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note.146 SIDE:G

 ル・ビストロを後にして、一路ギルドへと向かう。

「そーだ! この際一度アミリアに帰らない? 王都に着けた報告も兼ねてさ」
「あ、そうだね。初めての上位職だし、通い慣れた場所の方が緊張しなさそう」
「うんうん。じゃーけってーい!」

 まぁ、何が変わるわけでもないんだろうけど、こういう事務的な手続きだと、なんとなく心情的に、ある程度勝手の知れた場所でやれる方が気が楽な気がするんだよねぇ。
 オーブの自動判定らしいから、本当に何が変わるわけでもないんだけど。

 なんて話をしていると、ステラから質問される。

「マスター」
「うん?」
「私には、今の時代の知識がない。色々教えて欲しい。ギルドって何?」

 あー、そっか、ずっと禁書庫に封じられていたから、今の時代のことは何も知らないんだね。

「えっと、普段僕たちが『ギルド』って言ったらまず間違いなく冒険者ギルドのことだね」
「ギルドを組む程冒険者が増えてるの……? そういえば、周りにも武装してる人が多い。冒険者がこんなに増えたのはどうして?」
「一番の理由は神器を探すため、かな」
「神器……? 神が宿る器が顕現してるの? 何のために……?」
「それは、えーっと……」

 どこから説明すればいいんだろう?とちょっと悩んでいたら、ミスティスが後を継いでくれる。

「大昔に『次元の扉』を開けちゃった人がいたからだよ。それで、そのせいで起きた『次元の歪み』の後始末として女神シティナが人類に下した評決が神器探しなんだってさ。ま、肝心の神器は一個も見つかんないまんま、もうこのユクリの国しか残ってないみたいだけど」
「なるほど。評決は禁忌を犯した人類への救済と神罰……人類の犯した罪は、神器によって人類自身の手で贖わせる。出来なければ世界の滅亡を以て神罰と成す。神の器の顕現は、ただあるがままの結末のみを求める女神シティナの最小限の救済策ということ。だけど……」

 そこで一旦言葉を切って、ステラは俯きながら思案する。

「おかしい……。それならどうして外界人(パスフィアン)……この世の理を外れた異界の存在がこんなに大勢送り込まれているの?」
「えっ?」
「えーっとそれ〜……は〜……とりま、こっちの世界の人たちには女神シティナからの最後の救いの手だって思われてるみたいだけど?」

 一応、それが僕たちプレイヤー――外界人に対するこの世界の人たちの、今一番広く言われている一般的な解釈だね。
 けど、ステラはどうやら納得していないようで。

「そんなはずはない。むしろ、世界の理に外側から干渉している外界人の存在そのものが『次元の歪み』……あ……なるほど。『次元の歪み』は正常な世界を喰い潰すことで拡がっていくけど、世界の側が最初から歪んでいればそれ以上は混ざりようがない。確かに外界人の存在は世界を繋ぎ止めている。だけど、こんな強引な方法……これは、女神シティナの意思じゃない……別の何かが糸を引いている……? だけど、この状況そのものには評決が下っていない……つまり、これも含めて世界は『あるがままにある』と?」

 な、なんだか話が急に不穏な方向に大きくなっていってる……?
 というか……

「ステラ? 何か思い出したの?」
「ううん。そういうわけじゃない。けれど、知識として知っているのは、女神シティナの基本的な教えは『ただあるがままにあれ』だということ。その基本方針と、今マスターたちから聞いて、自分の目で見たこの世界の現状から感じた違和感から推測しただけ」
「それにしては、やけに具体的に話が飛んでいたような気がするけど……」
「女神シティナの基本方針は『ただあるがままにあれ』。だから、女神シティナが考える『あるがまま』の自然な世界の法則から外れた事象には何かしらの評決が下るはずなの。ちょうど、人類だけではどうしようもない『次元の歪み』を人類自身に救済させるべく神の器を配したように。
 けれど、世界の理を超えた外界からこんなにも多くの人が送り込まれている、明らかに異常事態なのに、こちらには何の評決も下されていない。多分、何かしらの意図があって、この現状は黙認されている」
「けど、外界人がこの世界に来ていることそのものは女神シティナの意思じゃない……?」
「そう。『あるがまま』を求める女神シティナが、世界のあり方を歪ませてまで異界の存在を呼び出すなんて有り得ない。誰か、あるいは何か、この状況を引き起こした別の存在がいる……。
 だけど、外界人の存在で『次元の歪み』が振り撒かれることで、同じ『次元の歪み』にこれ以上世界が呑まれることが留保されていることも事実。そして、女神シティナはこの状況を『ただあるがままに』放置している」

