note.103 SIDE:R

 ひとまず、2階に上がるために階段まで戻る。
 早速2階へ……と思ったんだけど、

「あ、そうそう、2階の前に中庭も行っておかないとね!」
「おぉ、そういやそうだな」

 そう言えば、中庭もあったねぇ。
 と、塚本さんの一言で一旦階段とも繋がっている渡り廊下に出る。
 右手を向けば、渡り廊下と校舎で囲まれた中庭スペースだ。
 ここは色とりどりの季節の草花が植えられていて、低木のアーチで彩られた通路とか、えーっと……あぁいうの、ガゼボっていうんだっけ?西洋風の東屋もあったりして、結構本格的な洋風の庭園みたいになってるんだよね。
 生徒にももちろん人気の場所で、今も待ち合わせ中なのか東屋でくつろいでいる人や、ベンチで読書している人やらがいて、放課後の昼下がりの穏やかな時間が流れている。

「ここが中庭だ。案外広いだろ? 景色もいいし、芝生とかベンチもあるから、天気いい日はここで弁当広げて昼飯にしてる奴とかも多いんだ。ま、昼休みの憩いの場って感じだな」
「いいね〜! ここでお弁当広げられたら、ちょっとしたピクニック気分だね!」
「あと、花壇の一部は園芸部が管理してたりもする。これだけのスペースだ、かなり本格的にやれるみたいで、部員からの評判はいいと聞いているね」
「へぇ〜」
「んーで、あっちが部室棟だな。手前のスペースは完全に空き地だから、たまに模型部が塗装道具広げてたり、電工部がロボット走らせてたり、文化祭の時は出し物スペースになったり、まぁいろいろ自由に使われてる感じだな」
「お〜、結構立派な建物だねぇ」
「あぁ、屋上に天文部用にちっさいけど天文台もあるぐらいだからな。ちなみに、部室棟から右手の校庭側に行けば体育倉庫と第1第2の体育館、左手が温水プールのあるプール棟、部室棟の裏側には柔道部とか剣道部とかが使う道場館やら弓道場やら、あとは運動部が筋トレに使えるジム施設とか、茶道部用の茶室なんてのもあるぜ」
「お〜ぉ、けっこー豪勢だねぇ」

 渡り廊下を挟んで中庭の反対側、逆「タ」の字の開かれた側の先を塞ぐように建てられているのが各部活動の部室が詰まっている部室棟だね。
 九条君の説明通り、部室棟を中心にして、プールや体育館を始めとした部活動用の各種施設が用意されている。
 高校の部活動用に天文台や茶室まで用意されているっていうのは、やっぱりかなり恵まれた環境だよねぇ。

「ま、うちの学校は私立とはいうものの、運営してるのはタルタロス研究所のお偉方だからなぁ。金には困ってないってことなんだろ」
「タルタロス? あの、レイヤード技術の開発元の?」
「そのとおぉ〜〜〜っrrrるぃ!!」
「わひゃあ!?」

 突然に背後から割り込まれた、無駄に響き渡るハリのいい巻き舌のバリトンボイスにびくりと驚かされる。
 全員で振り返ったそこにいたのは、

「ぬをぁ校長!?」
「え、校長センセ? この人が?」
「それもまたその通りだよ、楪君。私こそが! この遠堺南高校校長、真木柱(まきばしら) 風人(ふうと)だ! ハァッハッハ! 我が校へよぉ〜こそ! 歓迎しよう、盛大にな!」

 ものすっごいオーバーアクションで両手を広げて歓迎の姿勢をとる校長の真木柱先生だった。
 縦縞の入った青のワイシャツに赤のネクタイ、靴まで全身真っ白なスーツ姿に、特に考えずに自分で適当に切っただけにしか思えないざんばらの金髪……一番よく見かけるこの人の「いつもの格好」だ。
 一応、まだこの人が「初代」の校長先生らしいので、この学校の成立が二十年以上前と考えると年齢はおそらく五十代……下手したら六十代とかになっていそうなものなんだけど、どう見てもせいぜい三十代半ばぐらいにしか見えないんだよねぇ。
 相変わらず年齢不詳な人だ。
 年齢以外も、この奇抜な格好とエキセントリックな言動以外にわかっているのは校長の肩書と、どうやらタルタロス研究所においてもそれなりに高いめの地位にいるらしいという噂ぐらいなもので、かなり謎の多い人なんだよね。

「な、名前覚えられてる……あ、ありがとう……ございます、はい」
「フゥム、見たところ、さしずめ校内の案内中というところかな。九条君たちに任せておけるなら私としても安心だ。ハァッハッハァ! どうかね? 我が校の感想は」
「え、え〜っとー……素敵なところだと思います、よ? その、いろいろ充実してて」

 あ〜……う、うん、いきなり現れて校長の肩書出されて、このテンションで話されると会話の距離感掴めないよね、わかるわかる……。
 僕たち在校生徒でも未だにリアクションに困る時があるもんね……。

「や、校長。校長の立場から直接それ聞かれたらとりあえず当たり障りなくお世辞言っとくしかなくないすか?」
「フゥン……それもそうか。いやはや、私としてはできる限り生徒諸君の生の声というのが聞きたいところなのだが、こういう時だとどうもこの校長という肩書は権威がありすぎていけないねぇ。フアッハッハァ!」

