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note.104 SIDE:G

 木漏れ日もだんだんとオレンジに色づいていく中、森を進んでいくと、不意に視界が開ける。
 明るさの変化と正面からの西日に、一瞬手をかざして目を細める。
 光に慣れた目を開けてみれば、そこには夕暮れに煌めく澄んだ湖が広がっていた。

「わぁ……すごい綺麗……」

 思わず、素直な感想が漏れる。
 これがティッサ森の中間地点、ティス湖……。
 北から流れ込んでいるのはニアス川の支流であるティス川。大本が清流のニアス川なだけあって、夕陽を反射して輝く湖面は底まで見通せる程の鮮やかな青色を湛えている。

「さて、この辺りで予定通りキャンプといこうか」
「おー!」

 と、オグ君の音頭で野営の準備に入る。
 まずは、真ん中に焚き火の場所を確保しつつ、それぞれ適当な位置にテントの設営。それが終わったら、手分けして諸々の準備をしていく。

「……わたし、薪を拾ってきますね。……あ、使えそうな手持ちの食材出しておきます」
「ありがとー、雫。そんじゃ、パパっとごはんの準備しますかー!」

 なんて、腕まくりしてるミスティスだけど……

「えーっと、一応聞いておくけどミスティスって料理できるの?」
「なによー。私だってそれなりには『女の子』できるんだからねー? これでも料理のエクストラスキルはLv4持ってるんだから!」

 ちょっとだけ不安になって聞いてみれば、慣れた手つきでくるりと包丁を回したミスティスからジト目が返ってくる。

「おぉ……そっか。なら期待しておくよ」
「ふっふーん、まっかせなさ〜い!」

 ミスティスが料理できるのはちょっとイメージしてなかったから意外だなぁ。
 エクストラスキルとしての料理にも、熟練度の上昇幅にリアルの料理センスが結構関わるからねぇ。Lv4というと、一般家庭の範疇でならそこそこ料理上手に分類してしまっていいぐらいだ。
 聞いた話では大体目安として、Lv4あれば十分料理上手、Lv5で一般家庭向けのレシピ本とか出せたりするぐらい、Lv6いけたらリアルでお店やってみてもいいんじゃない?レベル、Lv7とか8以上になると本格的に職業料理人級、らしい。

 ミスティスが料理の下準備に取り掛かり始めたところで、オグ君は、

「ふむ、さて、メインメニューに一品追加できるかな?……っと」

 なんて、釣竿を準備しているようだ。

 ツキナさんは……うん?
 何やら一抱えぐらいの大きさの、ビニールシートっぽい質感の素材で蛇腹に覆われた箱をストレージから取り出したところだった。
 なんだろこれ……?

「ツキナさん、その箱みたいなのは?」
「あぁ、これ? 携帯用のシャワールームよ。ほら」

 僕の疑問に答えて、ツキナさんがビニール箱の上面を開いて中を見せてくれる。
 見ればなるほど、所々にライトも仕込まれているらしい箱の骨組みはどうやら伸縮式のようで、底面にはシャワーヘッドと、水量と温度調整用とわかる二つのつまみに魔石のソケットがついた操作パネルが固定されていた。
 これはつまり、骨組みを伸ばした上で立てて、電話ボックスみたいな形で使うわけだね。

「まぁ、お風呂はさすがに無理でも、せめてシャワーぐらいは、その……ね」

 と、少しだけ顔を赤らめるツキナさん。

「あー……なるほど」

 女性はやっぱりどうしても、気になるところなんだろうねぇ……。
 男性だって綺麗好きな人は気にするところではあるだろう。
 まぁ、男の場合は世界観柄、冒険者なんて職業を選ぶ人種だと多少のサバイバル生活はお手の物で一日二日程度ならそんなの気にしない、みたいな人も多そうではあるけど。

「リアルじゃ水の確保とか大変なところだけど、HXTこっちならジェム一つで水でも火でも出し放題なんだから便利なものよね〜♪」

 鼻歌まじりにそう言いながら、ツキナさんはシャワーボックスの設置位置を捜しに少し離れた木陰に入っていった。

 そんな彼女を見届けたところで、

「あぁ、そうだ、マイス。ちょうどいい機会だ、初めてだろうから一度エーテルアンカーの使い方を実践で確かめておくといい。……というわけで、アンカーの設置を頼む」

 オグ君に頼まれる。

「あ、うん。わかったけど、紫を入れて地面に打ち込めばいいんだよね?」
「あぁ、それでいい。それ用の木槌は便利セットに入ってたはずだ。
 それで、設置位置のセオリーなんだが……まぁ普通は大体拠点から20メートルぐらいのマージンを取るんだ。理由はいくつかあるんだが、まず一番単純なのは安全マージンだな。魔物からの魔力探知は阻害できるとは言え、視覚的に発見されてはどうしようもない。だが、例え見つかったとしても、20メートルも距離を取れてれば奴らにとっては悪臭の忌避剤とエーテル濃度の低さを乗り越えてまで襲ってこようという奴はそうそういない。万が一があっても、結界に侵入検知の機能もあるから、この距離があれば対応は可能だ。
 それと、もう一つは……――」

