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note.124 SIDE:N

「フッ!」

 一足飛びに、正面から袈裟斬りに飛び込む。

「何度やっても同じことだよ」

 その剣閃は、やはり容易くカタギリの指先一つで押し留められてしまう。
 だが、その結末は先程までと同じにはならなかった。

「……何?」

 刀に入った罅割れは、そのままミノリ自身の腕にまで伝わり、全身に広がっていく。

「これは……身代わり!? いや――」

 全身が罅割れた、ミノリの姿をしたそれ(・・)からは、見る間に色彩が失われていき、ただの氷像となって砕け散る。
 その時には既に、カタギリの意識は、更に自身の左右両側から同時に迫る二人のミノリの姿へと向けられていた。

「《氷双鏡華》!」
「分身か! 小賢しい! ……だけどね」

 カタギリは両腕を広げて、左右それぞれの刀の軌道を平手で受け止める。

「無駄だと、言ったはずだよ」

 カタギリの掌に触れた途端に、左右のミノリ両方ともが元の氷像へと戻って砕ける。
 そのカタギリの後方から、納刀状態から何時でも抜き放てるよう、左腰に刀を構えたもう一人のミノリが迫る。
 その気配にも、カタギリは迅速に反応した。

「やれやれ、そんなわかりやすい陽動で、不意を取ったつもりかな?」

 嘆息と共に両手を広げて肩をすくめたカタギリは、事もなげに(かぶり)を振っただけで、振り返りもせずその斬撃を背中で受ける。
 それでもやはり、その身は傷つけられず、砕かれたのはミノリの刀の方。
 刀を失い、動きの止まったミノリの頭に、振り向きざまの裏拳が叩き付けられる。
 しかし、それもまた氷像であり、首から上が粉々に砕け散った次の瞬間には、色彩を失って単なる氷として砕けていた。

 立て続けに分身ばかりをぶつけられて、さすがに苛立った様子でカタギリが舌打ちする。

「……くだらない真似を!」

 吼えるように叫んで反転したカタギリの正面上空に、刀を大上段に構えたミノリの姿があった。

「はあぁぁぁっ!」
「愚かしい!」

 激昂したカタギリは、もう一度背後の壁面を捉える。
 が、彼が壁を蹴るよりも一瞬速く、ミノリが叫んでいた。

「カジマ!」
「おうよ!」

 その呼び声に応えて、ミノリの更に後ろから、何かが上空高くへと跳び上がった。

「なっ……!?」

 ミノリの頭上を越えて、更に上方。
 見上げれば、そこには全身をゴムへと変えて伸び上がったカジマの姿があった。

 どちらを迎撃するか、咄嗟の判断。
 下のミノリを受け止めに行けば、その頭上からカジマが来る。
 加えて、目の前のミノリもまた氷像の分身である可能性も捨てきれず、カタギリは目標をカジマへと切り替えた。

 ソニックブームの破裂音を残して、カタギリは壁を蹴り出す。
 その視線の先で、カジマの身体は右腕の肩口から手首までだけを残して、再び重金属の塊へと戻っていた。

「まぁこっちだろうと思ったぜ!」
「何ッ!?」

 カジマが右腕を振りかぶる。
 ゴム質のままの右腕は、拳の慣性に従って、遥か後方へと伸びていく。

「そぅら喰らいな! ゴムゴムのなんとやらだぁッ!!」

 張力の限界まで伸びた腕は、一瞬の均衡の後に、音速を超えて逆方向――前方へと撃ち出された。
 音速同士の激突――。
 それでも、拳そのものは苦も無くカタギリに受け止められていた。
 しかして、足場のない空中で、拳だけでも100kg級の超重金属に変換されて上空から叩きつけられた慣性には抗えず。
 勝ったのは、カジマの拳の方だった。

「ぐあぁっ!!」

 伸びた拳の重量と共に、カタギリの身体が地面へと叩きつけられる。

「っぐ……やって……くれたな……!」

 舞い上げられた雪煙の中、よろめきながらも立ち上がったカタギリから、それぞれ少し距離を置いた位置に、ミノリとカジマも降り立つ。
 その場所は、住宅地になる前の地形データが適用された、雪が厚く降り積もった更地の区画の一つだった。

「ようやくダメージらしいダメージが入ったみたいね」
「くっ……この程度で、いい気になるなよ異端者共め……!」

 そこに先程までの余裕はもはやなく、怒りと異端者への侮蔑の入り混じった表情で、カタギリは両者を睨み付ける。

「ハハハ、さっきまでの威勢はどうした? 随分と余裕なさそうだなぁ?」
「黙れ!」
「よほど今のが堪えたみてぇだな。そんじゃ、そろそろこっちのターンだぜ!」

 対照的に笑みすら浮かべたカジマは、今度は両脚の膝から足首だけをゴムに変換して、自重でたわませてから、その反動で一気にカタギリへと肉薄する。

「調子に乗るなぁッ!!」
「ぬおぉ!?」

 その拳を右手だけで軽く受け止めたカタギリは、そのまま振り回すようにして、右方向へとカジマを放り投げる。
 それとほぼ同時に、カタギリの背中に無数の氷片が突き刺さる。
 しかし、

「《氷叢烈華》!」
「無駄だと――」

 やはりそれも、服を多少傷つけることには成功しても、体表に達した瞬間には全て粉砕され、

「《氷槍閃華》!」
「――言っている!」

 次いで、生み出した氷の槍を手に、吶喊したミノリのその穂先も、カジマを投げた勢いそのままに、後ろ回し蹴りで叩き割られる。
 その慣性に逆らわず、自身も左に飛ぶことで、ミノリは再び距離を取った。

 直後、蹴りを振り切ったその背後から、再び跳び上がったカジマが拳を振りかぶる。

「そぅら、後ろがガラ空きだぜぇ!」
「――ッ!!」

 半ば反射的な行動だったのか、カタギリは拳を受け止めようとはせず、代わりに前方へと飛ぶことで回避した。
 再び三者の距離が開き、仕切り直しになる。
 だがもはや、荒く肩で息を吐くカタギリに余裕が残されていないことは、誰の目からも明らかだった。

「なるほど、ね。ようやくあんたの能力の正体が掴めたわ」
「ほほぅ?」
「何……だと……?」

 ミノリの宣言に素直に感心した様子のカジマ。
 対して、明らかな動揺を見せるカタギリだったが、それで少し冷静さが戻ったのか、演技がかった宗教家の口振りを取り戻す。

「何を馬鹿な。貴様ごときに、ルーラーより授かりし我が祝福の力が見切れるはずがない」
「どうかしらね? なら、答え合わせといきましょう」

 そう前置きして、ミノリは確信を以て言葉を続けた。


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