちで別の意味で問題だった……。
「……見ての通り、スライム浴ですが……」
さも当然のように当たり前みたいな顔して言ってるけどスライム浴って何!?
え、つまりさっきのは襲われてたんじゃなくて自分から呑まれに行ってたの?なんで?何しに!?
「……海に還ったみたいで気持ちいいんですよ?」
還る……?海に……?なんで普通に以前還ったことがありますみたいな言い方なの?
……え、ちゃんとヒトだよね?今僕たち人間と会話してるよねぇ!?
いや、まずその、
「っていうか、そもそもダメージは? 大丈夫なの?」
「……Lv1968ですからねぇ。ここの子たち程度では死なないですよ」
「Lv2000近く!?」
天地さん程ではないにしてもとんでもないガチ廃勢だった……。
そりゃあ、ここのMob程度では1ダメージにもならないだろうねぇ……。
ただ、それにしたって……
「えっと、でもあの中息できないんじゃ……?」
「……あぁ、それは水中呼吸の加護があればなんてことないですよ?」
「スライムの中って水中扱いなの!?」
驚愕の事実だけど!?
そう言えば、エクストラスキルのことを「加護」と言い表すのは割とNPC寄りの表現だねぇ。
まぁ、別にプレイヤーでもそう呼ぶ人は普通にいるし、加護って呼んじゃった方が短くて言いやすいのは確かだから、別におかしな話ってわけではないけれど。
「あぁ……そ、そうか……」
尋ねた当のオグ君も完全に思考を放棄してしまっている……。
「理屈はまぁ、わかんないこともないけど……」
とはミスティスの弁。
あー、いや、うん、言いたいことはまぁわからなくはないよ?うん……。
スライムの粘液はお肌の保湿にいいみたいな話はミスティスに聞いたし……。
「……ところで、皆さんは何をしにこちらに?」
「あー、うん、ちょっと王都まで行くところー。2ndもLv100超えたし、マイスも同じぐらいのLvだからね〜」
「……なるほど、それで森越えルートですか」
「そーそー」
雫さん自ら話題を変えにきてくれたので、これ幸いと乗っかっていくミスティス。
「せっかく久しぶりに会ったことだし、雫も一緒に私たちと王都までどーよ?」
「いいわね。雫が一緒なら、あたしは楽できるし」
「そうだな。まぁ言ってしまえば王都までなんて、ちょっとしたキャンプ旅行みたいなものだ。人数は多い方が楽しいだろう」
「だね」
まぁちょっと……いや、だいぶ独特な感性の持ち主なのは間違いないけど……みんなとも親しそうだし、少なくとも悪い人ではないことも間違いない。
であれば、僕としても特に異論もないので、素直に頷いておく。
「……あら、いいのですか? ……では、ご一緒させてもらいましょうかね。今日は特にする事もなかったので、朝からここで寝てただけですし……」
寝てたって……「朝」が何時ぐらいからを指してるのか知らないけど、僕たちが来るまで割と結構な時間あの状態だったってことね……。
と……まぁ、そんなわけで、こうして王都までの道程に新たなパーティーメンバーが加わったのだった。
「……では、わたしはとりあえず支援に回りましょうか」
「おっけー、じゃあ任せちゃうわね〜」
雫さんの申し出に軽く応じて、ツキナさんが……あっれぇ?サブマシンガン……?え、全部雫さんに丸投げなの?
それに応えるように、雫さんが背中に背負う形でストレージから取り出したのは――
「十字架……?」
「……はい」
見る角度に関わらず、逆光になるはずの方向からでさえ曇り一つない純白という、不思議な金属光沢を放つ、巨大な十字架だった。
見た感じは金属光沢があるように見えるものの、その表面には何が映り込むこともなく、まるでそこだけ十字型にグラフィックがバグって白く抜けているかのような、不可思議な存在感。
十字に交わるそれぞれの軸棒は華奢な雫さんでも武器として握れる程度の細身だけど、その大きさは彼女の身の丈ほどもある。
そして、もう一つ気になるのは……
「その背負い方だと、上下が逆なのでは……?」
明らかに横軸が彼女の腰元付近、縦軸の半分より下側にあることだ。
この世界においても、形式上全てのクレリックが所属し、最高神たる創世と評決の女神シティナを奉る世界宗教である「シティナ聖教」のシンボルは、一般的なイメージ通りの横軸が上にくる十字架だ。
そしてそれを上下逆にした、所謂「逆十字」が一般的にはあまりいいイメージを持たれないというのも、やはりこの世界でも変わらないはずなんだけど……。
光り輝く純白からはいかにもな神聖さが感じられるのに、その上下だけが逆になっているのは、なんともちぐはぐな違和感を感じてしまう。
だけど、僕の疑問を、雫さんは笑顔で否定した。
「……いえいえ、これで合っていますよ、くすっ……。……この子の名前は『恩寵の逆十字』といいます。元より逆十字ですから、この向きで正解です」
そう言って、雫さんは逆さまのまま十字を手に取ると、魔力で浮かせて祈りの構えを取る。
う〜ん……説明になっているようで何も説明していないような気がするんだけど……まぁ本人がいいと言うならこれでいいのだろう。
ともあれ……そこから雫さんが支援を全部引き受けることになったんだけど……それがまぁ……なんというか、すごかった……。
「……では、始めますね」
祈りの形で目を閉じた雫さんが宣言すると、ブレッシングに始まって、ルクス・エーテルナやルクス・ペルペチュアなんかの基本はもちろん言うまでもなく、エンハンスやストーンスキンなんかのフォーススキル、果てはファーストエイドやグローリアなんかのクレリックの初級聖術まで、おおよそフォースドプリーストで取得可能なあらゆるバフのアイコンが怒涛の勢いで並んでいく。
そこからしばらく、てんとう虫やらスライムやら、この森にも生息しているトレントなんかを相手に戦闘したんだけど、雫さん一人でこの大量のバフを管理しているのに、どうやっているのかバフアイコンが一切途切れることがないのだ。
途中で気が付いたんだけど、どうやら効果時間30秒の聖体降福を、わざと早めに20秒のタイマーとして常時かけ直していて、20秒3セットの1分を基準にしつつ、効果時間が分ではなく1分30秒だとかもっと細かい区切りのスキルや、多少詠唱があったりサクラメントやルクス・ディビーナ、キリエ・エレイソンみたいな時間と無関係にかけ直しや差し込みが必要なスキルも、余裕を持たせた聖体降福の効果時間10秒を使って上手いことやり繰りしたりして、完璧なタイムスライス管理を実現しているみたいだね。
あー……なるほど、これだけ凄まじければ嫌でもわかる。
エニルムの時にツキナさんが謡さんへのスキル回し指南の例として挙げてたタイムスライス管理の手法って、雫さんのことを言ってたのね……。
実際に体験すると、聞いていた以上に凄まじい……としか言えない……。
これは確かに、ツキナさんの仕事がなくなるわけだね。一体頭の中はどういう世界になっているんだろうか……。
結局、サクラメントとかキリエ辺りの、術者の魔力補正が効果に無関係かつ、どうしても咄嗟の差し込みが必要な瞬間があるようなスキルだけ、たま〜に他の詠唱やらで間に合わないタイミングにツキナさんがサブマシンガンのままフォローを入れるぐらいで、この日の戦闘の9割9分はほぼ雫さん一人だけで支援スキルを回しきってしまったのだった。