 九条君の冷静なツッコミに、しかし口ではそう言いつつも悪びれた様子もなく高笑いする校長先生。

「この遠堺の地の北部に存在する我々タルタロスが! レイヤードネットの技術を生み出し、世界に認めさせたのは周知の事実だと思うのだが。それ以来、我々はARネットワーク分野において最先端をひた走ってきた。そしてぇ! その技術の実用化のための実証と実験のためには実地でのデータというものがやはり必要になってくるわけなのだ、が! 大人から得られるデータというのは我々が実際に使ってみながら研究所内で生活していれば事足りる。しかぁし! ここで問題になってくるのは年齢層……特に十代以下の子供たちのデータが圧倒的に不足してしまうのだ! ではどうすべきか! 十代以下の年齢層のデータを大量に、統計的に得られる効率の良い方法……それ即ち、学校こそが最適解! 故に! 我々はこの学園を生み出し、君たち生徒諸君からの忌憚なき生の声というものを貴重な資料として――」

 あー……うん、これもうあれだね、いつも通り「持って行ってもらおう」か……。

「八雲さ〜ん、お願いしま〜す」
「ここに」

 僕の呼び声に応じて、紫色のきっちりと切り揃えられたショートボブに同じ色の瞳の鋭い目つきをした、同じく暗い紫色をしたスカートスーツを折り目正しく着こなした女性がどこからともなくスッと現れて、校長先生の首根っこを引っ掴むと、そのまま引きずって持ち去っていく。

「さぁ、校長? 部屋に帰りますよ。まだ本日決裁の書類が十束ほど残っています。こんなところで油を売る暇がおありならば速攻で、可及的速やかに、迅速な処理をお願いします。それでは皆様、馬鹿がご迷惑をおかけしました。ごきげんよう」
「あぁあ、ぅあっrrrるぇー? 折手柄(おりてがら)君? 君今一体どこから現れたんだい!? この渡り廊下に隠れられる場所なんてどこにもなかったよねぇ!? あと直属の上司に向かって馬鹿はちょっと酷いんじゃないかなあ!? ()か校長だよ!? この学校で一番偉いんだよ!? ねぇ、聞いてる!? ねぇ!?」
「そのように扱われたいのでしたら是非とも相応に相応しい態度と仕事ぶりをその直属の部下たる私にお示しくださいませ。具体的には本日決裁分の書類の速やかな処理を」
「い、いやいや、今のも生徒の声を直接聞き届けるという重要かつ立派な仕事をだねぇ!」
「物事には優先順位というものがあります。そして本日決裁とは言葉通り本日中に決裁しなければならないという意味です。現状況において『転校初日の生徒にウザ絡みしてドン引きされる』事がこれよりも優先される理屈は存在しません」
「えっ? 今僕引かれてたの? マジで!? こんなにフレンドリーだったのに!?――っていうか待って!? 首! 首絞まってる! 絞まってるから!! じぬっ! ごれマジでじんじゃう゛がrぐえっ!?」

 あ、死んだ……。
 いやまぁ、いつもの光景だからどうせ生きてるんだろうけども……。
 全員が遠い目で見送る中、楪さんの当然の疑問に九条君が答える。

「えーっと……すっごい美人さんだったけど、今の女の人は誰……?」
「折手柄 八雲さん。なんか校長の秘書らしい。苗字が長ったらしくて覚えづらいからみんな『八雲さん』って呼んでる。校長がいるところで呼べば必ず来てくれるから、さっきみたく校長がウザかったら遠慮なく呼ぶといいぞ。この学校でみんな一回は経験する通過儀礼みたいなもんだから」
「な、なるほど、覚えとく」

 折手柄 八雲さん……あの人も校長先生以上に謎の多い人だ。
 一応、ポジションとしては「校長先生の秘書」ということらしいんだけど、教頭先生は別でちゃんといるから、それとはまた違うみたいだし、もちろん教員として授業を持っているわけでもない。
 普段校内で何してるのか全く謎なんだよねぇ。
 見た目二十代前半ぐらいの美人に見えるけど、やっぱりこの学校の創設当初から今のポジションにいるみたいだから、校長先生以上に年齢不詳だし。
 あと、校長先生にもツッコまれてたけど、いつもあの格好でどこにどうやって隠れててどこから現れるのか本当に謎だし……。
 多分、街中で見かけたら男女を問わずみんな振り向くんじゃないかってぐらいの美人なのに、あぁやって校長先生絡みで出てくるまで本当に存在感がないんだよねぇ。
 一体何者なんだろうか……。

 えーっと……まぁ、一旦おいといて……。
 タルタロス研究所というのは、大体さっき校長先生が勝手に長々と演説してた通りだね。
 この遠堺の「C」の字の北側を大きく占有しているVR・AR関連技術の研究所で、遠堺市が「仮想化技術実験都市」に制定された理由でもあり、現在世界的に普及しているVRネットワークの片翼「レイヤードネット」の提唱・開発元として有名な研究機関だ。
 そこで日々研究されているVR・AR技術は、基本は研究所の敷地内を疑似的に小さな街に整備して、研究員やその家族が実際にそこで暮らすことで実地テストをしてるらしいんだけど、それだけだとどうしても実験データが不足する十代以下の子供たちを対象とした実地テストを目的としてこの学校が作られたらしい。
 そういう目的があることもあって、この学校は施設や授業へのVR・ARの活用も他より進んでいるし、部室棟が充実しているのも研究所の予算でやれるというだけではなく、多様な部活動を通してできるだけ多角的なデータを収集したいっていう意図もあるみたいだね。

「あー……まぁ、校長のせいで微妙に時間食ったけど、次は2階だな。行こうぜ」

 っと、まぁそうだね。
 そろそろ案内に戻って……次は2階だね。


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