note.106 SIDE:R

 と、まぁ、そんなこんなで賑やかに商店街を巡っていたところで、事件は起きた。

「わ、ちょっ、何!? きゃっ!」

 後ろから突然聞こえた少女らしき悲鳴に振り向くと、

「きゃんっきゃんっ!」

 散歩中だったらしい少女の手から脱走した、見るからに元気そうな一匹の子犬が、通行人をかき分けながらこちらに向かって走ってくるところだった。
 って、あの子、うちの制服着てるから南高の生徒だね。
 後輩かな?

「あっ、こら! ご、ごめんなさ〜い! 誰か、その子を止めてー!」
「よし来た、任せろ!」

 だいぶ突然のことだったけど、即座に九条君が反応する。
 猛烈な速度で僕たちの横を駆け抜けていく子犬の首からなびくリードを、すれ違いざまにしっかりとキャッチする。
 これで一安心……と思いきや……

「っしゃあ! ……っと、おっ? おっ!? のおおわああああぁぁぁぁ〜〜〜……」

 吹っ飛ばされたー!?
 いや、ちゃんとリードは掴めているんだけど、それ以上に子犬がものすっごい強さで、九条君の身体が浮き上がる勢いで引きずっていく。

「えぇー……」
「うひゃ〜……飛んでったーー〜〜〜……」
「飛んでったっていうか、たなびいてったね〜……」
「人ってあんな風に飛べるんですねぇ……」
「いいいや待て、おかしいだろ冷静に考えて」

 なんて、すっかり取り残されて、流されていく九条君を呆然と眺めていた僕たちだったけど、

「か、感心してる場合じゃないですよーっ!」
「おっとそうだった、とりあえず追うぞ!」

 少女にツッコまれて、はっとなって慌てて追いかける。
 っていうかあの子犬、見かけによらず力もすごいけど、足もとんでもなく速いね!?
 さすが、九条君がすっかり引きずられるだけあって、凄まじい速さで全然追いつけない……!

 って、あれ?子犬の行く先に、もう一人女の子が……?
 九条君の悲鳴に気づいてか、少女がこちらを振り向くと、おそらくは子犬を見て、ぱっと顔を綻ばせる。
 どうやら彼女も子犬の知り合い……なのかな?
 子犬がぴょーんと彼女の胸元に飛び込むと、彼女の方も慣れた様子で子犬を抱き留める。
 あ……子犬の急停止で九条君がコケた……。

「ぶぺっ!?」
「きゅ〜ん、きゅ〜ん!」
「お〜? きゅ〜太じゃーん。よ〜しよしよし。ちょっ、あははっ、舐めないでよ、くすぐったいってばっ」

 思った通り、子犬と顔見知りだったみたいだね。
 多分、子犬はこの子のことを匂いか何かで感じ取って駆け寄ったって感じかな。

「えーっとー……大丈夫?お兄さん。この子、これで結構足速いから大変だったでしょー」

 子犬を抱えた少女が、地面に突っ伏す九条君を心配そうに覗き込んだところで、ようやく僕たちも追いつくことができた。

「なるちゃ〜ん!」
「ベルちゃん! まったく〜、きゅ〜太はまた逃げ出してきたなー? ダメでしょー? ほら、ちゃんと怒られなー?」

 そう言って、彼女が飼い主の少女に向けて子犬を差し出せば、

「こらー、きゅ〜太ー? 私を置いていっちゃダメっていつも言ってるでしょー! めっ!」

 飼い主の少女が、腰に手をやりながら人差し指を立てて、どうやらきゅ〜太という名前らしい子犬を叱る。
 そのきゅ〜太も、飼い主に怒られているということは理解できているようで、

「きゅ〜ん……」

 と、しょんぼりした様子で大人しくなる。
 その様子に、飼い主の少女もひとまずは反省できたとみたのか、

「まったくもー、しょうがないなぁ。ほら、おいで!」

 表情を笑顔に変えて、両手を広げれば、

「きゃんっ! きゃんっ!」

 きゅ〜太の方も、一転して嬉しそうに尻尾を振りながら、その手の中に飛び込んでいく。
 そんな微笑ましい光景の横で、

「あ゛ー……ったく、チビのくせにとんだじゃじゃ馬だったぜ……」

 地面に突っ込んだまま煙を上げていた九条君がようやく復活した。
 九条君が起き上がってきたことで、飼い主の少女がはっとなって平謝りする。

「あっ、そうでした、ごめんなさいっ! うちのきゅ〜太が本当にご迷惑をおかけしました!」
「なぁに、こんぐらい、気にするほどじゃねぇよ。犬も無事だったし、よかったじゃねぇか」
「はいっ! 本当にありがとうございました!」

