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note.107 SIDE:G

「んーじゃま、とりあえず作るよっ!」

 疑問は尽きないし、考えたいことはたくさんあるけど、実際現状では手詰まりなのも事実。
 雫さん自身に話題を流されてしまってはこれ以上何も言えるはずもなく、ひとまずホットケーキに話は移っていく。

 まずは鉄板を火にかけて、予め熱しておく。
 ホットケーキミックスとしてきちんと出来上がっている以上、特に捻ることもなく、まずは卵と牛乳を混ぜてから、粉も投入して生地を練っていく。

「この混ぜる順番がポイントなんだよね〜」

 なんて、気分が乗ってきたか、楽しげにミスティスは生地をかき回す。
 そうして、程よく粘りを残した生地を、鉄板に広げて1枚ずつ焼いていく。
 あぁ……一通り夕飯は食べた後なのに、焼けるパンケーキの匂いが空腹をくすぐる……。

「うん、いい感じぃ♪」
「それじゃ、あとは仕上げだな」

 と、ふわふわに焼き上がったそれを一人2枚ずつお皿に重ねたところで、最後に蝶蜜を満遍なく全体にとろりとかければ完成だね。

 はちみつレモンならぬ蝶蜜レモンの方は、雫さんが魔力操作で果汁を絞り出してくれたので、単純に無限水筒の水で割って混ぜるだけだ。

「か〜んせ〜い♪」
「それじゃあ早速……」
「「「「「いっただっきまーす!」」」」」

 さて、まずは一口。
 ……おぉ……これは……。

「美味しい……!」
「あぁ、美味い」
「んん〜、ふわっふわ〜♪ 我ながらいい出来っ」
「蝶蜜もおいし〜♪」
「……はふ……幸せ……♪」

 ミスティスが上手でお店で食べるみたいなふわふわに仕上がってるのもさながらに、たっぷりかかった蝶蜜とのハーモニーが絶妙で……。
 蝶蜜の味が……香りは普通に蜂蜜っぽいんだけど、口に入れた時の甘みは蜂蜜のそれと言うよりは、生クリームみたいな、上品でさっぱりした甘みになっていて、かかっているのはシンプルに蝶蜜だけなんだけど、まるでトッピングにホイップクリームを足したような味わい……。
 いい味だなぁ……。

 蝶蜜レモンの方は……うん、こっちは蝶蜜多めにたっぷりと入れてあるからか、シンプルに蜂蜜っぽい甘さに落ち着いていて、飲み慣れたおなじみのはちみつレモンという感じで安定の味だね。

 最後に、元々多めに採ってきていたシーレの実を雫さんにも分けて、一人1つずつ食べて〆にする。

「「「「「ごちそーさまでした!」」」」」

 ふぅ……よく食べた……。

 そう言えば、こうしてゲーム内やネット上のVRでこうして満腹まで食べれば疑似的な満腹感で食事量を減らすみたいなちょっと危険なダイエットができてしまうんじゃないかって発想は一時期あったけど、現状のVR技術は脳と身体の信号のやり取りを一時的に遮断して割り込んでいるだけだから、ログアウトすれば当然、遮断されていた身体からの信号をちゃんと受け取ってすぐにお腹は空くし、遮断している信号はゼウスギアがちゃんと受け取っていて、リアルの空腹を無視し続けると警告からの強制ログアウトが取られるセーフティもしっかり用意されているから、きちんと対策はされている。

 ともあれ、食事が落ち着いたところで、

「ふー、満腹ぅ〜♪ ……っとー……それじゃ、あたしたちシャワー浴びてきちゃうから、後片付けぐらいは男二人でよろしくぅ」
「あっ、いーね! いこいこっ」
「……いいですねぇ」
「あぁ、任された」
「うん、それぐらいは任せて」

 と、僕たちが後片付けを任される流れになったんだけど、

「あ! 覗かないでよね!」
「しないよそんなことっ!」

 ミスティスが追加した余計な一言に、ベタベタな反応を返してしまう僕と、やれやれと両手を広げて頭を振るオグ君だった……。

 ――数分後。

「♪〜」
「やほー! ツ〜キナ〜♪」
「きゃっ!? ちょっ、ミスティス!? 何入ってきて……っ」
「いーじゃん、時短だよ時短っ」
「や、時短って……ちょ、くっつかないでってばっ」
「……くすっ……なるほど、いいですね、時短♪」
「え、ちょ、雫まで!? いや、三人はさすがに狭いからっ! やっ!? 変なとこ触んないでっ、雫も待っ、ダメっ、ぁんっ……! って、わ、わわ、ちょっと、ボックス倒れちゃうからあぁぁ!?」

