note.144 SIDE:G
「は〜……にしてもつっかれたー……くったくたですよぅ」
僕たちが食べている後ろでは、モニカさんがライフルを立てかけたテーブルの席に座って、ぐでーと伸びていた。
「てーんちょー、やっぱもう一人雇いましょーよー。私一人じゃ手一杯ですって」
「そうしてあげたいのは山々なんだけどねぇ。こっちの世界の子で料理Lv8か、少し教えればそこに届きそうな見込みがありそうな子ってなかなか貴重なんだよ。ほら、まかない作ってあげたから」
完全にテーブルの上に伸びている彼女の前に、ミスターが丼を差し出して。
「ほわぁ〜……塩ラーメンー♪ ありがとうございますっ! ……って、釣られませんよ! だーかーらー、店長のその基準厳しすぎなんですってば! あ、いただきます」
文句を言いつつも箸には手をつけるモニカさん。
っていうかモニカさん、シスフェアンだけど普通に箸使えるんだね。
ミスターが教えたりしたんだろうか。
「んん〜! 一仕事終わってのこの一杯が沁みる〜♪ あ、店長ライスー」
「あ、いいね! ミスター私もー!」
「はいはいっと」
と、ちゃっかりライスまで追加したところに、ミスティスまで便乗していく。
「はー……やっぱラーメンにはライスですね〜」
「あー、これこれ。リアルじゃないからカロリー気にしなくていいのホンット幸せ〜♪」
いやまぁ、ミスティスはその通りかもしれないけど、モニカさんはその辺気にしないんだろうか……。
炭水化物オン炭水化物って結構アレだと思うんだけども……。
まぁ、不健康とわかってはいてもラーメンライスの魔力には誰も勝てないのはどの世界でも変わらないということかな。
とは言えしかし、食べながらでもミスターへの文句は忘れていないようで。
「大体ですねー、前から言ってますけど、向こうの世界の経験を持ってこれる外界人のみなさんと違って、こっちの世界で料理のスキルLv8判定なんて宮廷料理人とかそーゆー世界の人たちが辿り着ける領域なんですよわかります!? そこまでいける実力を持ってるのは自分のお店持ってるかどっかに雇われててそこまで鍛えられたか、じゃなきゃそれこそ王宮にでも囲われてるかです!」
「いやぁ、それはわかるんだけどねぇ。でもやっぱり、Lv8ぐらいはないと、僕の技術は教えられないなぁ。そこは譲れない」
ミスターのその反論はおそらくいつも通りの回答なのだろう、モニカさんは半眼になりながら「ずぞぞー」と麺をすする。
「っていうか、自分で言うのもなんですけど、私って結構奇跡の存在なんですからね!? たまたま私が趣味で現地調達の食材で自炊しながら冒険者してて、たまたまちょっと才能があってLv6になって、その私がたまたま何故か自由掲示依頼にあった料理人募集を見つけて、たまたま私にまだ伸びしろがあって、それで店長の教えでLv9まで伸びたんですから! そりゃあまぁ、私だって店長のお役に立ちたいなーって思っていっぱい頑張りましたけども……」
なんて、最後の一言は乙女モードで既にほとんどスープだけになっている丼を意味もなくかき回すモニカさん。
が、そこで何か気が付いたようで。
「あ……。っていうか、そもそもの話雇うのが料理人である必要なくないですか? ふつーに給仕雇いましょうよ給仕。そしたら、店長がいない間でも忙しかったら私が料理の方に集中すればいいだけになるんですから」
との提案に、ミスターはその発想はなかったとばかりにポンと手を打つ。
「ははぁ、言われてみればそれはそうだね。どうも僕が教える前提に拘りすぎていてその発想は完全に抜け落ちていたよ。そういうことなら任せてくれ。給仕専門で募集をかけてみよう」
「ホントですか!? やったぁ! あ、一応言っておきますけど、内界人の子で選んでくださいね!? 店長と一緒に外の世界に帰っちゃったら意味ないんですから!」
「そこはもちろん、安心していいよ」
「わぁ〜い! ありがとうございます!」
ミスターから増員のOKが出て、モニカさんの表情が一気に輝く。
よっぽどワンオペがきつかったみたいだね……。
増員の話が落ち着いたからか、思い出したようにモニカさんの視線がミスティスへと向かう。
「それにしても……本当にチカさんなんですねぇ」
「そだよー。まーこっちの世界の人からするとビックリするよね〜やっぱ」
「びっくりどころの話じゃないですよ! 完全に別人じゃないですか! まぁ言われてみれば顔は身長相応になったぐらいで変わってませんけども……。外界人はこっちの世界での身体を自由に作れると話には聞いてましたけど、ここまで別人になれるものなんですねー……」
「こっちでの名前はミスティスだけど、まぁどっちで呼んでもヘーキだよ〜」
「りょーかいです」
とまぁ、なんだかんだあったけど、ひとまず注文したチャーハンセットは食べ終わる。
うん、美味しいことは言うまでもなく、ボリューム的にもガッツリお腹満たせたし、大満足だね。
と……おや?
