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note.108 SIDE:G

 ――翌朝。

 鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いに釣られて目を覚ます。
 ひとまず上半身だけ寝袋から起き上がって、伸びを一つ。
 ん〜……我ながらリアルを含めても初めてのキャンプ経験にしては、思ったよりよく眠れてすっきり起きれたんじゃないかな。

「おはよー、みんな」
「おはよう」

 テントを出ると、やはり匂いに誘われたか、オグ君もちょうどテントを出てきたところだった。

「二人ともおっはよー」
「おはよ〜」
「……おはようございます」

 女子組は僕たちより早くとっくに起きていたようで、ミスティスが朝ごはんを作ってくれていた。

「昨日使った分の野菜くずで出汁を取って、鹿肉の余りも入れて野菜スープにしてみたの。ま、朝だし軽めに、これと丸パンぐらいでいいでしょ。すぐできるから、顔洗ったりとかしてくるといーよ」
「あぁ、ちょうどいいな、助かる」
「わぁ……美味しそう、ありがとう」

 なるほど、美味しそうな匂いの正体はこれだったんだね。
 言われた通りに顔を洗ったりを軽く済ませて戻ったところで、女子三人が配膳してくれて、みんなでいただきますをして食べ始める。

「ん……美味しい」

 野菜の甘みがちゃんと出汁に出てるし、鹿肉の味付けだった塩コショウがここでもいい感じのアクセントになっている。
 これに、常備食の丸パンを合わせて……と。
 あー……すごく落ち着く味……。
 スープ単品も美味しいし、パンを浸して食べたりするのも美味しいねぇ。

 いい感じにお腹も満たせたところで、全員でごちそうさまをした後は、

「よ〜っし、じゃあ片付けたら早速出発しよー! 夕方までには森を抜けないとね!」
「「「「おー!」」」」

 と、ミスティスの音頭で拠点ごと撤収の準備だ。
 調理器具とかはミスティスが出したからいいとして、焚き火を始末したらテントと寝袋を回収して……エーテルアンカーも4本きちんと忘れずに回収する。
 ……うん、忘れ物はないかな。

「よーし、しゅっぱ〜つ!」
「……では、行きましょうか」

 ミスティスの号令で雫さんが支援スキルのルーチンを開始したのを合図に出発する。

「んん〜……いい朝だねぇ」

 この時間帯の森独特の澄みきった空気に、思わず大きく伸びをすれば、

「……ふふっ……こうしてると朝のお散歩みたいで悪くないですねぇ」
「ここがダンジョンの中でなければね〜」
「あはは」

 なんて、軽口も交わしつつ、早起きな小鳥たちのさえずりをBGMに、ゆったりとした時間が流れていく。
 いや本当に、これがダンジョンでさえなければねぇ……。

「っと……言ってる傍からお客さんだ」
「ホント、ここがダンジョンでなければね〜」

 早速現れたセブンスターにぶつくさ言いつつも、ミスティスが挑発を打ち鳴らす、と、

「あー……なんか変なタゲ引いた」

 音の範囲内で茂みの裏に隠れていたか、釣られてのそのそとブルースライムまで現れた。
 とは言え、今更スライム一匹で慌てるような要素があるはずもなく。

「あはは、まぁまぁ……。《ブレイズランス》!」

 ブレイズランス一発であっさりと消し飛んでいく。

 改めててんとう虫の方に向き直れば、何やら外羽だけを閉じ合わせて盾のように僕たちに向けて星模様を見せる構えを取ったところだった。
 あれは、セブンスターが持つ、その外殻の星型模様から七発の星型誘導弾を発射する固有の無属性魔法、その名もそのまま「セブンスター」の予備動作だね。

 エーテルが物質として意味のある「形」を成すための「繋げる力」が魔力であるこの世界では、何とも繋げることなく純粋な魔力のままに扱う「無属性」の魔法って結構貴重というか、難易度が高いから、これも原理だけなら地味に結構すごいことをやってるはずなんだけど……。
 セブンスターの場合は如何せん、そもそもの威力が低すぎて脅威としては大したことないんだよねぇ……。

 てんとう虫の星型模様が黄色く発光すると、キラキラと星が飛んでくる。
 けどまぁ、当然その標的は挑発でミスティスに固定されているわけで、そんなに弾速が速いわけでもなく僕でも目で追える誘導弾は、危なげなく構えた盾に吸われてノーダメージに終わる。

 結果的に、ただ空中で隙を晒しただけになったてんとう虫に、容赦なくバーストアローとブレイズランスが突き刺されば、

「とゃっ!」

 最後にミスティスが素早く斬り上げを放つと、斬撃に合わせて、その軌道上をなぞるように下から魔力の刃が伸びて、牙のようなスキルエフェクトとなってセブンスターを両断する。

 斬り上げと同時に、牙の形の下から上に突き刺す魔力の刃で追撃するソーディアンスキル、ライジングファングだね。
 下から上方向に向かって攻撃判定が出るから、この森の甲虫系Mobや四足の獣系Mobの腹部とか、弱点が身体の下側にある相手に効果を発揮するスキルだ。

 真っ二つになったセブンスターが、外羽を残してフォトンへと弾ける。

「ん〜。昨日のカブトムシが鬱陶しかったからスキル振ってみたんだけど、結構いい感じだね!」
「なるほど、ライジングファングか」

 あー、なるほど、これならまたカブトムシに出会っても下から盾をめくって攻撃できそうだね。
 めんどくさかったもんねぇ、カブトムシ……。
 このスキルで盾の裏側から攻撃できれば確かにだいぶ楽になりそうだ。