 木陰の一角から聞こえる騒ぎに、

「全く、三人寄れば姦しいとはよく言ったものだが。よくもまぁ、シャワー一つであれだけ騒げるものだな……」
「あははー……」

 改めてやれやれと肩を竦めるオグ君に、苦笑いで返すしかなくなってしまう。

 むしろ僕としては、全く考えてもいなかったのに下手に釘を刺されたことで、逆に気になってついつい耳に入ってしまうシャワーの水音やらなんやらを可能な限り意識的に意識から外す作業に必死なんだけど……。
 ……うん……片付けを……手を動かそう、手を、うん。

 片付けの作業に没頭しようと、思考を逸らすために他のことを考えようとして……。
 そこで浮かんできてしまうのは、やっぱりさっきの雫さんの話だった。

 このゲーム内でのラクター……少なくとも、僕は初めて聞く話だ。
 というか、おそらくは現時点では雫さん唯一人なのだろう。そうでなければ、ゲームに閉じ込められてる人が何人も発生してるなんて、ただでさえラクターが社会問題化している昨今、確実に炎上騒ぎどころでは済んでいないはずだ。
 運営からの返答がないのは、症例が彼女一人、かつ、本人が気にしていないのをいいことに、このことを揉み消そうとしている……?
 そもそも、種族のことも含めて、何故彼女だけがこんなことになっているのか……。何か理由が……?

 と、そこまで考えて、何故かふと引っかかったのは、僕がHXTに感じている「ズレ」のような感覚……。
 リアルのVR空間である「レイヤード」「ワイヤード」と、技術的には同じVR空間であるはずのHXT……だけど、この両者は「何か」が違う……そんな、自分でもよくわからない謎の違和感。
 だけど、どうして今この感覚が――

「どうした、さっきの雫の話のこと気にしてるのか?」
「えっ? あ、あぁ……うん」

 オグ君の言葉で、思考が現実に引き戻される。
 気付けば、作業に集中しようとしていたはずが、思考に引っ張られて逆に手が止まってしまっていた。
 改めて手を進めつつ、オグ君に聞いてみる。

「どうしてわかったの?」
「いや、そりゃあ、さっきの流れでそれだけ深刻そうな顔してれば流石にな」
「そ、そっか……」
「確かに彼女はいろいろと謎だが、考えたってどうこうできるようなものでもない。まぁ、僕らも一度、探偵部のノリで調べようとしてみたことはあるが……どれだけ探しても、HXT以外も含めてゲームに閉じ込められたラクターなんて話は他に例がなかったし、ましてやリアルのラクターなんて言わずもがな、だ」
「まぁ、そうだよねぇ……」
「そもそも、現状何をするにしても、情報が足りなすぎる。仮に何かできるとして、僕らは一体何をすべきなんだ? ゲーム内で原因を探るべきか? もう一度リアルの症例を当たってみるか? あるいは掲示板に流してしまったりとか大事にしてでも運営の返答に望みを賭けるしかないのか? それすらわからない」
「せめて何か、方針を決められる取っ掛かりがないと、かぁ……」
「ま、そういうことだな。……これは個人的な勘でしかないが……彼女のことは安易に下手な手の付け方をすべきではない気がしている。何をすべきか、その選択を間違えてはいけない……そんな予感がする」
「そう、だね……。その予感は多分、僕も正しいと思う」

 何をすべきか、それを間違えてはいけない……。
 何故だろう、僕にはそれは、予感を通り越して確信めいた感覚に感じられた。
 僕たちはきっと、決定的な「何か」をまだ知らないんだ。いずれ、その「何か」がわかる時が来る……。

「それまでは、ひとまず保留……ってことかな」
「あぁ、今はそれでいいんだろう、おそらくは、な」

 そんな結論を出したところで、

「あー、楽しかったー♪」
「……シャワーだけとは言え、いいお湯でしたね、ふふっ……」
「なんであたしシャワー浴びにいって逆に疲れてるの……」

 女子三人もシャワーから戻ったようだ。
 ……若干一名何故か入る前より疲労感が増してるけど……うん、ツッコまないよ僕は……。

「おー、片付けも終わってる」
「あ、シャワー空いたから二人も使っていいわよ」
「ふむ、そうか。なら遠慮なく使わせてもらおうかな」
「だね。オグ君先でいいよ」
「了解だ。じゃあ少し入ってくる」

 というわけで、僕とオグ君が交代でシャワーを使わせてもらった後は、焚き火の始末だけしたら寝るだけだ。
 エーテルアンカーのおかげで不寝番とかは不要なのがありがたいね。
 雫さんが大きめのテントを持っていたので、女子三人はそこで一緒に寝ることにしたようで。
 寝袋にくるまってからも、しばらく雫さんのテントからは楽しげな声が聞こえていたけど、程なくしてそれらも寝息に変わる頃には、僕の意識も深く眠りへと落ちていった。


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