食べ終わったら何かバフがかかった……?
えっと、追加されたのは……Dexが主にと、StrとAgiが少し……?
「あれ、バフがかかった……?」
「おっ、料理の効果が出たかな」
「あ、はい。でも今までいろいろ食べててもバフがかかったことなんてなかったのに、どうしてですか?」
「それはね、料理にバフを乗せるためには《厨房》と《調理器具》っていう専用のスキルが付与された設備なり道具を使わないといけないからなんだよ。実用的な効果をつけようと思ったら、料理スキルのLvだけじゃなくて、設備や器具のLvもある程度は必要になってくるんだ。問題はこれがまぁ、結構なお値段でねぇ……」
「そうなんですよねー! 私も冒険者やってる時せっかく現地調達で自炊するなら自分のスキル乗せれないかなーって思って携帯用のやつ探したらとんでもない値段で、泣く泣く諦めたんですよぅ……。あんなの、私の収入じゃ、このお店の分足してもとてもじゃないけど手が出ませんって……」
「あっははっ、元々おそらく高級器材はかなり高かったんだろうし、今は僕たちプレイヤー需要でさらに値段が上がってるからね。携帯用ともなれば、器具一つで軽く数十Mの世界だよねぇ。ま、そんなわけだから、そこらの安宿程度だと、バフがかけられるような器材は導入できてない方が多いのさ。きっと、君が今まで食べてきたのは、アミリア辺りの安宿の食事が精々だろう?」
「あー、はい、そういえばそうですね」
なるほど……器具一つで数十M――数千万アウルの世界ともなると、一式揃えるには一体いくらかかることやら……。
それじゃあ確かに、それなりの高級店とか、それこそミスターのような料理ガチ勢のプレイヤーのお店とかじゃないとバフがかかった料理を食べる機会なんてないだろうねぇ。
今まで食べたことがなかったわけだ。
「そうだ。さっき言ったレパートリーが多い方がいいって話もしておこうか。今そのチャーハンセットを食べて、DexとStrとAgiが上がっただろう?」
「はい、Dexが多めに、あとStrとAgiが少しですね」
「このゲームの料理のバフはそれぞれの味覚に対応してるんだよ。基本の甘味、苦味、塩味、酸味、旨味、脂味の六味に、辛味を加えた7種類がそれぞれの要素に対応しているんだ」
「7種類……? でも、基本ステータスって6種ですよね」
このゲームの基本ステータスは、物理攻撃力と携行可能重量――ストレージ外に身につけて持ち運べる重量が上がるStr。
攻撃速度や回避率を上げるAgi。
物理防御力とHPの最大値と自然回復力や出血や感電、凍結なんかの物理的・外的な状態異常への耐性を高めるVit。
命中率とクリティカル率や詠唱速度、弓での攻撃力や製造スキルの成功率なんかに関わるDex。
魔法攻撃力とMPの最大値や自然回復力を上げるInt。
魔法防御力と麻痺や混乱、魅了といった精神的・内的な状態異常への耐性を高めるMin、の6つが存在している。
一つ多いのはなんだろう?
