戻る


note.102 SIDE:G

「い゛っっったあぁ〜〜〜〜〜〜!?」
「あはははは、あっははははははははっ! ちょっ、ごめ、けどっ、あははははっ、ツボが、ツボがハマってっ、あははははっ!」
「クッ……フフ……いや、今のはなかなかの傑作……クックック……」

 頭を抱えてうずくまるミスティスと、お腹を抱えて笑いが止まらなくなってしまっているツキナさんとオグ君。

「あ、あははー……へ、平気? ミスティス」
「……えーっと……ヒール、要ります?」
「うぅ〜……ちょっとお願い……」
「……それでは……《ヒール》」

 雫さんに軽くヒールをもらって、ようやくミスティスが復活する。

「む〜……最後に酷い目にあったよ……」
「クックッ……ふぅ……まぁ、笑い話で済んでよかったじゃないか。刃の向き次第では大惨事だったところだ」
「まぁねー……」

 と、なんとか笑いを落ち着かせたオグ君に、ミスティスは足元に落ちた大あごの片割れを拾い上げてその刃を見たところで、最悪だった場合を想像したか、ちょっと顔を引きつらせる。
 確かに、ぶつかる角度が悪かったら頭からざっくりやられていたところだったわけだから、笑い話で済んだのは僥倖なのかもしれない……。

「あー、おなか痛っ、ぷっ……くふっ……あははっ」
「も〜! ツキナは笑いすぎー!」
「ご、ごめっ、後でお詫びに何か奢るからっ……あはっ」

 ツキナさんはまだ笑いのツボから戻ってこれないらしい。

「むー、じゃあ、王都着いたらサン・ロゼのストロベリーサンデーね!」
「うっ……わ、わかったわよぅ」
「やった♪ 約束ねっ!」

 サン・ロゼっていうのはお店の名前かな?
 あれだけツボってたツキナさんが顔を一瞬顰めたぐらいだから、多分それなりの高級店なんだろうね。
 オグ君も「これは高くついたな、ククッ……」なんてニヤリとしてるし。
 サン・ロゼっていう名前からしてもちょっと小洒落た雰囲気が漂ってくる。

「……あらあら、では、わたしもついでに頂きましょうか」
「いーね! 一緒に食べよ〜♪」

 と、はしゃぐミスティスに雫さんまで便乗しだして、ツキナさんがさっきまでと別な意味でちょっと涙目になっていた。

「ふむ、しかし大あごに甲殻か、いい収穫だ」

 オグ君が甲殻の方を拾い上げながら言う。
 最初に見た時には子供ぐらいの大きさかな?って目分量で目測してたけど、実際はもっと大きかったようで、オグ君が持ち上げたところを見れば、今回ドロップした甲殻の一対だけでちょっとした鎧の一着ぐらいは作れてしまいそうな大きさをしていた。
 大あごの方に至っては、持ち手だけつけてやればそのままでも剣として使えてしまいそうなぐらいだ。まぁ、さすがにそれだけだと内刃側に湾曲してるからちょっと使いにくいかもしれないけど。
 どちらも見た目通り、いい素材になるのだろう。

 とりあえずはオグ君が甲殻を、ミスティスが大あごをそれぞれ拾ってストレージに放り込むと、

「よっし! 気を取り直して! 次行くよ、次っ!」
「おー!」
「……それでは……」

 ピシリと剣先で前方を指したミスティスに続いて、雫さんが支援スキルをかけ直してルーチンを再開させてから改めて出発する。

 そうしてしばらく進んでいくと、段々と今までよりも樹齢の高そうな大きな樹が増え始めて、木々の密度も急激に上がってくる。
 そろそろこの森の深層部に突入したみたいだね。
 このティッサ森も、カスフィ森と同じく便宜上1F、2Fと区別される外縁部と深層部と呼ばれる領域に分かれている。
 外縁部はさっきまでの穏やかな森だけど、深層部は本格的に密度が上がって、アミ北に近いような、鬱蒼とした薄暗い森が広がっている。
 出現する魔物も少し変わって、相変わらず虫系も多いけど、深層部は植物系の魔物の比率が少し上がる。
 当然ながら、トレントのようにただの植物に擬態する魔物も増えるから、ここからはより警戒度を上げて進まないといけないね。
 そう思って、気配探知のエクストラスキルを意識しながら進んでたんだけど……。

 不意に、前方の茂みをカサカサと掻き分けて右手側から何かがやってくる。
 あれ?でも気配探知のこの反応は……。
 と確認しようとしたところで、茂みから現れたのは――
 本来であれば、植物に擬態した状態からの奇襲を得意とするはずの、中心部が巨大な口になった赤い大輪の花の姿をした植物型の魔物、マンイーターだった。

 おそらくは、本当にたまたま単に移動中というだけだったのだろう、マンイーターはこちらに気付くような素振りもなく、僕たちの前を素通りで横切ろうとして、

「あ……」

 僕たちとしてもあまり見かけることはないだろう光景に思わず誰ともなく漏れた呟きに、ピタリと動きを止めたかと思えば、そ〜っとこちらを振り向く。
 ……うん、なんでだろうか、目なんかついてない植物型の魔物のはずなのに、この時だけはしっかりと「目が合った」のがわかったような気がした……。

「……」
「……」

 ものすご〜く居た堪れない感じの沈黙が数秒流れたところで。
 何を思ったか、マンイーターは僕たちに視線を合わせたまま、一歩後退るようにして片足ずつ根っこを地面に埋め込んで、開いていた口をピッタリと閉じると、そのまま微動だにしなくなる。
 ……いやいやいや、それで誤魔化せると思ってます!?

