note.100 SIDE:R

 翌朝。

 教室で小さく欠伸を噛み殺していると、横から声がかかる。

「よ、高坂。なんだ、眠そうだな」
「おはよう」
「おはよ〜」

 いつも通り三人一緒の九条君たちだ。

「あ、おはよう、みんな。いやぁ、なんだか昨日寝着けなくって……」
「あぁね。まぁ、授業中寝落ちんなよ」
「あはは、大丈夫。ちょっと寝着きが遅かっただけで寝れてないわけじゃないから」

 と、それだけ言うと、九条君は僕の返しにひらひらと手を振って、三人もそれぞれの席に着く。

 実のところ、寝てない理由は昨日のHXTのログアウトの後、僕のもう一つの趣味の方で、とある事件に巻き込まれていたからなんだけど……まぁ、そっちで起きたことはとてもじゃないけど大っぴらには言えないからね。

 それにしても、と、再び一人になって、思考を巡らせる。
 雫さんにユイリィさん、か……。
 僕は昨日の一晩で二人も「記憶喪失のラクター」に出会ったことになる。
 偶然……?……にしては出来過ぎているような……。
 だけど、二人の共通点はそれだけだ。
 別に容姿や思い出せる記憶が似ているとかってわけでもないし、そもそもゲームの中とリアルのトラッシュエリア、出会った場所からして全く関連性がなさすぎる。
 となると、やっぱりただの偶然……?

 う〜ん……と、思考に沈んでいると、予鈴のチャイムとほとんど同時に、時間ぴったりで担任の大沢先生が教室に入る。

「よーし、全員席着いてるなー。ホームルーム始めるぞー。っつっても、今日の連絡事項は一つだけだ」

 とまぁ、特に何でもない風にいつも通りの調子で始まった一日だったけど。

「聞いて驚け、転校生だ」

 続いた一言で一気に教室はざわついた。
 そろそろ6月も終わりが見えて、梅雨も半ばという頃の今。
 時期としては随分と半端というか、珍しい気がするね。

 とまぁ、そんな唐突な展開に驚きを隠し切れない教室の様子に、期待通りの反応が得られたとみたか、ニヤリと笑みを浮かべた先生が、扉に向けて声をかける。

「よーし、入ってきていいぞー」

 教室が再び静まり返り、全員の視線が声のかかった扉に集中する。
 そうして扉が開かれて、入ってきたのは――
 この学校のものとも、北高のそれとも違う、可愛らしいセーラー服に身を包んだ少女だった。
 スカートと、全体がサーキットラインで着色されているらしい白地の一本線入りのセーラーカラーの発光は鮮やかなスカイブルー。
 胸元のスカーフの、こちらも色鮮やかな赤がその青色によく映えている。

 解けば腰の下まで届くだろう長髪をポニーテールにまとめた金髪と青い瞳は一見日本人離れしているけど、今日日この程度はAR情報でいくらでもカスタムできるから、ファッションの範疇だ。
 その金髪碧眼に違和感を感じさせない、どこか大人びて見える妖艶さと、この年代特有のまだわずかに残るあどけなさとが不思議と同居した、よく整った顔立ちは文句なしの美少女。
 その可愛らしさに、主に男子を中心にわずかにどよめきが起こる。

