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note.145 SIDE:G

「は〜、おなかいっぱ〜い。ごちそうさまー!」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたー! あ、お皿下げますよーっ」
「はいよ、お粗末様」

 そんなこんなで僕たちも食べ終わって、モニカさんがお皿を下げてくれたんだけど……。
 ふとステラを見ると……あれ?なんか、最後の一口をスプーンに乗せたところでなんか震えて固まってる……。

「えーっと、ステラ? どうしたの? 食べないの?」

 とりあえず聞いてみたら……あれぇ?なんか涙目……?

「食べたいの……でも、これ食べたらなくなっちゃうの……」

 あー……うん、なるほどね……。

「あはは……えーっと……もう一皿食べる……?」
「……いいの?」

 提案してみた途端にステラの表情がわかりやすくぱぁっと明るくなる。
 う、うん、その純真すぎる期待の眼差しは裏切れないなぁ……。

「いいよ、大丈夫」
「……! ありがとう、マスター……!」
「ということなんで、もう一皿お願いします、ミスター」
「りょーかい。オムライス一丁ね」

 追加のオムライスをミスターが作り始めたのを見て、ようやく最後の一口を食べるステラ。
 なんというか、周りに蝶とか花とか飛んでそうな勢いで幸せそうで、見ていて飽きないね。

 とまぁ、追加のオムライスが出来上がる間に、この後の予定の話になる。

「さてっとー、この後午後はどうしよっか?」
「う〜ん……結局、神器の手がかり探しはあんまり進まなかったし、もう一回図書館でもいいけど……」

 と、そこまで考えて、ふと思う。

「そう言えばちょっと話は逸れちゃうんだけど……一応、今のステラって形としては僕の所持品扱いってことなんだよね?」
「ん。そう。私はマスターのもの」
「魔導書としてのステラってどういうアイテムなんだろう?」
「見てみる?」
「うん、ちょっと見てみたいかな」
「わかった」

 そう僕に頷くと、ステラは一瞬の光と共に本の姿になって、僕の前に降りてくれる。

「はにゃ〜……本当に魔導書なんですねぇ」
「へぇ。これはまた、面白いねぇ。正直、あんまりにも人間として違和感なかったから、さっき聞いた段階だと信じ切れてはいなかったけど、こうして目の前で本の姿に変わられると驚くより他ない」

 モニカさんと、ミスターもこれには手を止めて感心する。

「それじゃあ、ちょっと中を見てみるね」
『ん』
「どれどれ?」
「ふむ」
「はにゃ〜……」

 みんなも興味津々で覗き込む中、ひとまず表紙から順に適当に何枚かページをめくっていってみる。

「……」
「…………」

 そっと閉じる。

 ……うん、絶対そんな気はしてたけど、読めないよ!
 まぁ、そりゃ全員無言だよね!
 初めて見た時のアラビア文字とかハングル文字とか、そういう領域だよ!
 何語!?っていうか文字の区切りどこ!?

「ははっ、こりゃあ僕は専門外だ」

 と、早々に諦めて調理に戻るミスター。

「これは一体何語なんだろう……ステラは自分でわかるの?」
『わからない。私の中に何が書かれているのか、私は知らない。それは自分で自分の背中を見ろと言っているようなものだから。一応、記述された情報自体は知識として知っていたはずだけど……そこが一番忘れちゃった部分』
「あー……なるほど、そっか。ありがとう、ステラ。もう戻って大丈夫だよ」
『ん』

 言われて、ステラが元通り席に座った状態で人型に戻る。
 まぁ、それが見られるならそもそも忘れるわけがないか。
 う〜ん……あとは……

「システム上のアイテムとしてはどうなってるんだろう?」

 えっと……そもそもシステム上、今はどういう状態なんだろう?
 ストレージのインベントリには……ない。
 ということは、装備欄かな?
 あった……なるほど、持ち替え用のサブ武器として装備中の扱いなんだ。

「何回見てもその外界人(パスフィアン)の皆さんの何もない空中を触っていろいろ話している光景は不思議ですねぇー」

 とはモニカさんの弁。
 確かに、何をしてるのか全く見えないだろうこっちの世界の人たちから見たら、このシステムメニューの操作は謎の行動だよねぇ。

「どれどれ? どんな感じ〜?」

 ミスティスにも見えるようにステラのアイテム詳細ウィンドウを可視化モードにしてあげる。
 だけど……

「って、めっちゃ文字化けしてるじゃん!」
「そうだねぇ……」

 うん、文字化けばっかりで本来のアイテム名すらわからないや。
 ただ、唯一、「第一種」という単語だけが読める状態になっている。

「この、『第一種』だけ読めるのは、さっき何かの『第一種分類』って情報だけは教えてもらえたから、かな?」
「多分ねー。情報を知った部分だけ開示されるタイプっぽそう。伏字がなんで文字化けなのかは謎だけど、まぁそーゆー演出だと思えば不思議って程じゃないかなー」

