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note.136 SIDE:R

 公園を東口から出れば、その先は通称「行政区」。
 行政機関とか、一般企業が入ってる雑居ビルなんかが多い地区だ。
 公園を出てすぐ目の前にあるのは、市民会館と市民体育館だね。

「この辺はおっきぃ建物が多いんだねぇ」
「こっちの正面が市民会館、左のが市民体育館だな。講演会とかコンサート系とか、室内競技の地区大会とか、その手の催し物は大体ここのどっちかでやってる感じだな」
「ほぅほぅ」
「公園より東側は市役所なんかの公的機関とか、ビジネス街が多いんだよな。ちょっと大人な雰囲気って感じ」

 言いつつ、公園の脇を少し戻って、駅前の通りを東に向かっていく。
 そのまま真っ直ぐ、市民会館を越えた東隣が映画館になっている。

「映画館がここだ。まぁ、例によって日が落ちるまでしかやってねぇけど」
「お〜」
「そんで、ここを一つ曲がれば……」

 映画館の角、片側一車線に一回り小さくなる道に入ると、そこはなんというか、小洒落た感じのお店が軒を連ねる一角になっていた。

「この通りが意外と穴場スポットなんだよな」
「映画館の帰りとか、仕事の合間のランチタイムとかのためのお店が多いから、落ち着いた感じのカフェとか喫茶店が多いのよね〜」
「なるほどね〜、確かに、オープンテラスとか、雰囲気ある〜って感じのお店がいっぱいだ〜」

 この辺りは、僕も実際には来たことはないけど、トラッシュエリアとして探索はしたことがあるから、それなりには知っている。
 カフェや喫茶店の他にも、パン屋とかケーキ屋とか、ちょっとお洒落なブティックなんかもあったりして、商店街やエキナカの賑やかさとはまた違った、上品なゆったりした空気感が漂ってるんだよね。
 オープンテラスで本を片手に、コーヒーで優雅な昼下がりのひと時を……なんて情景がぴったりな通りだ。

「前に皆さんに教えてもらってから、私たちもたまに試験勉強なんかにあそこのテラスを使わせてもらっていますけど、ふふっ……本当に素敵なところです」
「完全に静かよりも、これぐらいの環境音があった方が案外集中できんだよなー。エキナカだとちょい騒がしすぎっから、その点この辺はちょうどいいんだよ」

 あー……会長と副会長がこの通りのカフェを勉強に使ってる光景は……なんというか、絵になりそうだねぇ。

「わぁ……映画館のすぐ横にこんな素敵な通りがあったなんて、知りませんでした……!」
「たまに映画館に見に行っても、帰りはいっつもエキナカだったもんね〜」

 どうやら竹川さんたちもこの通りは初めてだったようで、楪さんと一緒に目をキラキラさせていた。
 まぁ確かに、僕たちの年代で街に出て遊ぼうみたいな活発な人だと、こういう場所に来るよりはエキナカとか商店街ではしゃぎたいみたいなパターンの方が多そうだもんね。
 エキナカがすぐ近いのに、わざわざ行政区のビジネス街しかないこっち側に曲がるっていう発想はなかなか出てこないかもしれないね。
 だからこその「穴場スポット」か。
 こういう普段目につかなそうな場所を知ってるのは、さすが噂にあちこち駆け回ってるだけはあるね。

 通りを突き当りまで歩くと、その正面にあったのは書店だ。

「ここが遠堺で一番でかい本屋だな」
「ふんふん」
「ほぇ〜……普段本なんて読まないから、こんなとこに本屋があるなんて知らなかったや」

 荒木出さんが額に手をかざして書店の建物を見上げる。

「行政区の方なんて、私たちには縁のないものとばっかり思ってました……。自分の街のことなのに、全然知らなかったんですね、私たち……」
「ハハ、灯台下暗し、というやつだね。まぁ、案外とそんなものだと思うよ。地元とは言っても、自分の生活圏の外となると言うほど興味は向かないものさ。僕らだって、探偵部をやってなかったらおそらく知ることはなかっただろうという場所は多い」

 感心した様子で言う竹川さんに、小倉君が笑う。

「っていうか、この辺の場合は知る知らないとかの前にお店の場所がわかりにくすぎなのよ」
「あー、まぁ、それはある」
「と、言いますと?」

 少し半眼気味になる塚本さんに、荒木出さんが訊ねると、

「ちょうど近くに一ついい例があるから教えてやるよ。こっち」

 九条君が先導したのは、書店から二棟右隣にあった何の変哲もない雑居ビル。

「これこれ」
「これって……普通の雑居ビルに見えるのですが……。どこかの会社の建物なのでは?」
「って思うっすよね? ここここ」

 ビルを見上げて首を傾げる会長に、九条君は躊躇なくその片隅の階段口に入ると、少し奥まった位置の壁にあったテナント一覧を指し示す。
 そこに書かれていたのは、当然ながら名前も知らないような中小企業の名前ばかり……と思いきや。
 一つだけある地下階、B1の欄に書いてある名前は……あれ?