「どうもー、はーじめまーしてっ。私は(ゆずりは) (ゆわえ)。んと、こう書いて……これで『ゆわえ』ね。うん、それじゃ、今日からよろしく〜」

 ARのネームタグを浮かせながら、結と名乗った少女は人懐っこさを感じさせる笑みを浮かべて軽く手を振ってみせた。

「ということだ。席はそこだな。まぁよろしくしてやってくれ」

 と、楪さんが席についたところで、

「今日の連絡はこれだけだから、一限まで時間やるが、隣の教室の迷惑にならん程度にしとけよー? んじゃ、俺からは以上だ」

 おそらくは元々そのつもりで時間が空くよう調整してくれていたのだろう。
 手短にそれだけ告げて、大沢先生はさっさと教室を去っていったのだった。

 となれば、当然――先生が教室を出て、その扉が閉まった途端に、楪さんの下にわっと人だかりができる。
 まぁ、先生は一応釘を刺していったものの、今の時代、ARクラウドサーバーの処理能力を使って壁面に伝わった音の振動に逆位相波を重ねるノイズキャンセリングが一般的だから、あまり度が過ぎなければ問題はない。
 僕もまぁ……話しかける勇気はちょっとないけど……人並みに気にはなるし、話を聞く程度にでも様子を見に行ってみようかな。

 なんて、人だかりの輪の後ろの方にこっそりと加わってみる。
 改めて間近で見ると、本当に美人だなぁ……と、素直に思う。
 そして耳を傾ければ、そんな彼女に矢継ぎ早と飛び交っているのはお決まりの質問攻め。
 内容もまぁ、当たり障りなく、前に住んでたのはどんな場所だったとかこっちに来ての感想とか好きなもの嫌いなものとか趣味はあるかとか、転校生に聞いてみたいことの定番といったところ。
 対する楪さんも、平凡な街だったけど地元のローカルB級グルメが美味しかったとか、この街のことはまだ言うほど見て回れてないとか、鶏肉が好きでナスがダメとか、笑顔で受け答えていく。
 ちょっと特徴的だったのが趣味の話で、

「趣味はねー、音楽はよく聞くよー。あ〜、それ聞いた聞いた、いいよねー! うんうん! っていうか、音楽ならほとんどノージャンルで何でも聞くかなー。ポップンビーツとか最近のアイドル系も聞くし、J-POPにバラードに、あぁあとロックとかメタル系もいけるよー。あっわかるー! BLACK LINKERいいよねー! テクノにトランス……あー、うんうん、ジャズも洋楽も全然聞く聞く! 2000年代系とかのレトロなのも聞いてるし、ピコピコ全開の電波ソングとかも聞くしー……なんならクラシックとかもちょいちょい聞いてたりするし。音楽だったら何でもウェルカムって感じ!」

 とのことで。
 音楽に関してはかなり趣味が広いみたいだね。

 僕はそっち方面の趣味はないから、固有名詞はよく知らないんだけど……そんな僕でも名前と代表曲のサビのメロディーぐらいは思い出せるポップンビーツ、通称「ポプビー」は、最近の流行の最前線と言える人気を誇る3人組のAIアイドルグループ。
 現代AI技術をフルに活かした、一切人の手を介することなく作詞、作曲、歌唱まで全てAIである「彼女たち自身」で構成されたキャッチーなアップテンポのメロディーが巷を席捲している。
 BLACK LINKERはー……名前ぐらいはどこかで聞き覚えがあったかなぁ?
 確か、ヘビーメタル系だったかの、なんとかって有名なグループの数年前の名曲、とかだった気がする。

 と、そんな和やかな空気が少し変わったのは、「どうしてこっちに引っ越してくることになったの?」という、これまた定番の、なんてことない質問。
 その楪さんの答えが、

「私ね、『探し物』をしに来たの」

 というものだった。

「探し物?」
「そ。『探し物』。と言っても、私も何探してるのかよくわかってないんだけどね〜」
「??? 何それ?」
「う〜ん……何だろうね?」

 なんとも要領を得ない彼女の回答に、皆一様に首を傾げるしかなく、疑問符だけが宙をさまよう。

「まぁ、何だかよくわかんないけど、多分この街にあるんだろうなーっていうのは間違いなさそうだし。とにかく、私はそれを見つけなくっちゃいけないんだ」

 そう語る彼女の目は決してデタラメを言ってるようにも見えず、周囲にますます当惑の空気が広がったところで。
 一限目の予鈴が鳴ってしまい、結局その場はよくわからない空気のまま解散となってしまったのだった。


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