 そして、気付いたことがもう一つ。

「あれ? スキルスロットがない……?」
「あ、そーいえばないね。普通ついてるのに」

 魔導書に通常設定されているはずのスキルスロット……取得してある魔法を「記述する」ことで、無詠唱での発動を可能にする機能が、ステラの書にはないらしい。

「スキルスロット……?」
「あー……こっちの世界で言うなら……ステラの魔導書って追加の魔法を書き込めない状態なんだねってこと」
「ん。なるほど、そういうこと。大丈夫、既存の魔法の術式程度なら再現できる」
「えっ、それってつまり……?」
「魔力は万物を繋ぐ力。その本質さえ理解していれば、あらゆる魔法は再現できる。術式の記述は忘れちゃったから、最初は一度見て思い出さないといけないけど、一度構築さえしてくれればどんな魔法でも再現してみせるよ」

 そう言った瞬間、アイテム説明文の文字化けが一部開示される。
 えっと……《自動筆記:解釈分離》……?
 周囲一定範囲内で使用された魔法を自動的に記録する……記録された魔法はスキルスロットに登録したものとして自由に呼び出し可能……?……って、これかなりのチート能力じゃない!?

「わ、文字がいきなり……って、うひゃー……さすが封印されてた禁書なだけはあるね〜。とんでもない公式チートじゃん」
「そ、そうだね……。えっと、知らない人の前では目立ちすぎない程度に自重してね?」
「ん。わかった」

 なんというか、とんでもないものを抱えちゃった気がするなぁ……。
 あれ、でも……と、説明文を読み進めて気付く。

「あ、一応固有スキルは記録されてるんだ。えーっと……『自動筆記:解釈記録』?」

 指定した対象を術式に分解して記録する……記録された対象は封印したものとして召喚可能……。
 わぁ……これも結構なチートだねぇ……。

「これ、対象の制限とかってどうなってるの?」
「相手が生物とかだと術式に解釈するのにそれなりに時間はかかるけど、対象は何だって問題ない。ただ、マスターたち……外界人と呼ばれている人たちは無理かな。あなたたちはこの世界の理の外側にいるから、私の術理じゃ解釈できない」
「えーっと……逆に言うと、こっちの世界の存在なら人間とかでも……」
「ん。問題ない。誰か封印したい人がいるの?」
「まさか! し、しないよそんな怖いこと!」

 予想以上のチート能力だこれ!?
 これは……取り扱いには気を付けないといけないね。
 まぁ、まさかこの能力を人間や類する相手で使うようなことにはならないとは思いたいけど……。
 それにしても……

「記録すれば封印したものとして召喚可能、かぁ」
「召喚が不安? 封印の制御も私がやるから平気。任せて欲しい」
「あぁいや、そういうことじゃなくってね。いや、まぁ、それはそれで安心なんだけど。そうじゃなくて、えっと……僕がステラの持ち主になったことには、何か意味があるんじゃないかと思ってさ」
「そーだね、少なくとも何かフラグになるような要素はあったってことじゃない? 何がそのフラグだったのかはわかんないけど」

 うん、ミスティスの言う通り、ゲーム的に考えても何かフラグになるようなことを自分でも気付かないうちにしていたってことなんだろうし。
 だけど、どうして僕だったんだろう?
 それこそ具体的に図書館に関係ありそうなフラグになるようなことなんてした覚えがないし、プレイヤーとしても言うまでもなくまだ上位職にすらなれていない初心者だ。
 仮にゲーム的な理由以外で選ばれたのだとしても……自分で言うのもなんだけど、僕自身はどこにでもいるような平凡な人間だ。
 そんな、選ばれし者みたいな大それた資質が僕にあるとも思えない。
 でも……それでもステラは僕を選んで、事実として今こうして目の前にいるわけで。
 どうして僕なのか……わからないけど、何か理由はあるはずだ。
 ゲーム的に考えてもクエストの一端として、僕には何かするべきことがあるはずだ……と思う。