 なるほど……。
 僕たちがこの世界にいるのは、ゲーム的にはそういうゲームだからって話になっちゃうところだけど、世界観的な説明としては、何か別の理由があるかもしれないってことか……。

「う〜ん、私たちがこの世界に召喚されてる理由かぁ。聞いた話は大体みんな女神シティナの救済策って思ってるみたいだから、てっきりそーゆーもんかなーと思ってあんまり深くは考えたことなかった線だねぇ。
 確かに、基本『あるがままに』の放任主義な女神シティナの方策としては不自然かぁ。そも、評決では神器が見つけられなかったら滅亡って言ってたはずなんだし。
 そういえば、バックストーリー……えと、こっち基準で言えば、私たちがこっちの世界に来る時に教わるこの世界の現状説明でも、私たち自身の立ち位置って全然触れられてないんだよね」
「そう言われてみればそうだね」
「ん〜、なるほどね〜。ちょっと探ってみてもいいかも」

 そう言われてみれば、バックストーリーでもプレイヤーの立ち位置はあくまで世界に生きる冒険者の一人、みたいな曖昧な書き方しかされてなくて、実際のゲーム内での外界人と内界人みたいな区別は何も説明されてないんだよね。
 ステラの言う通りなら、この辺は何か意図があってぼかされてるとかそういうことなんだろうか……?
 というか……こっちの世界視点でもう少し考えてみよう、何か……何かまだ見落として……――

 ――と、一瞬思考に沈みかけたところで、

「ついた〜」

 気付けば、どうやらもう冒険者区のストリームスフィア前に着いてしまっていたみたいだ。

「ん……このフォトンの奔流は何?」
「これはストリームスフィアって言って、都市間の移動用のワープポイント兼蘇生用の復活ポイントって感じかな」
「移動と、蘇生……? 一体どういう原理で……。この書見台が入出力装置かな」

 初めて見るストリームスフィアに興味津々のステラは、台帳に触れて、何かを感じ取るように目を閉じると、

「なるほど……。世界を巡る地脈網を使ってるんだね。地脈から汲み上げたエーテルをフォトンに励起しつつ、術者から供給される僅かな魔力の収束点を核にして雪玉式に安定還流させている。最終的に活性を失ってエーテルに戻った後は、同じ経路を通して地脈に還すことで、地脈への影響を相殺しつつ、循環経路自体を疑似的な地脈流として地脈を介した魂の移送を可能にしている。
 移動先を決める道標になっているのは、術者が維持している魔力核と、この書見台に記録された個人の魔力波長かな。死を超越して肉体を自発的に破棄できれば、魂が生きている限りは道標を頼りに記録された位置に戻って肉体の再構築もできる。肉体の再構築で消費した分のフォトンは周囲の大気中から補充して、常にフォトンの総量を一定に保ってるんだ。
 よくできてるね。これなら、魔力核を維持するほんの僅かな魔力消費だけで半永久的に術式を維持できるから、余程魔力量が少ない特異体質とかでもなければ術者本人は魔力を消費していることすら認識してないぐらいじゃないかな。これだけ複雑なことをやってるだけに、術式自体はかなり大規模だから、最初の発動させる時は結構大変そうだけど。
 欠点は、この初動の術式が大規模すぎることと、地脈を介した移動だから、地脈に流されて魂が拡散してしまわないような、一定以上の強さの自我を備えた生命体……具体的には、人類種以上の知的生命体じゃないと転送できないことかな」

 ほとんど一瞬でストリームスフィアの術式を解析してしまっていた。
 そして……うわ、「《ストリームスフィア》を記録しました」のシステムメッセージ……。
 これが発動した魔法の自動的な記録……解釈分離の能力ってことか……。

「本当に魔法ならなんでも記録できるんだね……すごい……」
「ん。任せて欲しい」

 そこはかとなくドヤ顔なステラと、

「へ〜、普段何気なく利用してるけど、ストリームスフィアってそんな仕組みだったんだ」

 素直に感心するミスティス。

「それで、えっと、今からこれを使って移動するんだけど……ステラもちゃんとついてこれるよね?」
「大丈夫。マスターの魔力波長は私も認識してる。ついていけるよ」
「よかった」

 人の姿と意思を持って自律行動する、僕の装備品扱いの武器、っていう特殊すぎる立ち位置なだけに、こういう面でもまだまだステラのことはわからないことだらけだ。
 一つ一つ確認していかないとね。

「ま、問題なさそうならいこっか」
「うん」
「ん」

 ともあれ、大丈夫そうなのでアミリアへと転移する。
 ステラがちゃんとついてこれているか一瞬心配しかけたけど、そんな間すらなくほぼタイムラグなしで僕の隣にステラも転送されてきて、ひとまずホッとする。

 さてと、それじゃあいよいよギルドだね。
 上位転職、ちゃんとできるといいけど……。


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