note.134 SIDE:R
「うーん……他に噂っていうと……」
「『あれ』……かな?」
調べて欲しい噂と聞いて、竹川さんたちが話し始める。
「最近、図書室の本に1冊、原因不明のバグが出てるらしいんです」
「英語が原文の本なんだけど、何故か一部の単語だけAR翻訳が機能しなくなってるんだってさ」
「ARデータの訂正も受け付けないらしくて、お手上げだって、うちのクラスの図書委員の子が言ってました」
「ほほぅ、そいつは確かに俺たち探偵部の領分だな!」
「ふむ、失われた翻訳データ、というわけか。なかなかに究明しがいのありそうな謎だね」
「いいわね、そういうホラーじゃないミステリーなら大歓迎!」
話を聞いて、今度は九条君たちが目を輝かせる番だ。
なるほど、聞くからに探偵部の「調査対象」としては十分な案件だね。
だけど、話はそれだけじゃなかった。
荒木出さんが続けて、
「それでですねぇ、誰が呼んだか、消えてしまった文章のことを指して、本のタイトルから取って『黄昏の欠片』!」
「何っ!?」
「えっ!?」
「『黄昏の欠片』だって!?」
思わぬところから出てきた「黄昏の欠片」の単語に、九条君たちが身を乗り出す。
「うえぇ!? な、なんすか!?」
「あぁいや、驚かすつもりはなかったんだ、すまん。最近、俺たちちょうど『黄昏の欠片』って単語が入った噂を追っててさ。まさかここでその名前を聞くとは思ってなかったから、つい……」
たじろぐ荒木出さんに、我に返って九条君が頭の後ろをかく。
そこに、それを聞いた竹川さんが思い出したように加えて、
「そう言えば、『黄昏の欠片』って名前、前はもっと違う内容の話だった気がするんですけど……」
「そーそー、別にそん時は気にしてなかったから前の話あんま覚えてないけど、なんかもっとこう、都市伝説みたいのだったよね?」
さらに九条君たちを驚かせる。
「なっ……お前らも『黄昏の欠片』の噂の内容が変わってることに気付いてるのか?」
「えっと、あの、はい、先輩たちみたいに噂を集めてるわけではないので、以前の内容はほとんど覚えてないですけど……こんな具体的な話じゃなくて、もっと都市伝説みたいな曖昧な感じの話だったことは覚えてます。それがどうかしたんですか?」
「俺たちも、話の内容が変わってることには気付いてるんだけど、どうも俺たち以外はみんな話が前と違うことに気付いてないみたいなんだよな。他に内容が変わってることに気付いてる奴に会ったのは初めてだったから、少し驚いた」
「そーいえば、前の噂も聞いた時にちょっと話題になったぐらいで、みんな忘れちゃったみたいにスパッと消えちゃったよね」
「うん。その時は、都市伝説みたいなものだしそういうものかなって思って気にしなかったけど……」
「噂が少し流行るとパッタリと消えてしまうことまで把握できているのか。ふむ、僕らがこの噂の変遷に気付いたのは、普段から僕らがそういった噂を集めていたからこそだと思っていたけれど……どうも、そういうわけでもない、ということか……。また新たな謎が増えたね」
今まで探偵部の面々にしか把握できていなかった噂の内容の変化を、特に噂を集めているわけでもない竹川さんたちが気付けていたことで、また新しい疑問が生まれたみたいだね。
どういうことなんだろう……単に二人の記憶力がよかっただけ?