「…………」
「…………」

 再び沈黙。
 ……いや、その、うん、

「「「「「いや見逃すわけあるかぁ!!!」」」」」
「〜〜〜!?!?」

 当然の総ツッコミだった。
 マンイーターは何故か妙にコミカルに人間臭い動きで「ひえぇ〜!?」みたいなリアクションを取ってから、慌てて逃げ出そうとして――

「《ファイヤーピラー》!」

 いやまぁ焼くよねぇ当たり前だけど!
 あっけなく火柱に呑まれて、マンイーターはフォトンに消えていった……。

「……何しに出てきたの今の……」
「いや、まぁ、彼らの本来の強みは擬態からの奇襲だからな……向こうもこの状況は想定していなかったんだろう……多分……」

 完全にジト目のツキナさんに、だいぶ困惑しつつもなんとか推論するオグ君。
 なんというか……あまりにも予想外の珍事で、完全に気が抜けてしまった……。

 なんて思っていたところに、今度は背後から急速に迫る気配が一つ。

「っ! 後ろ!?」

 振り向けばそこには、羽の生えた槍のような何かが弾丸のような超速度で迫ってきていた。
 あれは……この森の中では数少ない小鳥型の魔物、メイルピッカー……!
 キツツキに似た小鳥の魔物で、時として自分の体長よりも長く育つ硬く鋭い嘴と小柄な身体を活かした超高速による、鉄の鎧さえも貫いてしまう威力の突撃を最大の武器とすることからこの名で呼ばれている。

 さっきのクワガタの突撃もかくやという速度……反応しきれない!
 狙いは……!

「雫さんっ!」

 なんとか警告だけは絞り出した僕だったけど……。
 彼女はこれにも動じていなかった。
 浮かせていた逆十字の上端を、上下返した右手で順手に掴むと、そのまま片手で十字の上下を反転させて大上段に構えて――

「……『慈愛の裏十字』」

 振り向きざまに無造作に振り下ろした。
 それはほとんど確認もなしに振り下ろされたように見えて――しかして、槌の如く振るわれた十字の横軸は、正確に小鳥の身体を捉えて、先端が地面を陥没させて埋まる程の威力で叩き潰していた。
 潰れるどころか、刃も何もついてない鈍器として振るわれたはずの横軸で完全に身体を貫通させられて、地面にめり込んだメイルピッカーがフォトンへ還ると、雫さんは十字架を地面から引き抜く。

「えぇぇ……強すぎない……?」
「……くすっ……わたしの本分は本来こちらですからね。こう見えて殴りプリなんですよ、わたし」
「殴りプリ!?」

 くるりと十字架を元通り反転させてルーチンに戻りつつ、平然と言う雫さん。

 殴りプリ……本来自力では戦えず、他人への支援に特化したスキルとIntとDexに偏ったステータス補正を持つプリーストで、あえてステータスをStrに割り振って、豊富な支援スキルを自己強化に使いつつ自ら敵を殴りにいく、この手のネトゲではよくある所謂ネタビルドとか趣味ビルドと呼ばれる、職本来のコンセプトや主流のテンプレから外れたキャラビルドの代表格だね。

「えっと、でもそれだと、いくらフォースドプリーストでLv2000近くあると言っても、この量のバフを全員分一人で管理したらMPがきついんでは?」
「……そこはマナリコレクトで賄ってますねぇ」
「な、なるほど……」

 マナリコレクトは、独特の自己支援スキルと杖術を駆使した近接格闘戦を得意とする変わり種のマジシャン系上位職、セージで覚えられるスキルで、大気中の魔力を吸収することでMPを急速回復させるMP回復スキルだね。

 このゲーム、武器の装備制限とステータス補正は職に紐づいてるけど、最大Lvまでマスターしたスキルは職の制限を外して使えるからねぇ。
 まぁ、もちろん物理スキルは対応した装備じゃないと使えないし、魔法も例えば剣士のステータス補正で剣持って撃ったところで武器のMAtk補正もないしIntも低すぎてほとんど威力出ないしとか、考えなしに活用できるってわけでもないけど、パッシブスキルなら職に関わらず常時効果を発揮するようになるし、このマナリコレクトみたいな、ステータスが効果に直接関係しないタイプの補助スキルなんかを他の職に適用させる分には非常に便利なシステムだね。

 それもさながらに、気になったことがもう一つ。

「それと、さっきの……『慈愛の裏十字』というのは?」
「……あぁ、それはですね……この十字架にはいくつか形態……というか、違う使い方があるんですよ。使い方で名前が変わるのです。……杖としては『恩寵の逆十字』、鈍器として使う時は『慈愛の裏十字』ですね」
「ははぁ……」

 なんというか、テクスチャバグじみた謎物質といい、いろいろと謎の多い武器だねぇ。
 少なくとも、そんじょそこらのレア物程度の装備ではなさそうというのは間違いない。

 と、その辺りの雫さんの不思議はともあれ、不意打ちの襲撃で、さっきの珍事件でちょっと緩みかけていた気持ちは引き締まった感じかな。
 まぁ、さっきのはあれはあれで、擬態への警戒で変に力み過ぎてたところは適度にほぐせた気がするし、結果オーライということにしておこうか。


戻る