「あぁ、そこはこれから説明するよ。まず、辛味はStrが上がるんだ。まぁ、これはなんとなくイメージ通りだよね」
「確かに、辛いとか熱いものってイメージ的にはそうですね」
「で、塩味、これがAgiを上げる。暑い日や運動の後には水分と塩分補給ってよく言うだろう? まぁ、多分そういう理屈なんじゃないかな」
「それはなるほどです」
「それから、苦味はVitを上げてくれる。カテキンとかタンニンとかの苦みや渋みの成分って抗菌作用とか身体にいいというのは聞くだろう? おそらくその辺が関係しているんだと思う」
「それもまぁ、納得ですね」
「そして、脂味。これはDexが上がる。どうして脂質でDexが上がるのか、これだけはいまいちよくわからないんだけど……多分単純に消去法なんじゃないかなぁ……。まぁでも、狩猟民族で肉や果実を主食とすることが多いエルフたちが種族的にIntやDexに優れることを考えると、ある意味納得ではあるんだけどね」
「あー……まぁ、確かに、そう考えればわからないこともないですね……」
「で、次に甘味。これはIntが上がる。まぁこっちは納得だよね。頭を使うには糖分補給が一番さ」
「確かに、わかりやすいですね」
「次に、酸味はMinが上がる。これも、酢酸とかクエン酸辺りの洗浄殺菌とか疲労回復効果なんかを思い浮かべればわかりやすいかもね。精神的なところに効くってことなんだろう」
「これもイメージはしやすいですね」
「それで、最後に旨味だけど、これはそれぞれの効果をブーストしてくれるんだ。リアルと同じく、グルタミン酸にイノシン酸、グアニル酸……重ねれば重ねる程効果も増す」
「なるほど、それで7種類ってことですか」
「そういうことさ」
7つ目、旨味は効果のブーストかぁ。
確かに、どんな料理でも出汁が効いてると美味しさのランクが上がるって感じするもんね。
「それで、ここからがレパートリーの話の本題なんだけど、このシステムだけでシンプルに作ると、いろいろ問題があるんだよ。例えば、Strを上げたいのに辛いものが苦手って人だとなかなかつらいだろう? 辛味とか苦味ってなるとダメな人は本当にちょっとでもダメってパターンも少なからずあるからねぇ。それに、甘味だってあまり胃に重たい甘ったるさは嫌いという人もいるし、他の味もやっぱり人それぞれ好みというものはあるけど、上げたいステータスと好みが一致しないと食べるのがつらくなっちゃうんだよね。あとは、例え好きな味でも、一つのステータスに特化して効果が欲しいとなると度を越えて味が濃くなっちゃってキツイとかね」
「あー……確かに……。僕もトマトの酸味がちょっと苦手で……ケチャップぐらいならまだ食べられるんで、オムライスとかはむしろ好きなんですけど、サラダやサンドイッチとかで生を直接っていうのはちょっと食べられないんですよね……」
「やっぱり、誰でもそういうのは多少なりあるよね。でもその酸味の分、トマトってMinが欲しい時には優秀な食材なんだよ。だけど、今まさに君がいい例を出してくれたけど、生食のトマトはダメでも、ケチャップに加工して味付け程度なら大丈夫っていう人もいるわけで、そういう人はそれこそオムライスとかスパゲッティナポリタンにしてあげれば、食べられる程度の酸味に抑えつつ、Minを大きくバフできるってわけだ」
「それはありがたいですね」
「それからわかりやすいのは、Strを上げたいのに辛いものがダメだと困るところだけど、カレーを甘口で作れば、スパイスのStr効果を受けつつ誰でも食べられる味にしたりとかもできるんだ。だけど、カレーのためのスパイスの組み合わせなんていうのはフランス料理じゃなくって、インド料理とか東南アジア辺りの領分だろう?」
「あー、それはそうですね」