「ら、ラーメン屋さん……?」
「そっす」
「は〜、こんな地下にラーメン屋があるとはなぁ」

 さすがに困惑気味の表情の会長と副会長。

「はへ〜……」
「こ、こんなところに……これ、普通じゃ気付きませんよ」
「だろ? そんでこれがまためちゃくちゃ美味ぇんだよなぁ」
「でも、こんなお客さんに気付いてもらえないような位置で、よくお店続いてますね……」

 竹川さんの当然の疑問だったけど、どうやらそのカラクリは単純な話で、

「いやまぁ、このビルに元々出入りしてる人たちは当然知ってるし、あとはやっぱり味はいいから、口コミでひっそりと広まってるらしいぜ。知る人ぞ知るって感じで、意外と客には困ってないんだとさ」

 とのことだ。

「なるほどぉ」
「ここみたいに、テナントの中にこっそり混じってたり、表通りから外れて路地一本入るとひっそりやってたりするような店がこの辺探すと結構あるんだよな」

 これは確かに、ちょっとやそっとではわからないねぇ。
 まぁ、この辺りはビジネス街が大半だからね。
 このお店のように、店舗の周辺の狭い範囲のビジネスマンを主に対象に、小さくやってる店が多いってことなのかな。

「ま、ここの味に関してはまた今度ちゃんと腹減らして来るとして……そろそろ最後、山ん登りにいくか」

 と、そんなわけで、ひとまずビルからは出て西に歩き始める。

「あれっ? もう最後なの?」
「あぁ。西側は幼稚園とか小中学校以外はず〜っと住宅街しかないし、北側は住宅街の端に北高があるぐらいで残りは全部タルタロス研究所の敷地だからな。観光で紹介するような場所ってないんだよ」
「ははぁ、なるほどね〜。でも、結構日も落ちてきてるけど、今から山登りなの? この格好で? あの、真ん中にある山だよね?」
「おう。まぁ、山登りっつってもロープウェイでの話だから心配しなくていいぜ。今から行けば多分ちょうどいいぐらいだ」
「ちょうどいいって? 何に?」
「そいつは行ってからのお楽しみだな」

 そうだね、九条君の言う通り、今から境山の西にあるロープウェイまで歩けば、ちょうど日が落ちるぐらいになるんじゃないかな。
 「星空の街」遠堺が誇る一番の絶景を見るにはぴったりの時間だ。

 そんな話をしつつ、市街地を北に抜けて、山の裾野に沿った半円形を描いて流れる境川へと合流する。
 夕陽を正面に、河川敷の遊歩道をゆったりと歩いていく。

「へぇー。川のあっち側はなんていうか、急に森になるんだね」
「川の内側はもう境山の裾野って感じだもんね〜。そもそもあんまり人の手が入ってないのよ」
「小さな山だけど、これでも昔は一応霊山扱いだったと聞くね。時代が下って今はもう信仰は残ってないけど、その頃の名残みたいなもので、今でも展望台と天文台、あとはロープウェイとハイキングコースが整備されたぐらいで、大半は手付かずのままというわけさ」
「ははぁ、な〜るほど」

 あー……なんかそんな話聞いた気がするなぁ。
 確か、小学校の頃に地元の歴史を調べてみようみたいな授業で出てきた話だったような……さすがにちょっと昔すぎて覚えてないなぁ。

 ちょっと思い出すのに苦労している間に、気が付けばもう境橋の目の前だ。

「ま、ちょうどいいからここで向こう側に渡っとくか」

 境橋……夕焼けの中、この橋を渡っていると、なんだかトワイライトゾーンのことを思い出す。
 あの場所といい、何かと夕暮れ時のこの橋には縁がある気がするねぇ。
 なんてことを取り留めもなく考えている内に橋は渡りきって、森というか、雑木林沿いの道を歩く。

「えっへへっ。なんか、こういうのっていいね」
「? 何がだ?」

 聞き返した九条君に、跳ねるように数歩、僕たちの前に出た楪さんが、くるりと回って、逆光の中にっこりと笑ってみせる。

「沈む夕日に、河川敷! そんで、テキトーにこうやってダベりながら帰ってさ。んん〜! セーシュン!って感じしない?」
「お〜、わかるわかる! あの夕日に向かって走れー!ってやつだな!」
「や、副会長それいつの世代のテンプレっすか」

 副会長の妙に古臭いスポコン漫画みたいなノリに、

「お〜♪」

 楪さんが全力で乗っかっていく。

「いや待て楪、何マジで走ってんだどこまで行くんだよおい!」
「ぷっ」
「ふふっ……」
「あははははっ!」

 そうやって、最後は誰からともなく、みんなで一頻り笑い合う。
 まぁでも確かに、楪さんじゃないけど、こういう古い漫画のテンプレみたいな青春してる感、結構好きかもしれない。
 こう、情景に対する憧れみたいなのは割とあるよね。