あるいは何か噂を認識できる条件でもあるんだろうか……。
「はぇ〜、さっき聞いた時は正直半信半疑なところあったけど、ホントにそんな噂あったんだねぇ〜」
ファンタジーもののワードみたいだと思っていた噂が本当にあったからか、感心した様子で楪さんが言う。
「今までオカルトに片足突っ込んでたのに、ここに来て急にやけに具体的に検証できる形になったってのも気になるところだな……。考えることがまたいろいろできちまった感じだが……まぁ、とりあえずは見えてるところから一つずつやっていくしかねぇな。まずは明日にでも、その本のバグとやらから見てみるとするか」
「そーね」
「あぁ」
九条君たちが頷いたところで、荒木出さんが挙手をする。
「はいは〜い、先ぱ〜い、その調査、わたしたちも混ぜてもらっていいっすかー?」
「ゎゎ、ちょっ、なるちゃん、いきなり失礼だよっ!」
少し唐突なお願いに、慌てる竹川さんだったけど、
「いや、平気だよ。むしろ大歓迎だぜ」
「そうだね。『黄昏の欠片』の噂を忘れずに把握できてる人が増えるのなら、僕らとしてもありがたいぐらいだ」
「だな。なんなら、探偵部に加わってくれてもいいぐらいだぜ」
「そうね。あたしたちの噂集めにも、先輩への伝手は会長たちがいるけど、二年に上がって、そろそろ後輩への伝手がちょうど欲しかったところだもんね」
九条君たちは歓迎ムードだね。
「はわぁ……いいい、いいんですかっ!?」
「おう、もちろんだ」
「やったぁ! よろしくお願いしま〜っす♪」
「はゎ……えっとえっと、よろしくお願いしますっ!」
荒木出さんは調子よさげに、竹川さんは少し恐縮気味に、頭を下げたところで、
「ぃよっしゃあ、一年確保!」
副会長が唐突に間に割って入って、九条君と竹川さんの肩にそれぞれ腕をかけてがっちりと捕まえた。
「うげ、副会長、まだあの話諦めてなかったんすか」
おそらく本人は無自覚であろう、その豊かな胸が押し付けられていることも合わせてか、たじろぐ九条君に、
「ふへえぇ!? え、えっと……?」
何がなんだかわかっていない竹川さん。
「もちろんだ、ふふん。これでメンバー5人以上と一年生の加入、うちの学校の部活動の登録要件は満たせたからな! 『探偵部』を正式に部活として登録できる」
「や、副会長……前にも言いましたけど俺ら別にこれをガチの部活動にしちゃう気はないんすけど」
あぁ、副会長は本当に本気で探偵部を正式な部活動にさせたいつもりなんだね……。
「え〜、いいじゃんかよ。正式に部活になれば、部室も予算もつくし、いいことづくめだぜ?」
「いや、俺たちの活動に部室も予算もつける意味が全くないんすけど!?」
「なぁに言ってんだ。アタシがいるんだから、予算がついたら普段こうして遊ぶ時の費用を経費で落とせるようになるんだぞ?」
「それただの職権乱用じゃないすか!」
「そんなの私が認めるわけないでしょう」
あんまりにもあんまりな副会長の提案に、九条君と会長から至極真っ当なツッコミが入る。
まぁ、当然だよねぇ……。
「チッ、優等生葵め、ここで出てきたか……」
「当たり前です。嫌味を言ったってダメなものはダメよ。まったくもう」
露骨に顔を逸らす副会長に、嘆息する会長。
が、まだ副会長はめげないようで。
「まぁでも、部室はあって損ないだろ。お前らだけならともかく、これからは一年と三年も集まるんだからな。いつでも待ち合わせできる定位置がある方が便利だろ?」
「あー、それは確かに、そうっすね……」
なんて、竹川さんたちの加入で部室の必要性については納得しかけた九条君たちだったけど、今度は会長からツッコミが入る。
「って、ちょっと待ちなさい九華。一年生はともかく、どうして三年生も含まれてるの?」
「そりゃ当然、アタシとお前も頭数に入れてあるからに決まってんだろ?」
「聞いてないわ!?」
「言ってないからな!」
満面のドヤ顔で言い切った副会長に、会長の肩がガクンと落ちる。
「別にいいだろ? 今だってこうして、生徒会の仕事が暇なら大体こいつらに付き合ってんだ。データベース上で部活として登録してあるかないかだけなんだから、大した違いなんかねぇよ」
という副会長の指摘に、会長がきょとんとして、何やら思い返して、
「それ、は……まぁ、そう、ね……」
あ、会長が折れた……。
どうやら思い当たる節があったらしい。
そんなやり取りの間にも思案気にしていた九条君も、どうやら結論が出たようで、
「まぁ……なるほど、ベルさんたち二人を加えるなら今後は確かに、このメンバーで学年を超えて気軽に集まれる場所があればその方が楽かもしれないってのはありますね」
「だろ? 一年にも伝手広げるってんなら、お互いいちいち別の階のクラスまで出向いたりとか毎回やるよりも、いっそきちんと部活として立ち上げて、部室を確保するのは悪い話じゃないぜ」
部費の使い道はともかく、竹川さんたち一年生が加わることで、部室があった方がいろいろ便利になる、という点では一理ある、とみたらしい。
小倉君たちと三人で目配せから頷きあうと、九条君が副会長に告げる。
「わかりました。正式に部活に登録しますよ、『遠堺探偵部』」
「よしきた! んじゃ、後のことはアタシに任せときな。ひとまず、一年二人も含めてお前ら全員、明日の放課後多目的室に集合な!」
「ういっす」
「あ、は、はいっ!」
「ほ〜い!」
というわけで、どうやらこれで学園の正式な部活動として「遠堺探偵部」が発足することになったらしい。
今日はなんとも、予想外なことばかり起きる日だねぇ。
まぁ、とは言っても、どれもいい意味での予想外だから、明日からの毎日が楽しくなりそうで何より、かな。