 ドロップした甲殻をミスティスが回収していると、また別の羽音が聞こえてくる。

「おー? 次は何ー?」

 そうして出てきたのは……あー……こいつかぁ……。
 プリズムバグ……虹色に光る半透明の外羽が美しい、玉虫型の魔物。
 文字通り玉虫色と呼ぶにふさわしい、見た目には綺麗なその外殻は、その色彩を生み出している特殊な微細構造によって魔法耐性が非常に高い上に、下手に魔法を撃ち込むと固有スキルのプリズムリフレクトでそっくりそのまま反射されてしまうという……僕にとってはかなり厄介な相手だ。

「うぁ……こいつはちょっと僕は手出しできないなぁ……」
「だろうな。まぁ、任せておけ」
「こいつはそうだよね〜」
「うん、ごめんみんな、任せるよ」
「ほいさ〜」

 こればっかりはどうしようもないので、僕は後ろでお留守番だね……。

 ミスティスが挑発を入れると、間髪入れずにオグ君がチャージングつきでバーストアローを叩き込む。
 そこにツキナさんからもサブマシンガンが斉射されれば、この手の特化型ステータスの例に漏れず、物理防御は貧弱なプリズムバグはあっという間にボロボロだ。
 それでもなんとか反撃しようと、ミスティスに体当たりしようとした玉虫だったけど、

「次はこっちっ!」

 ミスティスが今度は素早く斬り下ろすと、さっきとは逆に、上から下に牙状のスキルエフェクトが発生して、玉虫はあえなく真っ二つになりながら叩き落されて、フォトンに散っていった。

 見た通り、ライジングファングの対となる、上から下方向への魔力の牙を生むソーディアンスキル、フォーリングファングだね。
 魔力による追撃じゃ、これも玉虫の反射対象では?と思うかもしれないけど、これに限らず、物理スキルによるスキルエフェクトの攻撃判定は、武器を触媒に瞬間的に空間中のエーテルを固着させた物理的な実体を伴っているらしく、魔法防御ではなく物理防御の判定になるのだとか。
 目に見えているエフェクトは、要するに魔力による肉付けみたいなもので、武器という骨の役割を果たす実体としての()が存在することで、現出した魔力の表面に皮を張るようにエーテルが結合して、スキルエフェクトが出ている一瞬の間だけ、物理的な攻撃判定として存在できる、ということらしい。

 この現象、無属性魔法に応用できないのかなぁ、と思うんだけど……どうやら武器という「芯になる実体」の存在が肝らしくて、魔法陣だけでの無属性魔法の構築というのはなかなか難しいらしい。
 しかもこの話、掘り下げるとエーテルの固着を伴っている以上、厳密に魔法として分類すると、純粋に魔力のみで構築する無属性魔法というよりは、エーテルをフォトンに励起せずにエーテルのまま扱う闇属性魔法に近いのでは?なんて議論もあったりするようで……。
 まぁその辺の深い話はなんだかよくわからないけど、ともかく無属性魔法というのは何かとままならないものらしい……。

「よっし、フォールもライズも上々上々♪」

 今回もドロップした玉虫の甲殻を回収しながら、新スキルの手応えに上機嫌なミスティス。

「ふむ、僕もマジシャン時代にここを通った時には奴に苦労させられたものだが……。やはり弓が使えると随分と楽だな」
「あ〜、オグが弓始めたのって、そう言えば魔法防御対策だったわね」
「あぁ。元よりこういう相手のために弓手を考えていたわけだから、その甲斐はあったというところか」

 オグ君も、わざわざウィザードからアーチャーを選択した本来の目的の意義を実感できて満足といった様子だね。

「僕も何か物理的な攻撃手段があった方がいいのかなぁ……」
「はは、気持ちはわかるが、マイスの場合はまずはマジシャンとしての地盤を固めないとな。結局、スキルの型もまだ決まってないんだろう?」
「あー……まぁ、そうだねぇ……。う〜ん……今はまだ仕方ないかぁ……」
「まぁ、マジシャンの範疇でも、セージを選べば杖術で物理戦闘もできるとか、手段がないわけじゃない。そろそろ上位職の解禁も近いだろうから、じっくり考えるといいさ。ひとまず現状のあいつは僕らに任せてくれていい」
「ありがとう、そうするよ」

 セージかぁ……。
 武器をポンプ兼ブースター(エンジン)として武器と体内とで魔力を循環することで、最大SP値MSPの減少と引き換えにStr、Agi、Dexを上昇させる自己支援スキル、魔力循環によって肉体を強化しながら、杖術による近接戦闘で戦う、マジシャン系の中ではやや特殊な立ち位置にいる上位職。
 確かに、セージの杖術スキルがあれば、玉虫みたいな魔法が通らない相手にも物理戦闘で対応できるようになるか……。
 まぁ、今のところの上位職の第一候補は、あのカスフィ森の大妖精の少女と契約するためのサマナーかソーサラーが同率というところだけど、第三候補ぐらいでセージというのは選択肢に入れておいてもいいのかもしれないね。

「っとー、連戦で時間食っちゃったねぇ。次いこ次っ!」

 おっと、今日中に王都に着きたいんだから、こんなところで油を売ってはいられないね。
 ミスティスに急かされて、僕たちは再び森を西へと歩き始めるのだった。


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