 そんなこんなで、山の西側、ロープウェイの登り口まで辿り着く。
 もうすっかり日も沈んで、住宅街の屋根の隙間にほんのり紫が残るぐらいになっている。
 これなら、ロープウェイが上に着く頃には完全に夜かな。
 ひとまず乗り場でチケットを買って、他のお客さんに混じってゴンドラに乗り込む。

「もうこんな真っ暗なのに、すごい人が多いんだね」
「ここの展望台の景色はむしろ、暗くなってからが本番だかんな」
「そうなの? まぁ確かに、『星空の街』ってだけあって、空は星が綺麗だけど……」

 空は実際、既に星が瞬いてはいるけど、このロープウェイは山の真西よりも少し北西寄りに設置されているから、ゴンドラから見ただけだと、見えるのはカーテンを閉め切ってほぼ真っ暗になった住宅街だけなんだよね。
 やっぱり、一番は山頂の展望台からの景色だ。

 山頂に着いて、ゴンドラを降りる。

「そう言えば、灯火禁止の割にこの乗り場は普通に電気点いてるように見えるけど……」
「あぁ、これレイヤードだけだから、AR消したら真っ暗だぜ」
「えっ、嘘っ!? ……あっ、わっ、ホントだ!?」

 言われて、試しにAR情報をオフにしてみたのだろう、空中を操作して、驚いてキョロキョロと辺りを見回す楪さん。
 再び操作を加えて、もう一度目を瞬かせる。

「そして――これが『星空の街』遠堺自慢の一番の絶景だ!」

 一足先に乗り場を出た九条君が、招き入れるように手を広げて展望台の先を示す。
 そこから見える光景は――

「わぁ! これって……すごい……!」

 ――満天の星空と、同時に街いっぱいに広がる煌びやかな夜景。
 本来有り得ないはずの、二つが同居する光景。

「夜景がこんなに光ってるのに、星がこんなに綺麗……! まるで宇宙の真ん中にいるみたい!」
「だろ?」
「空も、そして地上も……見渡す限り星が煌めくこの光景……。何度見ても感動しますね」
「わかります! 私もここからの景色は大好きなんです!」

 展望台の手摺から身を乗り出さんばかりの楪さん。
 そんな彼女と一緒に、会長や竹川さんたちも目をキラキラさせていた。

「でも、どうして星と夜景が一緒に見えるの?」
「乗り場の灯りと一緒だよ。夜景は全部レイヤードのARさ」
「あ、本当だ。AR切ったら真っ暗……。そっか、ようやくわかったよ。この星空のために、みんな夜はカーテンかけるんだね」
「そういうこと。さすがに家ん中でまで夜はレイヤードだけってのはちょっと厳しいからな。一般家庭は遮光カーテンで光を外に出さないようにしてるんだよ」

 そう、これこそが、「レイヤード以外の灯火禁止」なんていう、一見してただ不便なだけの条例が成立している最大の理由。
 これのおかげで、この遠堺市は「星空の街」という観光資源を手に入れ、同時に「仮想化技術実験都市」として「現実空間とARIoTネットワークによるVR空間の重ね合わせ」という「レイヤードネット」の技術を立証して、全世界へと普及させていったんだよね。

「そっかそっか。ふふっ。こんな素敵な景色見せられちゃったら、誰だって守って行きたくもなるよね。今まであんまりわかってないまま言われた通りにしてたけど……改めて、しっかりカーテンかけるようにするよ」

 笑顔の楪さんにみんなも頷く。
 そうして、一頻りみんなで景色を堪能して。
 ふと、一旦柵から離れた楪さんが、僕たちを前に振り向く。

「みんな、今日は本当にありがとね! この街のこともいっぱい知れたし、初めの日でこんなにたくさん友達になれたのも嬉しいし。こんな、見たことないような景色も見れて……すっごく楽しかった!」

 一面に輝く星たちにも負けないような、満天の笑顔を浮かべて、もう一度。

「みんな、今日は本当に、ありがとね! それと、改めて……これからよろしくね!」

 ――こうして、突発ながら始まった遠堺観光ツアーは大成功に終わった。
 突然の転校生に、先輩後輩との出会い、まさかの「探偵部」正式登録と、今日もなんだかいろいろなことがあった一日だったなぁ。

 それに、「黄昏の欠片」のこと……。
 何の根拠もない直感でしかないんだけど……HXTにも何か手がかりがある気がしてるんだよね。
 どうしてそう思ったのか、自分でも何言ってるんだって自覚はあるんだけど……。
 まぁ、ダメで元々、神器探しのついでに当たってみるだけならタダだよね。
 帰ってご飯とお風呂だけ済ませたら早速ログインしてみよう。


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