 気を悪くした様子もなく笑顔で返した九条君に、そうお礼を言って、飼い主の少女はもう一度頭を下げた。

「ったく、お前もやんちゃはいいけど、あんまり飼い主困らせんじゃねぇぞー?」

 九条君が抱えられたきゅ〜太に目線の高さを合わせて、頭を撫でてやると、

「きゃんっ!」

 言われた意味を果たして理解できているのやら、きゅ〜太も元気よく一声鳴いてみせる。
 ひとまず一件落着ってところかな。

「あっ、そうでした! えぇぇと、同じ制服なんで、多分先輩さんですよね。申し遅れました! あのっ、私、一年の竹川 鈴羽っていいます。周りのみんなからはベルさんとかベルちゃんって呼ばれることが多いので、そうお呼びくださいっ。それから、この子は豆柴のきゅ〜太っていいます」
「きゃんっ!」
「それと、こちらは親友のなるちゃんです」
「はいは〜い! 同じく一年の荒木出 成でっす! よろしくお願いしまぁ〜す!」
「おう、二年の九条 直也だ。よろしくな!」

 九条君に続いて、僕たちも一通り自己紹介する。

 竹川さんは、ふんわりとしたショートカットに、小動物を思わせるつぶらな瞳が可愛らしい、小柄な女の子。
 成長を見越して大き目に仕立てたのだろう、まだちょっとサイズの合っていない制服姿も小動物的な可愛らしさを引き立てている。

 荒木出さんは、短いツインテールにまとめた、下せば肩につくぐらいのセミロングだろう黒茶色の髪と、いかにも好奇心旺盛そうな猫目が印象的。
 こちらは私服で、太い白黒の横縞ストライプの長袖Tシャツの上に、シンプルな茶褐色のジャンパースカートという出で立ちだね。
 前髪の左側にウサギの顔型のヘアピンをつけているのがワンポイントのアクセントになっている。

「はわぁ……せ、生徒会長さんに副会長さんっ!? ああああのっ、お二人ともいつも綺麗だなぁって思いながら見てました! 直接お話できるなんて、感激です!」
「あっははっ、大げさな奴だなぁ。肩書がすげぇだけで、アタシらなんか別にそんな御大層なもんじゃねーよ」
「ふふっ、そうね。そう言っていただけることは嬉しいですけど、もっと気を楽にしてください」

 おぉ……竹川さんの目がキラキラしている……。
 対して、会長たちは後輩からこういう目を向けられることには慣れっこって感じだね。

「お、そうだ。せっかくだし、たまには後輩に聞いてみるってのも面白そうだな」

 ふと思い出したように九条君が言う。

「お前ら、何か真相を調べて欲しい噂とかあったりしないか?」
「噂……ですか?」
「おう、まぁ噂じゃなくても、ちょっとしたお悩み相談とかでもいいぞ。ご近所のお悩みから巷の噂の真相まで、我ら遠堺探偵部にお任せあれだ!」
「おぉ、『探偵部』!」
「それじゃあ、あの噂は本当の話だったんですね!」

 探偵部の名前を聞いた瞬間に、何故か竹川さんたちの目が輝く。

「お? なんか噂があるのか?」
「あ、はい! 一年生の間で噂になってるんです。うちの学校には、七不思議を集めているらしい、存在しない幻の『部活』がある、って!」
「んな……それって要するに、俺たちのことじゃねぇか」
「ふむ、そうか……なるほど、下級生からすれば、僕らの存在そのものが噂の的というわけだ」
「ぷはっ、丸っきりミイラ取りがミイラになってんじゃんか。あははっ」

 さすがにこれは想定外だったか、当惑する九条君たちに、文字通りミイラ取りがミイラになってしまったオチがツボったのか、副会長が太ももを叩きながら爆笑する。
 まぁ確かに、事情を知らない他の学年からすれば、「部」を名乗ってはいるけど正式な部活動には登録されてない、七不思議の真相を探っている謎の集団……なんて、それ自体がもう都市伝説に片足突っ込みかねないような噂って認識になってもおかしくはないか。

「あー……まぁ、俺らのことはともかく……。他にはなんかないか?」
「うーん……他に噂っていうと……」
「『あれ』……かな?」

 改めての問いに、二人は顔を見合わせると、お互いに頷く。
 何かちょうどいい噂があるみたいだね。
 ひとまず、どんなものか聞いてみようか。


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