 親指で軽く、今まさにツキナさんがシャワーボックスを木陰に立て掛けようとしているのを指差して続けて。

「――多少こう、拠点からは距離を置きたい用事というのもあるだろう? 例えばアレとか、な」
「あぁ……なるほどね」
「とまぁ、そんなところだ。今回は湖岸だから、こっち方向は適当に沿岸に沿っておけばいいけど、他の三方向はそんな感じで頼む」
「了解。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「あぁ、よろしく」

 さて……じゃあ、とりあえずはわかりやすい湖岸の片方からやってみようかな。
 アンカーの一本を取り出して、紫の魔石をセットしながら適当に湖沿いを歩いていく。
 20メートル……20メートル……目測だけど、大体これぐらい……かなぁ?
 一応、確認しようかな。

「オグくーん! これぐらいの距離でいいのー!?」
「あぁ! それぐらいで大丈夫だー! その距離感で残りも頼むー!」
「OKー!」

 ってことらしいので、とりあえずはここに一本目を……っと。
 釘を打つように木槌でコンコンと打ち込んでいけば、半分程が地面に埋まった辺りで、上面の魔法陣が起動して魔力の光が灯る。
 これでいいってことなのかな。なら、残り三本もこの調子で埋めていこうか。
 とりあえず90度、右向けー右っと……。

 アンカーを設置し終えて戻ってくると、ちょうど薪に使えそうな木の枝をいっぱいに抱えた雫さんが戻ってきたところだった。
 シャワーボックスも設置し終わったツキナさんも手伝いに入っていて、料理の方も順調そうだね。

「……ただいまです」
「おかえり、雫〜」
「……早速、火をつけましょうか」
「うん、お願い〜」

 雫さんが適当に薪を組んで、魔力操作で火を点ける。
 魔力操作だけで焚き火にちょうどいい程度に加減して火が熾せるのはだいぶ精度が高いねぇ。プレイヤーでここまでの魔力制御ができる人ってそうそういないんじゃないかな。
 ともあれ、辺りもすっかり真っ暗で、ライトのスキルを明かりにしていた状態だったけど、焚き火が点いてようやく十分に明るさが確保できた感じだね。

「よーっし、こっちの準備もちょうどできたし、お湯沸かそうお湯!」

 鍋を取り出したミスティスは、続けてもう一つ、側面に紋章刻印が刻まれた、ボトルみたいな口がついた革袋を取り出す。魔力を通すだけで水が出せる無限水筒だね。
 そこから鍋に水を浸すと、焚き火の火にかける。
 そうして、沸騰……までいかないけど、底から気泡が湧きだした辺りで、火が通りにくそうなものから順に具材を入れていく。途中、しっかり灰汁取りも忘れない。
 ここまでのところ見た感じ、シンプルに鍋物って感じだけど、何を作るつもりなんだろう。
 一通り具材に火が通ってきたところで、

「っとゆーわけで、今日のメニューはこちらです! ドン!」

 と、自信たっぷりに取り出したのは……げっ!?これ、いつかのスライムの粘液!?

「え、ちょっ、それこないだの!?」
「そーだよー」

 僕とミスティスが最初に出会った日のスライム狩で手に入れた粘液……。
 そう言えば、ミスティスは自分の取り分を売らずに保管してたっけ……。

「えっ、これ食べるの!? 本気で!?」

 と、顔を引きつらせたのは僕だけで、

「おー、いいの持ってるじゃない」
「おぉ、スライム鍋か、悪くない」
「……いいですねぇ、しばらくぶりです」

 他三人は普通に嬉しそうにしていた。
 あの時の説明で絶品って言ってたのは覚えてるけど……本当にそんなに美味しいの?これ……。

「こ、これを食べるのは相当勇気が要るんだけど……」
「そんなことないよー。まぁ見た目はアレだけど、一口食べればわかるから♪」

 そう言って、ドン引きの僕に構うことなく、ミスティスは粘液を丸ごと鍋に投入してしまう。
 うへぇ……半透明だった粘液が、煮立ったら完全に不透明の蛍光グリーンになってボコボコ気泡を立ててるもんだから、完全に怪しい化学実験とか魔女の危ない秘薬とかそういうビジュアルだよこれ……。
 とてもじゃないけど人が食べていいものには見えないんだけど……。

「まぁ、初見のビジュアルのインパクトは確かにドギツいのはわかる。ともあれ、食べればわかるさ」

 なんてオグ君も言うけど……ホ、ホントかなぁ……?


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