「だから、僕はステラのことを魔導書としてもきちんと使いこなせるようになりたいって思ったんだ。きっと、そこに僕が選ばれた理由の答えがあると思うから」

 これは、さっき禁書庫を出る道すがら、なんとなく考えていたことだ。
 とは言っても、具体的にどうしたいのかはだいぶぼんやりしてたんだけど……ステラの固有スキルが召喚魔法のための契約術式の上位スキルである封印とわかったことで、目標が定まった。

「そのためにも、まずはサマナーを目指そうと思うんだ」
「うんうん、いいね〜。ようやく方針決まった感じ?」
「うん。ずっと迷ってたけど、せっかくステラに封印と召喚の能力があるなら、僕自身もサマナーになるのがやっぱり一番能力を活かしてあげられると思うから」
「まぁ、それは間違いないね〜」

 サマナーとソーサラー、どちらを選ぶかずっと迷っていたところも、ステラのおかげで決心がついた。

「私のこと、気にかけてくれてありがとう、マスター」
「こちらこそ、ありがとう。ステラのおかげで、いろいろ迷ってたことがはっきり決められたよ」
「ん……嬉しい。どういたしまして」

 と、今後の話も一段落したところで、

「はいよ、お待ち遠様。オムライス一丁ね」

 追加のオムライスも出来上がったみたいだね。

「ふゎ……ありがとう。いただきます」

 待ってましたとばかりに目を輝かせて、早速食べ始めるステラ。
 本当に美味しそうに食べるねぇ……。
 無限に見ていられる。

「よっし、それならこの後は一度ギルドに行って、上位職のライセンスもらいにいこっか」
「うん、そうしようか。えっと、上位職のライセンスって何か準備しなきゃいけないものとかあるの?」
「ないよー、大丈夫。オーブが全部判定してくれるから、手続き自体は一瞬だよ。判定基準も、ティッサ森越えた今の私たちなら間違いなくクリアできてるはず」
「そっか。じゃあ大丈夫そうだね」

 HXTの基本職から上位職への転職はギルドからのライセンス付与という形で行われる。
 転職可能になるLvは人によってバラつきがあるみたいで、概Lv100〜150前後が目安らしいんだけど……今ミスティスが言った通り、オーブで自動判定されるみたいだから、具体的に何が判定基準になってるのかは謎なんだよね。
 まぁとは言え、アミリアで登録した冒険者の場合は、ティッサ森を越えて王都に辿り着ける実力があればほぼ間違いない、というのが経験則上の共通見解としてあるらしい。

「美味しいかい?」
「うん、美味しい……美味しい……」

 ミスターの問いかけに、隣の席を見れば、ステラがまた食べながら泣いて笑っていた。

「いやぁ、ここまで喜んでもらえるのは望外だねぇ。食べてくれた人を感動させられる至高の一皿というのは料理人なら誰もが一度は夢見るものだからね」

 しみじみと、深く頷きながらそう語るミスター。
 まぁ確かに、料理に限らず、自分で作ったものでここまで人を喜ばせることが出来たら、誰だって嬉しくなるものだよね。

 とまぁ、そんなこんなでステラもようやく満足できたのか、今度は素直に二皿目を食べ終えて。
 最初と同じように手を合わせて目を閉じ……かけて、何故かステラは僕の方を見る。

「えっと、マスター、なんだっけ?」

 あぁ、うん、そういうことね。

「ごちそうさまでした、だよ」
「ん。ごちそうさまでした」
「はいよ、お粗末様でした」
「お皿下げますね〜」

 改めて、正しく手を合わせてごちそうさまが言えたところで、モニカさんが手際よく片付けてくれる。

「んじゃー早速いこっか。モニカ〜、お会計お願いね」
「はーい! お会計ですねー」

 と、モニカさんに会計も済ませてもらって、

「本日のご来店、ありがとうございました。またのお越しを。いつでも待ってるよ」
「ご来店ありがとうございましたー! また来てくださいねーっ!」
「またね〜!」
「はい、ありがとうございました」
「ん。絶対また来る」

 最後は店員としての丁寧な応対も交えつつ、それぞれに見送ってくれる二人に挨拶して店を出る。
 親しい間柄であってもそこは商売人としてのプロ意識ということなのか、最初と最後はお客さんとしての対応を忘れないってところはすごく好感が持てるね。
 ミスティスが王都のお店で一番信頼できるというのも、こういう小さなところも含めてのことなんだろうね。

「さてっと〜、それじゃ、ギルドへれっつごー!」
「うん」

 ミスティスに頷いて歩き始める。

 さて、それじゃあ、一度ギルドに行ってみようか。
 上位職ライセンス、ちゃんともらえるかな?


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