「あとは、控えめな味でも十分な効果を得られる旨味のブースト効果。これに関してはやっぱり、出汁が決め手ということになる。ここで和食の出汁の使い方を知っていれば非常に役に立つということだね。もちろん、この点に関しては、アルマンド、ヴルーテ、ベシャメルにエスパニョール……いろんな食材の旨味が凝縮されたフランス料理のソースの出番でもある。他にも、普通のミルクチョコレートだと甘ったるいのが苦手な人でもビターチョコなら甘さを抑えつつIntを上げられるとか、唐辛子の辛さは苦手でもワサビはいけるなら和食でStrを上げられるとか、リアルでのジャンルなんかに縛られるよりも幅広くいろいろ作れる方がこの世界では何かと役立つんだ」
「それでレパートリーが大事ってことなんですね」
なるほど、リアルの常識に囚われるよりも、幅広いバリエーションで創意工夫ができた方が、システムとしてのバフと美味しく食べられることの両立には効率的ということだね。
「あとあと、物によっては食材そのものに特殊な効果がついてる時もありますよーっ! HP自然回復力が上がったり、消費MPが下がったり、属性耐性を付与したり、いろいろありますっ」
と、最後にモニカさんが補足してくれる。
「ま、そういうのは大体お高い魔物の肉とかだったりするんだけどね。それで思い出したけど、モニカちゃん、頼んでいたクリフコンドルはどうなったかな?」
「それはもう、バッチリですよー! この通りっ!」
言われたモニカさんが、自分の丼を片付けに厨房側に入りつつ、ミスターの前の調理台にドンとストレージから取り出したのは、綺麗に解体されたどデカい鶏肉丸々一匹分。
カウンター裏に置かれたそれは、カウンター席に座った状態の僕から見ると見上げる程大きくて、もはやカウンター側にはみ出してきそうな勢いなんだけど……。
えーっと……?……クリフコンドル……僕が狩れるLvになるのはだいぶ先の魔物だったはずだから、流し読みのうろ覚え知識しかないんだけど……確か、名前通り断崖絶壁に巣を作ることで有名なコンドル型の魔物で、コンドルというよりは空を飛べるダチョウ?みたいな長い首が結構特徴的で、その見た目だけはなんとなく印象に残っている。
なるほど、この鶏肉も頭はなくなっているけど、そのホースのような長い首は健在だね。
獰猛かつ、その長い首を活かした広い視野で警戒心も強いみたいな話だった気がするけど……。
「おぉっ、これはまたなかなかの上物だね。さすがはモニカちゃん」
「にゅっふっふ〜。いや〜、こういうところは異世界技術様様ですよー! あー……アン……なんでしたっけ?」
「対物ライフルね」
「そうそれ! アンチマテリアルライフル!」
テーブルに立てかけてあったそれをストレージ経由で手元に呼び寄せると、ストックを下に突いてドヤ顔になるモニカさん。
「これに私のシャドウガンナーのスキルがあれば、クリフコンドル程度はちょちょいのちょいですよ!」
モニカさん、冒険者としてはシャドウガンナーなんだ……。
ガンナーは名前の通り、銃器を専門に扱うアーチャー系の上位職だね。
「次元の扉」から銃火器の技術がもたらされる前はスカウトっていう、短弓やクロスボウをメインに偵察や罠への対処に適した斥候役の職だったらしいんだけど、銃火器の登場で段々と今の形になったらしい。
それで、元々の斥候の役目は、ソーディアン系でほぼ同じ役割を持っていたシーフに統合されて、今はそちらがスカウトと呼ばれているんだとか。
シャドウは姿を消しての奇襲や、短剣やジャマダハルを使った超高速戦闘を得意とする文字通りの暗殺者、ソーディアン系上位職のアサシンをサブに設定した時の名前だね。
なるほど、アサシンのスキルで気配を断ってからの対物ライフルってことかな……なかなかエグいね。
「あっははっ、頼もしいね。僕は戦闘はそう得意ではないから、いつも本当に助かっているよ。ありがとう、モニカちゃん」
「えへへ〜。店長のためならなんだって頑張っちゃいますよー!」
「そうかい? いやぁ、優秀な店員を持てて、店長としては嬉しい限りだね。はははっ」
言外にいろいろ含んでいそうなモニカさんのアピールだったけど、さすがに遠回しすぎたか、額面通りに受け流される。
まぁ、これはさすがに遠回しすぎるのはわかった上でのことだったか、それでもモニカさんは嬉しそうだったけど。